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碧の日々 その2


私がSugarを応援するようになったのは、好きだったドラマに出てた役者さんがメンバーだと知ったのがキッカケだった。そこからメンバーひとりひとりを好きになっていって、あかりんこと稲田朱莉ちゃんは数あるメンバーの中でも上位の推しになった。

だから珠ちゃんがあかりんを連れてきた時は本当に驚いた。


「グラビア撮影?」

「そう。珠美たちそれについて行っちゃったのよ。」

「へぇ~…グラビアかぁ。」

バイトで来てくれるようになったビビちゃん…スタイルいいなぁ…きっとこういう子がグラビアやったら人気に…


「…碧さんみたいにおっぱいおっきいと売れそうだなぁ。」

「へっ!?」

なんで…?私なんて太ってるだけなのに…

「確かに碧は男ウケするわね。」

「お姉ちゃん!?」

「だってしょっちゅうナンパされてるじゃない?」

「そ、それを言ったら…ビビちゃん彼氏居るんでしょ?」

「…?」

「あれ?違ったっけ?確かに前に…」

お客さんに声掛けられた時にそう言ってたよね…?

「…あぁ!あれ嘘ですよ。面倒だからそういう事にしてるんです!」

「そうだったんだ!?」

「てか、ナンパされそうな時ってそう言いません?」

「…確かに。」

「そっか…そう言えばよかったのかぁ…」

私も今度からそうしよう…いつもどうしたらいいのかわからなくなっちゃってたし…


──店は"あかりんが来たお店"としてファンの人が来るようになって、とても賑わっていた。ランチタイムの頃になると喫茶店としての落ち着いた雰囲気はどこかへ行っていた。

「ご注文をお伺い致しますー!」

「お待たせ致しましたー!」

「店内での撮影はお控えくださーい!」

今日だけでも何回言った事か…


カランコロンカラン…

「すみません!もう閉店で…」

振り向くと、そこには見覚えのあるスーツ姿…

「今度は客として来たんですけど…遅かったですか?」

「天野さん!どうぞ!お好きな席へ…!」

「あなたが天野力也さんね?妹がお世話になったそうで…」

「いえ。こちらこそ、その節は雨宿りさせていただきまして…」

本当に来てくれるとは思わなかった。それが率直な感想だった。

あの雨の日、私の中で…それこそ雲が晴れたような気持ちになれた。だから天野さんにはお礼がしたいと思っていた。


「ご注文をお伺い致します。」

私がもたもたしてる内にお姉ちゃんが対応を始めていた。

「じゃあ…コーヒーを。碧さんに。」

「…本当に言ってます?」

「一応、一緒に研究したので。」

「かしこまりました。」

"コーヒーを碧さんに作ってもらいたい。"そんな言葉は初めてで、お姉ちゃんの心配を他所(よそ)に私はコーヒー前の袋に手を伸ばした。

常連のお客さんたちからも、ざわざわとした声が聞こえてきて…横目でビビちゃんを見たら店内の様子に動揺しているのがわかった。

みんな失礼だなぁ…なんて思う私は、ちょっと生意気かも。


豆を煎って…ミルで砕いて…練習通り、研究した通り…お湯が沸いたら…ドリップして…少しずつ…練習した通りに…

カップに浮かんだ湖面を見て、お姉ちゃんが何も言ってこない…よかった。手順は合ってたみたい。

「ど、どうぞ…コーヒーですっ!」

カップの湖面が少し揺れた。


「では…」

私は固唾を飲んだ。お姉ちゃんも飲んだ。常連のお客さんも見守っていた。

※ビビちゃんは普通に接客してます。


天野さんがカップに口をつけて…

ズズッ…

──静寂が流れました。私の中では長く感じました。

「美味しい。」

「えっ?」

「嘘でしょ?」

「ホントに!?」

良かったぁ…ん?

