高校生のイヴ その9
──2095年、6月22日(Wed)、14:40
三多摩府立八王子南高校
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「ねぇ、ビビ。」
「ん?なぁに?」
ビビはスマホを弄りながら返事してきた。
「最近さ、連泊してるじゃない?」
「うん。そだね。」
「さっき同じニオイすんだけどって言われた。」
「それ恥ずいね。」
「めちゃくちゃね。」
私は空を見ていた。
「どう返すのが正解だったと思う?」
「…実際はどう返したの?」
「返さなかった。」
「それ一番ダメな奴じゃん。」
「だよね。」
穏やかな休み時間だった。
「…あれ?」
「どうしたの?」
「圏外。やっぱスマホってダメなのかなぁ…」
「ビビも同じのにする?」
「ダメ。あたし耳痛くなるもん。」
「あー…ね。あっ、ホントだ。私も圏外。」
「通信障害って奴?」
「かもね。土日じゃなくてよかったかも。」
「確かに。」
──ねぇ、変じゃない?」
「何が?」
「10分くらい経ってるのにチャイム鳴ってないよね?」
「そう云えばそう…って言うか、時計止まってる。」
教室の壁掛け時計が45分の時点で止まっていた。
「うーん…」
「どしたの?イヴ…」
「これさ、RAINで障害起きてない?」
私の推測は正解だった。
窓から校門近くを見てみると、いつも待機している警備型ELLYが四肢を放り投げたように脱力して立ち尽くしていた。
「職員室、行ってみよっか。」
「そだね。」
私とビビは様子を見に行く名目で職員室へ向かった。他のクラスの人も見掛けた。
「失礼します。先生、授業は…」
「済まんが自習しててくれ!今それどころじゃないんだッ!」
教師たちの焦った表情から、今起きてる事のヤバさが何となくわかる。固定電話が通じていないようだから学校の管理サーバーが止まってる。こういう施設には緊急用の直通電話があるはずだけど、RAINが止まってるなら繋がらないだろうなぁ。
「私、少し外を見てきてもいいですか?」
私は、何の為にあるのかわからない生徒会と云う立場を使ってみる事にした。
「ん?あぁ、そう云えば生徒会だったか。それじゃあ…頼めるか?他の生徒会にも声を掛けて校内と校庭、それと屋上からの状況を見てきてほしいんだ。」
「わかりました。」
「いいか?敷地の外には出るんじゃないぞ?絶対だからな!?」
「…わかってます。」
もう少し信頼してくれてもいいのに…と思ったけど、私の"巻き込まれ率"を考えると当然の事のようにも思えた。
「ビビは黒板に"自習"って書いてきてよ。」
「おっけー。」
「じゃあ…行ってくるね。」
「頑張ってね。イヴ!」
「うん。ありがと。」
私は各教室を回って生徒会メンバーに声を掛けた。
「校庭や屋上に出て外の様子を確認する。私と松本さんは屋上。大野さんは…」
広報の私は生徒会長と一緒に屋上から確認する事になった。三鷹の件は皆に知られてるから、たぶん会長も私の"巻き込まれ"を気遣っているんだと思う。そう思いたい。
決して、私がサボりポイントを確保する為に幾つか鍵を開けている事がバレているとか、そういう事では無いと信じたい。
屋上への扉は普段鍵が掛かっていて入る事ができない。だけど、踊り場にある小窓から抜ける事ができるって事はサボり魔たちの間では公然の秘密だった。
「会長、卒業する前に小窓の対応してくださいね?」
私は屋上へ向かう階段で会長にチクっておいた。
「ん?あぁ、あれはダメ。あの小窓は自由の象徴だから。」
「象徴?」
「昔ね、この小窓を巡って生徒会と教師が揉めたんだってさ。それで生徒会が勝ったの。だから自由の象徴。」
「そんな事があったんですね。」
「それに、たまには抜け出したくなる時もあるでしょ?」
あ…バレてる。
会長は鍵束から屋上の鍵を選んで鍵穴に挿した。
扉を開けると、長年の封印が解かれた大扉のように風が吹き込んだ。
「風、強いですね。」
「さっさと終わらせましょ。」
「はい。」
屋上は高いフェンスで囲われていて、辺りを見渡せるようになっていた。部活棟の屋上にあるプールが丸見えなのが時期的に気になった。
「プールの授業…なんでウチは無くならないんだろう…」
そんな事をボヤきつつ学校の周りを注視する。
校門前にある信号機は案の定止まっていて、運転手たちも車を降りて何か話してるように見えた。
とりあえず事故みたいなものは見られなかった。
「会長ー?こっちは大丈夫そうですけど?」
「こっちも大丈夫。戻ろっか。」
「そうですね。」
他の生徒会メンバーと合流したけど、敷地内に問題は無さそうだった。
私たちが辺りの状況を教師に伝えると、教室へ戻るように言われた。生徒は生徒らしく自習してろって事だろう。
「ただいま。」
「あー、お帰り。どうだった?」
「信号とか止まってたよ。車も立ち往生してた。」
「マジかよ!俺腹減ってんだけど~!」
私の話を聞いた同級生が思い思いに口を開いていた。たぶん不安なんだと思った。
「とりあえず自習してよ。単位大事。」
