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公安課の加賀豊 その2


便利屋・橘珠美から得られた情報に依れば謎のダンサーはELLYか何か…つまり人間では無い事が判明した。しかし、それと同時に目撃談がぱったりと無くなった。公安の情報網にも引っ掛からず、捜査は完全に行き詰まっていた。


「いらっしゃいませーっ!」

あれから俺は橘珠美が言っていた喫茶店"橘"に入り浸っていた。

長女で店主の橘美雲。彼女とは同世代と云うのもあって話が弾む。

次女の珠美も便利屋の傍ら、時々可愛らしい格好でウェイトレスをしている。彼女が店に立つと自然と空気が明るくなっていた。

三女の碧は姉とは対照的だが接客は完璧だった。気配りも上手く、とても自然だ。

バイトでやってくる後藤ビビ。名前は聞いた事があった。事故に巻き込まれて片足を失った陸上部のエース。2年前のあの事件でも巻き込まれていたが、元気なようで安心した。

そしてもう1人。いや、厳密には1体だが、風変わりなELLYが居た。(こだわ)った調整がされているのか、接客プログラムのお陰なのか、時折人間と見間違うような対応をしてくる。名前は確か、瑠璃だ。


最早定番となったカウンター席。ランチタイムがズレたタイミングなら端に座れる。メニューを見て悩む振りをするけど頼むものは決まっている。

「コーヒーで。」

「少々お待ちください。」

店内に流れるBGMは落ち着いた雰囲気のジャズかクラシックかって感じの曲。音楽詳しくないからわからない。

職業病かもしれないが、常連客たちの愚痴を聞き逃さない。誰々の旦那が浮気して修羅場だとか、サークルの後輩何人食ったとか、下世話な話は絶えない。

「お待たせしました。コーヒーです。」

カウンターの向こう側から店主がそっと出してくれる。コーヒーの(かお)りに集中して耳からの情報をシャットアウトする。仕事で張り詰めていた神経が緩む瞬間…リフレッシュもできる最高の一時(ひととき)だ。

「ふぅー…」

一口啜って肩の力を抜く。こんな姿は他の連中に見せられないな…なんて思ってたら。

「──」

「加賀さん。探しましたよ。」

「なっ!?朔夜…仙石!?」

緩んでいた神経が一気に張り詰める。所謂(いわゆる)仕事モードに切り替わる。

「突然ですが、課長が呼んでます。」

「課長が?」

「緊急よ。」

「…わかった。わかったよ。これ飲んだら行く。」

俺はコーヒーを啜った。

「じゃあ私も何か飲もうかな~」

仙石がメニューを見ている間に朔夜は店を出た。

「おい。仙石。」

「んー?」

「あの人の容態はどうなんだ?」

「あの人ってねぇ……まぁ、命に別状無しよ。」

「…そうか。」

「よかった?」

「そりゃあな。」

誰だって死んでほしくない。同じ警察官なら尚更だし、土門さんには恩があった。

「私、久々に動揺したよ。青井くんの時を思い出した。」

「そうか…」

青井陽太。和泉が開発したELLYとは違うアプローチのアンドロイド。和泉の事も信用してなかった当時の俺は課長に猛抗議したのを覚えている。

「…朔夜の調子はどうだ?」

「まぁまぁかな…いや、わかんない。もしかしたらツラい想いしてるかも。」

特異点(シンギュラリティ)…本当にそんな事が起こると思うか?」

「それは加賀くんの方が詳しいんじゃないの?」

「岩木は課長に任せちまったよ。」

「そうだったね…」

岩木とは会ってない。今どこで何をしているのか、そもそも元気なのか…

「…『めぐみ』にも申し訳がねぇ。」

彼女(そっち)の容態はどうなの?」

「相変わらずだよ。」

俺はコーヒーを啜った。自分から言っておいてなんだけど、めぐみの話はしたくなかった。

「わりぃ、先出てるな。」

俺は"橘"を出た。会計は押し付けた。


「加賀さん。」

「何だ?もう逃げねぇよ。」

「逃げてたんですか?」

「課長にちょっと思う所があってな。まぁ、言われてた捜査はしてたさ。」

「…やっぱり大変なんですか?」

「何がだ?」

「公安と行ったり来たりしているじゃないですか?」

「あぁ…それか。それは…まぁ、大変っつーか…面倒だな。」

「面倒?」

「人生いろいろって事だよ。」

「いろいろ…?」

朔夜(こいつ)も自分なりに考えてるって事か…そうなると、もうただの機械じゃないな。仙石とはシチュエーションが違うが、俺も青井の事が脳裏に浮かんだ。

その後、俺のコーヒー代を払った事をすっかり忘れている仙石も合流し、3人で署へ向かった。


──署に戻ると、課長(ハゲ)と土門さんが話していた。

「…土門さん。」

この人は不死身か何かなのかもしれない。

「おぉ、加賀!久しぶりだなァ!」

「…そうやって迎えてくれるの、土門さんくらいですよ。」

「ビビってる連中はお前じゃなくて公安にビビってるだけだろう?」

「…それもそっすね。」

土門さんは公安から来た当初から分け隔て無く俺に話し掛けてくれた唯一の人と言っても過言じゃなかった。その事は今でも恩に感じているし、もし捜査に加われるなら俺の手で逮捕したいと思っている。


