第11話「雪に埋もれた手紙と閉ざされた扉」
厚いガラス窓の向こう側は、すべてを白く塗り潰すような猛吹雪だった。
北の辺境に位置するこの古い塔は、冬の間は人の背丈を超えるほど深い雪に閉ざされる。
物理的な手段で近づくことは不可能に近く、外界からの干渉を拒絶するには最適な場所だった。
セレンは窓辺に立ち、荒れ狂う風が雪の粒をガラスに叩きつける様子をただ眺めていた。
室内の空気は魔法の暖炉によって心地よく温められており、窓ガラスに触れる指先だけが微かな冷たさを感じ取っている。
ふと、吹雪の向こうから白い鳥の形をした魔力体が飛来し、ガラスの表面をくちばしで細かくつついた。
通信用の使い魔だった。
背後の長椅子に座っていたイグニスが立ち上がり、足音も立てずに窓辺へと近づいてくる。
彼はセレンの肩越しに腕を伸ばし、窓の鍵を開けて冷たい風とともに鳥を室内へと招き入れた。
鳥はイグニスの腕に止まると、一瞬の光とともに一通の封書へと姿を変える。
厚みのある羊皮紙に、赤い封蝋が押されている。
そこには、王都のヴォルデリア公爵家が用いる紋章が深く刻み込まれていた。
イグニスは封書を手に取ると、眉間にしわを寄せる。
中身を読むまでもなく、彼が次期当主としての責務を放り出して失踪したことに対する、一族からの非難と帰還を促す言葉が並べられているのだろう。
イグニスは封を破ることもせず、そのまま封書を暖炉の炎へと投げ入れた。
乾燥した羊皮紙は一瞬で火に包まれ、端から黒く縮れていく。
セレンはその過程を、可燃物が熱によって酸化し、灰へと崩れていくただの物理的な現象として観察していた。
そこに誰かの強い思いや焦燥が込められているという事実は、セレンの空っぽの心には少しも届かない。
イグニスは暖炉の前で立ち尽くし、低く冷たい声で長い呪文を紡ぎ出した。
彼の周囲の空気が密度を増し、虚空に幾何学的な光の紋様が次々と浮かび上がる。
それらは瞬く間に塔全体を覆う結界の術式へと組み込まれ、目に見えない強固な壁となって外の空気を遮断した。
「……これでいい。物理的な道も、魔力による通信網も、すべて切断した。もう誰も、私たちを見つけることはできない」
イグニスは振り返り、セレンの細い体を力強く抱き寄せた。
彼の腕は震え、セレンを自分の内部に溶かしてしまおうとするかのように強い力で締め付けてくる。
セレンは抵抗することなく、主人の体温を受け入れる。
そして、鏡の前で学習した通りの動作を正確に実行に移した。
両側の口角をわずかに引き上げ、目元を少しだけ細める。
「私はここにいます、イグニス様」
声の抑揚を調整し、最も彼が落ち着くであろう音程で紡がれた言葉。
イグニスはその偽物の微笑みを見るたびに、呼吸を詰まらせてひどく苦しそうな顔をする。
それでも、彼がこの微笑みを求めていることは学習済みだった。
イグニスはセレンの銀髪に深く顔をうずめ、激しい後悔を喉の奥へと強引に飲み込む。
すべてを切り捨て、完全に閉ざされた箱庭を手に入れた。
しかし、本当に欲しかったセレンの心だけは、どれほど結界を強固にしても手に入れることはできない。
外の吹雪よりも冷たく残酷な現実が、イグニスの魂をゆっくりと凍らせていく。
セレンは主人の腕の中で、ただ静かにまばたきを繰り返していた。




