俺の魔王へ捧ぐプロポーズ1
見張りの騎士だけになって暫く経つが、瞼を閉じるとユーリのことばかりを思い浮かべてしまう。
今では信じられないが、出会ったばかりの頃はコッコに「チキンステーキにしてやる」と王都が吹き飛ぶほどの魔法を叩き込もうとしていた。
俺の作る食事を美味しそうに頬張る姿を見て、料理の楽しさを知った。自分が食べるだけだったら、そんなことを思うことはなかった。
顔を土で汚しながら野菜を植えたり、釣りをして魚が釣れた時の眩しい笑顔が忘れられない。
ユーリと積み重ねてきた日々は、なにものにも変えがたい、宝物のようだった。
深い息を吐き出して、天井を仰ぐ。
俺は処刑されるのだろうか。
元々19歳の時に、ヴェルナーに殺されていたかもしれない命だ。8年も余分に生きられた、と思えばじゅうぶんなのかもしれない。
「でも、こんな死に方は考えていなかったな」
無意識に漏れた言葉に「なにか言ったか?」と見張りの騎士が訊ねる。俺は口をつぐんで首を振り、小さく頭を下げた。
19歳でヴェルナーに殺されるか、ユーリの考えを変えることができなかった時に、ユーリに殺されるのだと思っていた。
ユーリに会いたいな。
心の中に鍵がかかって、自分でも気付かなかった気持ちがあった。無意識に閉じ込めていた感情に気付いてしまった。
冷たい地下牢で今までのことを思い返していたら、浮かぶのはユーリばかり。厳重にかかっていた鍵がカチリ、カチリと音を立てて開いていく。
今更気付くなんて遅いよな。ユーリのことを子供扱いして。もう、好きだと伝えることさえできないのだから。
死にたくないな。
死ぬのは怖いが、それよりもユーリともう会えないということがなによりも辛い。
ドンッ! と轟音が響き渡り、地面が揺れた。体の奥底に響くような振動が伝わってくる。
絶え間なく続く破壊音に、見張りの騎士も不安気な顔で天井を見上げた。
なにが起きているのだろうか。
しかしその音はそう長く続くこともなく、また静寂に包まれた。
再び頭の中をユーリが占拠する。今頃ユーリはなにをしているのだろう。
ミリウスとルシアンが一緒なら大丈夫だと思うが、上手く逃げ切れていればいいな。
俺は膝を立てて、そこに顔を埋めた。
ユーリに会いたい。
鼻の奥がツンと痛くなり、滲む目に当たる膝が温かく濡れていく。
突如、転がり落ちるような足音がして、正面を向いた。
現れたのは騎士ではなく、城で働いている人だろうか。身振り手振り、大袈裟なほど体を使って見張りの騎士に小声で伝えている。焦っているのか、なかなか理解してもらえないようだ。
「いいから早く、フレッド・ビアスを謁見の間に連れていくんだ! 拘束も解け!」
こちらを覗き込んで、「怪我はしていないな」と心底安心しきった顔をしていた。
「くれぐれも丁重にお連れするんだ!」
大声で叫ぶと、また慌てて階段を駆け上っていく。
ギィと耳障りな音を響かせて、牢の扉が開いた。騎士は俺の後ろに回り、腕の縄を解く。
「ついてきてください」
騎士は戸惑いながらも丁寧に接してくれる。
俺が国を裏切っていないと証明されたのだろうか。
階段を登り、城の中を歩いていると、太陽は真上に位置していた。牢にいたのは三時間くらいなのにベソをかいて、羞恥で顔を熱くする。もっと長く捕えられていたと思っていた。地下牢には窓も時計もないから、時間の進みがわからない。
騎士の後に続いて角を曲がると、エントランスホールに出た。そこの壁には無数の穴が開いており、俺と騎士は目を見開いて顔を見合わせた。
「なにがあったんですか?」
「詳しくはわかりませんが、魔族と和平を結ぶと聞かされました」
……ユーリがここにいる? 俺のことを助けようとしてくれたのだろうか。
早く会いたい気持ちがふつふつと湧くが、気になることもある。
「……和平を結ぶのに、なんでこんなにボコボコなんでしょう?」
騎士は口元を引き攣らせながら首を傾けた。
気を取り直して謁見の間の方へ向かおうとそちらに目を向けるが、扉がなくなっていた。
魔王軍の制服が横に並んでいるのが見える。
こちらに気付いた魔族が道を開けた。ユーリがミリウスとヴェルナーに支えられている。
俺は無意識に駆け出していた。
「ユーリ! どうしたんだ? 大丈夫か?」
怪我をしているようには見えないが、ユーリの体を確かめるように触る。
「フレッド……」
ユーリは声を震わせて俺の名前を呼ぶと、瞳から涙をこぼす。月から滴る雫のようで、目が逸らせないほど綺麗だった。
「フレッド」
もう一度呼ぶと、俺を腕の中に閉じ込める。痛いほどの力で抱きしめられて、俺は下唇を噛んで涙がこぼれないように上を向いた。
「ユーリ」
ユーリの名前を呼ぶと、肩に顔を埋められた。そこがジワリと濡れて、涙のシミが広がっていく。
「フレッドがいない世界は、なんの価値もない。もうオレの前からいなくならないでくれ」
ユーリは俺がいないとダメなんだ。俺もユーリがいないとダメだ。愛しさが込み上げる。
コツコツと靴音が響き、王がこちらに歩いてくるのが見えた。
「フレッド・ビアス、ミリウス・オルコット、ルシアン・ハーヴァード」
名前を呼ばれ、ユーリの腕から抜け出す。ルシアンはコッコをユーリに手渡した。俺たち三人は王の前で片膝をつく。
「8年前、魔王を倒したと虚偽の報告をしたのは真実か?」
感情が読み取れないような、抑揚のない声だった。
「はい、間違いありません」
俺が答えると「そう報告するよう彼らを脅したのは、わたしです」とヴェルナーが口を挟む。
「……理由がどうであれ、虚偽の報告をしたことは重罪だ。よって、三名を国外追放とする」
周りがざわつくが、その声は驚くほど遠くに聞こえる。
俺は肩の力が抜けたように、ホッとした。
自分では気付いていなかったが、国に嘘をついているということは、相当の重荷だったらしい。罰してくれて心が軽くなる。
「だが、魔族と和平を結べたのは、三人の働きがあってこそ。よって、親善大使に任命する。魔族の国に移り住んで、両国の架け橋となって尽力を尽くせ」
俺は戸惑いながらも「はい、喜んでお受けいたします」となんとか声を出すことに成功した。




