桜色の少女
突然倒れた少女を病院に運び、医者が診ること数分。
診断の結果は……
「睡眠不足……ですか?」
「倒れた理由はそうだね。他にもやや栄養失調だったり、所々にかすり傷があったりするが……しっかり食べさせた後に回復魔法をかけるか、回復ポーションを飲ませれば問題ない。と言ってもしばらくは目を覚まさないだろうがね」
どうやら、本当に眠っていただけらしい。
ただ、このまま彼女を町医者のところで寝かせておく訳にもいかないので、どこに連れていくか検討する。
「やっぱり、城かしら? 万が一暴れたとしても、お母様とお兄様で抑えられると思うわ」
「Aランクの魔物を一撃で倒す実力だからな……」
「ん、決まり」
リアが少女を背負い、『テレポート』で全員を城に跳ばす。
事情をエリオットさんやヘイゼルさんに説明してから、少女を城の客室に寝かせる。
そして、待つこと数時間。
少女は昼過ぎに目を覚ました。
「ここは……?」
「目を覚ましたわね」
「貴方達は……?」
「神凪悠だ」
「ん、神凪祈」
「リーゼリア・K・フェルミナスよ。調子はどうかしら?」
「えっと……」
くぅ~
可愛らしいお腹の音が部屋に響き、少女はほんのりと頬を赤く染める。
「……お恥ずかしながら、お腹が空きました」
「ふふっ、分かったわ。少し待っててね……カナタ、お願いできる?」
「はいよ、ご注文は?」
「……消化のいいものをお願いします」
「了解」
「ん、手伝う?」
「大丈夫。それよりもこの国の事とか色々説明しといてくれ」
「ん、分かった」
少女の事は祈とリアに任せて、俺は厨房に向かう。
「ちょっとお借りしますねー」
「どうぞどうぞ」
メイドさんに許可をもらってから、調理を始める。
消化のいいものだから……ここは無難にいくか。
手早く調理を済ませ、出来上がった料理を部屋に運ぶ。
「お待たせ」
「貴方が作ってくださったのですか? ありがとうございます。これは……粥ですか?」
「ああ、卵粥にしてみた。召し上がれ」
「いただきます……とても優しい味……美味しいです」
「そりゃ良かった。で、どこまで話した?」
「ん、とりあえず倒れてからの状況とこの国の事を簡単に話した」
俺が料理している間だから、そんなものか。
しばらく少女の食事を見守り、食べ終わってから話を聞く事に。
「色々と聞きたい事はあるけれど……まずは名前かしら?」
「申し遅れました。わたくしは東の"イズモ"より参りましたコノハと申します。このような姿でのご挨拶、どうかご容赦ください」
「そんなに畏まられると困るのだけど……」
桜色の少女――コノハはベッドの上で三つ指をつき、丁寧に頭を下げる。
実に美しい座礼に思わず見惚れるが、それよりも聞き捨てならない台詞が。
「コノハさん、質問があるんだが……」
「呼び捨てで構いません」
「じゃあ、コノハ。そのイズモっていうのは国の名前だよな?」
「はい。東方にある国でわたくしの故郷です」
「なら、コノハは死の樹海の外から来たってことだよな?」
「はい、相違ありません」
……やっぱりそうなのか。
リアが『この国の人間じゃない』と言いきった以上、それしか可能性はなかったが……改めて本人の口から聞くと驚きを隠せない。
しかも……
「質問いいかしら? 死の樹海……というより大陸の東に国はないと聞いたのだけど……」
「……そう思われていても仕方ありません。イズモは大陸から海を渡った島国。加えて建国からおよそ200年、未だにどの国とも貿易はできていないのですから」
「ん、そこのところ詳しく」
「始まりは西側の国が探索の為に出した船が漂流のすえ流れつき、生き残った乗員が興した国だと聞いています。貿易に関しては航路に危険な海域があるらしく、西の国々に安全に向かう事ができない為、行っておりません」
孤立した国……か。
……似ているな。この国の現状と。
「にわかに信じがたいけれど、事実なのでしょうね。自分の中の常識がひっくり返った気分だわ」
「わたくしとしてはこの国の存在の方が驚きです。この世の地獄と恐れられる死の樹海。その只中で人々が暮らし、ましてや国を興しているなんて……」
「ん、どっちもどっち」
「「……」」
祈の一言で二人が黙った。
身も蓋もないな……
と、ここで素朴な疑問が浮かぶ。
「……どうしてコノハは海を渡ってまで死の樹海に来たんだ? さっきの口振りならここがどういう場所なのかは知っていたんだろ?」
