捜査官の朔夜 その1
──朝。いつもと変わらない朝。私の一日は署内を歩く所から始まる。
静まり返った室内。時々聞こえる鼾は徹夜組。各捜査課には必ず二~三人居る。帰る暇が惜しいらしい。
交通課や生活安全課にはそういう警察官は見掛けない。市民への対応がメインで時間よりも体力と体調が大切だと以前に聞いた。
だから時間も体力も気にする必要が無い私は段々と色んな部署を手伝うようになっていた。ハルカの記憶に触れた事で他のELLYよりも柔軟になってしまった私を…みんなは仲間として受け入れてくれた。価値を見出だしてくれた。
「おはよう!朔夜さん。」
「おはようございます。」
出勤してきた人たちと挨拶を交わす。最近は私が挨拶するより先にされる事が増えた。利用価値だけじゃなくて、ちゃんと仲間として見てくれるようになった証拠かもしれない。
──今の私には相棒が居ない。和泉さんが本部へ戻る時、辛うじて生存していた青井さんを連れていってしまったし、私の事情は極一部の捜査官しか知らない。今でこそみんなから挨拶されるようになったけど、客観的に私を捉えた場合、不信に思って組みたくないと思っている警察官も少なくないと思う。
あの事件から約二年。私は指定された仕事を最速で正確に処理する事が人間から信頼を得る第一の方法だと考えるようになった。
「おはよっ!調子はどう?」
「おはようございます。茜さん。」
「昨日の件ってどうなったの?」
「昨日?」
「ほら、不正アクセス。」
「…現在、被疑者の特定には到っていません。RAINからの回答も同様です。」
「文字通りのウィザード級ハッカーのようね…」
「課長曰く、"署長のクビひとつで済むから問題無い"そうです。」
「あぁ…そうね。確かに。」
三多摩署の署長は部下に信頼されていません。私自身も不必要な要求をされる事が多いので良くは思っていません。決して口にはしませんが。
「あ、そうそう…朔夜、私と組む事になったよ。」
「そうなんですか?」
「弥生も現場に慣れてきたから独り立ちだし、誰か新しいのが来るまでは~って感じだけど。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
「うん。よろしく!」
「ホントはね~…叩き直したい警官が1人居るんだけどね。」
「…誰なんですか?」
「署長。」
言うと思った。
──私は茜さんが抱えている事件を一緒に片付ける事になった。
「概要は…まぁ、そんな難しいものじゃないよ。客に刺されたホストの奴と浮気彼女が刺された奴と…これもこれも、ぜーんぶ痴情の縺れ。」
「…じゃあ書類に纏めるだけですね。」
「デスクワーク苦手でね~…」
茜さんは頭をぽりぽりと掻いていた。
「大丈夫です。私はデスクワーク得意ですから。ベストマッチですよ。」
「ふふっ…ありがと。」
カタカタとキーボードを打ち込む音が聞こえる中、署内にアラートが響いた。
『警視庁から各局。警視庁から各局──
現場は騒然としていた。
「…朔夜か。」
「土門さん。お久しぶりです。あの事件以来ですね。」
「状況はどうです?」
男は建物の三階にある一室で立て籠っていた。直前に支離滅裂な発言をしていたらしく薬物使用の疑いが出てきていた。
そして、人質として捕まっている女性が犯人の腕の中に居て警察としては下手に手が出せない状況になっていた。
「ハッキリ言って膠着状態だ。要求を訊こうにも奴の言ってる事が滅茶苦茶でな。」
「困りましたね…」
「朔夜ならどうする?」
「そうですね…」
私は茜さんと土門さんに作戦を伝えた。
「…やってみるか。」
「マジ?」
作戦はこうだ。茜さんにちょっと露出高めで犯人と交渉してもらい、その隙に私が屋上から窓へアプローチして人質を確保、後に犯人を無力化して現場を制圧する。と云うものだ。
「薬物使用が疑われる男性被疑者ならば注意を引ける可能性がありますし、実際に危険な状況へ陥るのは私です。怪我人の心配は無いかと。」
「これ…ホントに私でイケる?」
「このままじゃ埒が空かんし、朔夜が突入するのに注意を引かせればいいって事だろう。」
「お色気作戦かぁ…またネタにされるなぁ……」
「…どんまい。」
「それじゃあ、ちょっと行ってきます。5分稼いでください。」
私は廊下から非常口へ向かい、外階段を駆け昇った。そこからダクトや室外機に飛び移って窓のガードに捕まる。
『──位置に着きました。』
『いつでもいいぞ。』
『了解。』
カーテンに隙間があった。そこから覗くと…居た。
私は壁を蹴って勢いをつけて振り子のようにして窓を蹴破った。着地。蹴り出して男へタックルした。
「うがっ……」
「きゃっ…!」
鈍い音と低い声の呻き。高い声の小さな悲鳴。
ナイフを持つ手を極める。
「確保…っ!」
数人の警察官が突入し、人質となっていた女性を保護した。
「これ使え。」
土門さんから手錠が渡される。
「…いいんですか?」
「お前が掛けないで誰が掛けるんだ?」
