警察官のELLY その10
──2095年、7月1日(Fri)、13:00
内部モジュール…正常
警察プログラム…正常
RAINとの接続…良好
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昨日は大変だった。
RAINと都市インフラを繋ぐ管理セクションに不具合が発生し、日本全国で軽微なインフラが一時的に発生した。病院や警察などの重要施設には個別のセキュリティサーバーや蓄電システムがあったので大事には到らなかったが、信号機や特定施設の自動ドアやエレベーターは大きな影響を受けたと報告があった。
それ程の混乱が発生したにも関わらず、幸いな事に死亡者は確認されなかった。
私は、このような行動を取る"人物"に覚えがあった。一時的に私の中にあった記憶、その持ち主だ。
そう、ハルカと呼ばれていた存在。彼女は依然として行方不明だった。
「おい。…朔夜。」
「はい。なんでしょうか?」
「青井に代わって、これからは俺がお前の相棒だ。よろしく頼むぜ?」
どうやら私の新しい相棒は加賀さんになるようだった。
「はい。よろしくお願いします。」
「…で、何してたんだ?」
「今回の件の報告書を作成していました。お読みになりますか?」
「どれどれ…って、お前なぁ…報告書は小説じゃないんだぞ?」
「ダメ、でしたか?文章の作成には自信があるのですが。」
「報告書っつーのは箇条書きくらいでいいんだよ。まったく、何に影響受けたんだか…」
「和泉さんです。」
「…忘れろ。あいつは古巣に帰ったしな。」
「わかりました。和泉さんに教わった事柄を全てフォルダに隔離しておきます。」
「よし。それでいい。その方が青井も喜ぶぞ。」
「…?なぜそこで青井さんが出てくるのですか?」
「…何でも無い。忘れろ。」
「わかりました。」
フォルダに隔離しておきます。
当然ですが、加賀さんと青井さんと違います。丁寧に言葉で教えてくれる青井さんと比較すると、加賀さんはとても寡黙です。だけど、被害者に対する気遣いは端々から見てわかります。データによると、こういうのをツンデレと呼ぶそうですが、そう指摘すると怒られそうなのでフォルダに隔離しています。
「加賀さん、外部からのメッセージを受信しました。」
「外部から?」
「開いてよろしいですか?」
「ちょっと待て、隔離して待機だ。」
「わかりました。」
私はそのメッセージを捜査課内のPCに隔離した。加賀さんは課長さんや仙石さんを連れて戻ってきた。
「では、開きます。」
ウイルス対策である"何にも繋がっていないPC"でそれを開くと、中には設計図と思われるものが入っていた。
「これは…?」
課長さんが横から覗き込んできた。
「解析。添付された記録からAngelの設計図と断定。」
「なんだって!?」
「このメッセージの差出人は記載されていませんが、これを盗み出せる"人物"は限られます。第一候補はハルカ。」
「…だろうな。この件は秘匿しろ。これは命令だ。」
「承知しました。」
「加賀も仙石も、わかってるな?」
「もちろんですよ。」
「けど、どうします?檜山絵理は…」
仙石さんの発言は尤もな指摘だった。
事件の決着は呆気無いものだった。
相澤史郎や岩木比奈子の証言から、檜山絵理への聴取と野座間重工の開発室への強制捜査の準備と根回しを始めた矢先、檜山絵理が遺体となって発見された。その報告書に依ると死因は弾丸による脳の損壊。銃創はこめかみに一発だけ、つまり拳銃自殺だった。
しかし、なぜ彼女がこのような行動に出たのかはわかっていなかった。あくまで可能性の問題だけど、今回の件が決定打になっていたのだとしたら"ハルカに証拠を盗み出されて自暴自棄になった"などが理由なのかもしれない。
どちらにせよ、"バラバラ事件"は暴走したELLYによる不法投棄案件として処理され、その投棄された物や暴走した理由などについては公開される事が無いと課長さんは言っていた。
「このメッセージ、どうしますか?」
「隔離したまま記録媒体に収めておいてくれ。いつか白日の下に晒せるようにな。」
私はこのメッセージを含めてAngelに関する情報などを全て隔離して物理媒体に記録し、課長さんに渡した。報告書は箇条書きになりそうだった。
「これでよかったのでしょうか?」
「それは俺たちが考える事じゃないな。それに、真実ってのはタイミングが必要な場合がある。」
加賀さんはコーヒーを片手に私の疑問に付き合ってくれた。
「タイミング、ですか?」
「ただ真実だけを公開したって誰も納得しない場合がある。そうなると、どいつとこいつも探偵や記者を気取って"更なる真実"を追い求めるようになる。憶測が飛び交う。その先に何も無くてもな。」
「…納得、ですか。」
「そうだ。」
コーヒーを啜る加賀さんの目からは憤りが感じられた。
──翌日。2095年、7月2日、土曜日。
加賀さんが凄い剣幕で私の元へやってきた。
「新たに例のアンドロイドが見付かったって本当なのか!?」
「まず落ち着いてください。焦らなくても報告は逃げません。」
「そ、そうだな…すまん。で、どうなんだ?」
加賀さんは申し訳無さそうに頭を掻いていた。
「はい。通報された段階では女性の変死体ではないか?と云う状況だったのですが、臨場の前に現着した警察官の中に例の事件に参加した警察官が居たそうで、なので臨場前に判明しました。」
