食品革命
コノハがやってきてから数日。
そして、我が家に住人が増えたのがつい昨日の事。
「ふっ、はっ!」
目を覚ました俺は朝食の準備の為に一階に降りてくると、何やら庭の方から声が聞こえてきた。
覗いてみると、素振りをするコノハの姿が。
「おはよう。早いな」
「おはようございます。起こしてしまいましたか?」
「いや、俺は元々この時間だ」
「それは良かったです」
ほっと胸を撫で下ろすコノハ。
それにしても……
「聞く機会がなかったんだが、コノハのその武器。刀だよな?」
「はい。見てみますか?」
「いいのか?」
「どうぞ」
薄い紫色の刀身をした刀を俺に手渡す。
ずっしりした重みを感じるが、想像してたよりは軽い。
「これ……鉄じゃないよな。何でできてるんだ?」
「主にミスリルを素材にして作られています」
"ミスリル"
ファンタジーにお馴染みの架空鉱石。
この世界には実際に存在しており、魔力によって硬度を変える特殊な性質を持っている。
希少で高価、加えて加工が難しいらしく、こういった武器として見れるのはかなりレアだ。
「これがミスリル……誰に打ってもらったんだ?」
「師匠です。鍛冶の手解きをしていただいた」
「えっ、じゃあコノハは鍛冶もできるのか?」
「本職の鍛冶師程ではありませんが、それなりに」
剣の腕だけでも相当なのに、鍛冶までできるってハイスペックだな。
ってそうじゃなくて、
「刀を打てるのはその師匠だけなのか?」
「いえ、イズモで刀鍛冶は珍しくありませんよ?」
「そうか……」
偶然なのか……?
普通の剣や槍ならともかく、刀なんて日本でしか使われていないマイナー武器が異世界の……それも東の国に存在している?
建国に日本人が関わっているフェルミナス王国ならまだしも……
「カナタさん?」
「……いや、なんでもない。見せてくれてありがとな」
今考えていても答えは出ないだろうと判断して刀をコノハに返す。
「今から朝飯を作るから、もう少ししたら二人を起こしてきてもらっていいか?」
「承知いたしました」
二人の事はコノハに任せ、俺は台所に向かう。
さて、朝飯を作るとしますか。
「ふぅ、こんなもんかな」
昼下がり、俺は家の台所で今しがた完成したものを並べてみる。
うん、中々上手くできたな。
「ただいま戻りました」
「おう、おかえりコノハ。初依頼はどうだった?」
「畑仕事の手伝いですので、山育ちのわたくしにとっては然して苦ではありませんよ」
……意外だな。
振る舞いや言葉遣いからてっきりお嬢様かと思ってたんだが、山育ちだったのか。
「お二人は?」
「祈とリアなら城だ。祈が勉強するのにリアが付き合ってくれてる」
しばらくは城に通って書庫の本を読みつくすつもりだろう。
「カナタさんは何を?」
「俺は家事をこなしてから、色々作ってた」
「色々……食べ物ですか?」
「これを直接食べる訳じゃないんだけどな。何かにつけたり、塗ったりして食べる」
並べられているのは、ケチャップとマヨネーズ。
自家製で俺が作った事があり、なおかつこの国にはなかった食品だ。
「三代目勇者達が和食の基本"さしすせそ"をしっかり揃えてくれてたのはいいんだが……俺、あんまり和食は得意じゃなくてさ……」
「カナタさんの作るお料理は今のところ全て美味しいのですが……"さしすせそ"というのは?」
「砂糖、塩、酢、醤油、味噌の五つの事。後はこの順番に入れると和食は美味しく作れるって事を覚える語呂合わせでもある」
「……"し"が二つありませんでしたか?」
「そこはツッコまない方向で」
昔の人は浸透圧の事とか考えて、どうしても4番目に醤油を入れたかったんだろうな。
でも、やっぱり醤油を醤油って読ませるのは無理があると思う。
「揃えてくれた勇者達には本当に頭が下がる思い……冷静に考えたらよく揃えられたな……」
「難しいものなのですか?」
「原料からほぼそのまま取れる砂糖や塩はともかく、他の三つは簡単じゃないと思う。少なくとも一日二日で作れるような代物じゃない」
砂糖はサトウキビから、塩は海水……はないから岩塩から取り出せば作る事も可能だろう。
酢は……酒の延長だからできない事もないか? 試行錯誤すれば恐らくは可能だと思う。
だが、醤油と味噌……この二つに関してはかなり難しい。
せいぜい原料に大豆が使われているのを知っているくらいで、大多数の日本人は醤油や味噌の作り方なんてものは知らないはずだ。
「とはいえ、祈みたいな例外もいる訳だし、実際に在るんだから作り方を知ってたんだろうな……」
在るものは有り難く使わせてもらうけど……三代目勇者と黒の聖女、マジで何者なんだ?