「それは……」
話を聞く限り、コノハ達の先祖は元々この大陸の出身なのだから死の樹海の事が伝わっていてもおかしくない。
だが、だとしたら尚更コノハが死の樹海に来た理由が分からない。
何故こんな危険な場所に足を踏み入れようと思ったのか……
「……」
「……まあ、答えたくないならいいさ。それよりもこれからの話の方が重要だしな。そうだろ? リア」
「そうね……一つ確認なのだけど貴女は帰ろうと思えば故郷に帰れるのかしら?」
「……無理でしょう。今回わたくしが存えたのは運が良かったにすぎません。後一日……いえ、半日この国に辿り着くのが遅かったら死んでいました。次に死の樹海に挑んで、無事に抜けられる自信はありません……」
「なら、しばらくはこの国に滞在するのね。当面は城に住んでもらって、その間に住む場所を考えないと……」
「住む場所もそうだけど、先に金銭面の問題がないか?」
「ん、コノハが冒険者登録してレアメタルワームの素材を売ればなんとかなる」
「ああ、その手があったか」
「……どうして、わたくしのような見ず知らずの余所者を気遣ってくださるのですか?」
困惑した様子のコノハ。
俺達は顔を見合わせる。
「だって、帰れないならこの国にいるしかないだろう?」
「しかし、ご迷惑をお掛けする訳には……」
「ここ数十年訪れる事のなかった外の世界の人間よ? 迷惑だなんて思わないわよ」
「ん、むしろ歓迎」
「ありがとうございます。このご恩は決して……」
「「「固い固い」」」
こうして、コノハはフェルミナス王国に留まる事が決まったのだった。
その日の夜。
「こんばんは。昼間は大変だったわね」
「……」
窓を開けてローゼが部屋に入ってくる。
……どうしよう。「なんで昼間の事を知ってるんだ」とか「窓の鍵はどうやって開けたんだ」とか「そもそも家の場所教えてないよな」とか……とにかくツッコミどころが多い!
「細かい事は気にしないの」
「……心を読めるスキルでも持ってるのか?」
「顔を見れば大体分かるわよ」
「そうか、でもこれだけは言わせてもらう。靴は脱いでくれ」
「あら、これは失礼」
面白そうに笑いながらローゼは靴を脱いで床に投げる。
適当に投げたかと思いきや、靴は月明かりでできたローゼの影に落ち、そのまま沈んでいった。
「それは?」
「闇魔法『シャドウストレージ』。影の中に物を収納できる魔法よ」
「……魔法? 詠唱してなかったよな?」
「無詠唱なんてできて当たり前でしょ?」
……その理論はチート系なろう主人公にしか通じないと思う。
あいつら当たり前のように無詠唱使うからな。
ちなみに、この世界の無詠唱は高等テクニックらしく、俺も祈も習得できていない。
「……お茶のお誘いか?」
「その通り、と言いたいところだけど違うわ。少し助言をしに来たの」
「助言?」
「昼間の桜色の娘。あの娘の事よく見ていなさい」
「コノハの事か」
「ええ……貴方も薄々分かっていると思うけど、あの娘の存在はとても貴重よ。あの歳であれほどの強さを得るには、才能と努力だけでは絶対に足り得ない」
ローゼは断言する。
確かに、あの強さには何か秘密があるんじゃないかと考えてはいた。
だけど、何故ローゼはわざわざその事を……?
「ローゼ。何か知っているのか?」
「何も知らないわ。でも、長年の経験上分かるのよ。貴方と桜色の娘は似たようなタイプの人間。貴方はあの娘を観察し、理解する事できっと強くなれる」
何か確信を持ってそう言ってくれてるのかもしれないが、『長年』とか気になる事を言ったせいで頭に入ってこな……
「それ以上考えたら、口に出すのも憚られるような恥ずかしい事をさせるわよ?」
「……俺の元いた国だと思想の自由は認められてたんだぞ」
「あら、残念ね。私の前ではありとあらゆる法は意味をなさないの」
ニッコリと笑うローゼだが、残念ながら目は笑っていなかった。
……やっぱり心を読むスキル持ってるだろ。
「とにかく、あの娘から目を離さない事ね」
そう言って、ローゼは来た時と同じく窓から出て行き、そのまま夜の闇に消えていった。
……次はちゃんと玄関から出入りしてほしいなぁ。
コノハの一人称を「わたくし」にしたのはいいのですが、漢字で書くと「私」となって読みづらいと思い、ひらがなで書くことにしました。




