橘珠美の便利屋 その4
「橘珠美の便利屋 その3」の続きです。
珠美の作戦はシンプルだった。
「犯人を誘き出す!」
「どうやって?」
「って事で碧!これ着てね!」
「任せて!あかりんの為なら何でもやる!」
どうやら、わざと居場所が特定できるような写真を投稿してストーカーを釣り上げる作戦らしい。
そして、どうやら碧はSugarのファンだったようだ。
「じゃーん!」
メイド服を纏った碧は、その場でくるっと一回転して見せた。
「凄い…」
稲田朱莉はそれに感心しているのか、ただただ見ていた。
「じゃあ撮るよー!」
珠美は2人を並ばせて、スマホで撮影を開始した。途中、色んなポーズを指定したりして遊んでいたが、珠美も碧も、そして朱莉も楽しそうにしていた。
「…これがいいかな~?じゃあ、投稿するね?」
「ちょっと待ちなさいよ。普通のファンも来るでしょ?」
流石に軽率だと思った私は珠美を制止した。
「大丈夫!たぶん!」
「大丈夫じゃないわよ。」
途中から様子を伺っていた美雲が珠美からスマホを取り上げた。
「こういうのはねぇ…あえてわかりづらくした方がいいのよ。」
美雲は、手慣れた様子で背景から場所を特定できないように写真を加工し始めた。
「よし、できたわ。これを特定できるのは執念深いストーカーかその手の事を趣味にしてる変態くらいだと思うわよ。」
写真は見事に加工が施されていた。
「おぉー…凄い…」
「てか姉さん加工うまっ…」
みんな口々に驚きの声を上げていた。
「当たり前でしょ?これでも情報処理の元プロよ?」
野座間重工もまさかこんな事に培ったスキルが使われるとは夢にも思わないだろう。
「…これで、よし。っと…」
加工された写真をSNSへ投稿した朱莉は、喫茶店の奥まったスペースに座った。
碧はそのままメイド服で接客。便乗した珠美もメイド服で働き始めた。
「アレ、本当はメイド服を着たかっただけなんじゃないかしら…?」
私が朱莉の傍でそう呟くと、朱莉は申し訳無さそうに笑いを堪えていた。珠美はいつも通りキラキラしていた。
──結論から言えば作戦は失敗だった。懸念されたパニックが起きた訳では無く、単純にストーカーを釣り上げる事ができなかった。
「姉さんの加工が普通に勝っちゃったじゃん。」
「…みたいね。」
窓の外は夕陽でオレンジ色に染まっていた。
「綺麗だなぁ…」
朱莉が私の傍で呟いた。
「明日から、よろしくね。朱莉。」
私も呟いた。朱莉の表情は柔らかかった。
店の片付けを終えて辺りがすっかり暗くなった頃、碧と朱莉が話している声が聞こえた。
「──」
「是非!」
「じゃ、じゃあ…泊まろう…かな?」
「やった♡」
どうやら朱莉は家に泊まるようだった。碧に気圧されているようにも見えたけれど、気のせいだと思う事にした。うん。きっと気のせい。
「きゃー♡あかりんが私のパジャマ着てるー♡」
碧ってテンションがこんなに上がる子だったのね…
「…朱莉が困ってるわよ。」
「あっ…その、あんまりこういう経験無くて…」
「そうなんですねっ!じゃあ…何かして遊びましょ♡トランプとか!あっでも今ここに居るの3人だしなー」
私、含まれてるんだ…
「碧、ゲームよりトークの方がいいと思うわよ。あまりうるさいと美雲に叱られるし。」
「そ、そうだった…!ごめんね?あかりん…ううん。朱莉さん。」
「いえっ…その、嬉しい…かな?私は。」
「そうなの?」
「昔からマネージャー…私の叔母に管理されてるから。」
稲田朱莉のデビューは5年ほど前、それからずっとだと考えると中学生の頃から管理されていた事になる。元々引きこもりだった事も考慮すると、あまりいい家庭環境では無かったのかもしれない。
「じゃあ、その叔母とやらは今どうして居るの?」
「ちょっと、喧嘩しちゃって…」
「…それって、聞いてもいい話?」
碧の表情が変わった。優しくて気遣いのできる子だし、元介護士として他人の家族のゴタゴタには機敏なのかもしれない。
「大丈夫です。叔母は私が便利屋さんに依頼した事が気になってるだけなので。」
「そういう事かぁ…私てっきりゴタゴタした家族かと思っちゃった。」
「あー…まぁ、ちょっと複雑な家族ではあるんですけどね…」
「えっ、そうなの?ごめんなさいっ!別に話してほしい訳じゃなくてっ!」
「あっ、いいんですいいんです!複雑って言っても、叔母に育てられたってだけなので…!」
その後も要領を得ないと云うか、微妙に噛み合わないと云うか、そんな会話が続いた。何だか、2人は似ている気がした。
すると珠美が碧の部屋に入ってきた。
「ふぅ~…お待たせ~」
「珠ちゃん?どうしたの?」
「マネージャーさんと連絡ついたよ。『朱莉の事、お願いします。』だってさ。」
「そ、そうですか…!」
「よかったぁ…」
どうやら本当に"ちょっとだけ"複雑な家庭だったようで、碧が感じていたものは杞憂だった。
それからは珠美もその場に混ざっていた。"女子が3人集まれば"なんて言葉もあるように、話は自然と盛り上がり、私が誘われる頃には恋の話になっていた。
「恋、ですか?」
朱莉がそう返した。
「そう!恋!女の子が集まったら恋バナしなきゃ!」
碧の目は輝いていた。
「ほらほら、そこの女子も。」
珠美は私に向かって手招きをしていた。
「えっ?私も…?」
朱莉、碧、珠美の3人が同じような寝間着で、布団に伏せて喋っていたので、私も同じように伏せてみた。
「機械である私に恋愛トークは無理があるんじゃないかしら?」
恋愛…そもそも私に性別はあるのだろうか?
