橘珠美の便利屋 その5
アタシこと橘珠美は、妹の碧に酷い扱いを受けていた。それがいつから始まったのか?はアタシにはわからなかった。
小さい頃の碧は何をするにもアタシや姉さんの後ろをついてまわる子だった。だから母さんや姉さんは碧がアタシに向ける態度を自立心だと捉えた。"きっと反抗期よ"なんて言われて、当時反抗期がよくわかっていなかったアタシは"そういうものか"と納得するしかなかった。そう、アタシ自身に反抗期は無かった。
「姉さんの反抗期ってどうだったの?」
父さんに訊いたら"今も反抗期かもしれない"って言ってた。その時は理解できなかったけど、一流企業を辞めて喫茶店をやるって言い出した時に理解した。姉さんに安全牌と云う概念は無い。常に前進し続ける。止まらない。それが姉さん。
だからアタシは今、父さんと母さんを安心させる為にその喫茶店の隣で便利屋をやっている。なんて言ったら姉さんは怒るかもしれない。
まぁ、どっちみちあの上官は殴ってただろうからアタシにも反抗期的なものはあるのかもしれないけど。
──いつものように畑仕事やお子さんの送迎など、馴染みの朝依頼を済ませて帰ってくると、そこに一人の男が待っていた。
「あれ?天野さん?碧なら喫茶店の方だよ?」
「いえ、今日は……」
紳士的な態度の天野さんはアタシをじっと見てから、何かを決した表情で口を開いた。
「依頼したい事があります。」
話を訊こうと店の中に入ると、丁度瑠璃も便利屋に来ていた。
「丁度よかった、お客様にお茶出して。」
「…わかったわ。」
「あぁ、その…お茶は……」
「…わかりました。」
いつものように依頼人の対面に座る。天野さんは少し表情が固い。少し緊張してきた。
「…人を、探してほしいんです。」
「人探しですね?では幾つか質問をさせてください。」
「はい。」
「その方とはどう云ったご関係ですか?」
「……家族…いえ、身内のような、凄く近しい関係です。」
「写真などはありますか?」
「ありません。」
「では、その方のパーソナルな情報を教えていただけますか?」
「名前は、ハルナ。20代。黒髪で、よく頭の上の方でひとつに纏めてて──」
「なるほど。他に特徴はありますか?」
「…確か、何かの格闘技をやってます。」
「なるほど…」
困った。挙がってきた情報に特徴が無さすぎる。若い女、黒髪でタヌキ顔、身長は160センチくらいで体型は良い方。で、格闘技……
「すみません。俺自身、記憶が曖昧で…この辺りに居る事は確かなんですけど…」
「大丈夫ですよ。まずは地道に情報収集をしてみようと思います。万が一特定できなくても次に繋がるように…」
「ありがとうございます。」
「それで、報酬の方ですが、このパターンですと──」
今回の依頼は長期化する可能性が高く、しかも目的を達成できるかどうか…最低でも腕の良い探偵を何人か紹介して次に繋がるようにする。天野さんは碧と親しくしてくれてるし、喫茶店にもよく来てくれるしね。
「珠美、少しいい?」
「ん?わかった。天野さん、ちょっと待っててくださいね。今見積もり出すので。」
アタシは瑠璃に呼ばれるまま裏に入った。
「あの人、何者なの?」
「あれ?瑠璃は会った事無かったっけ?碧の彼氏だよ。」
「それ本気で言ってるの?」
「この前も2人で買い物デートしてたよ?」
「……」
「どしたの?」
「人間じゃないわよ、あれ。」
瑠璃が何を言っているのかわからなかった。"人間じゃない"…と云う事はELLY?いや、あの違和感の無さならAngel…?ただでさえよくわかって無いのに更に訳がわからない。だって、瑠璃や乃亜さんとはあまりにも見た目が違いすぎてる。みんな女の子っぽいんじゃないの…?
