オレの勇者を鶏抱えて迎えに行く2(ユーリ視点)
オレは腕を水平に上げて、殺気立つ幹部たちを抑える。
「今すぐに、フレッドとお前たちの王をここに連れて来い」
騎士たちが一斉に抜剣し、剣先をこちらに向ける。
「オレは話し合いで解決できれば、と優しさで提案したんだかな」
「ユーリ様は本当に立派になられましたね」
ヴェルナーがハンカチで目元を拭う。
「向こうがやる気なのだから仕方がない。お前たち、向かってくる敵を薙ぎ倒せ。だが、一人も殺すな」
念を押すと、「はっ」と声が響き、空気が震えた。怒号を上げ、騎士たちがこちらに向かってくる。オレの後ろから幹部たちも前に飛び出した。
オレはコッコを抱えているから、戦う気はない。
人数が少なくとも、うちの幹部がオレの進む道を寸分の狂いもなく切り拓くことを、露ほども疑っていないからだ。
「ルシアン、フレッドと王の場所まで案内しろ」
「王様は謁見の間にいると思うけど、フレッドがどこにいるかはわからない。牢は複数あるから」
「それなら王のところにまずは連れて行け。フレッドを解放するよう話をつける」
城の重厚な扉が、ヴェルナーの放った風圧で弾け飛んだ。 爆音と共に舞い上がる白い煙に向かって歩き出す。
自分の左右で繰り広げられる激闘に、視線すら向けない。
真っ直ぐ前だけを見据え、一歩また一歩と進み、城内の赤い絨毯を踏んだ。
エントランスホールには、騎士が続々と集結してくる。
「数だけは多いな」
肩をすくめ、足を踏み出す。
「ユーリ様の足を止めさせるな」
ヴェルナーの指示で幹部たちは、オレとミリウスとルシアンを囲うような陣形を取った。
正面から振り下ろされる無数の剣は、硬い鱗を纏うリザードマンが体で受け止め、まとめて騎士を投げ飛ばした。
左から放たれた数多の矢は、ナーガが手をかざすと空中で静止して、放った弓士目掛けて飛んでいく。肩や腕に矢が刺さり、弓士の悲鳴が上がった。
「ルシアン、どこに向かえばいい?」
「……ああ、正面の大きな扉が、謁見の間だ」
「そうか、それなら真っ直ぐ前へ進むだけだな」
オレの言葉を聞いて幹部たちは、オレの正面の騎士たちを左右に押し込んでいく。人の波が割れ、大きな扉が見えた。
その前にも騎士が立ちはだかっている。
ルシアンはキョロキョロと不安気に視線を走らせ、怒号に首を縮めて目をギュッとつぶった。
「無理についてこなくてもいいぞ。もう場所はわかっているのだから」
オレが声をかけるが、ルシアンは首を目一杯横に振った。
「こうなるってわかってて、フレッドを助けるためにユーリに知らせたんだ。仲間が傷付くのを見たくないなんて、都合が良すぎる。おれはユーリといくよ」
ミリウスがルシアンの背に手を添える。ルシアンはミリウスに目を向けて、泣き笑いの表情を見せた。
オレにとっては騎士になんの感情も湧かないが、ルシアンは今朝までここにいたのだ。思うことはあるのだろうが、フレッドを助けることが一番の目的だ。だから騎士たちがオレの行く手を阻むなら、幹部たちが蹴散らすまでだ。
大きな扉は、投げ飛ばされた騎士たちを受け止めて形を変える。隙間から光が差した。
手が塞がっているから蹴り開けると、蝶番が外れて扉はクルクル回りながら床を滑る。
豪華絢爛な室内の、一段高くなった場所に玉座があった。そこに座る王は腰が抜けているのか、体がずり落ちそうになっていた。
部屋の端には家臣たちが並び、ヒソヒソと隣の者と話しながら、どよめきが起きている。
「え? 鶏?」
「なんで鶏なんて抱えているんだ?」
「特別な鶏なのか?」
コッコの存在感に戸惑っているらしい。
