橘珠美の便利屋 その1
私が珠美と出会ったのは、どこかの組織が所有していたAngelを手に入れて逃げていた時だった。珠美は迷彩服を纏っていたので、私はAngelを奪い返しにきたのだと思った。
「あんた、怪我してるのか?」
駆け寄ろうとした珠美に対して私は腕を構えた。珠美の肩についてた無線機からは某国から要請があって国内を逃亡中の"脱走者"を捜索するよう命令が発せられていた。その"脱走者"とは恐らく私の事だった。
「ほら、見せて。」
珠美は命令なんぞ知らんと云った雰囲気で傷口を処置して包帯を巻いていた。
「なぜだ?」
「何がよ?」
「無線で言われているのに…」
「あぁ、これね。私はヒーローになりたくて入隊したんだよ。誰かにパシられる為になった訳じゃない。」
「そんな事でいいのか?」
「いいのいいの。セクハラも酷いからそろそろ辞めようと思ってたし…ってかあんたのこれ義足?見た事ないけど…」
「義足じゃないわよ。」
私が腕を変形させると珠美は大きな声で叫んでいた。
「凄い!特捜ロボみたい!」
「え?なにそれ。」
珠美が何を言っているのかはわからなかったけれど、Angelの存在が何者かによって秘匿されているから普通に私と話せるんだと思った。
その後、珠美は再度セクハラしてきた上官を殴って仕事を辞め、私を連れて姉である美雲の元へ転がり込んだ。
美雲は私の存在を噂レベルでは知っていたらしく、檜山絵理の自殺に関して野座間重工が不振な行動を取っていた事を教えてくれた。
「陰謀のニオイがするね。」
なんて事を珠美は言っていた。
喫茶店でメイド服を着ている珠美は楽しそうだった。聞けば幼い頃は可愛いものが大好きだったが、姉の影響でヒロイックアニメや特撮ものを見ていたらしい。以前私が興味無さげに反応したら、2人からオススメの作品を直接体内に詰め込まれた事もあった。
「どの作品が良かった?」
「…コレ、かしらね。」
私はダークヒーローものに魅力を感じた。あくまでも"強いて挙げるなら"と云う条件付きだけれどもね。
ボディを偽装し、ただの接客型アンドロイドと化している私に対してヒロイック作品を語っている姉たちは、何も知らない碧からすれば不思議な光景だったと思う。
やがて珠美は喫茶店を手伝う傍らで便利屋を始めた。以前言っていた"ヒーローになりたい"と云う夢を自分なりに形にしたのだと思った。
「悪いけど、今回は珠美の手伝いをしてくれないかしら?」
ある時、美雲からそんな事を言われた。なんでも珠美が相棒にしていた秘書型のELLYが壊れてしまったらしい。元々ガタが来ていたらしいので遅かれ早かれ私は珠美を補佐する事になっていたそうだ。
「わかったわ。だけど、ひとつ問題があるわよ。」
「問題?」
「私の正体がバレる訳にはいかないって事。」
バレれば最低でも三多摩署と野座間と例の組織に追われる事はわかりきっていた。
「それなら大丈夫よ。私に任せて?」
美雲は前職のスキルを遺憾なく発揮して私を普通のELLYに偽装してくれた。ボディを偽装し、内部にもリミッターを掛ける事で"私"が前に出過ぎないようにしてくれた。
「本当は手足自体を換装できれば良いんだろうけど、大きい施設を使う訳にはいかないものね。」
どうしてここまで美雲が協力的なのか、私は理解できなかった。
「これ…ホントにハルカか?」
「間違い無く私よ。失礼ね。」
偽装を済ませた私を見た珠美は驚いていた。
「やっぱり姉さんって凄いんだなぁー…」
その表情は嬉しそうだった。
便利屋の仕事は多岐に渡る。
今日は早朝から農家の手伝いだ。人手不足による農作業の機械化が進んでいるとは云え、人力に頼らなければならない作業は未だに多く、ATOMやELLYのような人間型のロボットは役立っていた。
今回の私は畑に入って根菜を掘り返す機械となっていた。傷付けないよう慎重に土を払っていく作業は想定よりも難しかったが、美雲が私に組み込んだリミッターのお陰か身体の制御がしやすかった。その後は収穫した野菜をサイズ毎に仕分ける作業を手伝った。なんとか昼前には終わり、そのまま次の現場へ向かった。
「次は鍵開けよ。」
