私はアイドル その4
エレナちゃんが襲われた。朝、自宅近くの公園で倒れている所を発見されたらしい。身体中を殴られたかしたらしく、全治2ヶ月…テレビも新聞も連日のようにトップニュースって感じでエレナちゃんを扱っている。
こんな目立ち方、エレナちゃんが一番望んでない…
あれから数日経ったある日、私は事務所に来ていた。正直どうやって来たのかは覚えてない。
「朱莉さん!?休んでなくて平気なの!?」
優花里ちゃんが私に駆け寄ってきた。
「平気……ありがと。」
他のメンバーも事務所に来ていた。舞さん、イノさん…
「イノさんごめん…!私が家まで一緒に行ってたらエレナちゃんは襲われなかったかもしれないのに…!」
耐えられなかった。イノさんの顔を見たら抱えていた事をぶちまけてしまった。
「…朱莉のせいじゃ無いよ。あのレッスンの日は私も居たんだから、私だって…」
イノさんの表情からは後悔が伺えた。私と同じ…
──少しすると叔母…マネージャーと見覚えのあるスーツ姿の女の人が来た。
「こちら警察の李さん。エレナの件で聞きたい事があるそうよ。」
「生活安全課の弥生李です。皆さんにはエレナさんの人柄なども含めてお話を聞かせて頂けたらと思います。ご協力お願いします。」
見覚えのある人だった。前にも事務所に来たような気がするけど、この時の私にはそれに気付く余裕は無かった。
最初に事情聴取されたのは舞さんだった。リーダーから見たエレナちゃんが知りたいって言っていた。本当は駅まで一緒に居た私から色々と訊きたかっただろうから、気を遣われているんだと思った。
優花里ちゃんが私の背中を優しく撫でてくれた。温かい手に、少し落ち着いてきた。
しばらくすると舞さんが戻ってきて、入れ換わるようにイノさんが行った。
「朱莉、大丈夫?」
「さっきは取り乱してごめんなさい…」
「朱莉は悪くないよ。朱莉が気に病む事なんて何も無い。もしエレナの事で朱莉を責める奴が居たら私が許さない。」
「舞さん…」
「だから自分を責めないでね。私が許さないから。」
「…はい、リーダー。」
舞さんなりに励ましてくれたみたい。少し落ち着いてきたかも。
イノさんが戻ってきた。
「次、朱莉だけど…行けそう?」
「うん…行く。」
部屋に入ったら、李さんとマネージャーと…もうひとり、たぶん警察の人。
「…何でも、訊いてください。エレナちゃんの為になるなら。」
「ありがとうございます。それでは、当日の出来事を──」
私はあの日の事を事細かに話した。エレナちゃんやイノさんとのレッスンの事、その後に銭湯へ行った事、帰りにバーガークイーンの注文の仕方を教えてもらった事、その時話した事…
「──エレナさんに何か変わった様子はありましたか?」
「いえ、特には……普段と同じ、明るくて、一緒に居ると楽し…」
言葉が詰まる。出会った頃は何でもズカズカ言ってくるキツい子だと思ってた。けど、困ってる子や落ち込んでる子を誰よりも早く見付けて、声を掛けてて…
私自身もエレナちゃんに声を掛けられて救われた事が何度もあった。
「私は、犯人を許せません。あんないい子を…」
「…必ず捕まえます。必ずね。」
「……はい。」
私は不甲斐なさを犯人への怒りに変えていた。そうする事で湧いてくる悲しみを打ち消していた。
「あの。」
席を立つ前に訊いておかなきゃいけない事があった。
「…何でしょう?」
「エレナちゃんのお見舞いって、いつ行けますか?」
「来週辺りにご家族の皆様をご案内するので、その後でしたら。」
「…わかりました。どうかエレナちゃんをよろしくお願いします。守って、ください。」
「…命に代えても。」
ちゃんと大人らしく受け答えできたのだろうか。
私は今どんな表情をしているだろうか。
少しだけそんな事を思った。
私が部屋を出ると、優花里ちゃんと目が合った。手を握られる。
「……」
優花里ちゃんの手が震えている。
「…ありがと。」
それだけ言って優花里ちゃんは部屋に入っていった。
戻って来るとイノさんがソファに深々と座って項垂れていた。
「イノさん…?」
「あぁ…朱莉か。……座る?」
「うん…」
「…あの日、私も食事に付き合っていれば、ってね…考えないようにはしてるんだけど、やっぱりさ……」
イノさんの抱え切れない後悔。たぶんメンバーの中で私しか一緒に背負えない後悔。
