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第四十九章 風向き



朝は、静かだった。


雪はやんでいる。


江戸の空は、澄んでいる。


直弼は、いつものように座す。


議は整い、

文は流れ、

秩序は保たれている。


すべては、動いている。


だが、

庭に出たとき、

足元がわずかに滑った。


凍りついた薄い氷。


転ぶほどではない。


ただ、

足の裏が一瞬、支えを失う。


その感覚が、

残る。


川路が言う。


「本日は冷えますな」


いつも通りの言葉。


だが、

風が違う。


強くはない。


向きが、違う。


直弼は、ふと空を見る。


雲はない。


視界は澄んでいる。


だが、

澄みすぎている。


静かすぎる。


象徴は、

予感を持たぬ。


持つべきでない。


それでも、

体は知る。


風向きが、変わった。


議の場で、

一瞬、言葉を探す。


すぐ戻る。


揺れではない。


ほんの、

微細な遅れ。


川路は、その一瞬を見逃さない。


だが何も言わない。


予兆は、

音を立てない。


ただ、

空気の密度が変わる。


直弼は、自らを整える。


恐れは封じた。


孤独も受け入れた。


主導は握っている。


それでも、

足元の氷の感触が、消えない。


雪は白い。


白は、すべてを覆う。


だが、

白は、刃も隠す。


直弼は、知らない。


白の中で、

一歩ずつ、

こちらへ向かう足音があることを。


風は、まだ弱い。


だが、

向きは変わった。


朱は、

まもなく白に立つ。

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