便利屋の瑠璃 その1
「私はアイドル その1」の続きです。
私が私を記録し、こうして何かを遺す──
その事に私は深い感慨に浸っている。
これはある便利屋で活動していた時の記録の一部だ。
「警察が来る前に話しなさい。」
この日、私はある人物の依頼を受けて珠美と共にストーカーから依頼者を護衛する任務に就いていた。ストーカーの確保自体はAngelの身体を得ている私にとっては人間で云う所の"朝飯前"だった。
「いつだったかは覚えてないが、DMを送った後だ。手紙が来たんだ。」
「手紙?」
「そう。正確には封筒なんだが、そこには朱莉のスケジュールが書いてあった。1ヶ月分くらい。ホントかどうかわからなかったから何回か自分で確かめて…それで今日、直接文句言ってやろうって…」
この男…本当に哀れね。理解できないわ。
「つまり、流出…?」
依頼者である朱莉が呟いた。
「…宛名は?なんて書いてあったの?」
彼女の叔母であるマネージャーが詰め寄った。
「宛名?なんでそんな事…」
「いいから。」
「何だっけかな…確か……」
「確か?」
「そうだ。『ウロボロス』…ウロボロスだった気がする。」
「ウロボロス…?」
聞き覚えの無い単語だった。だけど、それを聞いて一瞬だけ青ざめた人物を私は見逃さなかった。
「誰か心当たりは無い?ウロボロスに。」
私は全員に訊いた。朱莉やマネージャー、カメラマンや撮影スタッフ、このスタジオのスタッフ…そして──
「──"ウロボロスには関わるな"…」
朱莉にインタビューしていた記者が、そう呟いた。
「どういう事かしら?」
「記者さん…何か知ってるんですか?」
「あっ、いえ…そういう噂って云うか、都市伝説?みたいなものがありまして…」
「詳しく教えて。」
──その記者が言うには、1年前ほどから突発的に起きた事件の加害者が口を揃えて"ウロボロスと云う宛名の封筒に被害者のスケジュールが載っていた。"と証言していたそうで、それを調べた警察官や記者は行方不明になっているらしい。
「だから"ウロボロスには関わるな"ねぇ…」
その場に居た者たちは黙っていた。
「…後は警察に任せるのがいいわね。」
「そ、そうだね…!」
「マネージャーさん、念の為この後も警護していいかしら?」
「えぇ!勿論!よろしくお願いします…!」
程無くしてパトカーのサイレンが聞こえてきた。
これはきっと朱莉が望む結果では無いわね…
「朱莉…」
「…ありがとう。瑠璃さん。」
「いいえ、依頼者の希望には添えなかった。これは失敗よ。」
「ううん。これで良かったと思う。恩人だったから穏便に済ませたかったけど、私が思ってた以上に拗れてたみたいだし…」
「貴女が気に病む事では無いわ。」
「そう、なのかな…」
「…そんなんじゃ私が珠美や碧に怒られてしまうわ。」
「ふふっ…そっか。じゃあ笑顔で居た方がいいかな?」
「勿論よ。だって貴女はアイドルなんだから。」
「…そういえば、珠美さんは?」
「マネージャーに追放されて帰ったわよ。だから私がこっそりと護衛してたの。」
「あれ、こっそりだったんだ…めちゃくちゃ目立ってたよ?」
「…え?」
「後方腕組み彼氏って感じだったし。」
なん…だと……?
その後、朱莉と私は簡単な事情聴取を受けた。
私は確保した時の状況を説明し、朱莉はマネージャーと共に過去の経緯を話していた。
事情聴取が終わると朱莉は残っていたインタビューにも積極的に応えていた。この辺りは芸能人適性とでも云える代物かもしれない。
──その日の警護を終え、依頼の終了と諸々の請求をしようと思っていた所に朱莉がやってきた。
「瑠璃さんっ…!」
「朱莉…丁度いい所に来てくれたわね。依頼の請求なんだけど…」
「それ、ちょっと待って…みんなに、お礼…直接言いたくて……だから…」
「…わかったわ。それなら、"橘"まで送ってくれない?」
「うん!叔母さんに話してみる!」
…朱莉、いい子ね。
うーん。それにしても…"瑠璃さん"か……正体を隠す為とは云え、まだ慣れないわね。私はハルカであり、瑠璃でもある。瑠璃…ルリ…るり…
「──瑠璃さん?瑠璃さーん?」
「ん?あぁ…朱莉か。どうしたの?」
「叔母さん、明日なら送ってくれるって。」
「わかったわ。じゃあ、今日は泊めてもらえるかしら?」
「うん。いいよ!」
集中しすぎて他へ意識が向かなくなる事が多くなった気がした。
──翌日。結局その日も午後を過ぎるまでは予定が合わず、帰る頃には夕方近くになっていた。
「よかった!怪我はない?大丈夫だった!?」
碧が朱莉に抱きついて、朱莉は恥ずかしそうに私へ目配せしていた。
「碧、朱莉が困ってるわよ。」
「えへへ…ごめんなさい。」
「珠美、とりあえずストーカーの件はカタがついたわ。」
