私はアイドル その1
どんなに好きな事でも、どんなにやってみたい事でも、嫌になる時ってある。
それは、その物事自体にも、それに関わってる人にも、直接は無関係な事でも、その時に嫌だなーってなる。
私の場合は、引き籠っていた時に出会ったネットの友達が嫌になった。
始めは些細な事だったと思う。
「アイドル目指したってプロデューサーか何かに食われて終わるだけだろ。」
私がスカウトされた事を相談したら、そんな事を言われた。この時点で私の方から関わるのは辞めたけど、その人はその集まりの中では影響力がある方で…もし私がその人をブロックなんてしたら他の子たちが何をし出すかわからなかったからブロックはできなかった。
その後も"芸能人とヤりたいの?"とか"どっかの社長と玉の輿?"とか…思い出すのも嫌になるような事を言われた。
引き籠りが苦しくなって、誰かと繋がりたくて、ネットに何かを求めたけど、独りになりたくなってアプリを全部消した。
私の両親は放任主義を自称していた。私が学校に行かなくなっても大して何も言わなかったし、部屋に籠るようになっても何も言わなかった。唯一言われ続けたのは"お前がしたい事をしろ"だった。
そんな事を言われても何をしたいのかもわからなかったし、何もかも嫌だったから引き籠った。
引き籠ってる内に、放任主義を体よく使ってるだけで私に無関心なだけだったんだと気付いた。
独りになりたくて引き籠っていたけど、限界を感じるようになって…誰かと繋がりたくてネットに深入りするようになった。
"みんなやってるから"ライブ配信もするようになった。あの集まりも配信者同士のコミュから派生してできたものだったと思う。確か。
しばらくしてオフ会に誘われたから試しに行ってみた。今思えば陽キャの飲み会に憧れてる陰キャの真似事って感じだった。
この時点で距離を置いていれば、きっと面倒な事にはならなかったと思う。
ある日の配信の終わりに一通のDMが来た。聞いた事のある名前の芸能事務所からのメッセージで、そこには叔母さんの名前もあって…
「配信見ました。そういう事に興味があるなら、手伝わせてほしい。」
そう書いてあった。
最初に相談した時は"叔母さんって信用できるの?"とか自分でもちょっと思った事を言ってくれてたけど、話していく内に偏見が酷いだけだと気付いた。面倒だと思った。
だから誰かと繋がるようなアプリのアカウントを全部消した。
「色々相談してくれて本当に感謝してる。ありがとう。」
最後にそんなメッセージを送った気がする。
私が事務所に所属するようになって、新しい場所での活動を始めた頃、一通のDMが届いた。
「俺を裏切ったお前を許さない。」
最初は何の事かわからなかった。悪戯とかそういうものだと思って無視した。
「なんで無視するんだ?」「俺の言葉を忘れたのか?」「調子乗ってんのか?」
無視した。
けど決定的な一通が届いた。
「芸能人とヤってんのか?」
あぁ…あの人か。最初はそんな風に思った。
私は叔母さんに相談した。小さな事務所だったからこれくらいは自分で…なんて思ってたけど、しっかり叱られた。
「貴女の仕事はファンに届ける事であって貰う事じゃない。良い事を貰うと調子に乗って道を踏み外すし、悪い事を貰うと簡単に調子を崩す。だから貴女は貰う側じゃなくて届ける側で居なくちゃいけない。」
そう言われた。
けど、新人で、しかも私ですら親戚のコネだと思ってる状況で、マネージャーについてもらう事なんて言い出せなくて…
「後は自分で管理します…!」
そう言ってしまった。
──それで、ずっと無視してたんですけど…」
「決定的な"予告"が来ちゃって、その叔母さんがマネージャーになった訳かぁ…」
「はい…」
私は珠美さんが運転する車内で細かい経緯をちゃんと話した。
「話してくれてありがとう。朱莉さんなりに頑張っていたのも伝わったよ。」
…なんだか、話したら肩の荷が下りた気がした。
「それで、朱莉としては穏便に済ませたいのよね?そのイキリ配信者たちから報復されたくないから。」
「ちょっ…瑠璃!?」
なんだろ…このELLY…?
