第十話 お風呂
夜が明け朝が来る。
目を覚ました優人は大量の汗をかき、Tシャツと布団はぐっしょりと濡れていた。
優人は体を起こし、洗面所に向かうと鏡に映る自分の顔を見た。
「ひどいや……」
顔色は昨晩よりも悪かった。優人は顔を洗いリビングに向かうと、ティナは一人でテレビを見ていた。
「おはよう」
「おはよう……てっ、優人どうしたんだその顔は!」
「あまり良く眠れなくて……レナさんは?」
「レナはライラに用があるから出かけた」
「そうなんだ。とりあえず朝ご飯用意するね」
「朝ご飯は私が用意するから、優人は座ってろ」
そう言ってティナは家を飛び出した。
リビングに一人残された優人が、つけっぱなしのテレビを見ていると、昨晩の通り魔事件のニュースが始まった。
ニュースキャスターは淡々と事件を伝えた。昨晩の一件を思い出した優人は胸が苦しくなった。
「待たせたな優人」
コンビニの袋を手にさげたティナが帰ってきた。
「私は料理できないから、代わりにおにぎりとパンを買ってきた。さあ食べろ」
「ありがとう、けど僕あまり食欲がないから……」
「ダメだ。とにかく食べろ」
二人はテーブルを囲み、食事を始めた。
「ごちそうさま」
優人はおにぎり一つ食べるのがやっとだった。
「もういいのか?」
「うん、もうお腹いっぱいだから。さあトレーニング始めよう」
「そんなに顔色悪いのに、トレーニングなんかできるわけないだろ。今日は休みだ」
「ちょっと体は重いけど、大丈夫だよ」
「だめだ、今日は休みだ。少し待ってろ」
ティナはおにぎりを咥えたまま、リビングを出て行った。
待つこと数分、ティナが帰ってきた。
「お風呂沸かしたから入れ」
「えっ、どうして」
「汗いっぱいかいてるだろ、さあ入れ」
「ティナ、僕に気をつかってくれてるのかな……」
優人は、朝からお風呂に入ることになった。
「優人、入るぞ。前、隠せよ」
スクール水着姿のティナが、突然バスルームに入ってきた。
「ななななにっ、なにっ?」
「背中流すから、そこに座れ!」
恥ずかしそうにティナは語気を強めると、バスチェアを指差した。
「別にいいよ、自分で洗えるから」
「いいから、座れと言ったら座れ!」
ティナの剣幕に押され、優人はバスチェアに腰を下ろした。
「じゃ、洗うぞ!」
うわずった声で言うと、ティナは背中を洗い始めた。
(おっ、女の子に背中を流されている)
優人の心拍数は急上昇した。
「無理矢理、使役者にして送魂を手伝わせて、本当にごめんな優人」
罪悪感に満ち溢れたティナの言葉が、優人の心拍数を一瞬にして正常に引き戻した。
「もういいから、謝らないでよ。僕が手伝うって最初に決めたことだから。昨日も言ったでしょ、初志貫徹って」
「初志貫徹、いい言葉だな。ありがとうな、優人」
ティナは感謝を込めて、優人の背中を洗い続けた。
「ほら、終わったぞ。後は自分で洗って湯船に肩まで浸かるんだぞ」
「うん、ありがとう」
優人がそう言うとティナはバスルームを後にした。
それから優人は背中以外を自分で洗い、ゆっくりと湯船に浸かった。
ほどよく体が火照ったところで風呂から上がると、脱衣所には真新しい着替えが用意されていた。
「湯加減どうだった?」
廊下に出ると、ティナに声をかけられた。
「ちょうど良かったよ」
「そうか、じゃもうひと眠りしろ。今、優人の布団干して、シーツ洗濯してるから、私の部屋と布団使え」
有無を言わず、優人は背中を押されティナの部屋に押し込められた。
「しょうがない寝るか」
ティナが使ってる布団の上に横になると、ほんのりと甘い香りがした。
「ティナっていい香りがするんだな……」
優人はゆっくりと、微睡の中に落ちていった。
十四時を過ぎた頃、優人は目を覚ました。
体を起こしリビングに向かうと、レナが心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか、優人さん」
「もう大丈夫、心配かけてごめんね。ティナは?」
「姉さんならお庭でトレーニングしています。姉さんー」
レナに呼ばれたティナが、庭に面した窓を開けてリビングに入ってきた。
「優人、大丈夫か」
「うん、体も軽くなったし大丈夫」
「そうか、顔色も良くなったみたいだな。お腹は減ってないか」
「そうだな、少し減ったかな」
「レナ」
「はーい」
レナはキッチンからサンドイッチを持ってきた。
「私がお昼に作ったんです。姉さんも少し休憩したらどうですか」
「うん、そうする」
三人はテーブルに着いた。
ティナはオレンジジュースで喉を潤し、優人はサンドイッチを口に運んだ。
「おいしい、レナさん料理上手なんだね」
「いえいえ、優人さんにはかないませんよ」
あっという間に、優人はサンドイッチを完食した。
「ごちそうさま。僕もトレーニングするよ」
「ダメだ、今日は大事を取って休め」
「そうですよ優人さん、無理は禁物ですよ」
ヒメール姉妹に止められ、優人はトレーニングを休むことになった。
「それじゃ、僕は夕飯の買い物に行ってくるよ」
「私が行きます。優人さんは家にいてください」
「いいから、僕が行くから。外の空気吸って、少し体動かしたいから」
レナの申し出を断り、優人は買い物に出かけることになった。
家の外に出た優人は、夏の強い日差しを浴びながら、両手をいっぱいに伸ばした。
「待って、優人」
「なに?」
「私と優人が一緒にお風呂に入って背中流したことは、レナには内緒だからな、二人だけの秘密だぞ」
ティナは頬を桜色に染めて言った。
「うん、わかった、誰にも言わないから。それじゃ、行ってきます」
つられるように頬を染めた優人は、自転車に乗り走り出した。
「行ってらっしゃい」
ティナは小さく手を振り優人を見送った。




