騒がしき朝
早朝、身体に染み付いた習慣の通り、俺は決まった時間に目を覚ます。
最近はメイドさん達が朝食を用意してくれていたので、早起きしても時間を持て余し気味だった。
だが、今日からはまた元の生活に戻るので朝食の準備をしなければ。
「……よし!」
朝日の眩しさに目を細めながら、勢いよくベッドから起き上がる。
手早く身支度を整えて、1階のキッチンへ向かう。
そして、食材の確認の為に冷蔵庫を開ける。
「……改めて思うけど、異世界に冷蔵庫って違和感が半端ないな」
驚きだが、この世界には既に冷蔵庫が存在している。
作ったのは宰相以外に、魔術の研究者という一面も持つヘイゼルさんだ。
地球の冷蔵庫の話を勇者や聖女から聞いたヘイゼルさんが魔術で再現できないかと研究を始め、プロトタイプを生み出したのがおよそ50年前。
そこから改良に改良を重ね、今目の前にあるこれは引っ越し祝いにとヘイゼルさんがくれた最新式だ。
「『水を入れる事で氷を作れる新機能が付いてます』って言ってたっけ。技術っていうのはどんな世界でも似たような進歩を遂げるもんなんだな」
昨晩入れておいた水が凍っているのを見て、しみじみ思う。
間違いなくあの人は天才だと……
「あれ?」
よく分からない違和感が脳裏をよぎる。
確か前にも……
「ん、兄さん。おはよう……どうしたの?」
「ああ、おはよう。なんでもない……って今日は随分と早いな」
「……ベッドが固くて寝苦しい。おかげで早く目が覚めた」
不機嫌そうに祈が呟く。
ベッドはこの家に元々あった物をそのまま使ったのだが、やや固めのベッドだったので祈には合わなかったようだ。
「買い換えるか?」
「ん、いい。しばらくすれば慣れる。でも、いつか最高級ベッドを作ってみせる」
「自作なのか……」
まあ、魔物の素材と魔術を合わせれば地球のベッドより格段に良い物が作れそうではある。
「はいよ。これ飲んで待っててくれ」
「ん、ありがと」
牛乳を注いだマグカップを祈に渡して朝食に取りかかる。
とはいえ、日本みたいに食材や調味料が揃ってる訳ではないので献立に悩む。
「……作れる物を増やす為にも食材の把握とか、調味料を作ったりとかしないとな」
どのみちしばらくはダンジョンに潜れない訳だし、料理方面で知識チートしてもいいかもしれない。
上手くいったらドンテ商会に持ち込んでまた一儲けできるかも……と今後について考えながら朝食を作る。
「まあ、こんなもんか。祈、リアを呼んできて……」
「……くぅ~」
「寝てるし」
祈はソファにもたれかかって眠ってしまっていた。
いつもなら起こすところだが、寝不足のところを起こすのはな……
「……俺が行くか」
寝ている祈はそっとしておき、階段を上がってリアの部屋へ。
コンコン
部屋のドアを数回ノックし、声を掛ける。
「おーい、リア。朝飯できたぞー」
『……』
反応なし。というか動いてる様子もないな。
もしかしてまだ寝てるのか?
「リアって結構早起きだったよな……?」
城では割りとこの時間に起きていた気がするが。
もしかして、祈みたいにベッドが変わったせいで寝付けなかったのだろうか?