珠美は私の事を"女子"と形容してくれたけれど、一般的に性別とは生物の身体的特徴で決定されるものだと私は思っている。
"機械である私に性別があるのか?"これは永遠のテーマになり得ると思った。
「"ELLY"だって…恋をしてもいいと思いますっ。」
朱莉は私の目を見て言った。すぐ逸らされたけれど。
「そう…けれど、わからないわよ…恋なんて。」
「だからみんなで話すんじゃない?」
「うんっ!。わからないから話そうよ!恋バナ!」
珠美も碧も未知へ飛び込む勇気があると云う事だろうか…?いや、たぶん単純に他人の…朱莉の恋愛事情や恋愛観に興味があるだけだ。あれはそういう顔だ。
そう思っていたけれど、最初に話したのは碧だった。
「──それでね。その人、私のコーヒー研究にも付き合ってくれて…」
「へぇ~!良い人じゃん。」
「最後は"次は客として来ます"って言ってくれて~」
碧の"最近あった気になる人の話"は思ったよりも盛り上がっていた。話を聞く限り、ただの面倒見の良い人と云った印象だったけれど、碧にとっては大きかったのだろう。何か"悩み"も聞いてもらったらしいし…格言のような"言葉"も貰ったらしい。珠美も姉として嬉しいのか、ニコニコしていた。
「次は~…朱莉さん!どうです?好きな人って言うか、良い人だな~みたいな事!」
「私は…その…」
「やっぱりアイドルとしてはそういうの話せない感じ?」
「と言うより…結構隔離されちゃうと言うか、他のメンバーがどうかはわからないんですけど、私はマネージャーが叔母さんだから…」
「そっか。そういうパターンもあるんだね。」
「…すみません。」
「ううんっ!全然っ!そんな気にしないで。」
「ありがとうございます…」
「じゃあ次はあたしか。」
「えっ?珠ちゃんあるの?恋バナ。」
「あるよ!私が好きなのは"ブラック"様!」
「それ小さい時にお姉ちゃんと見てたヒーローものの奴でしょ?」
「ブラック様は居るもん!」
「…それって"バトルヒーロー"のブラックですか?」
「そう!憧れなんだ~!アウトローなのにヒーローしてて…って言うか朱莉さんも知ってるんだね。バトルヒーロー。」
「まぁ…少しだけ。でも確かブラックって最後…」
「そうなの。そういう意味でも居ないはずなのに珠ちゃんは『でも別作品で登場したしっ!』って。」
「な、なるほど…」
「あーあー聞こえなーい!」
まぁ、憧れの人と云う事だろう。そう思う事にした。
「恋愛って、よくわからないわ。」
「けど楽しかったでしょ?」
「…確かに、貴女たちとの会話は楽しかったわね。」
これも、乃亜が言う所の"人間と機械の共生"なのかしらね…?
「あの、気になった事があるんですけど…」
朱莉が珠美に向かって言った。
「ん?どしたの?」
「瑠璃さん?でしたっけ?本当にただのELLYなんですか?」
「確かに…!私も気にはなってたんだよね。」
ぎくっ…しまった。私自身、完全に忘れていた。碧まで疑い始めた。碧は私に自我がある事は知らない。美雲も珠美も"ちょっと柔軟なだけ"なんて適当な事を言って逃げてたのを覚えている。
「あはは…姉さんの仕込みのお陰か、結構"リアル"なんだよね。」
「そ、そうよ。美雲に頭を弄られたのよ。」
これは嘘じゃない。珠美が私を連れてきた時に色々と調べてもらったから。
「ふぅ~ん…そっか!やっぱお姉ちゃんって凄いなぁ…」
「へぇ~…」
なんか、ふたりして納得していた。碧はまだわかるけど、朱莉も。
「ELLYが言うならそうだよね。」
「ですね。」
そうか。私を信じたのか。
「ちょっと!お姉ちゃんを信じなさいよっ!」
「だって、珠ちゃん勘違いしてる事とか結構あるし…」
「それは…」
「あと言い間違いとかよくするしっ!」
「碧ぃ~!」
姉妹喧嘩が始まった。
「…朱莉、放っておきなさい。いつもの事よ。」
「えっ?あっ…はい。」
このまま放っておけば美雲が来る事を私は知っている。それが三姉妹の日常だし、私がここに来て初めて知った事だから。




