ヱビスとマイア その1
バイトからの帰り道、あたしは変なアンドロイドを拾った。長い黒髪に人間みたいな肌…手の甲も光らない。近所で見掛ける奴とは全然違ったカスタムがされてるから、たぶん持ち主は金持ちだ。
そんなアンドロイドに酔った勢いで名前をつけたせいで、あたしはオーナーになっちゃったんだよね。
…元の持ち主が見付かったら大変な事になりそう。
面倒な事にならなきゃいいけどなァ…
──そんなアンドロイド、マイアと暮らすようになってから数日が経った。最初は四畳半のワンルームに二人暮らしはキツいなーと思ったけど、連れて帰った翌日には床に散乱してたビールの缶と弁当の残骸が綺麗に片付いてて、その日のバイトから戻った時には脱ぎっぱなしにしてた下着とかが風呂場の中で干されてた。その辺にあった雑誌も種類別に積まれてたし、失くしたと思ってたピアスも見付かった。
「ただいまー」
「おかえりなさい。ヱビス。」
「疲れたー…流石にバイトの梯子はキツい……」
あたしがマイアに寄り掛かるとそのままベッドに寝かされた。
「入浴しますか?」
「んー……準備しといて。明日は面接だし…」
単発バイトばかりじゃやっていけない世の中、やっと見付けた面接のチャンスをニオイで落ちる訳にはいかなかった。
いかなかった……
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「クソっ…寝ちまった……」
「おはようございます。お風呂は冷めてしまいました。」
「起こしてくれればよかったのに…」
「お疲れだったようなのでそっとしておきました。」
「そっか……」
「ご安心ください。浴槽の水は洗濯の時に使いますので。」
「あぁ、そうね…」
ちゃんとしてんだかしてないのか…いや、優先順位ってヤツか……?高校の時に授業で習ったな…覚えてないけど。
「…面接、行くよ。」
「では準備します。」
「うん。」
マイアに髪を梳かされる間に着替える。バイトの面接だし、ジャケット羽織るくらいでいいだろ…サラリーマンって訳じゃないし。
「ねぇマイア。」
「なんでしょうか?」
「…いや、帰ったら話すわ。」
「わかりました。では読書でもして待っています。」
「うん。」
結論から言って、面接は受かった。単発アルバイターから事務系アルバイターへクラスチェンジした。
依然フリーターである事に変わりはない。なんて事はあたしが一番わかってる。
──面接から帰るとマイアが本を読んでいた。
「ホントに読んでる…」
ELLYだったらネットに繋いで一発のハズなのに。
「おかえりなさい。ヱビス。」
「うん。ただいま。」
「面接はどうでしたか?」
「即決だったよ。てかあたし以外居なかったし。」
「そうですか。おめでとうございます。」
「おめでとう…なのかなぁ……?」
「なぜです?」
「あたしって右へ倣えできるタイプじゃないからあんまりお堅いとダメなんだよ。」
「なるほど、社会不適合者ですね?」
「オイ!」
コイツ…
「大丈夫です。いざとなれば私が何とかします。」
「何とかって…何ができんの?」
「まず、対象の反応の機微などを読み取って行動予測ができます。」
「なにそれ。」
「コールドリーディングと周囲環境データによる擬似的な占いができます。」
「占いねぇ…」
「ご不満ですか?」
「そういうオカルトはパスかな。あたしは信じない。」
「なるほど…」
「他には何かあんの?」
「創作ができます。」
「創作?」
「"──1998年7月。その日は突然やってきた。『私、先輩と付き合ってるの。』幼馴染みの麻依が部活の先輩と交際する事になったと俺に報告してきた。"」
「それ、この雑誌に書いてある読み切りじゃん。」
「…ダメなんですか?」
「他人のは使っちゃダメ。」
「そうなのですか。」
「他には何かある?取っておきの教えてよ。」
「電子機器と対話ができます。」
「何それ面白そう…どうやんの?」
「例えばですが…」
そう言ってあたしのスマホの画面に触れると、一瞬でロックが解除された。
「このように「ダメ。」
「え?」
「犯罪、ダメ。ゼッタイ。」
ちょっとしょんぼりしてるのは見てわかった。無機質に見えて意外と表情あるっぽい。
「…とりあえず、一般常識から勉強しよっか。」
「お願いします。」
その日は夜までバイトが無かったから、時間が来るまでマイアに常識を教えてあげた。あたしには学が無いけど、それでも教えてあげられる事が沢山あった。
──今夜のバイトは交通整理。そんなのELLYに任せればいいって思いながら指示出しをしていく。バイト終わりに現場のおっちゃんが飲み物奢ってくれた。
「おっちゃんありがと!」
「いいっていいって!おっちゃんも女の子と仕事できてありがてぇからなw」
「ちょっと!それセクハラじゃん。」
予防線は貼っておく。全然不快じゃないけどイケるって思われたら困るしね。
家に着いた頃には空が明るくなっていた。
「ただいま…」
「おかえりなさい。ヱビス。」
「…どしたの?」
マイアはカーテンの隙間から外を見ていた。
「ここが見張られています。」
「…は?なにそれ。どういうコト?」
「ヱビスに出会う前、私は何者かに追われていました。」
「はい!?」
「声が大きいですよ。落ち着いてください。」
「そんな!…そんな事言われても……!」
「すみません。完全に撒いたと思っていたのですが、ダメだったようです。」
マイアの声が微かに震えてる。こいつ、ホントにアンドロイドか…?
