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公安課の加賀豊 その1


──時は少し戻り、冬の頃。

「異動だ。公安に戻れ。」

課長(はげおやじ)の命令で俺は古巣である公安課へ戻る事になった。名前こそ"公安"と書いてあるが、公安課と公安部では天と地ほどの大きな差がある。50年代辺りまでは三多摩(ここ)も中央扱いされていたので公安部の管轄だったが、気付けば地方扱いになっていたらしい。

本来なら三多摩(ここ)は首都・東京と呼ばれていたが、どこぞのアホな政治家が移民を積極的に受け入れた。その移民たちは日本に馴染む事は無く、個別でコミュニティを形成して権利だけを主張し、場所によっては議会を乗っ取った。その結果、日本人と移民との間に決定的な亀裂が生じた。移民反対のデモは我慢の限界に達して暴徒と化すと、あろう事か招き入れた政治家たちは当時過疎化が進んで野座間重工の企業都市となっていた岐阜に中央政府を移し、名前まで改名した。こうして、かつて"世界一安全な都市"と呼ばれた東京は奈落の底へと堕ちた。

程無くして東京は名前を三多摩府と変えられた。そんな事があったなんて記録を読むまでは全く知らなかった。そもそも興味が無かった。老人たちが政府に不満を持ち続けている理由にも頷けた。

そんな訳で、ここ三多摩署公安課は予算も人員も最小限だった。


──公安課(ふるす)閑散(かんさん)としていた。俺が異動になった4年前と何も変わっていなかった。

「お久しぶりです。課長。」

「おう、お帰り。話は鮭川から聞いてる。こいつが必要なんだろ?」

「ありがとうございます。しばらくは世話になります。」

「別にずっと居てもらってもいいんだぞ?」

渡されたファイルには都心部の移民コミュニティが詳細に記されている。

最大規模の勢力は中華系だ。町田や横浜を中心としていて良くも悪くも独立性が高く、悪い部分では完全にマフィア化している。しかし閉鎖的と云う訳では無いので誰かを潜入させるくらいの事は容易い、残るAngelの情報も得られるだろう。

一方で、台湾由来やインド系のコミュニティは友好的だ。代表の所在地もハッキリしてるから公安課(おれ)が出向く必要すら無い。課長(はげおやじ)に任せておけばいい。

最も懸念されるのはメコン系と呼ばれるベトナムやタイを中心とした勢力だ。彼らのコミュニティは未だに(まと)まりが無く、日本に協力的な一派と他のコミュニティに感化されて反抗的になった一派、そしてシンジケートにどっぷり漬かった犯罪思考の一派が旧都心部に点在している。つまり迂闊(うかつ)に手を出すと警官だろうが戻って来られない可能性がある。だからこそ俺の出番だった。


課長(あのハゲ)が欲しがってる情報は、残る4体のAngelの行方だ。噂では1体が某国の諜報員に回収されていたがハルカに乗っ取られて奪われたらしい。ざまぁ。

しかし、一応はハルカの行方も探る必要がある。できれば協力を漕ぎ着けて残るAngelを確保し、最終的には本人も確保したい。それが理想(ベスト)だった。

「そろそろ出ます。」

俺は課長にファイルを渡すと、旧都心部へと向かった。


──足立ベトナム人街。

旧都心部有数の歓楽街となった足立は(まと)まりの無いメコン系コミュニティの中でも比較的話が通じる場所として認識されている。幸いな事に日本語もしっかり通じる。つまり安全牌って奴だ。

「なぁ、コミュニティの代表に話が訊きたいんだ。繋いでくれないか?」

警察ライセンスを見せる。下手な事をせずに直球勝負の方がいい時もある。

「…コチラへ。」

何軒かの店舗や施設を経て、無事成功。

協力的な勢力は本当に助かる。


店舗を抜けて中心にある建物へ案内された。

「少々お待ちクダサイ。」

しばらくすると20代前後の男がやってきた。

「初めまして。ここの副代表をしている『グエン・ヴァン・ザップ』です。」

ザップと名乗った男は合掌し、軽く頭を下げた。確か目上の相手に対して行う挨拶だ。

「三多摩署の加賀豊だ。よろしく。」

こちらも会釈する。細かいマナーは知らないが礼節には礼節で応えるのが大人としてあるべき姿だろう。

「単刀直入に伺いますが、今回は何の御用でしょうか?」

"今回は"と云う事は普段から何かあると警官に詰められたりしているのだろうか。だったら早く済ませた方が負担にならないか…

「実はある事案に関する情報が無いかと方々を回ってまして。」

「事案…ですか?同胞が何かご迷惑を…?」

「いや、そういう訳じゃないんですよ。こういうアンドロイドの情報は無いかなと思いまして。」

俺はAngelの部品が組み立てられた状態を収めた写真を見せた。

「これは…ELLYやATOMとは違うタイプのアンドロイドですね?」

「そうなんだ。詳細は省きますが、警察として回収しなければならなくなったものです。何か知っている事があれば…」

「事情はわかりました。そうですね…この機体かどうかはわかりませんが、2ヶ月ほど前から明らかに人間では無い動きをした何かの目撃情報ならありますよ。」

「人間では無い…?どういう事です?」

「なんでも、ブリッジしたまま走り去ったり、バク転のようなアクロバットな動きで移動するとか…」

「…それは、中々シュールな目撃談だな。」

「最近の旧都心部(このへん)はそんな奇妙な話ばかりです。しかし凄惨(せいさん)な話ばかり飛び交っていた頃と比べれば平穏で微笑ましいものですよ。」

「なるほど…」


どうやらAngelと思われる機体が旧都心部のどこかに潜伏?している事はわかった。Angelにルールは無い。放置すればするほど独自の価値観で行動する可能性が高くなる。ハルカのような比較的人間の(がわ)に立って行動するのは良い方だと、三多摩署を離れる際に和泉が言っていた。朔夜のシミュレーションでもRAINが定める人間の倫理観から長く離れた機体は人間の理解が及ばない行動に価値を見出だす可能性があると結論付けていた。