……今度ヘイゼルさんに聞いてみるかな。
長命種だから勇者達と話した事あるだろうし。
「まあ、とにかく俺達の世界の食べ物を作ってみたんだけど……味見してみるか?」
「よろしいのですか?」
「勿論」
俺は予め用意してあった野菜スティックを差し出す。
「ケチャップとマヨネーズはこの野菜スティックにつけて食べてみてくれ」
「いただきます」
コリコリとマヨネーズを野菜スティックにつけて食べるコノハ。
1本食べ終わってから、無言で2本目を手に取って再びマヨネーズに……
「……あの、出来ればケチャップの味も見てほしいんだけど」
「はっ!? 申し訳ありません。あまりにも美味しくてつい……」
「気に入ってくれたならいいんだけどな」
結局、味見用に用意した野菜スティックは全てコノハの腹の中に消えた。
……祈やリアもそうだけど、コノハも結構食べるんだよな。
作りがいがあるから俺は嬉しいけど。
「ふぅ、堪能させていただきました」
「そりゃ良かった。それで感想は?」
「これを使った料理をカナタさんが作るのが楽しみです」
「いや、今日はあくまでも試しだから料理に使う程は残ってな……」
「量産しましょう。早急に」
「近い近い!」
コノハの押しがいつになく強い。
ドンテ商会に持ち込んで、量産してもらう予定だったけど……これ売り出して大丈夫か?
マヨラーとか通り越して、マヨ中毒者とか出てこないよな?
「分かった分かった。明日にでもドンテ商会に持ち込んで相談してくるから」
「楽しみです。ところでそちらは食べ物ではないのですか?」
コノハが少し離れた位置に置いてあったボウルに目をつける。
目敏いな。
「これはバターって言ってな。今みたいにして食べる事もできるけど、これは料理に使った方が旨いんだ」
今回、俺が一番作りたかったものであり、作るのに苦労したものでもある。
パンケーキを作った時は祈が地球から持ってきたものを使ったけど、やっぱり日常的に使うものだから早々にこっちの材料で作っておきたかった。
ただ……
「……これ、作るの面倒なんだ」
「そうなのですか?」
「バターを作るのは簡単なんだ。材料を振るだけだから。けど、その材料がな……」
バターの材料……つまり生クリームだ。
当たり前だが、この国に生クリームはなかった。
じゃあ、生クリームを作るかと思ったのだが……
「……流石に自家製生クリームなんて作った事なかったから、完全に手探り状態でな。しかも使った生乳に対してできたバターが少ないし」
「た、大変だったのですね」
牧場で搾りたての生乳買ってきてから数日かけて生クリームが完成。
そして今日、ようやくバターの完成までこぎつける事ができた。
一応、祈に大体の工程は聞いてたんだが……成功するまで何回トライ&エラー繰り返したんだっけ?
「そういう訳で、量産できるまでバターは節約して使うから、もうしばらくお預けだ」
「なるほど、ではそちらも楽しみに待っています」
ドンテ商会なら有用性を提示して製法を教えれば、意地でも製品化してくれるだろう。
特に、マヨネーズは異世界で革命を起こせる食品だと某異世界アニメが証明してるし、間違いなく売れるだろう。
と、コノハと話していると視界に紅色が映る。
「……どうかなされましたか?」
「……いや、そろそろ洗濯物を仕舞わないとなー、って思って」
「では、わたくしが仕舞って参ります」
「頼む」
コノハが台所から出ていくのを見届けてから、呟く。
「さて、夜のお客さんの為に何か作るとしますか」
カナタの料理知識は大体一般的な主婦より少し上くらいのレベルです。
なので家庭で作れないようなものは祈に材料や工程を聞いて、自己流で再現してます。