「…どうなの?」
「そ、そう…ですね。円満に縁を切りたいと言うか…」
「ここには私たちしか居ないんだからハッキリ言っちゃいなさい。その方がスッキリするわよ?」
そんな事…
「ごめんね。朱莉さん。この子ちょっと変で…」
「えっ!?えっと…?」
この時の私はまだ、瑠璃さんを普通のELLYだと思ってたから、瑠璃さんの苛立ちなんてわかる訳が無かった。
──撮影スタジオについたら、もう叔母さんがスタッフさんたちと話をしていて、私に気付いて駆け寄ってきた。
「朱莉…!よかった。心配したのよ!?」
「大丈夫だよ。便利屋さん、頼りになるし。」
「…本当に依頼したのね。」
私が珠美さんたちを知ったのは、仲良くなった配信者の中で、あのグループとは少し距離を置いていた『NOAH』さんからだった。
叔母さんからは"その配信者も信用なんてできない"って反対されたけど穏便に済ませたかったから、これしか無いと思っていた。叔母さんはアイドルとしての私は守ってくれるだろうけど、それじゃダメだと思ったから。
「仕方ないわね。便利屋さん…でしたっけ?くれぐれも、邪魔はしないように。」
叔母さんはそれだけ言うと、またスタッフさんたちの方へ行っちゃった。
「…それじゃあ、任務を始めるわね。」
「朱莉さんは心置きなくアイドル頑張って!」
「ありがとうございます…!」
私はスタッフさんひとりひとりに挨拶して廻った。
「お…おはようっ、ございますっ!本日は、よろしくお願いしますっ!」
「お願いしまーす!」
「よろしくー!」
歌やダンス、グラビアのポージングよりも、"まずは挨拶だ!"って社長さんに初めて会った時に教わった。特に事務所は今まで大御所のタレントさんくらいしかメディアで扱ってもらえて無いくらい規模が小さい事務所で、スタッフさんからの評判って大事みたい。悪い噂って一瞬で広がるから。
あと"Sugarは事務所の希望だー!"とか言ってたかな。
グラビアの仕事は楽しい。色んな服が着れるし、自分じゃ絶対に着ない奴とかも新しい発見って感じ。水着は…ちょっと恥ずかしいけど宿命だと思って着てる。
今日は水着じゃないから助かった。
ちなみにメイクされるのも好き。自分じゃ上手くできないから。
──カメラの前でポーズを決める。最近やっと慣れてきたのか、カメラマンさんから指示される事が減ってきた。前に撮ってくれた人は"才能ある"って言ってくれてたっけ。
午前の撮影が終わると、休憩がてらの食事をしながらインタビューに応える。
「週末は何をしてますか?」
「週末…普段は寝てばっかなんですけど、えっと…この前喫茶店に行って…」
「私もあの喫茶店行きましたよ~おすすめのメニューとかありますか?」
「えっと…コーヒー、かな?」
普段の自分の事とか、今後やってみたい事とか、そういう質問は素のままで応えられるようにしたいけど、何となくで生活してるから少しでも突っ込まれると言葉が詰まる。これじゃダメだ…!
「撮影再開しまーす!」
私は両手をパンッと合わせる。ホントは気合いを入れる為に頬っぺた叩きたいけど、メイクが崩れちゃうからね。
「お願いしまーす!」
私なりにスイッチを入れた。普段は言葉が出て来ない事が多いけど、今は"どうにでもなれっ!"って感じで言いたい事を言う。
「次、そっちの衣装着たいです!」
「いいねー!いっちゃおう!」
カメラマンさんはノリノリって感じ。
スタジオの端に珠美さんのELLYが立ってるのが見えた。珠美さんは外なのかな…?
──撮影も終わりを迎える頃、突然スタジオの扉が開いた。
「──関係者以外立ち入り禁止ですよ!?」
そんな声が聞こえたと思ったら、次の瞬間には悲鳴が轟いた。
そこにはナイフを持った男。ハァ…私は穏便に済ませたかったのに…
私と男の間にELLYが入って、ファイティングポーズをとってる。
「…もういいわね?」
「…お願いします。」
ELLYがあの人に向かったと思ったら、ナイフが床に落ちて…叫び声が響いた。
「すごっ…」
ELLY…じゃなくて、瑠璃さんの神業だった。
「朱莉っ…!」
叔母さんに抱き締められた。ぎゅっとされて痛かったけど、ちょっと嬉しかった。
「──さぁ、話してもらおうかしら?」
瑠璃さんは腕を締め上げていた。
「な、何の話だ…?」
「惚けないで。どうやってこのスタジオの場所を知ったのか吐きなさい。さもないと別のものを吐く羽目に遭わせるわよ?」
瑠璃さんの容赦無い左フックが炸裂。犯人の口元には泡が見えた。
「わ、わかった…話すから、勘弁してくれ…」
「警察が来る前に話しなさい。」
「いつだったかは覚えてないが、DMを送った後だ。手紙が来たんだ。」
「手紙?」
「そう。正確には封筒なんだが、そこには朱莉のスケジュールが書いてあった。1ヶ月分くらい。ホントかどうかわからなかったから何回か自分で確かめて…それで今日、直接文句言ってやろうって…」
「つまり、流出…?」
「…宛名は?なんて書いてあったの?」
「宛名?なんでそんな事…」
「いいから。」
「何だっけかな…確か……」
「確か?」
「そうだ。『ウロボロス』…ウロボロスだった気がする。」
「ウロボロス…?」
簡単な登場人物の紹介
・稲田朱莉…私。Sugarって名前のアイドルグループに所属してます。
・叔母さん…私のマネージャーさん。
・NOAH…配信者の、友達?知り合い?いい人です。
・ストーカー…前に私と交流があったグループの人。恩はあるけど、正直どうでもいい。
・ウロボロス…私のスケジュールを流出させたらしい。許せない。