「ぶっちゃけ苦手なんだよねぇ…」
珠美は運転しながらボヤいていた。
「最悪、私がやるわよ。」
「その時は綺麗に壊してよ?」
「わかってるわ。」
結局、私が実力行使する事も無く金庫の扉は開いた。金庫の中には家系図のようなものとその記録、それと沢山の紙の写真が入っていて、依頼人とその家族たちは嬉しそうにそれらを広げていた。珠美の満足そうな表情も伺えた。
──今日の仕事が終わり、私たちは車に乗り込もうとしていた。その時だった。
「どけコラァ!」
怒号と共にナイフのようなものを持った男が走ってきた。小脇に抱えたバッグからは札束のようなものも見えていて、誰が見ても事件か何かを起こした犯人である事がわかる姿だった。背後からも怒声が聞こえていた。
「…ハルカは、そこに居て。」
珠美はその場で軽く柔軟運動をすると、男に向かって行った。珠美は男の前で止まり、両手を広げて立ち塞かった。
「な、なんだテメェ…邪魔だァ!」
男がナイフで切付けようとした瞬間、珠美は振り下ろされた腕を下から受け、即座に顎へ一撃くらわせ、そのまま流れるように男を拘束した。一瞬の出来事に周囲からは拍手も聞こえていた。
「大丈夫ですかっ!?」
駆け寄った人物が珠美に声を掛けた。その人物は制服警官だった。
「大丈夫ですよ。鍛えてますから!」
珠美は力こぶをアピールするようなポーズを取って笑顔を見せた。
しばらくすると大柄の男がやってきて制服警官に話し掛けた。
「お手柄じゃないか!」
「い、いえ…確保したのは自分では無く、この方が…」
「ん?そ、そうか。」
その人物には見覚えがあった。
「ご協力、感謝致します!」
確か、名前は加賀…比奈子の友人だ。
「いえっ!一般市民として、自分にできる事をしたまでです!」
珠美は自衛官時代のクセか、しっかりとした敬礼をしていた。その姿のどこが一般市民なのか。どう見ても訓練された精鋭隊員だ。
「よろしければ少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
「はい!勿論です!」
珠美は完全に私の立場を忘れた返答をしている。まぁ、仕方ないか。私は私で"ELLYとして"の動きをする事にした。
「珠美、怪我はありませんか?」
「ん?あぁ…大丈夫だよ。ありがとう、ハル…ELLY。」
珠美には後でお説教しようと思った。
──なるほど。以前は自衛官だったんですか。そこで格闘技の経験を?」
「そうですね。あと小さい頃から柔道をやってまして…」
珠美が聴取を受けている最中、一台の車から見覚えのある人物が降りてきた。
「お疲れ様です。加賀さん。」
そこには朔夜が居た。もし私が人間だったら冷や汗でも掻いていたかもしれない。現状で最も気を付けなければいけない相手は彼女だと思う。
「この方は?」
「犯人逮捕に貢献してくれた橘さんだ。柔道四段だとさ。」
「朔夜と申します。よろしくお願いします。」
「橘珠美です。こっちの刑事さんには言いましたけど、帝京駅の辺りで便利屋をやってます。」
この子は…ELLYに対しても普通に話している。たぶん私と関わるようになったからだろうけれど、あまり珍しい行動と云う訳でも無い。
「帝京駅…モノレールの方ですか?」
「…そうですね。あ、"橘"って喫茶店知りません?姉がやってるんですけど、アタシの便利屋はその裏でして。」
「最近話題になっている"美人姉妹が居る喫茶店"ですね。」
「あぁ、あの店か。」
加賀の声のトーンが微妙に上がった。男と云うのは美人だとか美女の噂は逃さないと博士は言っていたけれど、本当だったようね。
「確かに姉さんは美人ですよ。あと、ここだけの話、独身で~…」
ここぞとばかりに姉がアラサー独身女である事を吹聴する鬼畜な妹をELLYとして止めるべきだろうかと少し悩んだがフォローすればするほど傷が深くなりそうなので、私は黙る事にした。せめて、美雲が強く生きていく事を祈ろうと思った。
後半は世間話となっていた事情聴取が終わると、私たちは車に乗り込んで帰路についた。日も傾き掛けていて、車も人も往来が増えていた。私の正体があのふたりにバレた様子は無かったので助かった。
