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闇魔法


「……そろそろか」


 まもなく日付が変わろうとする時刻。

 俺は自室を出て、庭へと向かう。


「こんばんは」

「ああ、こんばんは」


 庭に出た俺を迎えたのは、アンティークなイスに腰掛けたローゼだ。

 最初に会った時と同じく、どこからか持ってきたテーブルとイスを庭に並べて優雅(ゆうが)に紅茶を(たしな)んでいる。

 月明かりに照らされた金色の髪がキラキラと輝いて見えて、実に絵になる光景だ。

 コトン、とカップを置いたローゼがテーブルの上の紅い(ちょう)を指差す。


()()()はちゃんと伝わったみたいね?」

「目立つ色だからな」


 話しながら俺はローゼの向かいのイスに座る。

 ローゼの言うお誘いというのは、彼女の使い魔である紅い蝶のことだ。

 あの蝶が俺の前に現れること……それがローゼからのお茶会の合図になっていた。


「はい、どうぞ」

「ありがとな」


 ローゼが紅茶をカップに注ぎ、俺の前に差し出す。

 香りを楽しんでから一口飲む。

 うん、相変わらず(うま)い。


「じゃあ、これは俺から」

「……闇魔法を教える見返りならいらないって言ったわよ?」

「これは美味しい紅茶をご馳走してくれるお礼だ」

「そう、なら遠慮なく頂くわ」


 インベントリから俺が取り出したクッキーをサクサクと食べるローゼ。

 完成したバターとこの家に据え置きされていたかまどによって焼き菓子を作れるようになったので、試しに作ってみたのだ。


「あら、美味しい。でも、この国では見たことないわね……もしかして手作り?」

「ああ、クッキーっていう俺達の世界のお菓子だ。それから……これも試してみてくれ」

「良い匂い……これ、薔薇(ばら)の香り……?」


 ローゼが俺の渡した(びん)(ふた)を開けると、薔薇の芳醇(ほうじゅん)な香りが辺りに広がる。


「スプーンで中身をすくったら、紅茶に混ぜて飲んでみてくれ」

「分かったわ……」


 瓶の中身――鮮やかな紅いジャムを紅茶に混ぜてからローゼはカップに口をつける。

 香りの良い薔薇が花屋にあったから久しぶりに作ってみたけど……上手くいったっぽいな。


「わぁ……」

「旨いだろ?」

「ええ、とっても。紅茶をこうやって飲むと美味しいなんて知らなかったわ……これはなんていうの?」

「ジャムだ。普通は果物で作るんだけど、こうやって花を使って作ることもできる。で、この飲み方のことは"なんちゃってロシアンティー"という」

「なんちゃって?」

「本当はジャムを口に含んでから紅茶を飲むのが本場の飲み方らしい」


 ジャムを紅茶に混ぜて飲むのは日本式、口に含んでから紅茶を飲むのがロシア式、というのは以外と知られていない。

 かく言う俺も祈に教えてもらうまでは知らなかった。


「ねえ、このジャムなのだけど……」

「あげるよ。気に入ってくれたんだろ?」

「……そう、なら有り難く頂くわ」


 よほど気に入ったのか、ローゼは大事そうに瓶を撫でる。

 紅茶に合うものと思ってクッキーとジャムにしたが、どうやら喜んでもらえたらしい。

 ……実はちょっと不安だったんだよな、クッキーはともかくローズジャムは何年か前に祈に頼まれて作ったきりだったから。


「異世界……今まであまり関心はなかったけれど、少し興味が湧いたわ。良かったら聞かせてくれない? どんな世界なのか」

「いいぞ。そうだな……」


 それからしばらくの間、俺とローゼは地球のことを話題にお茶会を楽しみ、小一時間程してから本題へ。


「さて、そろそろ約束してた闇魔法を教えましょうか」

「頼む」

「確認なのだけど、闇魔法についてはどこまで知ってるの?」

「えっと……光魔法と対になっていて使い手が少ない。影や精神に干渉する効果を持っているってくらいだ」

「……まあ、まだ覚えてもいないのだからそれだけ理解してれば充分ね……とりあえず、一度私がやってみせるから、よく見てなさい……『闇よ、包め、ダークネス』」


 魔法を発動したローゼの掌に漆黒の球体が現れる。

 ローゼが球体を少し離れた位置に放つと球体が膨張、人を一人包み込めるくらいに巨大化する。

 

「あれは?」

「飛び込んでみれば分かるわ」

「……分かった」


 とはいえ、いきなり未知の魔法に飛び込む程チャレンジャーではないので、まずは軽く触れてみることに。

 ゆっくりと延ばした手は何に遮られることもなく、球体の中に呑み込まれて見えなくなる。

 ……とりあえず攻撃系の魔法ではなさそうだ。

 俺は覚悟を決めて目の前の球体に向かって一歩踏み込む。


「……なんだこれ。何も見えない……」


 踏み込んだ先にあったのは漆黒の暗闇。

 一瞬、目を(つむ)ってしまっているのではと錯覚してしまう程に暗く、静寂に包まれた空間。


「体に違和感は感じられないから、状態異常(デバフ)系の魔法でもない……なら、単純に暗闇を生み出す魔法か?」

「正解よ」


 いつの間にか近付いてきていたらしいローゼがパチン、と指を鳴らすのと同時に魔法が解除され、視界がクリアになる。


「今のが闇魔法Lv:1で使える『ダークネス』。暗闇の空間を作り出し、相手の視界を奪う魔法。ただし、暗くなる空間は固定されてるから、走るなり、ジャンプするなりで抜けられるけど」


