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感情と記憶を失った空っぽの従者なのに、次期公爵のヤンデレ天才魔術師が「永遠に俺のそばにいろ」と狂気の愛で迫ってくる  作者: 月夜 闇花


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第18話「美しい人形と永遠の箱庭」

 窓の向こうの空は、厚い雲に覆われたまま静止しているように見えた。

 塔の最上階で、暖炉の火だけが生き物のように微かな音を立てて燃えている。

 セレンは長椅子に腰掛け、膝の上で両手を揃えていた。

 イグニスが小さな皿に載せた焼き菓子を、自らセレンの口元へと運んでくる。


「どうだ、口に合うか。今日は蜂蜜を少し多めに入れてみたんだ」


 イグニスは王都の文献から菓子の製法を取り寄せ、自らの手でそれを作るようになっていた。

 セレンは差し出された菓子を咀嚼して喉の奥へ流し込み、舌が感じ取った味覚の情報を淡々と処理する。


「はい、イグニス様。適切な甘さです」


 感情のない事実の報告。

 しかしイグニスは、その平坦な答えを聞いて心底嬉しそうに顔をほころばせた。

 彼はセレンの隣に腰を下ろし、その細い肩を抱き寄せる。


「……私は今、かつてないほどに満たされている」


 イグニスは、セレンの銀髪を指先で梳きながら静かにつぶやいた。

 王都の魔術院で頂点に立つ名誉も、誰からも称賛され恐れられる未来も、今の彼にとってはガラクタ以下の価値しかなかった。

 すべてを投げ打ち、一族からの連絡を絶ち、この冷たい石の塔に引きこもって得たものは、心を失った一人の従者だけだ。

 だが、それこそがイグニスにとっての究極の救いであり、到達点だった。

 自分が与えるものをすべて受け入れ、決して拒絶せず、足首に鎖を繋がれてどこにも逃げ出さない完全な存在。

 失われた心への血を吐くような後悔を、狂気的な献身と執着で塗り潰し、彼はこの歪んだ箱庭の支配者として完成したのだ。

 自分の人生をすべて注ぎ込んで、この空っぽの器を満たし続ける。

 それが彼に与えられた罰であり、同時に至上の快楽でもあった。


「セレン。お前は、幸せか」


 イグニスが、セレンの青い瞳を真っ直ぐに見つめて問う。

 セレンは記憶の海から、彼が最も望む回答を正確に検索した。

 表情筋を動かし、両側の口角を引き上げ、目元をわずかに細める。


「はい。私は幸せです、イグニス様」


 声帯を震わせて出力されたその言葉には、欠片ほどの感情も宿っていない。

 自分がかつて、どれほど深くこの男を愛していたか。

 そのためにすべてを投げ打って呪いを引き受けたという事実すらも、完全に消え去っている。

 空っぽになった器の中で、ただ主人のための音声だけが美しく響いた。

 イグニスはひどく安堵したように息を吐き出し、セレンの冷たい唇に深く口づけを落とした。

 セレンは目を閉じ、抵抗することなくその熱を受け入れる。

 二人の世界は、こうして静かに閉じられていく。

 狂気と喪失の上に成り立った、永遠に変わることのない、穏やかで美しい箱庭の中で。

 足首の銀の鎖が微かに鳴り、永遠に続く泥濘のような日常が、今日もまた静かに始まろうとしていた。

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