だとしたら納得だが、このままだと料理が冷めてしまう。
「……しゃーない、起こすか。リア、入るぞー」
相変わらず返事はないが、俺は問答無用でドアを開ける。
「リア、朝だ……ぞ?」
「……すー」
寝ているであろうリアに声を掛けるが、部屋の中の光景が意外過ぎて思わず疑問系になってしまった。
ベッドに扇状に広がる白銀の髪、以前見た物と似たデザインのネグリジェ、そして大人しい寝顔と静かな寝息。
ここまでは予想通りだったのだが……
「……意外だな。抱き枕とか使うんだ。リア」
「……すー」
ひしっと抱き枕に抱きついているリアの姿は普段の凛とした姿とはまた違った魅力を放っている。
大変可愛らしい。
「ああ、なるほど。これがギャップ萌えというやつか……」
萌え文化の深淵を垣間見た気分だ……って感動してる場合じゃなかった。
俺はリアの肩を揺らしながら、話しかける。
「リアー。朝だぞー、起きろー」
「んぅ……後……」
「後? 何分だ?」
「……500年」
「永眠するわ!」
ベタな寝言かと思いきや、予想の斜め上の答えが返ってきて思わずツッコミをいれてしまう。
だが、おかげでようやく俺の声が届いたようでリアはうっすらと目を開ける。
「んー……カナタ?」
「ああ、おはよう、リア」
「おはよう……………………はっ!?」
まだ夢見心地な様子だったリアが、突然スイッチが入ったかのように覚醒し、はだけた自分の衣服を確認してから、俺の顔を見る。
状況を把握したのか徐々に顔を赤く染めていく。
あっ、ヤバいなこれ。
「えっ、あの、その」
「じ、じゃあ、朝飯できてるから早く降りてこいよ!」
俺は即座に部屋のドアを閉め、1階へと撤退する。
『っ~~~~~~!!』
階段を降りる直前、リアの部屋から悶えるような声が聞こえてきた。
……聞かなかった事にしよう。
「ご、ごめんなさい。恥ずかしいところを見せたわ……」
「すまん、俺も悪かった……」
朝食後、改めて俺とリアは居住まいを正して向かいあう。
き、気まずい……
「あの、私1人だと中々起きられなくて……城ではいつもメイド達に起こしてもらってたの。だから、その……カナタは悪くないのよ」
「いや、俺もデリカシーに欠けてたから……」
今になって思うと、なんで女の子の部屋を普通に開けてんだ、俺。
年頃の女の子の部屋に勝手に入ったらまずいだろ……
自分の迂闊な行動を悔いていると、祈が話に入ってくる。
「兄さんは家だと気を抜くタイプだから」
「……そうなの?」
「ん、普段は割りと考えて話したり、行動したりしてる。でも、家だとそうでもない」
「なるほど……確かに普段のカナタは思慮深いって感じよね……」
祈の言葉に納得したように頷くリア。
思慮深いって程じゃないと思うけどな……
「とにかく、今後は気を付ける」
「私もなるべく自分で起きれるように頑張るわ」
「ああ、じゃあこの話は終わりに……」
そう言いかけた時だった。
カン! カン! カン! カン!
「な、なんだ!?」
どこからか鳴り響く鐘の音が静かな朝の一時を打ち破る。
「これって……2人共! 今すぐ装備に着替えてきて! 早く!」
「ん、リア。これは?」
「説明は後! 私もすぐに着替えるから!」
そう言い残し、リアはいち早く自分の部屋へ向かう。
状況はよく分からないが、ここはリアの言う通りにしよう。
「行くぞ、祈」
「ん」
それぞれ手早く装備に着替えてから、リアと合流して外へ出る。
丁度、家の前を何人かの騎士が通るところで、その内の1人をリアが引き留める。
「状況は?」
「まもなく東側から現れるとの事です!」
「東側……近いわね。ここからなら跳べるかも。ありがとう、行っていいわ」
「はっ! 失礼します!」
慌ただしく去って行く騎士の人。
向かう先は……街の外か?
「リア、一体何が……」
「その前に……ちょっと失礼するわよ」
「「おわっ!」」
事情を聞こうとしたら、リアが突然俺と祈を抱えあげ、そのまま近くの家の屋根上に跳び乗る。
そして、屋根上に俺と祈をゆっくりと降ろす。
「なんとか間に合ったわね……ごめんなさい。急かしちゃって」
「ん、リア。そろそろ説明して。さっきの鐘の音は何?」
「あれはね。魔物が現れる事を知らせる為に鳴らしているの。騎士達にとっては全隊出動の合図ね」
「魔物って、どこから……まさか」
リアはずっと東の森を見つめている。
なら、今から現れるのは……
「そのまさかよ。今から現れる魔物は死の樹海からやってくるの。正真正銘の化け物がね……」
凛とした娘が見せる意外な一面って良いですよね!




