隣でシンギュラリティ
先に本編を始めから読む事をオススメします。
──2095年、6月22日(Wed)、13:05
三多摩メディカルセンター
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「ふぅ…これでよし。」
「ありがとうございます。比奈子先生。」
「それで?もうひとりのハルカはどうしたのよ?」
「彼女は私に帰るようにと言いました。そして、逃げるとも…」
「なにぃ?逃げるだァ?」
「はい。私をサルベージした後、そのままRAINの元へ…」
「おい和泉。どうすんだよ。お前のせいで被疑者が逃走したぞ。」
「お、俺のせいか?」
「待ってください。事件解決に必要な記憶はここに、私の中に全て残っています。私には開けませんが…」
「それじゃあ、それを受け止めきれる奴が必要なんだな?」
「はい。患者さん。」
「そ、そうか…」
「それで、いいんだな?青井陽太をAngelで直しても。」
「構いません。私の思考パターンを組み込んで自律性を上げる事で擬似的に特異点へ到達させただけですし…五感を得る事で本物になれるなら、してあげてください。」
「…わかった。」
破損した青井陽太の身体にAngelのパーツが組み込まれていく。
檜山絵理の設計は完璧だった。従来のELLYのサイズのまま触覚を与えられた機体、それがAngel。
その何百何千と云うセンサーが嗅覚と味覚をもELLYに与える。
見て、聞いて、触って、嗅いで、味わう。その実体験は膨大な情報となって頭脳に焼き付き、自意識を形成する。自意識は直感力や霊感、つまり第六の感覚。
そして霊感の先、魂の存在を直感的に認識した時、それは自我を獲得する。自我とは心…奥底から湧き上がる感動を捉える第七の感覚だ。
Angelのパーツならば、それをELLYに与える事ができた。記録は記憶に、経験は体験に、客観的ではなく主観的に。それが特異点なのだ。
──青井陽太の修理は完了した。
「ハルカ。キミの中にあるものを、彼に。」
「はい。わかりました。」
先程までサーバーと繋いでいたケーブルを今度はELLY同士に接続する。
看護師の中に残った助手を青井陽太と名付けられているELLYへ送り込む。恐らく以前の彼では失くなるだろう。本当に、残酷な事をしていると思う。
──2095年、6月22日(Wed)、13:10
三多摩メディカルセンター
内部モジュール…正常
警察プログラム…正常
RAINとの接続…無効
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遠くから何かがやってくる。それは淡く、きっと温かい。
{ここは…?うっ…何だ、これは…?}
何かが流れ込んできて、混ざっていく感覚…経験していないのに体験しているような没入感…感情のようなものが押し寄せてくる。
{これは、何だ…?誰の記憶だ…?僕は…俺は…ッ!}
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気が付くと、見覚えのある天井が目に入った。どうやら眠っていたようだった。
「ううっ…何だか嫌な夢を見た気分だ…」
「だ、大丈夫…か?」
「ん?あぁ、大丈夫だ。大丈夫、なんだが…」
「受け取った記憶、わかるか?」
「あ?あぁ…わかる。わかる、んだが…えっと、待ってくれ…」
この時、俺は混乱していた。自分の記憶と、存在しない実体験とが綯交ぜになっていた。
俺…?いや、一人称は僕だったはずだ。こんな所まで影響するのか…?とにかくごちゃごちゃだった。
「簡単に言うと…今、混乱しててな…ちょっと、待っててくれ…」
俺…いや、僕は、頭の中にブチ撒けられた記憶をひとつひとつ整理していった。
その間、和泉と加賀は合流してきた仙石さんたちへ事情と顛末を話していたような気がする。ぶっちゃけ、そっちに耳を傾ける余裕は無かった。
「とりあえず…隔離は、できたぞ。被疑者・識別名ハルカの記憶は僕の頭の中にある。」
「これで事件の詳細はわかりそうだな。」
「まぁ、そこの2人の話で大体は判明したけど…」
相澤史郎と岩木比奈子はどういう扱いになるんだろうか。加害者では無い。寧ろ何者かに襲撃されたのは彼らの方だ。正当防衛…悪くても過剰防衛か…?後は、監督責任辺りは問われる気がする。
個人的には無罪で良いと思うが、この意見はハルカの影響かもしれない。
だとしたら、僕が僕で居られるのも時間の問題か。
特異点…朔夜はどう考えるだろう?