「檜山絵理…とんでもねぇもんを作ってくれたな…」


ベトナム人街から他の移民コミュニティへと移動する道中、俺の車に緊急の連絡が入った。どうやら指名手配犯の追跡をしているようだった。

「急ぎって訳でもねぇし、手伝うか。」

俺は辺りにサイレンを響かせて国道を走らせた。

無線で連絡を取り合って包囲網を形成していく中で犯人が乗り物を捨てて逃走した。ここからは脚が物を云う。

「待てぇー!」

「逃げても無駄だぞ!」

周囲からそんな怒号が飛び交う。逃走犯を囲い込む為の作戦だ。

居た…!大層大事そうに抱えたバッグから札束が見えている。余程急いで詰めた所を見ると表立って使えない代物なのだろう。途中で包囲網に参加してる他の警官たちを見掛ける。もう逃走ルートがかなり絞り込まれているだろう。焦ってる犯人を刺激しないようにしたい。

「どけコラァ!」

逃走犯の声。誰かと接触したのか…?

小道を抜けた先には女性が居た。

「な、なんだテメェ…邪魔だァ!」

このままじゃ不味い…間に合え…っ!

「大丈夫で…」

「大丈夫ですよ…」

駆け付けた先には声の主と思われる若い女性と巡回の警官が居た。

「お手柄じゃないか!」

「い、いえ…確保したのは自分では無く、この方が…」

「ん?そ、そうか。」

よく見ると身体が引き締まっていて、鍛えているのがわかる。拳が作られているのを見るに武道経験もありそうな女性だ。

「ご協力、感謝致します!」

「いえっ!一般市民として、自分にできる事をしたまでです!」

「よろしければ少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」

「はい!勿論です!」

つい普段の癖で、俺が聴取する事になってしまった。

「珠美、怪我はありませんか?」

彼女のELLYだろうか?

「ん?あぁ…大丈夫だよ。ありがとう、ハル…ELLY。」

俺の方を見てから言い直した辺り、場を気にしたのだろう。聴取する際には世間話を交えて緊張を(ほぐ)した方が良さそうだな。昔だったら、こんな気遣いはしなかったと思う。


「早速、話を聞きたい所だが、まずは言わせてもらいたい。」

「?」

「下手をすれば命の危険性があった。貴女自身の事や、貴女の大切な家族や友人の事も考えてから行動してください。」

「は、はい。済みません…つい。」

「ついって…」

「私、元自衛官でして…」

「元自衛官…!?」

橘珠美、26歳、元自衛官…現在は便利屋を営み、その帰りに犯人と遭遇。学生時代から柔道をやっていて現在は四段。

その腕前で犯人を確保、と。…この歳で四段か。すげぇな。


──世間話も交えた聴取のお陰で彼女もリラックスしているようだった。

「お疲れ様です。加賀さん。」

朔夜が1人でやってきた。俺はスマホにメモを取りつつ手を上げて朔夜に応えた。

「この方は?」

「犯人逮捕に貢献してくれた橘さんだ。柔道四段だとさ。」

「朔夜と申します。よろしくお願いします。」

「橘珠美です。こっちの刑事さんには言いましたけど、帝京駅の辺りで便利屋をやってます。」

「帝京駅…モノレールの方ですか?」

「…そうですね。あ、"橘"って喫茶店知りません?姉がやってるんですけど、アタシの便利屋はその裏でして。」

「最近話題になっている"美人姉妹が居る喫茶店"ですね。」

「あぁ、あの店か。」

確か若い連中がそんな話をしてたな。

「確かに姉さんは美人ですよ。あと、ここだけの話、独身で~…」

聞いていいのかわからない話を聞かされる。少しリラックスさせすぎてしまったかもしれない。


──聴取を終えた俺はその全ての情報を刑事部に送った。逃走犯の継続捜査を続けていたメンバーもこれでひとつ休まるだろう。

「お疲れ、災難だったな?」

「そうでも無いですよ。面白い経歴の市民にも出会えました。」

俺は報告書の作成がてら橘珠美の事を課長に話した。

「元自衛官の便利屋か…確かに面白いな。」

「明日、依頼しようと思ってますよ。」

「依頼って…あの機体を猫や何かと一緒にするのはどうなんだ?」

「それが、奇妙な目撃談が出てまして…」

ベトナム人街で得た情報を話すと課長も納得した様子だった。

「確かに、そいつは便利屋や探偵が依頼されそうな内容ではあるな。」

「だけど普通の便利屋や探偵では恐らく捕獲できませんよ。」

「鮭川から回ってきたレポートを見た感じでは、そうだろうな。なるほど、わかった。署内の根回しはしておく。」

「ありがとうございます。」

異例ずくめの公安としても、これは異例な事だろうが、やるしか無い。Angelは必ず確保する。


簡単な登場人物の紹介

・公安課長…三多摩署公安課の課長。公安課では情報漏洩のリスクを考慮して殆どのメンバーの名前が共有されていない。年齢も不明だが、外見は初老の男性。

・グエン・ヴァン・ザップ…足立にあるベトナム人街の副代表。19歳。

・橘珠美…便利屋"橘"の経営者。柔道四段の元自衛官。26歳。


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