第八話 レナにみとれて
翌朝、テーブルに並べられた料理を見たレナは驚きの声をあげた。
「わー、おいしそうですね」
本日の朝食は塩鮭とだし巻き卵に味噌汁。ティナの前にはこれらのメニューに加え、昨晩残ったカツカレーが置かれていた。
「優人の料理は見た目だけじゃないぞ。さあ食べてみろ」
「はい、いただきます」
レナはだし巻き卵を口に運んだ。
「おいしい、優人さん本当にお料理が上手なんですね」
「いやー、それほどでも。おかわりいっぱいあるから、遠慮せず食べてね」
「はい」
ティナはモリモリ、レナは上品に、優人は美味しそうに食べてくれる二人を見ながら食事を始めた。
「テレビのチャンネル変えてもいいかな」
今日が日曜であることを思い出した優人は、リモコンに手を伸ばしながら尋ねた。
「うん、いいわよ」
「どうぞ、優人さんの見たい番組を見てください」
ヒメール姉妹の了承を得た優人がチャンネルを変えると、テレビ画面に『マジカル生徒会長ゆり』の文字が表示された。
「これってアニメ? 優人こういうの好きなの?」
「いや、友達にこのアニメの好きな子がいて、僕も一度見てみようかなと思って」
主人公の夏宮ゆりは、普段は目立たない眼鏡をかけた一般生徒、しかしその正体は学園の平和を守る秘密組織、マジカル生徒会の会長だった。
今回のお話は学園の裏で暗躍する黒魔術研究会との戦い。ゆりの前に立ちはだかった黒魔術研究会幹部の小柄な少女アリアは、漆黒のローブに身を包み大鎌を携え、その姿はどことなくティナに似ていた。
(子供向け女の子向けアニメだな)
優人がそう思いながら見ていると、ティナが突然叫びだした。
「いけっ、ゆり、そこだ!」
子供向けアニメにはまり、そのキャラクターに声援を送るティナの姿に、優人は顔をこわばらせた。
(子供だっ、完璧に子供だ)
実年齢がとても二十三歳とは思えないティナであった。
目を輝かせながら興奮気味にマジカル生徒会長ゆりを見続けるティナ、そして番組は終盤に入りクライマックスを迎える。
「マジカルフラワー」
ゆりはかけ声と共に放った必殺魔法で黒魔術研究会を退け、番組終了。
「ねえ優人、これ最初の話から見れないの?」
「ネットの動画配信サービスとかで見れると思うから、また調べとくよ」
「お願いね」
すっかりマジカル生徒会長ゆりのファンになったティナであった。
「ごちそうさまでした。優人さん本当にお料理上手なんですね」
食事を終えたレナは、優人の料理を絶賛した。
「そうだろ、優人の料理は最高だろ」
「いやー、それほどでも」
ヒメール姉妹に褒められ、優人は照れ笑いを浮かべた。
食器の後片付けをレナにまかせ、いよいよトレーニング開始。優人が白いジャージに着替えて庭に出ると、スポーツウェア姿のティナが出迎えた。
「じゃ、始めるか優人」
「うん、僕、今までスポーツとかあまりしてこなかったんだけど、まずはなにをすればいいのかな」
「とりあえず筋力と体力のアップから始めようか。まずは腹筋からだ、横になって」
優人が芝生の上に横になろうとすると、家の中から洗い物を終えたレナが出て来た。
「私もトレーニングのお手伝い、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
レナは遠慮がちに言った。
「レナがどうしても手伝いたいっていうのなら別にいいけど……」
「はいっ」
笑顔で返事をしたレナの体が魔力の光に包まれると、身につけていた純白のワンピースは一瞬にして体にフィットしたスポーツウェアに変わった。
その姿に優人は目を奪われた。
豊かな膨らみを見せるバスト、キュッと引き締まったウエスト、その下に続く魅力的なラインを描くヒップとスラリと伸びた美脚、レナは非の打ち所のない究極のプロポーションの持ち主だった。
「それじゃ優人、横になって。レナは足首を押さえてあげて」
レナは横になった優人の足元でひざまずき、両足首をそっと押さえた。
「じゃ始めるぞ、イーチ」
ティナの声に合わせ腹筋開始。
優人がゆっくりと上半身を起こし始めたその時、レナのたわわな胸が目に飛び込んで来た。
「んぐっ」
声ならぬ声を発した瞬間、優人の体から力が抜け、半分起こしていた上半身は勢い良く後退し、地面に叩きつけられた。
「大丈夫か、優人」
「大丈夫ですか、優人さん」
ヒメール姉妹は心配そうに言った。
「大丈夫だから、もう一回するから」
「そうか、じゃいくぞ。イーチ」
ティナの声に合わせ、優人は再び腹筋を始めた。
(見ちゃダメだ、見ちゃダメだ)
