捜査官の朔夜 その2
「捜査官の朔夜 その1」の続きです。
──翌日、警察病院。病棟前の廊下は薄暗く、私は冷たい印象を抱いた。
「課長。」
「おぉ、来たか。」
「どうなんです?」
「幸いな事に致命傷は免れたみたいだ。」
「そうですか…よかった。」
安心したのか、茜さんはソファに座り込んだ。
「お前たちに言っておかなければならん事だが…土門は私を庇って刺された。」
「犯人は…?」
「仮面をしていた。だがな、人間の動きでは無かった。」
「…ELLYですか?」
「そうかもしれんし、違うかもしれん。どちらにせよ私の事を邪魔に思う者は裏表問わず多くてな…」
「心当たりがありすぎますか。」
「まぁ、そういう事だな。」
私はひとつ疑問に思う事があった。
「課長。」
「ん?何だ?」
「なぜ、あの場所だったのでしょうか?確実に命を奪うのであればもっと適したタイミングがありますし、それがELLYならば尚更です。」
「確かにな…」
「もしかしたら課長は第二目標だったのではないでしょうか?」
「…第二目標?」
「はい。第一目標は署内の誰か、または何かだった。しかし行動中に第二目標だった課長と遭遇した。」
「なるほどな。確かに、それなら駐車場で襲った理由にはなるな。」
「ただ、これは"実行者がELLYだった場合"です。人間やそれに近い存在だった場合はもう少し理由が変わると思います。」
「衝動的犯行か…?」
「はい。当人に何かがあって、"警察官"を狙う為に侵入した。と云う例は過去にもありますから。」
「…ふむ。」
「茜さんはどう思いますか?」
「私?そ、そうだなぁ…朔夜の思う所も尤もだと思うんだけど、ひとつだけハッキリしてる事があるよ。」
「なんですか?」
「課長、私たちと一緒に来てください。病院で襲撃されると厄介なので。」
「…そうだな。」
「朔夜は病棟に残ってくれる?」
「わかりました。念の為、警護申請をしておきます。」
「それは私が…」
「課長は何もしないでください。ログが残るので。」
「…ハイ。」
「まったく…相変わらず世話が掛かるんだから…!」
「すまんな…」
茜さんと課長って、どういう関係なんだろう…?
2人は病棟を去った。
──翌日。茜さんから戻ってくるように言われた。私はその場に居た警察官に挨拶をしつつ、三多摩署へ戻った。
「ごめんね。大丈夫だった?」
「はい。病棟の方は警備体制が敷かれました。」
「ありがと。それで、なんで呼び戻したかって話なんだけど…」
「それは私から話そう。」
そこには課長が居た。
「課長…?大丈夫なんですか?」
「三多摩署が最も安全だと判断しただけだ。」
確かにそうかもしれない。
「私の事は一先ずいい。それよりも進めなければならない事ができた。」
「なんですか?」
「加賀を見付けてもらいたい。」
「加賀さん…ですか?」
「そうだ。公安の方で情報収集させていたんだが、連絡がつかなくてな。」
「わかりました。」
私と茜さんは加賀さんと親しい人たちに話を訊く事にした。
「豊?あいつなら帝大の方に行ってんじゃないか…?」
「帝大?」
「前に良い喫茶店を見付けたとか言ってたよ。」
仕事以外の加賀さんを知らない私たちにとっては新鮮だった。
──八王子。
駅から少し歩くと喫茶店があった。名前は"橘"。
「ここね…」
ランチ時を過ぎていた事もあり、店内は空いていた。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいですか?」
見付けた。
「…ちょっと、すみません。」
私はカウンター席へ向かった。
「加賀さん。探しましたよ。」
「なっ!?朔夜…仙石!?」
「突然ですが、課長が呼んでます。」
「課長が?」
「緊急よ。」
茜さんは平然と嘘をついた。
「…わかった。わかったよ。これ飲んだら行く。」
加賀さんはコーヒーを啜っていた。
「じゃあ私も何か飲もうかな~」
茜さんがカウンターに座ってメニューを見始めた。
「お客様は何になさいますか?」
店員さんは私に声を掛けていた。
「…すみません。」
私は店員さんに恥を掻かせないように胸元の機械が剥き出しになってる部分を見せた。
「あっ…」
店員さんは気付いてくれたようで、軽くお辞儀をしてから奥へ入っていった。
「私、出ておきますね。」
茜さんに耳打ちして喫茶店を出た。
──外に出て空を見る。この時期にしては寒さを感じる暗い空…こんな日は"美人姉妹が居る喫茶店"が癒しになるのかもしれない。加賀さんの置かれている立場を考えるとそう思う。
公安課と捜査課を行き来している…前に加賀さんは"何も考えず現場で捜査したい"と言っていた。
そんな事を思い出していたら加賀さんが出てきた。
「加賀さん。」
「何だ?もう逃げねぇよ。」
「逃げてたんですか?」
「課長にちょっと思う所があってな。まぁ、言われてた捜査はしてたさ。」
「…やっぱり大変なんですか?」
「何がだ?」
「公安と行ったり来たりしているじゃないですか?」
「あぁ…それか。それは…まぁ、大変っつーか…面倒だな。」
「面倒?」
「人生いろいろって事だよ。」
「いろいろ…?」