「ただいまー」
「あっ!珠ちゃん、おかえり。」
「碧~今日は流石に疲れたよぉ…」
「何かあったの?」
「実はさ~…」
珠美は碧に今日あった事を多少の脚色を盛り込んで話していた。
「そっかそっか。大変だったね~」
「う~ん。ありがとー」
「ふたり共ーそろそろご飯できるわよー」
キッチンの方から美雲の声が聞こえた。
「「はーい。」」
──翌日。
今日は午後に1件依頼がある。そういう日の珠美は喫茶店の手伝いを必ずしている。
「~♪」
「楽しそうね。」
「だってさぁ、喫茶店手伝ってると合法的にメイド服着られるんだよ?」
「あぁ…そう。」
珠美のメイド服に対する情熱、もとい可愛いものに対する憧れは強かった。
「珠美ごめん。メイド服クリーニングに出してて…」
「」
【呆然】ぼう‐ぜん
《形動》たる・と 《副》─と
1.思いがけない出来事や衝撃的な事態に遭遇し、あっけにとられてぼんやりしているさま。言葉を失い、呆けたように固まっている様子。
例:「結果発表を聞いて呆然とする」
2.気抜けしてぼんやりしているさま。放心状態で何も考えられず立ち尽くす様子。
例:「別れを告げられて呆然と立ち尽くす」
語源・由来
『呆』ぼんやりして知覚・判断がにぶくなる。
『然』〜なさま、その様子。
珠美はその場からピクリとも動かなくなった。完全にフリーズしていて、しばらく動く様子は無かった。メイド服に対してそこまでの情熱を抱いていたとは姉の美雲ですら予想し得なかった。
「ご、ごめんね…?昨日、私が汚しちゃって…」
厨房から出てきた碧は申し訳無さそうにしながら珠美を見ていた。
「い、いや…大丈夫。み、碧は悪くないって…アハハ…」
珠美は気の抜けた渇いた笑いを漏らしながらテーブルの準備をしていた。
カランコロンカラン…
店の扉が開き、1人の男が入ってきた。
「すみません。まだ店開いてなくて…」
美雲がそう言いつつ顔を上げる。珠美も碧も、私も入口へ目線をやる。そこには、加賀が立っていた。
「橘珠美さん、少しお話があります。」
開店前の喫茶店、その奥まった席で2人は何かを話している。私は耳を傾けた。
「もう我々が手段を選べる状態では無いんです。どうか協力していただけませんか?」
手段を選ばない警察…それだけで嫌な予感がする。珠美も難しそうな表情を浮かべている。
「…わかりました。やれるだけの事はやってみます。」
「…ありがとうございます。」
ものの数分で話は済んだようだった。
「次は喫茶店の客として来させていただきます。」
それだけ言うと、加賀は帰っていった。
「何だったの?依頼?」
美雲が透かさず珠美に訊くも、珠美は何かを考えている表情で黙っていた。
「ちょっと、情報を整理してから話すよ。ごめん。」
「…わかったわ。珠美、奥で休んでなさい。」
「うん。ホントにごめんね。」
珠美は奥の部屋に控えていった。
──夕方。
「珠美、話してご覧なさい?」
美雲は少し詰め寄るような形で珠美に迫った。ここに碧は居ない。
「そんな迫らなくたって姉さんには話すよ…ってか、アタシたちには無関係な話じゃないし。」
「どういう事?」
「単刀直入に言うと、"Angel"の捜索を依頼された。」
「なっ…本当なの?」
美雲は驚きを隠せない様子で途中から声を潜めた。
「ホントだよ。今、日本国内には4体のAngelが目的を失った状態で彷徨ってるらしい。その中の1体がハルカなんだけど、これは加賀さんも知らなかった。」
目的を失った…?
「ちょっと待ちなさいよ。目的を失ったってどういう事よ!」
私は珠美に詰め寄った。
「私に訊かれてもわからないってばぁ!」
Angelが目的を失う。機械が与えられた命令を実行できなくなる。それはつまり…"相澤史郎を抹殺する事"ができなくなったと云う事。つまり、相澤博士は…
「博士は…亡くなったのね。」
私は気が遠くなるような感覚に陥った。
簡単な登場人物紹介
・加賀…三多摩署の警察官。2年前にハルカが起こした事件では捜査官として事件に関わっていた。
・朔夜…三多摩署のELLY。2年前にハルカが起こした事件に関わり、ハルカの行動を最も理解していた。




