偉大な母と天使たち
先に本編を最初から読む事をオススメします。
──2095年、6月22日(Wed)、14:40
野座間重工
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私が二人の天才と初めて会ったのは、母の三回忌の場だった。
幼い頃から芦本ラボの番組が好きだった私は二人を尊敬していたし、大学では母や二人の天才に追い付けるようにと、アンドロイドやAIの研究に没頭していた。卒業論文は"アンドロイドによる人体の完全な再現"をテーマにした。
卒業後、私は野座間重工に入社した。論文を読んだ社長が直々に連絡をくれて、半ばスカウトのような形での入社だった。最先端企業の代表に認められた事は嬉しかったし、これで母の意志を継げると思った。
その2年後の2075年、芦本政宗と相澤史郎はRAINシステムとATOMを発表した。この時は二人が母の意志を継いでシステムを完成させたんだと思って嬉しかった。RAINと云う名も母を忘れない為に名付けたであろう事は容易に想像できた。
雲行きが怪しくなったのはその年の秋、私は社長に呼び出された。
「奴らは我々の研究成果を盗み出した。」
ショックだった。尊敬していた二人の天才は母を騙していたんだ。私の心は悲しみと失望で一杯になっていた。
私はこの失意を原動力に汎用的なカスタマイズを可能にする高性能アンドロイドを開発した。意趣返しでもするかのようにELLYと名付けた。
ELLYは瞬く間にATOMのお株を奪い去ってシェアを独占していった。ざまあみろと思った。RAINの発表から約10年の時が経過していた。
私は開発主任の座に就いていた。社長は芦本ラボを乗っ取ってRAINへのアクセス権限を私にくれた。
「これで死の真相がわかるぞ。」
社長から発せられたその言葉を聞いた時、私の失意は怒りへと変わった。そして、私は復讐を誓った。
RAINへの侵入は決して難しい事では無い。私に与えられた権限を使用すればレベル4までは何の疑いも抱かれずにアクセスできる。
深部であるレベル5へは最高責任者である芦本か相澤の指紋データと声紋データだけで入れた。
私はRAINのデータを隅から隅まで漁った。しかし母の死に関する事は何も残っていなかった。10年と云う時は何かを隠蔽するのに充分な長さだった。
それでも何か無いかとRAINの深部へアクセスを続けていると、古い論文を見付けた。"人間と機械の共生"…そこには御伽話のような、子供に読んで聞かせるような、そんな稚拙な内容が書き記されていた。
「バカらしい…機械が自我を得るなんて…」
こんな事を論文として残すのは相澤史郎くらいだろう。そうに違いない。
…そうだ。だったら叶えてやろう。自我を持ち、自ら行動する機械によって…あの男たちに鉄槌を下す。
新型モデルの設計は大変に苦労した。
論文に依れば、自我を得るには段階を踏む必要があったからだ。五感の構築…取り分け触覚は難題だった。触覚の受容器は圧力のような縦方向と振動のような横方向に加え、温度のような非接触のものまで敏感に受け取る。しかも、それが皮膚のほぼ全体に備わっているのだ。これを再現できるバイオスキンを作成する所から始まった。
バイオスキンの特許を取ると私への取材が増えた。今までは機械分野の専門誌が専らだったが、医療関係の取材が増えていた。そんな事をしている暇は無いと云うのに社長は取材に応えるようにと指示してきた。
取材やパーティで開発は遅延していたけど、生物の触覚を再現できる程のモノが完成した。
開発が着々と進み、万博への出展も行った2090年のある日、警視庁の開発チームを名乗る男から奇妙な連絡が来た。
「ELLYの初期段階でRAINよりも先に独自の価値基準を与えてやるとどうなりますか?」
"気付き"だった。今までもELLYを改造する事案は幾つもあって我々が頭を悩ませた事もあったが、そんなアプローチをした人間は居なかった。
「理論上は、先に教えられた倫理観を優先しますよ。」
私は、その男が求めていたであろう回答をしてやった。秩序を形成する上で最も大切な事は倫理観の均一性だ。共通するインモラルを認識させる事で殺人や窃盗、強姦に詐欺など"犯罪"を規定する事ができるようになる。RAINはそれを厳格に共有させる。これはATOMやELLYに対する安全面での対処だが、それを例外にしなければならない事も当然ある。臨機応変と云う奴だ。
恐らく、警察官を名乗ったこの男もそこに行き着いたのだろう。場合によっては犯人を現場で殺害できる警察官アンドロイド…そんな所だろうか。この発想は使えると思った。
2094年の冬、ある医療従事者がELLYのボディを再利用して義手や義足を制作したと云う話を聞いた。ELLYの不法投棄問題を追及されていた野座間重工としては渡りに船の話題で、業界の人間も定期的に行われる懇親会にその人を招待して話を聞くとの事だった。社長もその懇親会に私を連れていくと宣言していた。それまでに新型を完成させておきたいと思った。
懇親会には芦本も相澤も来ていた。
「あら?芦本さん…来ていらしたんですね。」
「おぉ…!絵理ちゃんじゃないかァ…!」
「母の葬儀の際には大変お世話になりました。」
「気にする事は無いよ。彼女は私たちにとっても大切な友人だったからね…」
その友人の成果を盗んでおいて何を…!
