私はアイドル その3
──最近の芸能界は大変な事になっていた。何人ものタレントが次々に謎の失踪を遂げていて、色んな収録スケジュールがぐちゃぐちゃになって新人である私達Sugarでさえ全員が揃うのは難しくなっていた。
そんな中でもSugarとしては嬉しい出来事があって、来年の7月に大規模なライブをやる事が決定していた。
「ワン、ツー、ワン、ツー…ハイ!ここでターン!」
「タ「ターーーンっ!」」
「…中々合わないわね。」
「ごめん…ちょっと休ませてぇ……」
「じゃあ5分休憩ね。」
「は~い…」
エレナちゃんと私はイノさんにライブの振付を叩き込まれていた。
「やっぱり全員揃わないとイメージ湧かないなぁ~…」
「まぁ、うちは特にフォーメーションが変則的だから大変ね。」
8人グループである私達は基本とされるワントップの振付が存在しない。4:4や2:3:3ならまだやり易いけど、片方に片寄ったフォーメーションになる事もあるから今日みたいなレッスン序盤ではイメージが掴めない事がよくある。
エレナちゃんは特に天才肌的な感覚派だからだと思う。私が合わないのは純粋に下手なのかもしれない。
「ごめんね。もっと早くからやれてればよかったんだけど…」
「収録押したんでしょ?仕方ないわよ。」
「そうそう。今日だってホントは優花里も入れて4人でやるはずだったし。」
「本当に揃わなくなってきてるんだ…」
私は少し不安だった。ただでさえ覚えるの遅いから。できる事ならみんな揃ってしっかりレッスンしたい…!
「まぁまだ1年あるし、ダイジョブダイジョーブ!」
「そういうのは自分が振付覚えてから言いなさい。」
「はーい…さーせーん。」
「あ、あはは…」
「それより…」
「そうだね。朱莉!」
「え?私…?」
…なんだろ?
「最近どうなの?」
「ど、どういう事?」
「ファンの反応よ。炎上は収まったの?」
「えっと…言ってくる人は居る、って感じかな…?」
「そっかー…やっぱこういうのって消えないんだね。」
「そういうもの、としてやっていくしかないのかしらね?」
「その、ごめんなさい……迷惑掛けちゃって…」
「…何を言ってる?」
「え?」
「貴女は被害者よ。」
「そうだよ!何も悪くないよ!…たぶん。」
「エレナ?」
「あっ!いや、その…実はあんま知らなくて。」
「そうなの?」
「なんかストーカーされたのに逆恨みされてんなーってくらいしかわかんない。」
「充分じゃない。」
「あ、あのっ!私にも、何かダメだった所があったのかもしれないし…」
「そんなもの無いわよ。」
「…え?」
「人ってのは自分で自分を変える存在なのよ?誰かに言って、聞かせて、従えて、そうやって自分好みに都合良く変えていい存在じゃないの。自分自身が変わって、合わせていくのよ?」
「イノが言ってる事、私はわかんないけどさ。話を聞かない人って無限に聞かないんだよ?しかもこっちがホントの事言っても嘘だって決めつけるんだから!ホンットに時間のムダ!」
「イノさん…エレナ……」
ふたりの言葉が私の中へ…私の奥へと入っていく。
「ありがとう……」
「朱莉の事、放っておけないんだよね。私も誤解されがちだからさ。」
エレナちゃんはエレナちゃんで二世タレントや元子役として誰かから何かを決めつけられる苦労が今の私と重なって見えたのかもしれない。
イノさんの言葉は私にはまだ全部を理解する事は難しかったから、きっと凄く大人な意見なんだと思った。
「私ね、頑張りたいんだ。ライブを成功させたいの……!だから…!」
「わかってる。」
「"こんな所で立ち止まってる訳にはいかない"でしょ?」
「うん!」
「それじゃあ休憩はこの辺にしてレッスン再開しましょうか。」
「え゛。」
「よ~し、やろう!頑張るぞー!」
「もうちょっとだけ休みたいな~…なんて。」
エレナちゃんが何か言ってたけど、レッスンは再開した。
「ワン、ツー、ワン、ツー…ハイ!ここでターン!」
「「ターーーンっ!」」
ピタッと息の合ったターンができた。
「できたわね。」
「ふぃ~…とりあえずここまではできた~…」
「そ、そうだね…!」
「言っておくけど、まだ後5曲くらいあるわよ?」
「新曲多すぎ~…」
「それに今までの曲だってアレンジが入るし、今までとはハコの規模が違うからフォーメーションも変わる。覚える事は山積みよ?」
「頑張らなきゃ…!」
「覚えらんな~い……イノの脳ミソ分けて~…」
「頑張りなさい。元子役。」
「エレナちゃんって子役もやってたの?テレビ出てたのは知ってるけど…」
「一応ね…てかその話前にもしてるよ?」
「ごめん。聞いてなかったかも。」
「私も朱莉にはしてないかも。」
「…貴女達ちょっと適当すぎない?」
「「そうかなぁ?」」