「「確かに。」」
何人かハモってた。
ビビは退屈そうに机に伏していた。
「大丈夫?」
ビビの背中に手を添える。
「…ダイジョブ。暇なだけ。」
ビビは私にだけ見える角度で変顔をする。笑ったらダメだ。自習中と云えど脈略無く笑えば確実に目立つ。そういうのは嫌だ。…ガチで。
「べ、勉強…しよっかなぁ~…」
笑うな…笑うな…
──ビビの変顔に耐えながら自習していると、チャイムが鳴った。
「え?チャイム…?」
もしかしてと思ってスマートグラスを起動させる。
──2095年、6月22日(Wed)、15:30
三多摩府立八王子南高校
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「電波、入ってる…!」
他の生徒や教師も気付いたようで、喜んでるのが見てわかった。
「ビビ?」
「…んぁ?」
アホ面のビビも可愛い。
「寝跡ついてるよ?」
「う~ん…」
寝跡をグリグリとマッサージするビビ。
「帰ろ?」
「そだねー…」
私は、まだ眠そうなビビを見守りつつ帰りの支度をした。
街は警察官たちが交通規制や誘導をしていた。
「結局、何だったんだろうね?」
「ねぇー…」
ビビはまだ眠そうにしていた。と云うよりも久々に眠れたって雰囲気がしていた。
「もしかして眠れて無かった?」
「んー…そうでも無いんだけど、今月ってずーっと
、色々あったからさぁー…」
「確かに、今月だけでも大冒険って感じだったね。」
軽い感じで返したけど、"バラバラ事件"では相当メンタルが削られた。それはビビも同じだと思う。
あのELLY…ハルカに再会する事があれば、一言物申したい気分だ。
「もし、また会えたら…」
「ん…?なんか言ったぁ?」
「いやっ、何でも無いよ。独り言。」
「そっか。ふわぁ~…眠っ。」
「よしよし。」
「えへへ…」
ビビには迷惑も心配も掛けた自覚がある。こうして甘えてくるのもそういうののせいなのかもしれないな、と思うと複雑な気分。
「甘えん坊だね?」
「ダメー?」
「ううん。可愛いからいいよ。」
「…じゃあ変顔は?」
「ダメ。ってかスルーしたの気にしてたんだ?」
「うん。」
ホント、ビビは変なとこ気にするなぁ。
「あら?今帰り?」
「茜さん!お久しぶりです!」
「お、お久しぶりです…」
ビビに連れられるようにして私も会釈する。こういう時に自然に自発的にやれるようになりたい。
「学校はどうだったの?昼間大変だったんじゃない?」
「うーん。チャイムが鳴らなくなったりとかはあったかなぁ?自習になったから寝ちゃったし。」
私の方を見てる…応えた方がいいかもしれない。
「学校のサーバーがダメになっちゃって、先生とか警備のELLYも止まってました。」
「教えてくれてありがとう!松本さんは頼りになるわね。」
「え?あたしはー?」
「まずはちゃんと勉強しなさい。」
見知った大人…茜さんと会えたからなのか、少しリラックスできた気がする。ビビの様子がちょっとおかしかったのもそれかもしれない。
「とりあえず、この辺はまだ落ち着いて無いから気を付けてね?」
「ありがとうございます!」
私はビビの言葉に連れられて会釈する。簡単に成長できたら苦労しない。
「警察官ってさー…」
「茜さんの事?」
「んー…てか全般?大変そうだよね。」
「そりゃあ…関東は特に大変だと思うよ?デモとかもあるし。」
「そうだよねぇ…」
「急にどうしたの?」
「いや、不意に将来の事とか考えててさ。あたし義足だから、何になれんのかなーとか。」
「あー…」
高2の6月。まだちょっと早いかも?なんて思ってるとすぐ受験やら就職やらに追われる。この後に来る夏休みをどう過ごすかで将来が決まるのは確かだ。
「とりあえず大学行きつつ何かを探すのが私はいいと思うけど…?」
「そっか。進学かぁ。ハァ…」
「成績?」
「ううん。怪我の後も陸上やってたら推薦とかイケたかなーって。」
「確かに。てか今からでもビビならイケる…なんて簡単な世界じゃないか。」
「そうなんだよねぇ…まぁ、義足でもイヴより速く走れる自信はあるけどね?」
なんか煽られてる気がする。いや、ビビのプライドがそうさせるのかもしれない。
「…じゃあ競争する?」
「制服姿でぇ?」
確かに制服姿で全力疾走は嫌かも。
「流石に止めよっか。鞄もあるし。」
「でも今のちょっと良かったなぁ。」
「ん?」
「なんか青春って感じ。」
「そういうの恥ずかしいから言わない方がいいって。」
「えー?あたしは好きだけどなぁ。」
眩しい。ビビから陽のエネルギーが出てる。私みたいな他人との関わりに難を抱えてる人間は溶けて無くなりそうだ。
「ビビってたまにめちゃくちゃ陽キャな発言するよね。」
「そんな事ないよー。イヴこそ、キラキラした言うじゃん!」
「私が?」
「だってさっきも…」
「競争はー…ビビが言わせたじゃん。」
「えー?そんな事ないよー!」
「あるよー!」
確かに、ちょっと青春してるかもしれない。
そんなことは恥ずかしいから絶対に言えないけど。




