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プロローグ 橘三姉妹

第2部のプロローグです。


「部長。今日までお世話になりました。」

(たちばな)美雲(みくも)』は勤め先の上司に最後の挨拶をして会社を後にした。

夢や自由、自分の中の"正しさ"を大切にしていた美雲にとって、会社との信頼関係は仕事内容や貰える給料よりも大切な事だった。

世間的に一流企業と云われていた会社を辞めたので、美雲は友人からとても心配され…たりはしなかった。

「美雲ならどこでもやっていけるもんね。」

どの友人も口を揃えてそう言った。

自立した大人の女である美雲を心配してくれたのは、二人の妹だけだった。

「ホントに辞めたの?もったいねぇ~!辞めるにしたって玉の輿狙った方がよかったじゃん!」

妹の『珠美(たまみ)』は現実主義者で、その時に望めた現実的にあり得た結婚(ゴール)のひとつを惜しんでいた。多少は粗野(アレ)だけれど、大切な姉を心配しての言葉だった。

「お姉ちゃん…ホントに大丈夫なの?貯金ある?」

末の妹である『(みどり)』は心優しくて心配性。姉が高給取りであった事などは綺麗に頭から抜けていて、今後の生活ばかり心配していた。しかし多少の天然(アレ)は姉妹にとっては"いつもの事"なので軽く流されていた。


美雲には、やりたい事があった。

「大丈夫。喫茶店やろうと思ってるから。」

そう言ってからの美雲は速かった。一流企業で磨き上げた構成力で計画書を作成し、物件探しと平行して資格を取得。即座に役所へ相談と申請をして、流れるように内装からメニュー開発までを済ませた。

その様は美雲の優秀さを表していた。

「お姉ちゃん、私も手伝うよ!」

碧は仕事の合間を縫って美雲の手伝いをした。碧は宣伝や交渉が上手く、ファッションの知識も深かったので制服を選んだ。制服はスタンダードなエプロンスタイルが選ばれた。

「め、メイド服…」

美雲の意見は碧によって却下された。


そんなこんなで喫茶店のオープン初日、"バラバラ事件"の終着もあって客入りは良かった。美雲が無理を言って碧にメイド服を着せた事も特定の層には効果があった。立地の良さもあって喫茶店は盛況だった。

「私も仕事辞めちゃった。」

その日から碧も喫茶店で働き始めた。制服はスタンダードなエプロンスタイルで碧は一安心(ひとあんしん)だった。特定の層の客は少し落胆したけれど、チョロい連中なのでこれはこれで"アリ"だと思っていた。

「仕事辞めてきたから雇って。」

セクハラしてきた上官を殴って隊を辞めた珠美が美雲の(もと)へ転がり込んできた。ボーイッシュな見た目の珠美は女性客を常連(リピーター)にしていった。本音ではメイド服が着たかった。


──話題の店と云うものには人が集まる。特に"美人三姉妹の喫茶店"なんてものは、それだけでメディアの食い付きがよかった。加えて美雲のセンスで選ばれた"少し個性的な…でも味わい深いメニュー"はインフルエンサーたちにとっても好評だった。これは友人たちが言っていた"美雲ならどこでもやっていける"の所以(ゆえん)でもあったが、それは美雲の少し独特なセンスとそれを時流に乗せる構成力の高さに裏打ちされての事だった。


美雲の喫茶店は街に馴染んでいた。常連の客も増え、近所の人にオススメの店を訊けば名前が挙がるくらいには馴染んでいた。忙しい時間帯を避ける事で美雲たちと雑談を楽しむ常連たちまで出てくるようになった。それは美雲が憧れた喫茶店の姿だった。


常連たちは愚痴や相談をするようになっていた。

話すだけで心が軽くなる事、慰めて貰って何とかなる事、助言を受けて道が拓ける事…中には、探偵や弁護士が必要な事まで話すようになり、カウンター席は(さなが)ら相談所のようだった。

「"橘"なら相談に乗ってくれる。」

そんな噂が立つようになった。


「あの、相談に乗ってほしい事があって…」

それは噂を聞き付けた女子中学生で、ストーカーの相談だった。

「信頼できる警察官や弁護士、探偵なら紹介できるけど…」

わざわざ喫茶店(こんなところ)へ相談しにきたと云う事は問題を大きくしたくないと云う事なのは美雲もわかっていた。

「だったらアタシが解決してやるよ。」

珠美は困っている人を放っておけない性質(たち)だった。

珠美がストーカーを撃退した話は学生を中心に瞬く間に拡がった。

「"橘"なら何とかしてくれる。」

そんな噂が街に浸透した。


「姉さんは店に集中してよ。こういう事はアタシの方が向いてるしね。」

喫茶店では色々な話がされる。

話す事でスッキリするもの、慰めの言葉や助言で霧が晴れるもの、警察や弁護士が必要なもの、探偵なら解決できるもの…珠美は、そのどれにも当て填まらない"どうにもならないもの"を持ち前のフィジカルと元自衛官として身に付けたスキルで解決していった。

決して、メイド服が着られない事に対するフラストレーションを発散している訳では無かった。決して。


美雲が仕事を辞めて一年半。

気付けば『喫茶店"橘"』は『便利屋"橘"』と呼ばれるようになっていた。それだけ街の相談事が持ち込まれ、解決されていた。

美雲が想定していた形とは少し変わってしまったけれど、"橘"は街に愛され、人に信頼される店になっていた。


簡単な登場人物の紹介

(たちばな)美雲(みくも)…長女。29歳。夢や自由を追い求める行動的(アグレッシブ)な自立した女性。大抵の事は上手くいくタイプ。美人マスターとして街で噂になっている。

(たちばな)珠美(たまみ)…次女。26歳。美雲とは反対に現実的で少し保守的な女性。油断すると言葉遣いが荒くなってしまうのが学生時代からの悩み。ボーイッシュな見た目で勘違いされるが可愛いものが好き。

(たちばな)(みどり)…三女。24歳。真面目で心優しい女性。天然すぎて反感を買う事があるけど本人はそう云った悪意に鈍感。なお好意にも鈍感なので玉砕する男性が後を絶たない。

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