碧の日々 その3
『夏の暑さってのはな、いつの時代も変わらんのさ。』
私が小さい頃、お父さんがそんな事を言っていた。その後には必ずお母さんとの出会いを話してくれて、私はそれをお父さんの膝の上でアイスを食べながら聞くのが好きだった。お父さんにとって"夏"と云う季節は、とても大きなものなんだと幼いながらに思っていた。
──それってデートじゃん!!」
「でっ…デート!?」
「え?違うの?」
「わ、私の買い物に付き合ってもらうだけだし……それで、その…「いいなぁ……アタシもデートしたい。」
珠ちゃんは割と私の話を置いていく時がある。
「…珠ちゃんはまず相手を見つけなよ。」
「うっ…ひどい。」
珠ちゃんに蔑ろにされた時はちょっとした反抗をする。言葉でチクッと刺すのがコツ。本当にチクッと刺すだけ。チクッと。
「ねぇ、お姉ちゃん、何着て行けばいいかな?」
「そうねぇ…夏らしいワンピースでいいんじゃないかしら?」
お姉ちゃんは私の話を聞いてちゃんとお姉ちゃんしてくれる。珠ちゃんと違って。
「ワンピースかぁ…いいかも。」
「えー…デートならちょっと攻めた方がよくない?」
「ショッピングでしょ?そういうのは試着で見せればいいのよ。」
「さすが姉さん…!」
「いや、あの…」
本当にただの買い物で、本当にただただ着るものに迷ってるだけなんだけどな…
二人の姉は私を差し置いて私と力也さんの買い物にデートプランを組み込んでいった。
──数日後。
「お待たせして済みません…!」
私は待ち合わせ場所である駅前広場に遅れてきた。
「俺も今さっき来た所ですよ。」
力也さんはいつものシックな雰囲気とは少し違った装いで普段よりスマートに見えた。
「そのワンピース、似合ってます。」
「あっ…ありがとうございますっ…!」
お姉ちゃん達に言われた事を意識してしまう。
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「どう?姉さんっ!」
「しっ!声が大きいわよ。」
私は双眼鏡を片手に珠美を窘めた。
「大体、尾行って貴女の方が詳しいんじゃないの?」
「姉さんは便利屋を何だと思ってんだよ。」
「便利な人たち。」
「それは間違ってないけど…あっ!碧行っちゃうよ!」
「静かにっ!」
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──居るなぁ……お姉ちゃん達。
「碧さん、アレって…」
「…面白がってるだけだと思うので、放っておいてあげてください。」
「仲が良いんですね。」
「そう…ですかね?」
うぅ…恥ずかしい。いつもは冷静なお姉ちゃんだけど、珠ちゃんの悪ノリには全力で乗る時がある。多分だけど、本当にデートだったらああはなってない。
決めていた店に入る。
「…何を買うんでしたっけ?」
「お店でコスプレする時があるんですけど、そういう時に使う素材と、後は贈り物がありまして。」
「贈り物?」
「父の誕生日なんです。毎年あげてるんですけど、段々ネタ切れで…」
「どうして俺なんです?」
「男の人の視点が欲しくて…その、ご迷惑でしたか?」
「いえいえ。部外者の俺でいいのかな?と思って。」
「それは気にしないでくださいっ!それに、メインは衣装の生地なんでっ!」
「わかりました。荷物持ち、頑張ります。」
力也さんは冗談っぽく返してくれた。
デートかぁ……デート、なのかな……?
あっ、この生地良さそう…
……デート…
お姉ちゃん達のせいで買い物に集中できない。これじゃ力也さんにも迷惑描けちゃうよ…
「へぇ…衣装作りってこんなのも使うんですね。」
「はっ、はいっ!そうなんですよっ!この光沢が良くて…!」
サテン生地の説明なんてきっといらないのに、変に口が回る。
「さすが碧さん、詳しいですね。」
「その、趣味なので…」
元々は介護士をやっていた頃に施設のレクリエーションでコスプレをしたのが始まりだった。その時に雑貨屋で買った衣装が、下着が透けそうなくらい薄手だったから改良したり…
(不評だったけど)当時付き合っていた彼氏の前で着て見せたりもしていた。
今はお姉ちゃんの喫茶店で瑠璃やビビちゃんに着させられるから凄く楽しい。珠ちゃんは…うん。
──生地選びが済んだ後は小物類を見て廻った。相変わらず視線を感じる。お姉ちゃん達の尾行が下手すぎる…
「はぁ…」
「少し休憩しますか?」
「…そうですね。済みません…荷物沢山で。」
「構いませんよ。」
私と力也さんは近くのファミレスに入った。店内のELLYの格好がちょっと可愛い…
私達は言われるままに席についてメニューを眺めた。
「…力也さんって、優しいですよね。」
「そうですか?」
「初めての時も私のコーヒーに付き合ってくれたし、今だって荷物持ちしてくれてるじゃないですか。」
「俺は自分にできる事をやりたいと思ってて、だからこれはただの自己満足ですよ。」
「それでも、私は嬉しい…凄く。」
「役に立ててるなら良かった。」
「ドリンクバー2つとカルボナーラ1つ、以上でよろしいでしょうか?」
「はい。」
こういう時に喫茶店にありそうな…と言うより確実にあるメニューを選んでしまう私。ドリンクバーで力也さんの方を見たら迷わずコーヒーを選んでいた。
「力也さんって本当にコーヒーが好きなんですね。」
「あー…確かに、そうかもしれない。気付いたら押してましたね。」
私はジンジャーエールにしてみた。
席に戻ると珠ちゃんと目が合った。お姉ちゃんも軽く手を振ってる。
「お姉さん達、普通に居ますね。」
「たぶん飽きたんだと思います。その内帰りますよ。」
「そういうものですか?」
「そういうものですね。」
「嫌になったりしませんか?」
「うーん…なんて言うか、慣れたかな。産まれた時から一緒だし、悪気がある訳じゃないし…」
「心配されてる?」
「それも少しありそうだけど、殆どは面白半分ですね。」
「いい関係ですね。」
「力也さんは、そういう人って居ますか?家族とか。」
「家族か…」
これ、訊いちゃいけない事だったかも…?