他の警察官も頷いている。
「ありがとうございます。」
私は犯人の腕に手錠を掛けた。後から知った事だけど、この事件はELLYが初めて人間を逮捕した事件になった。
──事件の後始末は大変だった。割れた窓ガラス、外壁についた私の足跡、ひび割れた室外機に凹んだダクト…
署に戻ると、課長には叱られた。至極真っ当なお説教…反論の余地など何もありません。
「すみませんでした。」
私はしっかりと頭を下げる。
すると課長が小声で──
「いいか?こういうのは上手くやれ。」
なるほど……上手く…
「…理解、しました。」
デスクに戻ると茜さんが手を振っていた。
「どうだった?」
「しっかりと叱られました。」
「あははっ…だろうね。」
「同時に"上手くやれ"と言われました。」
「…だろうね。課長自体そういう人だし。」
正しい事だけで全ての問題が解決すれば苦労しないと云う事なんだろう。
「今って聴取してるんですよね?」
「そうね。課長に呼ばれてなければ私たち美人警官コンビが取り調べてただろうけどね。」
「土門さんに任せておきましょう。」
私は始末書に向かった。
──数日後、犯人の証言を確かめる為の家宅捜索に呼ばれた。
「さっさと終わらせてメシでも行こうか。」
「そうですね!」
私と茜さんは先に入っていた鑑識官から情報を受け取り、作成された調書に基づいて追加の捜索を行う。
「目ぼしい物はありませんね。」
「まぁ、鑑識が浚った後だしねぇ…」
領収書や配達物が束になって置かれている。日頃から仕分けておけば年度末が楽になるのに…なんて思いながら確認していく。
「…茜さん。これ。」
「あったわね…」
ここ最近、人間関係のトラブルが元で起きた犯罪にはセットで見付かるようになっていた。蛇が尾を喰うデザインが施された謎の封筒…我々はこれを"ウロボロス"と呼んでいた。
「今回は一匹か…」
「この前の浮気彼女の時は三匹でしたよね?」
「何か意図があるのかもしれないけど、現状では不明ね。」
茜さんは発見した封筒をフリーザーバッグに入れて密封した。
「さて、とりあえず帰ろっか。」
「…そうですね。」
この封筒には幾つか謎があった。
ひとつは、鑑識官のELLYが発見できないと云う事。被疑者の供述を裁判で取り扱うにしてもそれを裏付ける証拠や情報は必要で、事件後に家宅捜索などが行われる訳だけど、なぜか鑑識官のELLYがこの封筒を証拠として認識できずに見落とす例が多数確認された。なので現在は事件後の証拠集めにELLYを使わなくなっていた。そして今回でハッキリした事だけど、イレギュラーである私は封筒を発見できた。
もうひとつは、この封筒には特殊な加工が施されていて指紋や皮脂のようなものが付着しにくくなっていた事だ。筆跡に到っては手書きのように見えたがフォントだった為、何かと照合して個人を特定するような方法は取れなかった。消印なんて毎回丁寧に違った場所のものがついていた。
つまり、類似する蛇のデザインが印された封筒は様々な事件で存在が確認されているけど、その差出人は一切追えていないと云うのが現状だった。
──私たちは発見した封筒を証拠として提出した。
「今回もあったか…」
課長もこれには頭が痛い様子だった。
「私、許せませんよ!こんな卑怯な…!」
茜さんは憤りを隠せないようで、苛立っていた。
「人に魔を差させるような内容…悪魔の封筒ですよね。」
私も、これは卑怯だと思っている。
「今回も、この封筒については私が預かる。いいな?」
「はい。」
「私はこれから用を済ませてくる。仙石、後は頼んだ。」
「了解しました!」
「よし。」
課長はウロボロスの封筒を内ポケットに入れて土門さんに声を掛けて出ていきました。
「課長、忙しそうですね。」
「また何か企んでるらしいわ。」
「そうなんですか…?」
「まぁ、私は課長についていくだけよ。」
「信頼してるんですね。」
「どちらかと言うと"信頼したい"かな。」
「…信頼したい?」
「課長って、常に私たち現場の人間の為に動いてくれてるのよ。」
「現場の…」
「あぁ、ごめん。"人間"ってそういう意味じゃなくて…朔夜も"私たち"に含まれてるわよ。」
「現場第一と云う事ですね?」
「そゆこと。」
確かに課長は常に捜査官が動きやすいように何かをしてくれていた。茜さんが言いたいのはそういう事なんだろう。だからこそ、信頼したいと…
その時、署内にアラームが響いた。
『緊急事態発生。三多摩署駐車場にて傷害事件発生。被害者はアンドロイド犯罪対策課の土門信也警部補。繰り返す…』
「…!?」
私たちは駐車場へ急いだ。
簡単な登場人物の紹介
・鮭川大輔…三多摩署アンドロイド犯罪対策課の課長。現場第一で上司にも平気で噛み付くのでキャリア組からは煙たがられている。
・仙石茜…三多摩署アンドロイド犯罪対策課の警察官。主に新人教育を担当していて署内での信頼も厚い。童顔なのでわかりにくいがアラf(ここで文章が途切れている)