コッコは注目を一身に集めるも、えっへんと胸を張って、泰然自若といった貫禄がある。さすがはオレが育てた鶏だ。
ヴェルナーたちが倒した騎士たちを室内に転がす。オレと王の間に、負傷した騎士たちの山ができた。呻き声があちこちから聞こえる。
こちらは無傷で、幹部たちはオレの後ろで横一列に並んだ。
「オレは魔族の王、ユーリ。取引をしよう。フレッドを無傷でここに連れてこい。その後和平を結び、友好的な関係を築きたい」
オレに同意するよう、コッコが「コケッ」と鳴く。
王は騎士たちに目を移し、小刻みに震えていた。
「10秒待つ。それまでに返答をよこせ」
心の中で数を数えていると、王が口を開く。
「そ、そんなこと、信じられるわけがないだろう」
声は裏返り、歯がガチガチと鳴って耳障りだ。
「お前たちの王はバカなのか?」
ミリウスとルシアンに聞けば、周りから息を飲むのが聞こえた。
「ヴェルナー、どう言えば通じるんだ?」
「そうですね、ユーリ様のお優しさが理解できないだなんて、嘆かわしいことです。フレッドさんを無傷で渡さなければ国が滅びる、とでも言えばわかってくださるのではないでしょうか」
大勢いるはずの室内は、静寂に包まれた。騎士たちの呻き声もやんだ。
戦力差は歴然。こちらは少数で、手加減もしている。人間はオレの提案を聞き入れるしかないんだ。
「国を滅ぼした愚王として、我が国の歴史に名を刻むか?」
オレが声を張れば、王は体を小さくしてボソリと指示を出した。
「フレッド・ビアスをここに連れて来い」
近くにいた家臣が慌てて出ていく。
「和平を結ぶということでいいか?」
王が力無く頷いた。
「和平を結ぶからには、こちらにいっさい手を出すな。オレたちは危害を加えない」
「わかった。ミリウス・オルコット、騎士たちの怪我を治してくれないか?」
王の言葉に「はい」と返事をするミリウスの前に腕を伸ばす。
「ミリウスは怪我を治すなと約束したはずだ」
人間たちからどよめきが上がる。
「オレが治す。絶対に落とすなよ」
コッコをルシアンに預け、両手を前にかざす。白い光が騎士たちを包み込み、体に吸収されると全員が驚愕で固まった。
オレは軽い眩暈に襲われて、体がふらつく。ミリウスとヴェルナーが両側から支えてくれて、転倒は免れた。
「この人数を一度に治すなんて、無茶なことをしないでください」
「だが、ミリウスはできるだろう」
「僕とユーリは違います」
「ああ、オレは治癒術が苦手だ」
治癒術の使い方が下手なのか、必要以上に魔力を消費する。
「ユーリ様、お下がりください」
ヴェルナーの硬い声で正面に目を向けると、騎士たちが剣先をこちらに向けていた。
「はぁ、交渉失敗か」
フレッドがもうすぐここに来るんだ。フレッドには争っているところを見られたくなかったのに、そうも言っていられない。
「やめろ、剣をしまえ。和平を結ぶと二人の王が決められたんだ。目の前にいるのは、我が国が友誼を結ぶ方々だ」
よく通る澄んだ声の方に目を向ける。王の傍に立っている男が声を張り上げていた。
「騎士団長……」
ルシアンがホッと息を吐き出して相好を崩すと、ミリウスの片眉が跳ね上がった。
こんな時まで嫉妬とは、面倒な男だな、と息を吐く。だが自分に置き換えてみたら、胸がムカムカとして、普通の感情なのだと思い至る。
好きな相手には笑っていてほしいが、自分以外がその表情を出させたのだと知ると、あまりいい気分ではない。
王は騎士団長の声でハッとすると、「剣を収めよ」と威厳を取り戻したような声で叫んだ。
騎士たちが剣を鞘に収める。
「フレッド・ビアスをこちらに連れてくるまで、しばらくお待ちください」
騎士団長は深々と頭を下げた。