「ちょっと!お姉ちゃん!?『嘘でしょ』ってどういう事!?」

「あぁ…ご、ごめんね?碧…"アレ"は流石に無理だと思ってたから…あはは…」

「も~…」

確かに最初は壊滅的なコーヒーだったけど…

「研究の成果、ありましたね。」

「…はい!」


──だけど。

「…うん。普通。」

「確かに普通ですね。」

お客さんが途切れたタイミングで皆で私のコーヒーを飲んだんです。

「何と言うか…無個性ね。」

「うん…私でも思う。ビビちゃんはどう思う?」

「う~ん…?」

「気を使わないでいいよ?」

「その…私バイト始めてから色んな喫茶店とかコーヒー飲むようにしてるんですけど、これが喫茶店のコーヒーか?って言われると…って感じがします…かね?」

「そうね。家のコーヒーって感じ。これはこれで出せそうだけど、碧はどうする?」

「じゃ、じゃあ…注文されたら淹れるって感じがいいかな。最初からそのつもりだったし。」


"橘"にオプションメニュー『碧の日常コーヒー(メッセージカード付き)…1000円/税込』が追加された。


「それにしても…変わった人だったわね?」

「ん?誰が?」

「天野さんよ。」

「…それって、私にコーヒー頼んだから?」

じとー…

「違うわよ。あの人が着てたスーツ。」

「スーツ?」

「普通ブラックの上下に紺のシャツは組み合わせないでしょ?」

「あー…言われてみれば。確かに。」

「そもそも、あれ冠婚葬祭用じゃない?」

「うーん…じゃあ葬儀屋さんとか?」

「だったら尚更シャツは白にしない?」

「…普通に黒が好きとか?」

「それならまぁ…」

「って、そんなの天野さんの自由じゃない?」

「そうなんだけど、お店やるようになってからお客さんの"そういうの"が気になるようになっちゃったのよ。」

「でも、確かに…あの日も天野さんブラックのスーツだったかも…?」


「けど、あんまりジロジロ見たら失礼だよ…」

「いい?碧…別にお客さんを見ろって話じゃないの。それに観察するのは接客する上でも必要な事よ?型通りの接客だけじゃ個人店は生き残れないもの。」

「うん。それはわかるよ。…わかってる。」

ホントにそうなのかな…?だとしても、天野さんをそんな風には見たくない…


「ただいま~…」

「おかえり。珠美。帰ってきてよかったの?」

「うん~…ちょっとゴタゴタして、朱莉さんの件は瑠璃に任せてきた~…」

え…?

「任せたって…どういう事!?」

「え?そのままの意味だけど…?」

「それってELLY置いてきただけじゃん!なんで!?あかりんが怪我したらどうすんの!?」

信じられない…珠ちゃんは前からいい加減な所があると思ってたけど、こんな事するなんて…!

「ちょっと待って碧、これには理由(ワケ)が…」

「聞きたくない!珠ちゃん最低だよ!!」

私は外へ駆け出した。あの場には居たくなかった。最近やっと元の珠ちゃんに戻ったと思ってたのに…珠ちゃんは何も変わってなかった…!いい加減で、適当(テキトー)で、ズボラで…

「はぁ…はぁ…はぁ…」

私、なんでイライラしてるんだろ…これじゃ八つ当たりみたい…


「──碧。」

「珠ちゃん…」

「…帰ろ?ちゃんと話すから。」

「うん…」

私は、今まで私が知らなかった事を知った。

そして…私の苛立ちの原因がそこじゃない事に気付いた。


「──ねぇ、お姉ちゃん。」

「なに?碧。」

「私、天野さんの事…」


──翌日、ハルカ…じゃなかった、瑠璃があかりん…朱莉さんを連れて帰ってきた。

「よかった!怪我はない?大丈夫だった!?」

私は最後のチャンスと思って抱き着いた。もう会えないかも…って思って。

「碧、朱莉が困ってるわよ。」

「えへへ…ごめんなさい。」

いいニオイがしました。


瑠璃…改めて見ると普通のELLYじゃない事がわかる。身体(ボディ)も特注っぽいのに、なんで今まで気付かなかったんだろ…

そういう目で見てなかったってのもあるけど、本当に何とも思ってなかった。ありのままを受け入れすぎてたのかも。

「珠美、とりあえずストーカーの件はカタがついたわ。」

「よかった~…ナイス私!ってカンジ?」

「…今回はね。」

「その、ちゃんとお礼が言いたくて…瑠璃さんに無理言って来ちゃいました。」

「望んでたようにはなった?」

「いえ…ダメでした。けど、これでよかったと思ってます。なんて言うか…吹っ切れました!」

やっと笑顔が見られた気がする。心からの笑顔が。


その後、朱莉さんは珠ちゃんと報酬について話し合っていた。珠ちゃんが必死に額を下げようとしてたけど、朱莉さんは半ば強引に希望額を支払ってた。

あかりんから取ろうとしたら怒ってたけど、珠ちゃんもお人好しすぎると思った。


こうして私のちょっと特別な日常がひとつ終わった。次にあかりんと会うのは雑誌の中か、画面の向こうか、ライブ会場…もうハグできる程の距離では会えないんだろうなって思うとちょっと寂しかった。

丁度、夕陽が差し込んで眩しい。


「ねぇ、瑠璃…」

「…なに?」

「珠ちゃんから、聞いた。」

「…そう。」

「私に何ができるかなんてわからないけど、何もできないかもしれないけど、私も珠ちゃんやお姉ちゃんと同じだから…!その…なんて言うか…」

「ありがとう。碧。それじゃあ…メイドの事、教えてくれない?アレ着るとどうも上手く動けなくて…」

「ふふっ…任せて!と云うより、改良しようよ!メカメイドは需要あるから!」

「…何だか既視感があるわね。」

「ん?既視感?」

「後で話すわ。」

「わかった。」


その夜、私は瑠璃…ハルカの今までを聞いた。比奈子さんって人の事や、私が幼い頃にテレビで見てた相澤博士の事。自分自身が起こした事の罪。

ちょっと怖かったけど、自分がやるしかなかったって言葉にズキッとしたし…

「相討ち覚悟で戦ったわ。実際、最後はボロボロだった。でも、あるELLYによって助けられてしまった。そして、私は逃げた。まだ目的を果たしてなかったから…でも事態は更にややこしくなった。」

「それが、乃亜?」

「そう。だから正直な話、今の私はどうするべきかを決めかねている。」

「悩んでるんだ?」

「悩む…そうかもしれないわね。」

「…っと、できた!着てみて?」

「…えぇ。」

そこにはメイド服を着た瑠璃が凛とした姿で居た。

「どう?動きやすいように調整したけど…」

「…うん。いいわね。ありがとう。碧。」

「えへへ…昔から裁縫だけはお姉ちゃんに負けなかったんだよね。」

「凄いわよ。立派な特技じゃない?」

「そ、そうかな…?」

「少なくともコーヒーよりは才能あるわよ?」

「も~っ!瑠璃までそれ言う~っ!」

いいもん…力也さんは美味しいって言ってくれたしっ!


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