「まぁいい。お前たち全員こっち来い。」

俺たちは閑散とした埃くさい部屋に連れられた。

「何なんです?ここ。」

「これから、お前たちにはここを使ってもらう。」

マジかよ…

「どういう事ですか?」

「詳しい辞令は後になるが、端的に言えば我々の班を新設する。」

「それって…!」

「アンドロイド犯罪に特化した専従班だ。メンバーは私を含めた今この部屋に居る者たち…と、私が直々にスカウトした者たちだ。」

専従班…今までは即席で寄せ集められた警官とELLYで組織されていたけど、これからはそうじゃないって事かもしれない。それに選ばれたか…

「スカウトですか…?」

「近日中に来る。それまでは…」

「それまでは?」

「この部屋の掃除だな。」

「ですよねー…」

俺は部屋の窓を開けた。


──数日後。俺は借り物の整理も途中に課長(ハゲ)の指示であるマンションに向かっていた。課長(ハゲ)曰く、ここには俺たちと同じく専従班に参加するメンバーが居るらしい。

「…ここか。」

俺は部屋番号を打ち込んで呼び出しボタンを押した。

『…ハイ。』

確か…

「専従班の加賀です。」

『…わかりました。』

扉が開いた。

エレベーターに乗り込み、6階を押す。こんな所に居るとは、どんな奴をスカウトしたんだろうか…

エレベーターを出て廊下を歩く。604号室のチャイムを押した。程無くして扉が開く。ELLYだった。

「どうぞ、加賀さん。」

「お、お邪魔します。」


部屋には必要最低限の家具と何かのレポート、そして見覚えのある義肢が幾つか置いてあった。

「…そういう事かよ。」

「久しぶりだね。」

自慢の長い髪はすっかり切られ、益々姉と見分けがつかなくなった妹がそこに居た。

「髪、切ったのか…?」

「うん。一応、変装も兼ねてね。」

「……」

「姉さんそっくりになっちゃった。」

「言うな、そういうの。」

「…めぐみには会ってるか?」

「1年くらい会ってない。と言うより、部屋(ここ)から出てない。代わりに課長さんが様子を教えてくれてた。」

「そうだったのか。」

「だから、豊さんが毎週来てたのも知ってる。」

あのハゲめ…そこまで調べたのか。

「…サボってるだけだよ。」

「ねぇ。」

「なんだ?」

「姉さんの事、話してほしい。」

「…あぁ。」

俺は岩木に…比奈子に、めぐみの様子を話した。延命をどうするかとか、そういう類いの話だ。

「最新の技術なら神経部分に機械を取り付けて機能を取り戻す事は可能らしい。ただ、国内じゃ許されてないし、費用の問題もある…」

「…論文を読んだ事はあったけど、実用化していたのね。」

「知ってたのか…?」

「一応ね。リハビリ分野とも関わりがある事だし。けどこの生活になってからはあまり…」

「そういう事か。」

「少し、考えておくわ。」

「費用の問題なら俺も出す。出させてくれ。」

「うん…ありがとう。」

その後は自分の近況やAngelに関する事を軽く話した。

「そうだ。忘れてた。」

「ん?どうしたの?」

「こいつが本題だった。」

俺は一通の封筒を取り出して、中身を読み上げた。

「岩木比奈子。本日付けをもって保護プログラムを終了し、同時に三多摩署アンドロイド犯罪専従班への客員を要請する。だそうだ。」

「えっ…それって……!」

「早い話が追われる立場から追う立場になれって事だな。課長もめちゃくちゃを言う。」

「いいの…?」

「さぁ?俺は知らん。」

恐らく、課長の考えは比奈子をAngelの(おとり)にしつつその技術的知識を捜査に役立てようって感じだろう。一石二鳥…いや、比奈子も自由の身になれるから三鳥か。

「いいわ。その要請、受ける。受けさせて。」

「じゃあ行くか…用意してくれ。」

「えっ?」


──用意には1時間掛かった。

「まさかこんなにすぐだとは思わなかったわ…」

「悪いな。まぁ、挨拶は早い方がいいだろ?」

署へ向かう車内で比奈子は緊張している様子だった。

「そうだ。ダッシュボード、開けてくれ。」

「ここ?」

「そうそう。そのファイル読んでおいてくれ。」

「これ…機密書類なんじゃないの?」

「俺が課長の命令で調べた不審な事案のリストだよ。」

「不審な事案?何よそれ。」

「簡単に言うと、人間じゃ起こせないだろって云う事案を(まと)めたものだよ。」

「つまりAngelの可能性がある事案?」

「そういう事。」

その中には俺が便利屋に依頼したものも記録しておいた。

「これって…?」

「あぁ、それか。独自のルートで調査して、今は目撃情報すら途絶えてる。後で原本渡すよ。」

「そう…」

「気になるか?」

「ちょっとね。何て言うか…科学者の勘?みたいな。それに不自然な点もあって…」

「不自然な点?」

「そもそもなんだけど…ELLYは連続でバク転なんてできないのよ。宙返りはできるんだけど…」

「…そうなのか?」

「腕に掛かる負荷が大きすぎるの。Angelだと強度が上がってるから、ハルカにつけてたレーザーみたいなものを無くせば可能かもしれないけど…」

「つまり…」

「この謎のダンサー、人間離れしてる上にELLYの範疇を越えてるわ。」

Angelの尻尾が見えた。しかし捕まえられるだろうか…?


簡単な登場人物の紹介

岩木めぐみ…公安課時代の加賀がコンビを組んでいた相棒。比奈子の姉。

岩木比奈子…2年前の事件の重要参考人。Angelに命を狙われているので警察に保護されている。めぐみの妹。


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