加賀さんの表情は普段より穏やかに見えた。私には想像がつかない苦労を抱えている分、得られるものも大きいのかもしれない。
…加賀さんが何を得ようとしているのかは知らないけど。
程無くして茜さんが喫茶店から出てきたので、私たちは署へ戻る事にした。駅の駐車場は混み始めていた。
署に戻ると、課長と見覚えのある人物が話していた。
「土門さん!?大丈夫なんですか?」
「こんなもん1日寝てりゃ治るって事だな!」
「そんな訳無いでしょ…!」
「仙石の言う通り、こいつはまだ穴が空いたままだ。」
課長は完全に呆れていた。
「とりあえず、土門は捜査禁止だ。ただしデスクワークは許可する。これは課長命令だ。」
「課長…!」
「ハイハイ。わかりましたよ。」
「…土門さん。」
「おぉ!加賀!久しぶりだなァ!」
「そうやって迎えてくれるのは土門さんくらいですよ。」
「ビビってる連中はお前じゃなくて公安にビビってるだけだろう?」
「…それもそっすね。」
「まぁいい。お前たち全員こっち来い。」
私たちは課長に連れられて署内の一室に入った。
「何なんです?ここ。」
「これから、お前たちにはここを使ってもらう。」
「どういう事ですか?」
「詳しい辞令は後になるが、端的に言えば、我々の班を新設する。」
「それって…!」
「アンドロイド犯罪に特化した専従班だ。メンバーは私を含めた今この部屋に居る者たち…と、私が直々にスカウトした者たちだ。」
「スカウトですか…?」
「近日中に来る。それまでは…」
「それまでは?」
「この部屋の掃除だな。」
「ですよねー…」
この部屋に居る者たち…課長、茜さん、土門さん、加賀さん。そして私。
「あの、私も専従班なんですか?」
「…?当然だ。この部屋に居る者と言っただろう?」
「わかりました。」
専従班…通常の業務から離れて捜査をすると云う事。つまり、私はこれから自分と同じ存在と対峙していく事になるだろう。2年前のあの事件の時のように…
あの時は正常に判断できず、ハルカを逃がす事になってしまった。あの状況で確保できたのは私だけだったのに、犯人を捕り逃したのだ。もう二度とあんな事を起こしてはいけない。起こしてはいけないが、私にできるだろうか…?自分と同じ存在を逮捕するなんて…
「朔夜。」
「…茜さん?」
「リラックスよ。リラックス。」
茜さんが私の肩を撫でる。ハルカの記憶がフラッシュバックする。触れられた記憶。触れた記憶。そのリアル。私にバイオスキンがあったなら…この茜さんの気遣いもリアルに感じ取る事ができるのに。
「…ありがとうございます。茜さん。」
──数日後。私たちの部屋はすっかり綺麗になって、すっかり汚くなった。茜さんの机は可愛い小物で溢れ、土門さんの机はこっそり食べたであろう夜食の痕跡、加賀さんの机は捜査資料が山積みになっていた。
「うわぁ…君ら相変わらずだな。」
聞き覚えのある声が聞こえた。
「久しぶりだな。よく来てくれた!」
「和泉葵、只今を以てアンドロイド犯罪専従班に着任します。」
課長に向かって敬礼する"超絶イケメン名刑事"。
「ご苦労。」
「久しぶりね、和泉さん。」
「あぁ、お久しぶりです。仙石さん。」
「また上下がややこしくなるな。」
「あ、その件なんですけど、俺警察辞めまして。」
「…はい?」
「陽太の件でゴタゴタして嫌になっちゃって。」
青井さん…!
「青井さんはどうなったんですか?」
「おっ!気になっちゃう?朔夜はそう言うと思ったよ。」
すると和泉さんはノートPCを広げてソフトを立ち上げた。
「なんですか、これ。」
「まぁまぁ、見てなさいって。」
和泉さんはノートPCと部屋のモニターを繋いだ。しばらくするとアプリケーションが立ち上がり、そこに『YOMI』の文字が浮かんだ。
「YOMI…?」
「…聞こえるか?」
{聞こえてるぞ。}
「とりあえず名乗ってくれ。」
{僕の名前はYOMI。和泉に造られたサポートAIだ。}
その声には聞き覚えがあった。
「…青井さん。」
{…久しぶりだな。朔夜。}
「どういう事?」
「陽太には削除命令が下ってたんだけど、辞める時に中身だけパクってきた。」
「うわぁ…犯罪者。」
「で、密かにAI化させたって云うか…そんな感じ。」
{まぁ、あの身体はトラブルにしかならない証拠品だったしな。}
青井さんに組み込まれたAngelのパーツ…それを2人は抹消したって事らしい。
「って事は、本庁は野座間と繋がってんのか?」
「まぁ、その疑惑が浮かんだから俺は辞めた訳ですよ。」
「なるほどな…」
「まぁ、何にせよ。これからよろしくな!」
{よろしく。朔夜。}
「よろしくお願いします…!」
私が人間なら、きっと涙を流したと思う。
簡単な登場人物の紹介
・和泉葵…元警視庁警備部装備開発センター主任。警察官が使う装備の開発を行っていて、配備されるELLYの調整などもしていた。その中で自分の思考データを元に作成した疑似人格を組み込んだアンドロイド「青井陽太」を造り出した。
・青井陽太…元三多摩署捜査官。事件の捜査中に創造主を守る為に行動し、大破した。現在はサポートAI「YOMI」として和泉葵とアンドロイド犯罪専従班のサポートをしている。




