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橘珠美の便利屋 その3


数日後、珠美が留守にしているタイミングで便利屋の店舗へ私服姿の加賀がやってきた。話の内容が込み入っているので奥にある個室で話す事にした。

「これが、調査報告です。」

留守を任されていた私は金田乃亜と名乗った踊るAngelについて纏めた記録媒体(データクリスタル)を渡した。

「何だ…?これ。」

「内容が内容なので機密性の高いものに記録しました。多少、古い記録媒体ですが、PCでの読み取りも可能です。」

「なるほどな。どうやら、ここの"ELLY"は優秀なようだな?」

「…ありがとうございます。」

「ここは普段どんな依頼が来るんだ?」

「居なくなった人やペットの捜索、大掃除や引っ越しの手伝い、鍵開け、車両のちょっとした修理、畑仕事、ベビーシッター、などなど…」

「本当に手広くやってるんだな…」

「喫茶店での悩み相談が始まりなので際限は無い、そうです。」

「本来は警察が対応できればいい事もあるんだろうな…」

加賀は苦い顔をしていた。警察としての誇りって奴なのかしら?

「…貴方が気に止む事ではないわ。」

組織の体制や風潮なんてものは個人がどうこうできるものでは無い。そういう歯痒さは私にも理解できる。

「ありがとよ。まさかELLYに慰められるとはな。」

「人と寄り添うのがELLYの使命よ。」

「ん…?お前、そんな喋り方だったのか?」

「…失礼しました。お客様の前では敬語に努めるよう言われてイマシタ。」

危ない危ない。つい普段通り喋ってしまった。

「ほう…?お前、名前は?最初に会った時に呼ばれてたよな?えっと、確か…」

迂闊…下手に切り替えたりしたのが(かえ)って不自然に見えたようね…

「…『瑠璃(ルリ)』よ。」

「瑠璃?」

「そう。いい名前でしょ?」

咄嗟(とっさ)に出てきたワードをそのまま名乗った。

「瑠璃、ね。覚えておくよ。」

「…"ELLY"で構いません。」

「…そうか。いや、悪かったな。刑事の癖って奴が出た。」

「謝らないでください。私はELLYなので。」

「そう言うな。ELLYにだって思う所ができたりするだろう?」

この時の加賀の表情は、とても悲しそうに見えた。


──その後、加賀は報酬を置いて帰っていった。それから一時間ほどして珠美が帰ってきた。

「おかえり。」

「ただいま~…」

「かなり疲れてるようね?」

「いやぁ、なんと言うかー…」

「それで?どうせまた何か依頼されたんでしょ?」

「そだねぇ…またハルカに手伝ってもらうと思う。」


「あっ…」

「ん?何?」

「その、名前の事なんだけど…」

「名前?」

「さっき加賀が来て、"踊るAngel"の件を報告したんだけど、その時に話の流れで偽名を使ったの。」

「どんなの?」

「加賀には、"瑠璃"って名乗った。」

「瑠璃?」

「そう。咄嗟に浮かんだワードをそのまま…って感じ。」

「いいじゃん!似合ってるよ?」

「そ、そうかしら?」

「ハルカって名前も良かったけど、瑠璃の方が"っぽい"って言うか…!」

「っぽい?」

「うん。なんていうか、キャラに合ってるって感じ。」

「…私っぽいって事?」

「そうそう。」

「じゃあ、これから使っていこうかしら?」

「そうしよ!それがいいよ!」

私はこれから"瑠璃"と名乗る事が増えるかもしれない。そう思った。


「あ、そうそう…これ。加賀からの報酬よ。」

私は今時では珍しい封筒を珠美に渡した。

「どれどれ…えっ!?こ、こんなに…?」

封筒の中には30万円ほど入っていた。普段5000円程で依頼を受けていた身としては、文字通り破格の報酬だった。

「こ、こここ、こんなに貰えないよ…!ど、どうしよ…!?」

「貰っておきなさいよ。きっと口止め料とかも込みよ?」

「そっ…そうかもしれないけどっ!」

珠美の狼狽(うろた)え様が面白かった。


──30万円に見慣れてきて、珠美は話を戻した。

「それで、次の依頼だけど…」

「うん。」

「ハルk…瑠璃にも手伝ってもらうと思う。」

「それで?」

「なんて言ったらいいかなぁ…断れない依頼って感じでぇ…」

「ハッキリしないわね…なんでもやってあげるわよ?」

「…ありがと。」


「それで?どんな依頼なのよ?」

「警護…かな?」

便利屋(うち)に?」

「うん。」

「…って事は、あまり大声では言えない話ね?」

「うん…だからここで話してる。」

「それで?誰を護衛するの?」

「…あかりん。」

「なんて?」

「だから、"あかりん"だよ。」

「あかりん?」

「アイドルのっ!あかりんだよっ!!」

「…!」


──あかりん。本名『稲田(いなだ)朱莉(あかり)』。8人組アイドルグループ『Sugar』のメンバーでモデルやグラドルとして活躍中。メンバーカラーは山吹色。

なるほどなるほど…

「検索完了。どうやら人気アイドルのようね。」

それにしても、要人警護か…比奈子のボディーガードをしていたのが懐かしいわね…

あの頃は自分の身体(ボディ)を壊してでも対象を守る事を使命にしてたっけ…今は、どうだろう…?