──休憩を挟みつつ私達は着実に新しい振付を覚えていった…はず。エレナが言ってた通り、"まだ1年ある。"って思っておこう…うん。
「ねぇ朱莉、この後一緒に食事どう?」
「行く…!」
「イノは?」
「私はパス。先約があるのよ。」
「りょ~か~い。」
「シャワー浴びたい…」
「銭湯行っちゃう?」
「行く。」
「銭湯行くならもう少し一緒に居られるわね。」
イノさんが"もう少し一緒に~"なんて言うと、普段クールなだけに破壊力がある。ファンの人は知らないと思うけど、イノさんって結構可愛いんだよね。
近所の銭湯で汗を流した後、私とエレナちゃんはイノさんと別れた。
「ねぇ何食べる?」
「何でもいいよ?エレナちゃんが食べたいもので。」
「それデートで言っちゃいけない奴~」
「あ、私百合営業NGなんで…」
「エリの真似やめてよw」
「…似てた?」
「ちょっと似てた。今度何かの番組でやろ!」
「アルちゃん的にはアリかも~?」
「それは似てない。」
「アルちゃんは唯一無二すぎるね。」
「前から思ってたけど朱莉ってモノマネ上手いよね?」
「そうかな?」
「自覚あるクセに~」
「…ちょっとだけ?」
「てかよかった。」
「ん?」
「思ったより元気そうじゃん?」
「その、炎上した時、みんなに申し訳無いなって思ってたんだ。」
「…そっか。それで距離置いてたワケね。」
「うん…」
「あとさぁ、朱莉って私達にコンプレックス持ってない?」
「……」
なんでわかるんだろ…?
「私は朱莉って凄いと思うよ。」
「そんな事…」
「さっきだって振付覚えてたじゃん。」
「それは…やらなきゃいけない事だし……」
「それが凄いんだよ。私なんか全然覚えてないもん。」
「朱莉にはもうちょっとメンバーとしての自覚、持ってほしいな。私達は8人居るからSugarなんだよ?」
「…うん。ありがとう。」
そっか…こんなに凄い子たちと一緒に居るんだから、私も凄いんだって思わないとみんなにも失礼…って事なのかな……?エレナちゃんが言いたい事って。
「さて、と。じゃあバーガークイーン行こっか!」
「…ホント好きだね。」
「ぶっちゃけ毎日でも全然イケる。」
「うわぁ…」
食事中に他愛も無い話をしてると学生の頃を思い出す。たった数年前なのに…と言っても私は引き籠ってた時期があるからかもしれないけど、凄く懐かしい気持ちになった。
「──朱莉?聞いてる?」
「ん?聞いてるよ。優花里ちゃんがバラエティに振り切れすぎてるって話でしょ?」
「そうそう。ゆかちゃんマジで命懸けてるっていうか…ドッキリで死ぬなら本望ってカンジでさ。」
「優花里ちゃんなら言いかねない…」
「あそこまでなれないな~って思うわ。ホント尊敬する。」
優花里ちゃんはバラエティに全力というか、私達の中で唯一何のNGも無い。
「この前はバンジージャンプやってたよね。」
「あれは楽しそうだったなぁ…」
…次にバラエティに引っ張り凧なのがエレナちゃん。お父さん関連の話とギャルっぽいキャラがウケてる。
「そういえば私初めてきたかも。」
「バーガークイーン?マジで?」
「うん。」
「じゃあオススメ教えてあげるよ!」
「オススメなんてあるの?」
「トッピング選べるんだけど、無料のやつはドカッといくのがオススメ。わかんない時はオールヘビーでいいよ。」
「オールヘビー…」
「あとはワッパーかな。マッシュルームとか。」
「ワッパー…」
何が何だかサッパリわからないけど、レジ前でオススメされた通りの注文をした。
出てきたのは私が思ってたサイズより一回りくらい大きなハンバーガーで、分厚いマッシュルームとたっぷりの野菜とソースが入っていた。
「いただきまーす♡」
エレナちゃんが何を頼んだかはわからなかったけど、サイズが同じくらいだったからエレナちゃんもワッパー?だったんだろう。嬉しそうに頬張ってる姿はちょっと可愛かった。
「どうだった?」
「まぁ…美味しかったよ?」
「もしかして、ちょっと多かった?」
「ちょっとだけね。けどレッスンの後だったし丁度良かったかも。」
「フフフ…もうバーガークイーン無しではいられない身体になってきただろう……」
「…何そのキャラ。」
「フフフ…よくない?これ、フフフ…」
「やりたいだけじゃん…w」
エレナちゃんと居るといつも笑ってる気がした。
帰り道、駅の改札で私達は別れた。
「またね!」
「うん。また。」
誰も私達が普通に電車を使ってるなんて思わないのか、それとも私達の人気がまだまだなのか、誰かに声を掛けられたりって経験は全然無い。
「…頑張らないと。」
私の呟きは駅の喧騒で掻き消されてました。
──翌朝。今日は久しぶりの休みだから自主練しつつゆっくりできると思ってたんだけど、マネージャーから連絡が入っていた。
「昨日の夜エレナが襲われて怪我した。詳細は──」
私は目の前が真っ白になってベッドに倒れた。