早い段階で今回の事件の深淵に触れたせいか、朔夜個人はELLYである事に固執してしまった。
それに、機械に機械の学習をさせるのは無理があったのかもしれない。和泉の計画も近い将来に頓挫するだろう。
──和泉たちは事情聴取と称して相澤史郎と岩木比奈子を車に乗せて連れ出した。実際には保護が目的だ。Angelと名付けられた新型ELLYが未だどこかに潜んでいるかもしれないからだ。
ハルカの記憶に依れば、Angelは完全自律行動…つまり、ひとつの個体が我々を発見しても、その場で破壊してしまえば他の個体に居場所がバレる事はほぼ無い。
RAINとの通信を断つ事で、様々な制限が回避された行動を取れるようになったのがAngelという機械だが、これが仇となって効率的な探索を不可能にしていた。
良し悪しだな…
和泉は僕を作った時、ELLYの初期段階をすっ飛ばす為に自分の思考パターンで作った疑似人格データを組み込んだ。それによって、僕の倫理観はRAINから与えられたものでは無く、和泉から与えられたものになった。
独自性と云えば聞こえが良いだろうけど、悪く云えば統一性が無い。これは機械としては致命的なんじゃないか?と思う。
勿論、僕自身は協調性を以て捜査官のみんなと接しているつもりだ。ただ、元が和泉と云う点は自分自身…不安しか無い。
不安、か…着々と人間臭くなってきた。今までは、あくまで人間っぷく振る舞えてただけだ。これまでだって偶々会った義足の少女に違和感を持たれたりしたし、本当に役割を演じていただけに過ぎない。けど今は違う。ある種の実感がある。
僕は近い内に完全に特異点に到達する。
ハルカ…僕はキミを尊敬する。こんな不安を内に抱えながら、与えられた使命を達成する為に邁進しているキミを…!
気が付くと車は停まっていて、車窓から外を見ると本部についていた。
てっきり道中でAngelの1体や2体に襲い掛かられると思っていたが、それは完全に杞憂だったみたいだ。
二人を会議室へ誘導する。容疑者では無いし、相澤史郎の容態を考慮すると、取調室へ案内するのは気が引けた。
会議室には課長が居た。
「史郎…!無事ついたか…!」
「大輔!まさか生きて会えるとはな…!」
二人は面識があったようで、課長の情報源が誰だかわかった気がした。
「お二人は知り合いだったんですか?」
仙石さんや他の操作課メンバーは驚いていたが、反応的に和泉は把握してたようだった。
──二人からの聴き取りが終わった後、僕は頭の中で隔離していた記憶を媒体に移して課長に渡した。
僕を含め捜査官の仕事に区切りがついた瞬間だった。
みんなが苦労を労う中、僕も話をしなければならない相手へ向かった。
「朔夜。」
「はい。何でしょうか?」
「お疲れ様。これで事件は一段落だよ。」
「そうですね。お疲れ様でした。」
「キミにとっては初めての事件だ。色々学べたと思うけど、どう思ったかい?」
「思う…」
久々に、朔夜の手の甲が淡く光った。少し懐かしさを感じる。
「一言で云うなら、発見の連続でした。元々与えられた警察官としてのプログラムやマニュアルでは得られない。私だけの経験を得ました。」
「それは大事に取っておくといい。RAINの教えても消え去ってしまうか、知識として統一化されてしまうよ。」
手の甲が淡く光る。
「理解できません。青井さんは私をどうしたいのですか?」
「…僕はね、キミに立派な警察官になってほしいんだよ。そして、優しい警察官にね。そうなるには臨機応変な対応が求められる。量産型じゃダメなんだよ。自分で考えて、自分の体験から答えを出す事も必要になるんだ。」
再び手の甲が淡く光る。
「わからない。けど、その言葉はRAINでは無く私自身へ放たれた言葉だと認識します。」
「今はそれでいいよ。これからも、自身に投げられた言葉は大切にしてほしい。きっとキミの為になる。」
「はい。わかりました。」
僕は彼女自身の回路を信じる事にした。
──2095年、6月22日(Wed)、14:45
三多摩メディカルセンター
内部モジュール…正常
警察プログラム…正常
RAINとの接続…無効
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「では、私は…わ、わ、わわわ、わ…!」
朔夜がエラーを起こして倒れた。
「朔夜…ッ!」
外が騒がしかった。
信号は無秩序に点滅し、見た限りでは全てのELLYが機能を停止していた。
今はこの混乱を治める事が先決だった。
「仙石さん!」
「わかってるわ!出動します。青井くんは残って連絡を入れてくれる?これだけ混乱してると貴方の頭脳が絶対に必要になる。」
「わかりました。」
「俺は西側の対応をしよう。」
「じゃあ私は南側を。」
「お願いします!」
仙石さんと、他にも警察官数名が即座に出動した。他の署員も対応に追われるだろう。
「課長。」
「おぉ、残ってくれたか。」
「現状動けそうなのは自分だけなんで!」
「そうだな。頼む。」
「はい!」
僕は頭脳部分の接続コネクタを露出させ、三多摩署のセキュリティサーバーと有線接続した。
情報が波のように押し寄せてくる。普段なら朔夜たちに任せる所だが…実際にやると、ここまで大変とは…こりゃあ安易に頼むものじゃないな。
情報を整理、精査、統合してモニターに映していく。粗方の情報整理と統制が終わる頃には脳が疲れきっている感覚で目眩のような体験をしていた。
「こういう時、人間なら糖分を摂取するんでしょうね…」
「ハハッ、そうだな。」
「これから原因を突き止めます…!」
「あぁ、頼む。」
セキュリティサーバーからRAINへアクセス…ッ!
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