この身体(ボディ)に代えは無い。特にバイオスキンは野座間重工へ侵入でもしない限りは手に入らないだろう。あの頃は容赦なく破壊していたけれど、今考えると勿体無い事をしていたかもしれない…いや、これは結果論だ。私自身がこうなる事を予測できなかった以上、仕方の無い事だ。

それに、当たり前だが人間は代えの効かない存在…私もその意識で挑めばいいだけの事。


「で、いつから?」

「近日中、かな。」

「ふわっとしてるわね。」

「何か、かなり厄介みたいなんだよねぇ~…」

珠美も状況が曖昧すぎる事に苛立ちを見せているようだった。

「そもそも依頼者は?事務所の人間とか?」

「サングラスにマスクで怪しい雰囲気の奴だった。声も…枯れてる感じ?でさぁ…」

「その時点でふわっとしてたのね…」

「ホント、スポンサーからの紹介じゃなかったら断ってたよ。確実に。」


──チリリン…

その時、受付に設置しておいたベルの音が響いた。

「はいはーい!」

珠美と私は受付へ向かった。

「いらっしゃいませ~…って、あかりんっ!?」

私は咄嗟に珠美の口を塞いだ。

「申し訳ありません。話は聞いてます。奥へどうぞ。」

警護の要は対象の居場所を悟られない事だ。大声で名前を叫ぶなんて事は(もっ)ての(ほか)。珠美には後でお説教が必要だった。と言うより、自衛官時代にそういう事を学ばなかったのかと問いたい。


個室に案内すると、稲田朱莉はゆっくりとソファに腰を掛けた。緊張か、不安か、辺りを気にしているようだった。

「コーヒーと紅茶、どちらがいいですか?」

私が飲み物を訊いた時も肩をビクつかせていた。

「…こ、紅茶で。」

検索した時に出てきたアイドル活動中の画像や映像とは打って変わった彼女の様子に、私も珠美も何かを察していた。


──しばらくカップの音だけが響くような沈黙の後、それに耐えられなくなったのか、稲田朱莉は自分から口を開いた。

「私、自分を変えたくてアイドルをやってるんですけど、売れてきたのは最近で、その…忙しくしてて…あっ、いやっ、そうじゃなくて…」

「大丈夫。私たちはあかりん…じゃなくて、朱莉さんの味方だから、ゆっくりでいいよ。」

珠美の普段と違った柔らかい口調。幼い子供と話す時のような優しい言葉に稲田朱莉も肩の力が抜けていっているようだった。

「すみません…私、いつもこうなっちゃって…」

「大丈夫ですよ。依頼者優先ですから、朱莉さんのペースで良いんですよ。」

「すみません…」

「いえいえ…!」


また少しの沈黙。しかし、先程までの沈黙とは違い稲田朱莉自身に言葉を紡ごうとする空気があった。正確に伝える為の言葉を選んでいるのが私でもわかった。

「ストーカーが居るんです…!」

開口一番はそれだった。確かに、ダイレクトに伝わった。

「詳細を、教えてもらってもいい?」

珠美は姿勢を前のめりにして、少し声を潜めて投げ掛けた。


事の始まりは数ヶ月前、事務所へ一通の手紙…ファンレターが届いたそうだ。そこにはSugar結成当時からの印象と稲田朱莉への溢れんばかりの愛が昨今では規制させるであろうほど身の毛が弥立つ表現で書かれていた。

そして、最後には"誰かのモノになるくらいなら殺す"とも書かれていた。と稲田朱莉は語った。

「失礼ですが、お付き合いしている方などはいらっしゃいますか?」

「いいえ。そんな関係の人…居ません。本当に…誰か、私を支えてくれてるスタッフさんとかが、勘違いで狙われたりとか、そういうのがあったらって思うと、怖くて…」

「…少し良いかしら?」

私はここでひとつの疑問を訊いてみる事にした。

「はい。何ですか…?」

「どうして便利屋(うち)なの?」

「えっ?」

「警備会社でも探偵でも、もちろん警察でも、その道のプロは幾らでも居る。違う?」

「そ、それは…そうですけど…」

私は珠美が制止しようとする前に、更に訊いた。

「珠美は事情を知った上で貴女の話を聞いてるのよ?素直に話しなさい。」

「ちょっ、瑠璃…!」

「珠美は黙って。」

その言葉に観念したのか、稲田朱莉は更に言葉を続けた。

「その…相手に、心当たりがあるんです…」

「…聞かせなさい。ゆっくりでいいから。」

私は珠美に倣って言葉を返した。

「私がアイドルになる前…ネットで知り合った人が居て、その…私、引き籠ってて、でも誰かと繋がりたくて…」

ネットで知り合った相手がストーカーと化す話は昔からある。どうやら彼女もそれのようだった。

「でもそれなら尚更警察の方がいいんじゃ?」

「止めてほしい。そういう事だよね?」

「はい…その人、恩人ではあるので…」

「わかった。私に任せて!」

「珠美、そんな安請け合いは…」

大丈夫(ダイジョブ)だから!とりあえず、朱莉さんにもやってもらいたい事がある!」

「やってもらいたい事…?」

珠美の不敵な笑みは私を不安にさせた。


簡単な登場人物の紹介

・瑠璃…ハルカの偽名。咄嗟に浮かんだワードだった為、本人にも由来はわからない。珠美曰く、ハルカのキャラに合ってる。

・稲田朱莉…アイドルグループ"Sugar"のメンバー。通称"あかりん"。メンバーカラーは山吹色。


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