第九話 壮絶な死の現場
レナが来て二日が過ぎた。
夕食を終え三人はリビングでテレビを見ていた。
「通り魔の行方は、いまだに掴めておりません」
ニュース番組は相変わらず、花井町と秦尾町で起きた通り魔事件を伝えていた。
「まだ捕まらないのか……」
優人がそう言ったと同時に、ティナの頭が光を帯びた。冥府の魂管理局から送魂に行くようにとの指令だ。
「行くぞ、優人」
ティナは漆黒のローブ姿になると家を飛び出し、優人はその後を自転車で追いかけた。
「行ってらっしゃい。頑張って下さい」
レナは笑顔で、二人を見送った。
この日は月が雲に隠れ薄暗かった。
「着いたぞ」
そこは住宅地から少し離れた場所だった。
「あれかな」
優人の視線の先に、倒れている人影がうっすらと見えた。
二人が人影に近付くと、月にかかる雲が取れ辺りは少し明るくなった。
「うっ!」
月明かりに照らされた人影を見た優人は、胃の奥からなにか熱いものがこみ上げてきそうになり、反射的に口元を押さえ目を背けた。
「大丈夫か、優人」
「うん……これってまさか……」
「そうだ、通り魔にやられたんだ」
人影の正体は、苦悶に満ちた表情のまま血溜まりの中で息絶えた三十歳位の男だった。
壮絶な死の現場を前に優人の顔は蒼白となり、心臓は激しく脈打った。
「大丈夫か、大丈夫か、優人?」
「うん……大丈夫……」
そう答えた優人だが、誰が見ても解るほど無理をしていた。
「今日は私一人で魂を取るから、優人は離れたところで見てて、なんだったら先に帰っても」
「えっ、どうして?」
「優人、凄く辛そうだから……」
今の優人は、とても死神の使役者が務まるように見えなかった。
ティナは死体の前に立つと、大鎌と手鏡を取り出した。
「待ってティナ、ちゃんとできるから、手伝うから」
「無理よ、今の優人じゃ」
「でも、手伝うって一度決めたことだし、僕はティナの使役者だから」
「そう……わかったわ」
優人の決意をくみ取ったティナは、手鏡を渡した。
「ティナ、こんな時になんだけど、聞きたいことがあるんだ……」
「なに?」
「ティナもレナさんも人間より強くて不思議な力が使えるよね、その力で通り魔を捕まえてもらえないかな」
「それはできないわ」
「どうして、通り魔が人を殺せば、たくさん送魂できるから?」
「違うわ、死神は人間社会の問題に手出しできないの。死神は死者に対し個人的感情を挟まず魂を冥府に送る、ただそれだけなの」
「そうなんだ……」
優人は力なくうつむいた。
「さあ始めるわよ、前と同じ作戦で行くから優人はそこの電柱の影に隠れて、私が合図したら飛び出して魂に向かって手鏡をかざして」
優人が身を伏せると、ティナは大鎌を横一線に振り抜き最後の線を断ち切った。すると魂は死体から切り離され、自我を取り戻し声を発した。
「私は確か通り魔に刺され……」
「そう、あなたは通り魔に刺され死んだの」
ティナは魂に死を宣告した。
「嫌だ! 死にたくない、死にたくない」
混乱した魂は絶叫した。耳を塞ぎたくなる悲痛な叫び声は、優人の胸に深く突き刺さった。
「もう生き返ることはできないの、現実は変えられないの。さあ冥府に行ってもらうわ、もし従ってもらえないのなら力ずくで送るわ」
ティナは大鎌を振りかざした。
「嫌だー」
魂はその場から逃げ出した。ティナは優人の方に追い込むように、その後を追いかけた。
「今だ、優人!」
ティナは合図を送った。しかし、目を閉じ胸を押さえた優人は行動を起こさなかった。
「優人、どうした!」
「えっ、あっ!」
二回目の合図で優人は行動を起こしたが時すでに遅く、魂は遥か後方に飛び去っていた。
「そこで待ってて」
そう言ってティナは優人の手から手鏡を奪うと、一人で魂を追いかけた。
優人は血の臭い漂う死の現場で、一人茫然と立ち尽くした。
数分後、ティナが帰ってきた。
「ティナ、魂は?」
「ちゃんと私が一人で、冥府に送ったから」
「ごめん、自分で手伝うって言っておきながら足を引っ張って……もし、魂に逃げられたら、試験はどうなるの?」
「試験は終了、不合格よ」
死神の昇進試験、それは一度の失敗も許されない厳しいものだった。その事実を知った優人は膝から崩れ落ちた。
「ごめん、僕のせいで取り返しのつかないことになるところだった、本当にごめん、本当にごめん」
優人はただひたすら謝り続けた。
「もういいから、さあ、帰ろう」
ティナに促され、失意のまま優人は帰路に就いた。
「お帰りなさい、えっ、どうしたんですか優人さん!」
玄関で出迎えたレナは、優人の病人のような青白い顔を見て、驚きの声をあげた。
「うん、いろいろあって……」
「もういいから優人、今日は休め」
「うん、シャワー浴びて、休ませてもらうね」
優人はバスルームに向かった。
「姉さん、いったいなにがあったんですか?」
「リビングで話をしようか」
場所を移し、ティナは死の現場で起きたでき事をレナに話した。
「そんなことがあったんですか……」
リビングは重い空気に包まれた。
「レナ、私の代わりに優人の中にある、私たち姉妹の記憶を消してもらえないか。レナの魔力ならできるでしょ」
「姉さん、本当にいいんですか?」
「うん。私、勢いで優人を使役者にしたけど間違ってた。本当に大きな間違いだった」
「わかりました。私が魔力で優人さんの記憶を消します」
眼を閉じたまま、レナは静かに言った。
「待って」
シャワーを浴び終えた優人が、リビングに入ってきた。
「優人、聞いていたのか」
「ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、全部聞こえた……今日は失敗したけど次はちゃんとするから、だから記憶は消さないで」
「でも優人、これから先、もっと残酷な死に立ち会う事になるわよ」
「わかってるよ。けど前にも言ったでしょ、初志貫徹って。最初に手伝うって決めたから、途中で投げ出したくないんだ」
「でも優人、本当に辛いよ」
「僕が途中で投げ出せば、ダメな人間を使役者にしたってティナがライラに馬鹿にされるでしょ、そんなの悔しいよ。もし耐えられなくなったら、自分から記憶を消してって言うから……それじゃ、おやすみ」
そう言って優人はリビングを後にした。
ティナとレナは、かけるべき言葉が見つからず、無言で優人の後ろ姿を見送った。