「うん。わかるよ。私も、何かできたかもって思っちゃうもん……実際は降りる駅が違うからどうにもならなかったはずなのに。」
「そうね……」
前はフカフカに感じたソファが凄く固く感じた。
「朱莉、イノ。」
「舞さん?何…?」
「私ね、ずっと考えてるんだよ。エレナが求めてる事。」
「……」
「こんな事になって、たぶんエレナが一番後悔してる。普段の収録だったり、ライブの事だったりをね?」
「うん…そうかもね。」
「こういう時、エレナだったら何をしてほしいかな?」
「なんだろ…?」
「難しいわね。単純そうに見えて繊細だから、あの子。」
「エレナちゃん、新曲の振付が覚えられないって、言ってた。」
「そうなの?」
「そういえば言ってたわね。私の脳ミソ分けろって…」
「ふふっ…言ってた言ってた。」
「…決まりだね。」
「決まり?」
「振付、動画に撮って見舞いの時にあげよう。」
「…いいかもしれないわね。」
やっぱり舞さんは凄い。いつだって前を見て、誰かの為になる事、メンバーの為になる事を考えてる。
「てかホントに会えるのかな…?」
「警察の人がご両親に確認取るって言ってたわよ?」
「そう、だったね。」
さっき警察の人から聞いたはずなのに曖昧になってる。
「もう朱莉もイノもちゃんと休みなさい。」
「ありがとう、舞さん。」
私が思ってるよりも私の頭の中がぐちゃぐちゃになっていたんだと後で気付いた。それだけこの時は正常な状態じゃ無かったし、それだけエレナちゃんと云う存在が私の中…いや、私達の中で大きかったんだと気付かされた。
──私達の事情聴取が終わった後、舞さんは私達全員にメッセージを送った。
『来週以降エレナの見舞いに行けるタイミングができそうです。行きたい人はスタンプかメンションよろしく。それと見舞いの時にライブの振付を動画にしてエレナにあげようと思う。詳しくは次のレッスン日に私が話す。』
「ねぇ、舞…」
「何?」
「相変わらず読みにくい。」
「そうかなぁ?」
「読みにくいですよ?」
「私も、そう思います…」
「優花里も朱莉も思うならそうかぁ…なんでだ?」
「句読点をつけなさいって前から言ってるでしょ?改行も無いし…!」
「えー?マルはつけてるじゃんよ。」
「読・み・に・く・いって言ってんの!」
「まぁまぁ。」
メッセージ下手くそな舞さん、実はちょっと好きなんだよね。読みにくい事は確かなんだけど。
いつものやり取りでほんの少しだけ私達は笑顔になっていた。
私達は日常がほしいんだ。舞さんが寝てて、明日香が面倒見てて、イノさんが委員長で、優花里とアルちゃんとエレナちゃんが騒いでエリに怒られたりする…そんな日常。
「…少しいい?今後のSugarについてなんだけど。」
マネージャーの深刻そうな表情に私達は少し不安になった。
「エレナの怪我は全治2ヶ月、万が一リハビリが遅れればライブには参加させられないかもしれない。」
「それってどういう事ですか…!?」
「…落ち着いて聞ける?」
「その感じだと、ただの全治2ヶ月って訳じゃないんだね。」
これは、覚悟して聞かないといけない…みたい。
「さっき連絡があって、エレナの意識が戻ったみたいなんだけど…その……」
「ハッキリ言ってください。みんな覚悟できてます。」
「怪我なんだけど、切りつけられたのよ…顔を。その傷自体は綺麗に治せたんだけど……」
「…まさか。」
「笑顔が、作れないって。」
神様はエレナちゃんから何もかも奪うつもりなんだろうか。
私は全身の力が抜けてその場に座り込んでいた。
「そんなのって……」
言葉にできなかった。『残酷すぎる』なんて言えなかった。
「…めない。」
「舞…?」
「私は諦めない。笑顔が作れないなら、私が笑顔にする。」
「ちょっと…!」
舞さんが事務所を飛び出していって、イノさんが追い掛けていった。
私と優花里ちゃんはその場で呆然としていた。壁に掛けられた古びた時計の音がやけに大きく聞こえた。
──それから、どうやって帰ったのかわからないけど、私は家に居た。全身の力が抜けて、何もやる気が起きなくて、私はベッドに倒れたまま机に置いてあるフォトフレームをぼーっと眺めていた。そこには、私の想い出が……私達の想い出が……エレナちゃんが……
私は、エレナちゃんの笑顔を奪った犯人を赦せない。