「と、とにかく、あたしはどうしたらいい?」
「ヱビスは私が守ります。必ず。」
「守るったって……あんたに何ができんのさ…!?」
すると、マイアの腕が裂けて鋭利な何かが出てきた。
「これで守ります。何でも斬れます。」
「マジか……」
「…行動予測。乗り込んで来る可能性が大。」
「どうすんのさ!!」
「…逃げます。受かったバイトは諦めてください。」
マイアがあたしを担ごうとする。
「待って待って!せめて準備させて…!」
あたしはスマホと財布と…お気に入りのアクセと下着をリュックに詰め込んだ。元からそんなに荷物無かったけど、まさか自分のお気に入りがちょっとしたリュックに入りきるとは思わなかった。
あたしがリュックを担いだら、マイアはあたしを担いで窓から乗り出した。
「ちょっ…!」
あたしは偶々(たまたま)干してたサンダルを確保した。
「跳びます。」
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…首を痛めた。
──マイアの高速移動で何度か意識が遠退いたのは覚えてる。気が付くと駅前のロータリーに居た。空が白んでるから自分が思ってるより気絶してたかもしれない。
「うぅん……」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫じゃねーよ…」
「すみません。ではここからは公共交通機関を使いましょう。」
「あぁ…そうね。そうしよう。」
あたしはマイアの言うままに改札を通って電車に乗り込んだ。
「なぁマイア…どこ行くんだ?」
「岐府です。中心地を経由して各務原へ向かいます。」
確かに、人に紛れた方が逃げられるけど…都心部かぁ……
あたしは両頬を思い切り叩いて気合いを入れた。
「よし、行くか…!」
早朝のホームは人とアナウンスが行き交っていて忙しない空気が漂ってた。サラリーマン達に混じって電車が来るのを待っていると、マイアが肩を叩いた。指差す方向には黒服にサングラスと云う"いかにも"な人達。
…あれでサラリーマンのつもりなら日本人じゃないのかも。
「…どうすんの?」
「ヱビス、私を信じてくれますか?」
「ここまで来ちゃったし、あたしはあんたを信じるしか無いよ。」
「ありがとうございます。」
そう言うとマイアはあたしを抱えて跳び上がった。
「きゃ~~~~~ッ!!」
柄にも無い女の子っぽい声が出ちゃって、ちょっと恥ずかしい。社会の歯車として心を沈めてるサラリーマン達もあたし達を見ていた。
電車の上に着地したマイアはそのまま屈んだ。
「このまま行きます。」
黒服達が階段を降りているのを見ながら電車はあたし達が想定してるものとは反対方向へ進んで行った。
何駅か乗った後、電車から降りたマイアはあたしを抱えたまま改札へ…
「精算はしておきましょう。」
「あ、あぁ…」
変な所で律儀なのが笑えてくる。あたしが教えた常識の結果かも。
抱えられた状態に慣れてきた頃、マイアはあたしを下ろした。
「これで暫くは大丈夫だと思います。」
「けど、どうすんの?…各務原だっけ?逆方向じゃん。」
「バスを使います。電車では張り込まれているかもしれないので。」
あたしはバスやマイアを乗り継いで岐府へ向かった。
──岐府。昔は岐阜だったらしいけど、なぜか名前が変わってた。学校で習ったハズだけど忘れた。国会とか省庁?が集まってる場所で、中心部にはテーブル状の階層構造になったデカい城みたいな…通称"バベルの塔"が建ってる。
"笠松や岐南は見張られてる可能性があるから"って、遠回りしながら各務原エリアに向かってる。
「…行動予測。周辺に不審者は確認できません。安全です。」
「いや、マイア…あたし達が不審者だよ……」
「なぜです?」
「おんぶされっぱだからだよ!!」
「なるほど。確かに。」
やっと自分の足で歩ける。ずっとおんぶされてたから違和感。
各務原エリアは岐府の中心部とは違って古くからある田園風景が残る場所。まぁ、その田んぼも殆どELLYが管理してるから"古くから"ってのは違うのかもしれないけど。
田舎っぽい道を抜けると再開発っぽい舗装された道に出た。
「で、どの辺なんだ?」
「…こっちです。」
あたしはマイアの後ろをついて歩く。真新しい地下通路から非常口に入っていく。
「おいおい…ホントに大丈夫なのかよ…?」
工事用の入り組んだ通路から立入禁止の貼り紙がある扉を抉じ開けた。
「つきました。」
そこは倉庫みたいになってて、PCが幾つも置いてあった。真ん中には学校に置いてあるようなロッカーみたいな箱とモニター。埃臭いから誰も使ってないのがわかる。
「ここが…?」
「先生、ただいま戻りました。」
「先生?」
マイアは箱についてるモニターの電源を入れた。
「おぉ…!帰ってきたのか!」
その声には聞き覚えがあった。凄く懐かしい…小さい頃に毎日のようにテレビで見てた人の声だった。
「あんたは…!」
モニターには芦本先生が映し出されていた。