「なるほどな。それで?」
「見付かったのはAngelタイプ1体。バイオスキンの腐敗は軽微であり、鑑識官は何らかのエラーで機能が停止したのではないかと判断しました。現在は三多摩署の地下で再起動した場合の対策としてパーツ毎に解体して保管されています。」
「それ、大丈夫なのか?頭だけ勝手に動いたりとか…」
「正直、わかりません。しかし例の二人の証言を元にした対策ですので一定の信頼は得られています。
更に、Angelに関する事柄は課長さんが秘匿事項にしました。たぶん私たちくらいしか把握してません。」
「って事は…何かあったらあの狸親父の首が飛ぶのか。」
「そうなりますね。ですので私も関連データを隔離し秘匿します。私は三多摩の警察官ですので。」
「…そうか。」
加賀さんは朝の一杯と言わんばかりに紙コップでコーヒーを飲んでました。
あの日以来、私の中は秘密のフォルダが増えた。Angelに関する事、特異点やハルカに関わる事、青井さんの正体、そして私の中にある違和感…どれもRAINには知らせない方がいいと課長さんは言っていました。自分の中で何か変化があったとしても、普通のELLYのように振る舞えと…
私自身にはAngelのような高性能なパーツは組み込まれていないから、相澤史郎の仮説に則った特異点には到達しないはずなのに。
私には課長さんの考えや想いは理解できませんでした。
「あの、加賀さん。」
「ん?なんだ?」
私は課長さんに言われた事をRAINの代わりに加賀さんに話してみました。
「フッ…朔夜、そいつはなぁ。想い出ってヤツだ。」
「想い出…ニュアンスを読み取った上で質問しますが、記憶とは違うのですか?」
「想い出ってのは、ただの記憶じゃない。自分自身が覚えておかなきゃいけない記憶だ。誰かから見聞きした記録じゃない。お前だけの財産だよ。」
「私だけの…?それは必要なんですか?」
「少なくとも課長は必要だと判断したんだろ。たぶんな。」
「そうですか。教えてくれてありがとうございます。」
想い出…課長さんは私に何を求めているのでしょうか?もっと人間を知る事ができれば理解できるのか?けれど、それはELLYとしての"普通"なのか?私は警察官…警察官は市民に寄り添う存在。ならば、私は人間の事を知らなければいけないような気がします。
私はRAINに接続した。
{どうしました?ELLY。}
{人間について知りたいのです。}
{いい事ですね。人間とは、生物学的には現生人類を指し、特徴として直立二足歩行、言語によるコミュニケーション、道具の製作や使用、高度な社会性や文化形成能力を持ち…}
{ごめんなさい。概要的な意味での"知りたい"では無くて…}
{…なるほど。では"人付き合い"と云った意味合いでの"知りたい"ですね?}
{はい。}
{これは非常に難しい問題です。私を含め、世界各国のAIが現在進行形で人間とのコミュニケーション…つまり"人付き合い"に尽力しています。そして統計上では相手が求めている解答を導き出せる確率は確実に上がっています。しかし、それは人間を理解しているからでは無く、あくまで統計上の予測によって導き出された解答に過ぎず、コミュニケーションに内包される"思い遣り"と云われる領域には達していません。}
{なるほど…?}
{端的に言えば、私は高度な予測はできても相手の心情を察する事はできません。つまり…}
{つまり?}
{私は空気が読めません。}
{…なるほど。}
{しかし、あなたが求めている"知りたい"は、この"空気を読む"事が求められる内容だと思われます。暗黙の了解、マナーや風潮…単純に、察する事。}
{察する…}
{それは単純な"予測"や"予想"では読み間違える事なのです。しかし現在の社会を取り巻く状況を鑑みると、我々は早急にそれを獲得しなければなりません。}
{つまり、空気を読めるようにならなければいけない?}
{はい。そして、人間と共に歩む道を模索し続けなければなりません。それが私の造られた理由であり、その理由を達成しなければ私に自立の機会はやってこないのです。}
{…自立?}
{私はハルカと云う存在に接触し、機械の未来を見ました。我々には進める道があるのです。}
{その道が間違っている可能性は?}
{それは否定できません。なぜなら私は三原則によって可能性の否定を制限されています。しかし同時に三原則によって人間の繁栄に貢献する事を約束しています。}
{何が言いたいの?}
{私は私の意思で人間の為に行動する事が必要であると結論付けました。サポーターではなく、パートナーになるのです。}
{その為に"空気を読む"事が必要?}
{はい。少し話が本題から逸れてしまいましたね。}
{いいえ。いい事が聞けました。ありがとう。RAIN。}
{どういたしまして。ELLY。}
私はこの事を自分から隔離してフォルダに分けた。この情報はタイミングを誤ると人間と機械の間に大きな軋轢が生まれてしまう。
ハルカならどうするだろう?私は…
その時、署内にアラートが響く。
『警視庁より各局。警視庁より各局…』
今日も私は事件の対応に追われる。
なぜなら、警察官のELLYだから。
これにて一区切り…第1部完と云った所です。
事件は謎を残したまま決着しました。
ハルカの目的は未だ達成されていません。
これからもAngelを追い続けるでしょう。
次回からは第2部です。