「実は探してる相手が居るんですが、場合によっては家族と呼べるかも。」
「生き別れ…みたいな感じですか?」
「そうですね。まだ一度も会った事は無いけど、いつか会わなきゃいけない相手です。」
「そっか…そんな人が……」
そんな存在が居るなんて思わなかった。どんな人なんだろう…?
「ありがとうございます。話してくれて、力也さんの事が知れて嬉しいです。」
「今度は碧さんの事を教えてください。俺も知りたいですから。」
「私…?話せるような事ってあるかな…凄く、平凡だから。」
「それでも、知りたいですよ。」
嬉しかった。こんなに私に興味を持ってくれるなんて思わなかった。
それから、私は私の平凡な話を力也さんにした。
幼い頃は何でもお姉ちゃん達と同じじゃないと嫌だったとか、学生時代の部活の話とか、運動では珠ちゃんに勝てなかったけど勉強では負けなかったとか、そういうオチも山場も無い本当に平凡な話。けど、力也さんは楽しそうに私の話を聞いていた。
ファミレスで時間も忘れて話したのは学生以来だったかも。
──気付けばグラスが汗を掻いていた。中の氷も姿を変えて、炭酸の抜けたジンジャーエールが味まで薄くなっていた。
「すっかり話し込んじゃいましたね。」
「確かに、そうですね。」
「なんか久々にゆっくりできた気がします。」
「じゃあ休憩の甲斐がありましたね。人生の休憩。」
「ふふっ…そうかも。」
私と力也さんは席を立って会計を済ませた。夕方に差し掛かった外の人通りは確実に増えていた。
「この後はどうしますか?」
「えっと、最後にもう1ヶ所行きたくて…」
「わかりました。行きましょう。」
「ありがとうございます。」
少し歩いた先にお気に入りの雑貨屋さんがあった。普段使いできるものからコスプレで使えるものまで、店長さんの拘りが詰まったアクセサリーのコーナー。
「アクセサリー?」
「結局あっちではお父さんのプレゼント買えなかったので、ここで。」
「わかりました。どんなのが良いですかね…?」
「力也さんの好みで大丈夫ですよ?お父さん、何あげても喜んじゃうから逆に困るんです。」
あげないと拗ねるし。
「いいのかなぁ…」
そう言いながらも力也さんは幾つかあるネクタイピンを見比べていた。
「それなりの年齢の方ならこの辺なんてどうです?」
金縁にレジンか何かで青いワンポイントがつけられたシックなものが選ばれた。
「因みにですけど、力也さんだったらどれが欲しいですか?」
「俺ですか?そうですね……これかな?」
力也さんはアクセサリーじゃなくてハンカチを選んだ。
「わかりました。」
私はネクタイピンとハンカチを取って会計を済ませた。
「これは今日のお礼です。」
「そんな…ありがとうございます。」
「これからも仲良くしてくれたら嬉しいです…!」
「もちろんです。碧さんは大切な友人です。」
「良かった…!」
とりあえず、目的達成…かな?デートなんて、恋人なんて…まだ早いよ。私は私の速度で歩きたい。
「そういえば、お姉さん達を見掛けなくなりましたね?」
「そういえば…?どこ行ったんだろ…」
力也さんに便利屋紹介したかったのに…
「ま、いっか。力也さん、後で珠ちゃんの便利屋紹介しますね?」
「便利屋…?」
「探してる人、何かわかるかもしれませんし!」
「…そうか。誰かに頼ればよかったのか。」
「ん?」
「…今まで一人で探していたので。」
「もしかして余計なお世話ですか…?」
「いえ、目から鱗?みたいな感じです。俺には誰かに頼るって考えが無かったので。」
「それなら、よかった…!」
いつもお世話になってるんだもん。少しくらい、力也さんの力になりたい…!
…まぁ、実際に調べるのは珠ちゃんだけど。