 つ、使いづらい。

 畑仕事に活かせる『ソイル』の方がまだ使いようがある。


「はい、じゃあやってみて」

「流石に見ただけじゃ無理だろ……コツとか何かないか?」

「そうね……使う魔法のイメージもそうだけど、闇魔法ならやっぱり負の感情を思い浮かべることね」

「負の感情?」

「怒り、悲しみ、憎しみ、なんでもいいわ。とにかく、自分の中で最も負の感情を抱いた瞬間を思い出しながら詠唱してみなさい」


 負の感情……負の感情ねぇ。

 ……………………


「……『闇よ、包め、ダークネス』」

「……へぇ、驚いた。素質があるのは分かっていたけど、まさか()()で習得するなんて……貴方、()()()()()()()()()()()()()?」

「……」

「ま、かなりろくでもないのは確かね。顔を見れば分かるわ」


 俺の苦虫を噛み潰したような顔を見て、ローゼは苦笑する。

 ……闇を抱えてるって随分と厨二臭い評価をされたもんだな。


「なあ、使うたびに負の感情を思い浮かべないと駄目なのか?」

「安心しなさい。魔法を使うだけならその必要はないわ。早く上達したいならその限りではないけれど」


 マジか……ちょっと憂鬱(ゆううつ)になってきたぞ。

 でも、おかげで闇魔法が使えるようになった訳だし……


「多少の精神的な苦痛もやむ無しか……」

「そういうこと。力を得るには何かしらの代償を払うのが、この世界の(ことわり)というものよ……さて、今夜はそろそろお開きにしましょうか」


 ローゼがパンッ、と手を叩くとテーブルやイスがローゼの広がった影に沈んでいく。

 以前見た『シャドウストレージ』だ。


「帰るのか?」

「ええ、今日は本格的に教える前の肩慣らしみたいなものだから……次からは厳しくいくわよ」

「……お手柔らかに頼む」

「善処するわ。それから……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 今まで見せたことのない冷ややかな目をしたローゼはそう言い残し、夜の闇の中に消えていった。


「……だってさ。()()()

「気配を完全に断ったつもりだったのですが……まだまだ修行が足りませんね」


 俺が声をかけると、寝間着(ねまき)姿のコノハが屋根の上から飛び降りてきた。

 その手には盃と酒瓶が。


「……酒盛りしてたのか?」

「月見酒です。今宵は良い月が見えますから……それよりもいつお気付きに?」

「俺はなんとなく見られてる感じがしてただけだ。確信したのはローゼの台詞のおかげ」

「それだと、見ていたのがわたくしと分からないのでは?」

「祈やリアだったらすぐに気付くよ。だから、消去法でコノハだ」

「なるほど……」

 

 納得したように頷くコノハ。

 それにしても、


「気にならないのか? ローゼのこと」

「気にならない、と言ったら嘘になります。ですが、あまり関わってほしくないのでは?」

「……分かるか」

()(ぎわ)にあの方がわたくしに向けた()()は凄まじいものでしたから」


 ……あの時、視線を向けただけじゃなくて殺気も放ってたのか。

 ローゼの側にいた俺は感じなかったから、ピンポイントでコノハにだけ放ったんだろうが……器用なことをする奴だ。


「事情は分かりかねますが……察するに、あの方はカナタさんにしか心を開いていない、といったところでしょうか」

「……当たらずとも遠からずだな。ローゼはただ、自分が気に入った存在以外に興味がないだけだ」


 自分が気に入った人間には友好的だが、それ以外のその他大勢には一切の興味を持たず、塩対応。

 それがローゼの基本スタンスなのだというのは、初めて会った時からなんとなく予想がついていた。

 だから、祈にも合わせてないし、リア達にはその存在を隠した。


「正直、ローゼが俺以外に対してどういう対応をするのか、まだ読みきれてない。今回みたいに警告で済ませるのか、はたまた無関心を貫くのか、それとも……」

「容赦なく殺してしまうのか……ですか?」

「そういうこと。だから、ローゼのことはみんなには内緒にしといてくれ。特にリア達には」


 祈はともかく、リア達にとってローゼはゴブリンジェネラルの件の黒幕であり、俺達に魔物をけしかけた危険な存在だ。

 敵意を向ける可能性は充分にある。

 そして、そのせいでローゼがどういう反応を示すのか分からない以上、隠し通さなければならない。


「承知しました」

「悪いな」

「カナタさんの意図は理解できますので。ただ……」


 真っ直ぐとこちらを見て、コノハは告げる。


「くれぐれもお気を付けください。あの方が(まと)常世(とこよ)の気配に引き込まれないように……」


ロシアンティー調べてて知ったんですが、薔薇ジャムって本当にあるんですね。

どんな味なんだろう……?

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