「よかった~…ナイス私!ってカンジ?」
「…今回はね。」
と言うか…気付いたら居なかったような気がするのだけれど……
「その、ちゃんとお礼が言いたくて…瑠璃さんに無理言って来ちゃいました。」
「望んでたようにはなった?」
「いえ…ダメでした。けど、これでよかったと思ってます。なんて言うか…吹っ切れました!」
珠美と朱莉が話しているのを聞きながら美雲はコーヒーを淹れていた。いつもの風景。私にとって日常になりつつあった。
…何か、貰う貰わないの話してるけど……
──朱莉を見送り、喫茶店へ入った後、碧がこそっと寄ってきた。
「ねぇ、瑠璃…」
「…なに?」
「珠ちゃんから、聞いた。」
「…そう。」
「私に何ができるかなんてわからないけど、何もできないかもしれないけど、私も珠ちゃんやお姉ちゃんと同じだから…!その…なんて言うか…」
碧…
「ありがとう。碧。それじゃあ…メイドの事、教えてくれない?アレ着るとどうも上手く動けなくて…」
「ふふっ…任せて!と云うより、改良しようよ!メカメイドは需要あるから!」
「…何だか既視感があるわね。」
「ん?既視感?」
「後で話すわ。」
「わかった。」
その夜、私は碧に今までの事を話した。比奈子の事、相澤博士の事、Angelとの戦いの中で朔夜に助けられた事…自分の身に起きた事は包み隠さず話した。そして、乃亜と云う存在に出会った事で目的がブレ始めた事も。
「悩んでるんだ?」
悩む…だとしたらいいわね。とても人間らしいと云うか、機械では無い実感と云うか。
「悩む…そうかもしれないわね。」
私は生きている。
──メイド服を着こなせるようになった私は珠美の元へ向かった。少しの意地悪と、ウロボロスについて話す為だ。
「ま、負けた…なぜ……」
何だか既視感のあるリアクションだった。
「それ、長くなる?」
「ううん。もう大丈夫。」
「それじゃ、本題。」
「ウロボロス…だっけ?」
「そう。今回の件に絡んでるらしいのだけれど、何か知らない?」
「う~ん…一応姉さんにも訊いてみるよ。」
「──そういう事なら少し潜ってみるわ。久々にね。」
美雲は野座間で働いていた時、自社ソフトの脆弱性などを見付ける業務にも携わっていたらしい。デバッグや不正なアクセスを得意とする…所謂ハッカーだ。正直そんなスキルを持った人物がよく簡単に辞められたなと思うけれど…美雲なら言い負かしてしまいそうとも思った。
「美雲…これくらいなら私がやってもいいのだけれど…?」
美雲はカタカタとキーボードを操作して幾つかソフトを立ち上げていた。見た所ハッキングに使うソフトのようだった。
「リスク回避よ。人間がやれる以上、瑠璃がやる必要は無いでしょ?」
「まぁ…そうね。」
「何か引っ掛かる言い方ね?」
「"使える機能を使わない"って云う矛盾を抱えてるだけよ。」
機械は役に立って初めて機械と呼べる。"命令を実行しない"と云う事を覚えた私でも元々の習性のようなものに抗うのは違和感が生まれる。
「なるほどね~…」
「まぁ、空腹を我慢してるとでも思っておきなさい。」
「…"機械の本能"って事ね?」
「そういう感じ。」
「瑠璃ってお腹減るの?」
「珠美…少しは考えて発言しなさい。」
「んぇ?」
退屈なのか、何なのか…私はたまに珠美の事がわからなくなる。
──ソフト内のバーが100%に達した後、美雲は検索エンジンを使って警視庁のサイトにアクセスし、平然とサーバに侵入していった。
「こんな侵入方法があるなんて…」
「SQL注入って云って…ちょっと古いやり方だから逆に盲点になるのよ。」
「美雲…もしかしなくても現役でしょ?」
「何の事かしらね~?」
珍しくルンルンって感じだった。本来の美雲はこうなのかもしれない。データを抜き出した後はケーブルを引き抜いてPCとネットの接続を物理的に断っていた。
「これでヨシ。早速じっくりと見ていきましょう?…珠美は寝てていいわよ。」
「ん~…そうする。何かわかったら教えて~」
美雲と私で警視庁の捜査記録から該当しそうな事件をピックアップしていく。
「美雲も休みなさい。私の処理能力なら一晩で終わるから。」
「ありがとう。そうさせてもらうわね。」
どうしてここまでウロボロスの事が気になるのか…?私にはわからなかった。所謂直感と云うものかもしれない。私の第六感…機械の第六感…
「…これは……?」
あの記者が言っていた事件を見付けた。封筒に、タレントのスケジュール…中には秘匿していた交遊関係まで記されていたものもあったらしい。それが遺恨のある相手に流れ、確実に魔を差させるように導いている…目眩のするような邪悪がそこにあった。
連載開始から一年。
これからも書き続けます。




