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16/27

#16 使われていた

ベネットは、七日後に、また来た。


前より、叩き方が上手くなっていた。二度、間を置いて二度。今度は、迷いのない叩き方だった。人目を忍ぶことに慣れるのに、七日かかったのだろう。


彼は、部屋に入るなり、祭服の内側から、羊皮紙の束を出した。


「写しです。三晩かけて、私が書きました」


俺は、彼の指を見た。人差し指と中指の付け根が、墨で黒くなっていた。


「原本は、持ち出せませんので」


*


束は、二十枚あった。


一枚目は、表だった。


『非公認しるし摘発記録 当年度』


以下、日付と、地名と、内容が並んでいた。


第一行に、あの宿場町の賭博場があった。


第二行に、田舎町の悪霊憑きがあった。


第三行に、巡礼広場の治癒の聖人があった。


そして、その右の欄に、同じ言葉が三度、書かれていた。


『非公認』


『非公認』


『非公認』


*


俺は、その欄を、何度も見た。


見ながら、頭の中で、自分がこの半年に潰したものを、順番に並べた。


聖水の粉。あれは村の司祭に囁いただけで、記録に残っていない。


賭博場の賽。非公認。


壁の鉛。非公認。


降霊術。耳打ちで済ませた。記録に残っていない。


掌の血糊。非公認。


——一つも、教会公認のものがない。


「偶然ではありませんね」とベネットは言った。


「……ああ」


「最初の二つは、偶然だったと思います。認可されていないほうが、仕掛けが粗いのです。粗いものは、目につきます」


彼は、束の四枚目をめくった。


そこに、名簿があった。


『巡回日程 交付先一覧』


短い表だった。日付と、交付した相手の名。


俺の名は、載っていなかった。載っていたのは、『人形一体・随行の女一名』だった。


交付者の欄に、名前が一つ。


ゾラン・ヴァイス。


*


俺は、あの日のことを思い出した。


集落の裏路地。古びた革の作業着。油と金属の匂い。彼は俺の前に立ち止まって、俺の体を設計図を眺めるように見て、それから、書付を一枚置いていった。


『これは、君が次の案件で関わることになる、ある「奇跡」の巡回日程だ』


俺は、それを受け取った。


受け取ったとき、俺は、この男に試されていると思った。この男は俺を利用しようとしている、とも思った。思ったうえで、受け取った。理由は、あの書付に書かれていた男が、本物の悪党だったからだ。


——実際、悪党だった。


腕を吊った子どもがいた。添え木を外させた男だった。俺は正しかった。


正しかったから、俺は、その紙をどこから受け取ったかを、一度も検算しなかった。


「賭博場です」とベネットが言った。


「なに」


「ヴァイス管理官は、あの日、あの賭博場におられました。記録に残っております。『視察』とだけ書かれていますが、あの町には、視察すべき教区がありません」


俺は、あの夜の広間を思い出した。


割れんばかりの喝采。8年ぶりに浴びる舞台の音。あの音を、俺は、この体で味わえるとは思っていなかった。俺は、あの夜、自分がまだあれを欲しがっていたことに気づいて、少し嬉しかった。


広間の後ろに、襟に紋章を付けた男が立っていた。


俺は、それを見た。


見て、意に介さなかった。喝采のほうが、大事だったからだ。


「彼は、あの夜、何かを決めたのだと思います」とベネットは言った。「翌週から、交付が始まっています」


*


「潰すより、使うほうが安い」


俺は、そう言った。


言ってから、それが自分の口から出たことに驚いた。


「……はい」とベネットは言った。「私も、そう推察しております」


俺は、木の指を、膝の上で組んだ。


「取り締まりの人員は、何人減った」


「え」


「減っただろう。俺が半年やっていたことは、それだ」


ベネットは、束をめくった。めくって、しばらく探して、見つけた。


「……当年度、七人」


「その七人ぶんの俸給は、どこへ行った」


「南部の施療院の、薪代と記載がございます」


俺は、しばらく、動かなかった。


*


俺は、半年、教会の取り締まり係だった。


無償で。それどころか、自分の命を削って。


一件やるたびに、俺の残量は減った。賭博場で35、塗料の広場で11、巡礼広場で13。俺は、それを「正しさの代金」だと思って払った。払った先が、どこの帳簿に載っていたかを、考えたこともなかった。


考えなかったのは、俺が愚かだったからではない。


考える習慣が、なかったからだ。


俺は三十年、舞台の上のことだけを考えてきた。幕が下りたあとは、他人の時間だ。金の流れも、次に誰が得をするかも、俺の担当ではなかった。


この世界では、幕が下りたあとが、全部だった。


「レンさん」


「……ああ」


「あなたは、悪いことをしておられません」ベネットは、はっきり言った。「あの巡礼広場の男は、子どもの腕を潰しました。あなたが止めなければ、もっと潰れていました。それは、変わりません」


「変わらんな」


「変わりません。ただ、あなたの正しさは、無償で回収されておりました」


俺は、その言い方を、頭の中で二度、繰り返した。


無償で、回収されていた。


うまい言い方だ。この若い司祭は、時々、こういう言葉を出す。


*


ベネットは、束を揃え、そして、床に膝をついた。


「お願いがございます」


「やめてくれ。俺は人形だ。頭を下げられる筋合いがない」


「聞いていただけますか」


「聞く」


彼は、顔を上げなかった。


「ヴァイス管理官を暴くのは、構いません」


「……」


「あの方は、この仕組みの頂点におられます。あの方が何をされたかは、明らかにされるべきです。私は、それを止めません」


彼は、そこで、少し言葉を溜めた。


「ですが、管理院そのものを、潰さないでください」


「……」


「孤児院が、この国に百二十三あります。施療院が四十一。冬に麦を配る穀物蔵が、十九」


彼は、そこで、初めて顔を上げた。


「全部、あの組織が回しています」


俺は、答えられなかった。


「あの方が『秩序だった希望』と仰るとき、その秩序の中身は、孤児院と施療院と穀物蔵です。中身が空っぽの秩序なら、私はとっくに辞めております」


「……ベネットさん」


「はい」


「あんたは、それを分かっていて、俺のところへ来たのか」


「はい」


彼は、隠さなかった。


「私は、あの組織に、あの方に、辞めていただきたい。ですが、組織には残っていただきたい。それは、都合のいい話です。分かっております」


彼は、束を、俺の膝の上に置いた。


「都合のいい話をしに来ました。ですので、頭を下げております」


*


彼が帰ったあと、シエラが、束をめくっていた。


「ねえ」


「なんだ」


「この人、あなたと同じこと言ってる」


「どこが」


「潰すか、残すか、じゃなくて、どう残すか、って言ってる」彼女は、四枚目の名簿を指で叩いた。「あなたが、いつも分からなくなるとこ」


俺は、その指の先を見ていた。


『人形一体・随行の女一名』


俺の名も、彼女の名も、そこには書かれていなかった。俺たちは、この半年、この国の帳簿の上では、道具の欄に一行、載っていただけだった。


「シエラ」


「うん」


「怒っていいぞ」


「うん、怒ってる」


彼女は、束を閉じた。


「でも、あなたに怒ってるんじゃないから、そこは間違えないで」

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