「…そう、ですか。」
「そうだ。紹介しよう…彼女が岩木比奈子、最近話題のなァ…」
「ど、どうもっ!初めまして!い、岩木比奈子と申しますっ!」
なるほど…芦本"先生"の生徒だったと…
「初めまして。檜山絵理、野座間で開発担当をしています。貴女の噂は聞いていますよ。」
「う、噂…?と、云うと…?」
「ELLYをバラして義足にしたとか…」
「ヒィッ!ば、バレてるぅ…先生ぇ…助けてぇ…」
「ホッホ…諦めなさい。」
「うぅ…先生ぇ…」
「ふふっ…別に構いませんよ。それで誰かを救えたのでしょ?」
「あ、ありがとうございますぅ~…良かったぁ。」
私は憤りを隠すのに必死だった。母の無念を代弁してやりたかった。けれど、まだだ。まだその時では無い。
社長は相変わらずだった。日本を牛耳ってる気分を味あわせておけば好きにさせてくれるのだから開発者としては非常に助かるが、口を開けば儲ける事と上に立つ事しか出てこないのだから一人の人間としては軽蔑している。
懇親会が終わり、私はそのまま開発室へ戻ってきた。もう我慢の限界だった。最後の調整を済ませ、試運転でAngelを起動させた。しかし、起動した途端に機能が停止してしまった。何かのエラーが発生したようだったが、この時は原因がわからなかった。
「なぜなの…これでは…母の復讐を遂げる事ができない…!芦本と相澤にこの恨みをわからせてやりたいのに…ッ!」
その時だった。機能を停止していたはずのAngelが突然動き出した。
ガガガガ…ガガガガ…
見た事も無い挙動をするAngelに私は戸惑っていた。こんなはずじゃない。私は、何を産み出してしまったのかわからなかった。
「使命の選定。芦本政宗の抹殺。実行します。」
私は耳を疑ったが、それと同時にAngelは走り出してしまっていた。それを見た私はどんな顔をしていただろう?笑っていたか?困惑していたか?確かな事は、その後に同じ機体を12体造り上げて世に解き放った事だった。
──あれから2週間ほど経った。テレビでは関東で起きた死体遺棄事件を娯楽でも楽しむかのように報道していた。
テレビを見ていても、Angelたちが今どこで何をしているかを知れる事は無かった。こんな事ならELLYと同等レベルの通信連絡手段は与えておくべきだった。芦本政宗も相澤史郎も、後に行方不明扱いになっていた。
Angelたちの使命は"抹殺"…殺害ならば死体を残すだろうけど、恐らくはそれすら残していないだろう。それにAngelと私を繋ぐ証拠が残らないように、わざとELLYとの互換性を持たせて改造されたELLYであるかのような設計にもした。
この時は、Angel側から情報を得るのは不可能だと思っていた。
──6月。雨が降り頻る中、私は再び失意の中に居た。
相澤史郎が何かのデータを隔離している痕跡を見付けたからだ。奴は生きている。どこかに身を隠して、Angelたちは破壊されている…!
詳細な場所を把握するのは難しくない。アクセス履歴を辿って位置を特定すればいい。しかし、関東圏である事以上の情報は手に入らなかった。恐らく幾つかのサーバーを経由している都合だろう。小賢しい事をする男だと思った。
私の取れる選択肢は多くない。もう一度、RAINの深部へアクセスする必要があった。
{見付けたわよ。檜山絵理。}
最高セキュリティで守られているはずの開発室のPCモニターに差出人不明のメッセージが記されていた。
「どういう事…何者…?」
{あなたが奴らを作り、"博士を狙っている事"はわかっているわ。}
博士…?相澤史郎…!そういう事…!!なぜなの…なぜ、私だと…!
消してやる!消してやる!消してやる!消してやる!
あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!
私は感情を抑えられなくなっていた。冷静さを欠いていた。
{そして、ありがとう。証拠を残していてくれて。}
「何を…何を言っているのよ…!」
{Angelの設計図と開発ログ、いただくわね。}
「誰なのッ!貴女はッ!!」
なんて速さなの…並のハッカーじゃない…?
{さぁ…誰でしょうね…?フフフ…}
突然PCの電源が落ちた。開発室の照明も落ちた。数分でサブ電源に切り替わると思ったが、そうはならなかった。それは、野座間重工がこのメッセージを送ってきた人物に落とされた事を示していた。
携帯端末は圏外だった。おかしい。あり得ない。インフラはRAINが制御していて、全国の発電設備と連携して国内インフラは常に稼働できるようになっているはず。
まさか、RAINも落とされたと云うの…?
そんな事…RAINの自己防衛プログラムを人間が突破できる訳…
そうか…そういう事か。
私は全てを察した。RAINの自己防衛プログラムを突破できる人間なんて存在するはずが無い。他国が使っているAIでも不可能だろう。
そんなの…特異点に達していなければあり得ない。つまり、犯人は人間じゃない。
私は、自ら造り出したAngelと、あの論文に負けてしまった。




