↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/28

#17 聖起の丘に眠るもの

俺は、ベネットから渡された資料を、まだ手放せずにいた。あの「競合」という言葉が、俺の頭の中で何度も反響している。俺が「悪霊憑き」と断じた少女の症状。俺が「偽聖人」と摘発した巡礼の熱狂。それらが、全て、教会という巨大な「秩序」の裏側で、別の「技術」として存在していた。俺の「正義」は、この世界の構造の中で、単なる「異端」として処理されていたのだ。


「俺が、潰してきたのは……」


その問いは、人形の木肌に、重く、冷たい沈黙となって残った。


シエラが、俺の傍らに座り込んだ。彼女は、俺の動揺を察したのか、あるいは、俺の沈黙が彼女の持つ知識の限界を試しているのか、静かに息を吐いた。彼女は、俺が手にしていた資料をそっと取り上げ、その横に、古びた革装丁の書物を置いた。


「これ、組合の技術書の一部です」


彼女が差し出したのは、虫食いと、何かの薬品で滲んだようなシミだらけの、古ぼけた本だった。その表紙には、ほとんど判読できない文字が刻まれているが、シエラはそれを指でなぞりながら、ゆっくりと読み上げた。


「『オルブレクトの設計図。建国の根幹を成す機構の記録。霊晶の利用法、動力源の調達、そして……』」


彼女の声は、いつも通りの、機械を扱う職人のような、淡々とした響きを持っていた。俺は、その文字を追うように、人形の視線を本に固定した。


「『……聖起の丘に、大量の霊晶が組み込まれている。それは、単なる祭礼の装飾ではない。この国の『奇跡』そのものを駆動させる、巨大な動力源である』」


その一文が、俺の意識を、まるで急激な高圧電流に打たれたかのように揺さぶった。


聖起の丘。王国の建国伝説の中心地。俺が、これまで「神の恩寵」として、ただ見物してきた、あの場所。そこが、単なる信仰の場ではなく、巨大な「機械」の心臓部だったというのか。


「大量に、ですか」俺は、掠れた声で尋ねた。人形の口から出る音は、まるで錆びた葦笛が震えるような、か細い音だった。


シエラは、その記述を指差しながら、続けた。「この組合は、200年前に教会と王権によって根絶やしにされました。彼らは、この国の『奇跡』を、単なる信仰ではなく、技術として作り上げていた。そして、その技術の核となるのが、この霊晶のネットワークだった」


俺は、頭の中で、これまでの案件を再構築し始めた。聖水の濁り。賭博場の鏡。偽聖人の血糊。それらは、全て、この巨大な機構の、微細な「ノイズ」だったのか。俺が「真実」と呼んでいたものは、この国の「基盤」そのものに組み込まれた、巨大な「からくり」の一部だった。


「つまり、この国は、最初から、巨大な仕掛けの上で成り立っている、と」俺は、自らの解釈を言葉にした。


シエラは、その解釈を否定しなかった。彼女は、ただ、次のページをめくった。


「この技術書には、霊晶の調達方法についても記されています。教会が没収したとされている霊晶の多くは、実は、各地の隠された場所、つまり、民衆の生活の隅々にまで、密かに保管されていた痕跡がある」


俺は、その言葉に、微かな、しかし決定的な違和感を覚えた。隠された霊晶。それは、教会が「根絶やしにした」という物語とは、全く異なる、民衆の「抵抗」の形を示唆していた。


俺は、この知識を、誰に、どう伝えるべきなのか。


俺は、この半年、そればかりを繰り返してきた。仕掛けを見つけ、機構を特定し、広場に人を集め、剥がして見せる。剥がし終えたところで、俺の仕事は終わった。剥がされた場所に何が残るかは、いつも、他の誰かの担当だった。


「俺は、たぶん、どこかで間違えている」俺は、人形の体で、初めて、それを口に出した。


俺は、真実を暴くこと自体を目的化していた。誰かのために、誰かのために、俺は「真実」を提示し続けた。だが、その提示の仕方が、常に「一方的」だった。


「俺は、相手の意思を確認しないまま、暴いてしまう。それが、俺の癖だ」


その時、宿の外から、微かな、しかし明確な気配がした。


それは、単なる風の音ではなかった。重い足音。規則的な、しかし焦燥を帯びた、誰かの歩みだった。


俺とシエラは、本を閉じた。


「誰かいます」シエラが、低い声で囁いた。彼女の体は、まるで機械が予期せぬ負荷を受けたかのように、微かに硬直した。


俺は、人形の視線を、窓の外に向けた。月明かりが、宿の薄汚れた木枠をかすかに照らしている。


足音は、ゆっくりと、しかし確実に、宿の裏口へと近づいてきていた。それは、単なる旅人の足音ではなかった。何か、目的を持った、重い足取りだった。


「エドガル・ソーンの者だ」シエラが、息を呑むように言った。彼女は、この気配を、単なる偶然ではないと直感していた。


俺は、本をそっとシエラに押し戻した。技術書は、俺たちの秘密の鍵だ。それを、このままでは渡してしまう。


「裏窓だ」俺は、人形の体で、静かに指示した。


シエラは、素早く身を翻し、裏口へと向かった。俺は、その背中を見送りながら、窓の外の闇を凝視した。


足音は、もうすぐそこだ。


俺は、この重い知識を抱えたまま、逃げなければならなかった。この「聖起の丘」の真実、この国の根幹を成す「からくり」の存在を、俺は知ってしまった。そして、その知識は、俺を、最も危険な場所に引きずり込むことになるのだ。


俺は、置き去りにした技術書を、心の中で強く抱きしめた。この知識は、俺の命綱であり、同時に、俺の墓標になり得る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。