そう心の中で繰り返しながら、目を堅く閉じ上半身を起こす優人であったが、誘惑に負け目を開けてしまった。
魅惑の双丘が目にうつると同時に、優人の体は力を失い、上半身は地面に叩きつけられた。
「どうしたんだ優人、顔が赤いけど大丈夫か?」
「大丈夫だけど、大丈夫じゃない……ごめん、今日は腹筋の調子が悪いみたいだから、ほかのトレーニングメニューに変えてもらえないかな」
「じゃ、腕立て伏せはどうだ」
「うん、それなら大丈夫だと思うから」
優人は両手を地につき、腕立て伏せの姿勢をとった。
「じゃ、私も優人さんに合わせて腕立て伏せします」
レナは優人と向かい合うように、同じポーズをとった。
「じゃ、いくぞ。イーチ」
ティナの声に合わせ、優人とレナは腕立て伏せを始めた。
「ニーイ、サーン、シーイ」
カウントに合わせ、優人は順調に腕立て伏せをこなした。
(これなら大丈夫そうだな、けどこの体勢って……)
優人が顔を上げると、上下に動くレナの胸の谷間が目に飛び込んで来た。
「ふぐっ」
息を詰まらせると同時に、優人の体を支えていた腕は力を失い、顔と体を地面に強打した。
「どうしたんだ優人」
「ごめん、本当にごめん……」
自分が情けなくなった優人は、うつ伏せのまま顔を上げられなくなった。
「体調が悪いのなら今日は休んで、明日からでもいいんだぞ」
「大丈夫、大丈夫だから。そうだ僕、走ってくるよ、震生湖の辺りまで」
優人は勢い良く立ち上がり、元気よく言った。
「じゃ、私は任務があるので町をひとまわりしてきます」
レナはそう言って立ち上がると、先ほどまで着ていた純白のワンピース姿になり、その右手には大きな麦わら帽子が握られていた。
「レナさん、任務で町をひとまわりって?」
「昨晩話した逃げた魂が、この花井町か隣の秦尾町のどこに潜んでいるのか解らないので、町をまわりながら魂の気配を探るんです。それではお先に」
麦わら帽子をかぶると、レナは庭を後にした。
「それじゃ、僕も行くよ。ここから震生湖まで往復で二十五分ぐらいかかると思うから」
「そうか、無理するなよ。私はここで自分のトレーニングしてるから」
「うん」
燦々と降り注ぐ夏の日差しの中、優人は走りだした。
少し走り出したところにレナがいた。
「優人さん、少し歩きながらお話ししませんか」
二人は並んで歩き出した。
「今日もいい天気ですね~」
「そうですね~」
優人は言葉を返しながら、そっとレナの横顔を見つめた。
(本当に綺麗だな……)
そして優人は、ゆっくりと視線を下げた。
(うっ、やっぱり大きい)
豊かに膨らんだレナの胸に、優人の目は釘付けになった。
「危ないですよ、優人さん」
「えっ!」
慌てて前を向いたが時すでに遅く、優人は電柱にぶつかった。
「いっ痛い」
優人は顔を押さえた。
「もう、優人さんたら、私の胸ばかり見てるからそうなるんですよ」
「なぜ、それを!」
心を見透かされた優人は、激しく動揺した。
「トレーニングの時からずっと見てましたね」
「えっ、いや、あの、その……ごめんなさい、本当にごめんなさい。つい、目がいっちゃって」
穴があったら入りたい、そんな心境のまま優人は顔を赤くし謝り続けた。
「しょうがないですよ、男の子ですから」
レナは年上の余裕を感じさせるように言った。
「けど私より、姉さんのことを見てあげてください」
「えっ、ティナの胸を見ろってこと?」
「ちがいます。姉さんの力になってあげてくださいってことです」
「もちろん力になるよ。僕だけじゃなくレナさんも一緒になって、ティナの力になろうよ」
「私じゃダメなんです」
そう言うとレナは、寂しそうな表情を浮かべた。
「どうしてダメなの?」
「私は努力家の姉さんが好きで、小さい頃からよく一緒にトレーニングしていたんですが、私の方が上位クラスの死神になると、あまり一緒にトレーニングしてくれなくなったんです」
「レナさんのクラスは?」
「昨日いたライラと同じAクラスです」
「そうなんだ……」
姉のプライドを傷つけてしまったレナの気持ちを、優人は察した。
「わかった、できる限り僕はティナに協力するから」
「はい、お願いします。それと今日は少しだけど、姉さんのお手伝いができてよかったです」
それから少し歩くと、道は二手に分かれていた。二人はそこで別れることになった。
「僕はこっちの道を走って、震生湖まで行くから」
「そうですか、頑張って下さい。私はこちらの道を通って、町をひとまわりしますから」
「よしっ」
そう言うと優人は軽く両方の頬を叩き、気合いを入れ走り出した。レナはその後ろ姿が見えなくなるまで見送り続けた。