「そういう事だから珠美は下がってて。」
「ちょっ、ちょっと待って…っ!」
アタシ程度じゃ瑠璃は止められない。
「せめて穏便にっ…!」
「あなた人間じゃないわね?」
「……」
「答えなさい。返答次第では…」
「ハルナ?ハルナなのか?」
「…何を言っているの?私は瑠璃よ。」
「いや、君はハルナだ。俺が探していたハルナに違いない。じゃないと俺を見分けられる筈が無い。AngelはAngelでしか判別できない。」
瑠璃と天野さんは睨み合っていた。アタシにできる事、何か……
すると店の扉が激しく開け放たれた。
「全員動くな!」
声のする方を見ると加賀さんが天野さんに銃を向けていた。
「加賀さん…!?どうしてここに…?それに銃は…」
「事情は後だ。聞き捨てならない単語が聞こえたもんでな。」
「…警察か。」
「天野さん待って…!加賀さんも、落ち着いてくださいっ!」
アタシは声を掛けるしか無かった。
「武装を解除してください。加賀さんも、あなたも。」
加賀さんの後ろから見覚えのあるELLYが来た。確か、朔夜さん。
「私たちは対話を望みます。"天野力也"さん。」
「……!?」
「ちょ、朔夜、なんでこいつの名前を知って…」
「RAINからの解答です。天野力也、瑠璃…いや、ハルカ。お久し振りです。」
「ハルカだと!?」
「加賀さん、単独行動で街の便利屋を頼った挙げ句そこに居た最重要人物を見過ごしていた件は黙っていてあげます。」
「マジか…」
「どうやら、何もかも白日の元に…って感じのようね。」
瑠璃も何かを諦めた様子だった。
──朔夜さんの介入で瑠璃も天野さんも加賀さんも同じテーブルについていた。と言うか…ノーサイドにさせられた?って感じだった。
「気に食わないわね。」
瑠璃は不満を漏らしていた。
「確かに解せないって言葉がぴったりだな。なぜネットに逃げた筈のお前が現実に居るんだ?」
「…色々あったのよ。」
「それは答えてもらいたいものだな。」
「後にしてください加賀さん。今はAngelの実情を探るのが先です。」
「…ハイ。」
加賀さんも朔夜さんにたじたじと云った感じ。
天野さんはと云うと、瑠璃の隣で大人しくしていた。
「加賀さん、アタシからも言わなきゃいけない事があります。」
「ん?なんだ?」
「先日の調査報告、例のダンサーはAngelでした。瑠璃の手前、警察官には報告できませんでした。申し訳ありません…!」
「…その件についてはRAINから不問にするように要請が来ています。」
「朔夜、流石にそれは警察官として呑めない。」
「単独行動。最重要人物。」
「お前、ズルいぞ…」
「今回は多少強引でも知らなければならない案件なので。」
「つまりRAINが把握できていない事が起きてる…って認識でいいかしら?」
「そうです。ハルカ…いや、瑠璃さん。皆さんも、ウロボロスと云う単語に覚えはありますか?」
「ウロボロス…?」
「あの。」
「はい、天野力也さん。」
「ウロボロスと云うのは、あの蛇のモチーフの事で間違い無いですか?」
「間違い無いですよ。」
「それなら知っている。俺はそのマークが描かれた場所で身体を改造した。」
「本当ですか!?」
「俺は相澤史郎を追う中で"力こそパワー"と言う単語を聞いた。それを仲間に共有した所、俺を含めた数人が身体を改造しようとなった。」
「やっぱり、Angelには独自の繋がりがあったのね。」
「それで、その場所はわかりますか?」
「地図情報を提供してもいいが、条件がある。」
「条件?」
「俺達をAngelと云う理由だけで追うのは辞めろ。」
「それは…」
「それはできない。お前達からは訊かなければならない事が多すぎる。」
「…わかった。では訊かれた事には全て答える。それで俺達に敵意が無い事を証明できるか?」
「難しい所だな。」
「加賀さん…!」
「まぁ聞け。仮に、俺や朔夜、うちのメンバーが納得したとしてだ。警察ってのはそれで"はいそうですか"って納得するような組織じゃない。況して相手は人間じゃない、意思が芽生えた可能性のある機械だ。しかも2年前の駅や病院の件で危険性まで実証済み。それがお前達Angelの置かれている状況だ。」
「俺自身は何もしてないのに…」
「んな事は俺だってわかってるよ。それにな…こういう事は何もお前達が機械だからって起きる訳じゃない。」
「移民問題、ですね?」
「あぁ。幾らそれぞれが個別で生活していようが見ている側からすれば"移民"と云うその国を知らない集団に過ぎない。集団扱いされてる訳だから誰かが悪行を働けばそれは全体へ波及する。そして一度ついた印象を変えるには、その何倍もの善行が必要になる。」
「俺達も、そうする必要があると?」
「そうだな。まぁ、幸いお前達の危険性を把握してるのは警察の一部や野座間くらいでコントロールの効かない状況じゃ無いけどな。」
「…難しい話ね。珠美がさっきから思考停止してるわよ?」
「おぉい!」
「だってアタシにはピンと来てなくて…」
「自衛官時代にデモとかテロとかあっただろ…!」
「確かにあったけど、アタシ自身はそれを全体のものとして見てないって言うか……その…」
"アタシが幼い頃に大好きになったヒーローなら、そういう考えにはならない"って思うから。
「まぁ、珠美らしいわね。」
「そうなんですか?」
「今だから言うけど、逃げ出して肌が破れて機械が剥き出しだった私を匿ったのは、この珠美よ。」
「そうだったんですか…?」
「まぁ、うん。」
「…逮捕だな。」
「え?」
「事件の重要参考人を匿った、つまり逃走幇助だ!」
「勘弁してよォ!」
「冗談だよ、冗談。」
なんだかんだ言いつつ、場の空気は柔らかくなっていった。争い事にならないならそれでいい。
まぁ、逮捕もなってほしくないけど。




