俺の魔王へ捧ぐプロポーズ2
その後はヴェルナーたちに任せ、俺たちは帰宅する。
「なぁ、親善大使ってどういうことだ? 俺たちは許されたのか?」
ルシアンとミリウスの顔を見やれば、二人とも苦笑いを浮かべていた。
「国としてのメンツがありますから、国外追放としたのでしょう。親善大使は、ユーリを恐れてフレッドを利用しようとする算段でしょうね」
「そうそう。フレッドに手を出せば、国が滅びるって理解して、ユーリの側に置いておくのがいいけど、国としても手放したくないって考えだな」
俺は目を瞬かせ、ユーリを睨みつける。
「ユーリ、国が滅びるってなにをしたんだ? もしかして、謁見の間の扉やエントランスホールを壊したのはユーリなのか?」
ユーリは白々しくそっぽを向く。
「ユーリ!」
両肩をガッと掴んでこちらに意識を向けさせると、ユーリが俺の手首を掴んだ。
「いてっ!」
痛みに顔を顰めると、ユーリは「ごめん」と慌てて手を離した。
「でも、オレはそんなに強く掴んでないぞ」
ユーリが心配そうに俺の顔を覗き込む。
袖を捲ると、縄で擦れた跡が残っていた。
「フレッドを無傷で帰せと言った約束が反故にされた。それ相応の報復をするか」
ユーリが地を這うような声で呟く。
俺は身震いして、両手を振った。
「こんなの大したことないって、舐めとけば治るし。あっ、そうだ。すぐにミリウスに治してもらうよ」
俺が言い終わる前から、ユーリの周りの空気が冷えていくような気がした。
ルシアンとミリウスに目を向けると、あちゃー、と片手で額を押さえて上を向いている。
「なんでミリウスなんだ? オレも治癒術を使える」
「え? でもユーリは疲れてるだろ?」
騎士たちに治癒術を使ったから、ミリウスとヴェルナーに支えられていたと聞いた。
ユーリに腕を掴まれ、手首の傷を舐められた。咄嗟に手を引くが、びくともしない。
「な、なにしてるんだよ!」
濡れた舌が触れると、傷がヒリヒリと痛む。そこが熱を持って、全身に広がっていくようだ。体中が熱い。
「舐めれば治るんだろ?」
「治るわけないだろ」
「フレッドが治るって言った」
ユーリは俺の目を見ながら、舌を這わせる。
「ユーリ、やめろ。汚いし、ペッてしなさい」
「オレを子供扱いするな」
ユーリは眉間に深く皺を刻む。
「子供扱いしてないって」
「じゃあミリウスじゃなくて、オレを頼れ」
拗ねたような口調に、何度も頷く。
「ユーリ、俺の傷を治癒術で治してくれ」
ユーリの口角が上がり、手首から口が離れていった。俺はこっそり息を吐き出した。
「最初からそう言えばいいんだ」
ユーリが手をかざすと、白い光に包まれた手首から痛みがなくなり、傷は跡形もなく消え去った。
まだ手首を這う舌の感触があり、反対の手でキツく握る。
その時、転移魔法陣が足元に現れた。ヴェルナーが姿を現す。
「ユーリ様、幹部たちは城に送り届けました」
「そうか。みんなよくやってくれた。ヴェルナーにも感謝している」
「いえ、フレッドさんがご無事でよかったです。後日、きちんと和平を結ぶ場を設けることになりました。それと、城の修繕費はこちらが負担すると伝えてあります」
「わかった。ご苦労!」
俺はユーリと過ごした小屋に目を向ける。
「この家ともお別れか」
思い出の詰まった小屋を離れることに、しんみりとした気持ちになる。
ユーリが腕を組み、うん、と頷いた。
「ヴェルナー、荷物をまとめるのが面倒だ。小屋ごと転移させろ」
「承知いたしました」
ユーリの指示に、ヴェルナーはうやうやしく頭を下げる。
「え? 荷物って、そんなにたいしたものはないぞ」
小屋が狭いから、荷物は必要最小限のものしかない。
「ここにはフレッドと一緒に過ごした思い出が、持ち運べないほど詰まっている」
「それは全て持っていかなくてはなりませんね」
俺の心を察して、ユーリとヴェルナーは口の端を広げた。
「ありがとう」
俺は笑顔を向けたいのに泣き出してしまいそうで、顔をくしゃりと歪ませる。
「ミリウスとルシアンの荷物はどうする?」
ユーリが聞くと、二人は顔を見合わせて首を振った。
「気にしなくて大丈夫ですよ。仕事がなくなって、一緒にのんびりできるのは久しぶりなんです」
「観光しながら向かうから、少し遅くなるかもしれない」
ミリウスとルシアンは責任ある仕事についていて、それを失ってしまった。俺を助けなければ、王都を追われることもなかっただろう。
「後悔していないか?」
不安に思って聞くと、ルシアンが「していないよ」と太陽のように明るい笑顔を向けた。
ミリウスが「うっ」と胸を押さえて呻くが、決して治ることのないルシアン大好き病のせいだから、気にしないでおく。
「友達を見捨ててここに残ったら、おれがおれじゃなくなる。それに騎士団の隊長なんてやってたけどさ、おれの代わりなんていくらでもいるし」
史上最年少で騎士団の魔法部隊に入隊して、二十代で隊長にまで上り詰めたエリートの代わりが、そうそういるとは思えない。
「……ミリウスこそどうなんだ? お前に助けられた人はいっぱいいるんだし」
ルシアンは不安気な瞳でミリウスを見つめる。
ミリウスがルシアンの頬を両手で包み、額をコツンと当てた。
「僕にとっては人々の賞賛よりも、ルシアンが僕の腕の中で上げる鳴き声の方が、なにものにも変え難い価値があります」
ルシアンが耳まで真っ赤に染めて、声にならないが口を開閉する。
「ユーリ、見ちゃダメだ」
俺は自分より高い位置にあるユーリの目を、後ろから手を回して覆った。
「いいかげんオレを子供扱いするな。オレもフレッドに言ってやろうか?」
「ゆ、ユーリは意味をわかっているのか?」
「意味? ハグするってことじゃないのか?」
体は大きくなっても、中身は純粋なんだ、と微笑ましい気持ちになった。ヴェルナーと顔を見合わせて、ほっこりとする。
ミリウスに影響されて冷や汗をかくことは少なくなかったが、深い意味など考えないこのままのユーリでいてほしい。
ユーリは片手でコッコを持ち、空いた手で俺の手を剥がして指を繋ぐ。
「意味ってなんだ?」
「……ハグってことで合ってるよ」
目を泳がせると、ユーリがミリウスに目を向けるが、ミリウスは優美に微笑むだけだった。
「ユーリ様、そろそろ出発いたしましょうか」
「そうだな。フレッド、行こう」
手に力を込められ、俺は同じ力で握り返した。ユーリは目を瞬かせて俺の顔と繋がった手へ交互に視線を走らせる。
「ミリウス、ルシアン、気をつけて来るんだぞ」
俺が二人に手を振ると、二人も手を振り返した。
「お土産買っていくから」
「またすぐに会えますよ」
見たこともないほど大きな魔法陣が足元に現れる。家を丸ごと転移させるのだから、当然か。
光に包まれて、目を開けると魔王城の中庭に立っていた。家だけではなく、コッコの小屋まで転移している。
「よかったな。コッコも住み慣れた家の方が落ち着くだろ」
ユーリがコッコを小屋の中に入れる。コッコはその中を歩き回っていた。嬉しいのだろう。




