第六話 妹
テレビを見ていた優人は、リビングの壁に設置されているインターホン用の受話器を取った。
「どちらさんですか?」
「私、冥府から来た死神です。こちらでティナ・ヒメールがお世話になっていると思うんですけど」
受話器の向こうから聞こえてくるのは、美しく澄んだ女性の声だった。
優人が玄関に向かい扉を開けると、そこには清楚な白いワンピースに身を包んだ女性が立っていた。
歳は二十歳前後位だろうか、端麗な顔立ちの中にあるサファイアのような碧い瞳と艶やかな唇、透き通る白い肌、そして光を放つストレートの長い金髪。その女性は圧倒的に美しく可憐だった。
「初めまして、レナ・ヒメールと申します」
その女性はティナと同じヒメールを名乗り、髪と目の色も同じだった。
「もしかして、ティナのお姉さんですか」
「いえ、私は……」
「ティナ、お姉さんが来てるよ」
レナがなにか言いかけたが、優人はそのままキッチンに向かって声をあげた。
「私に姉なんかいないぞ」
そう言いながら玄関にやって来たティナは、レナと顔を見合わせた。
「レナ、どうしてここに?」
「姉さん、久しぶりです」
レナがティナに向かって言った。
「えっ! ティナがお姉さんなの?」
レナは身長百六十九センチの優人よりも少し背が高く、小柄であどけない顔立ちのティナの方が明らかに年下に見えた。
「私が姉だったら、おかしいのか」
「いや、別にそういうわけじゃないけど……ティナとレナさんは何歳なの? もしかして何百歳とか?」
「私たち冥府の住人は人間と寿命も歳の取り方も同じぐらいでして、私は二十一歳です」
レナは見た目通りの年齢だった。
「じゃ、ティナは何歳なの?」
「私は、二十三歳だ」
ティナは伏し目がちに言った。
「え――、僕よりも五つも年上なの!」
それは衝撃の新事実だった。ずっと年下だと思っていた少女は、実は年上だった。
あまりの驚きに、優人は頭を抱えたまま体をよろめかせ、二、三歩後ずさりした。
「なんだっ、その驚き方は! 私が二十三じゃおかしいのか」
「いや、そうじゃないんだけど、ずっと年下と思ってたから……」
「私のこと何歳だと思ってたんだ?」
「十二か十三歳ぐらいかなと思ってた……」
顔をこわばせながら、優人が正直に答えるとティナの怒りは頂点に達した。
「どうせ私は童顔で、身長もない、胸もない、くびれもないわよ。姉妹あべこべに見られるのなんかしょっちゅうよ! 優人のバカッ!」
吐き捨てるようにそう言うと、ティナは自室に駆け込んだ。
「どうしよう、怒らせちゃった……」
「気にしないでください、よくあることですから」
「よくあるって、いつもああなの?」
「はい、姉さんはなにか嫌なことがあると、すぐに自分の部屋に引きこもるんです。けど大丈夫です、姉さんは単純……じゃなくて、すごく立ち直りは早いんです。私に任せてください」
そう言ってレナは洋菓子店の箱を差し出した。
「ごめんよティナ、悪気はなかったんだ、本当にごめん」
優人はティナの部屋の前で、ドア越しに謝り続けた。
「姉さん、機嫌直してください。そうだ私、お土産持ってきてるんです。姉さんの大好きなチョコレートケーキ、みんなで一緒に食べましょう」
「これって人気店のケーキだよね。ここのチョコレートケーキって凄く美味しいんだよね」
レナに言われたセリフを、優人は芝居口調で言った。しかし、ティナは部屋から出てこなかった。
優人とレナはさらに芝居を続けた。
「どうしましょう優人さん。姉さんの分、余っちゃいますね」
「僕も二つは食べられないし、勿体ないけど捨てちゃおうか」
優人がため息まじりにそう言うと、ゆっくりと扉が開き、ティナが姿を現した。
「捨てるぐらいなら、私が食べてあげるわよ」
ティナは気まずそうに、目をそらせて言った。
(食べ物につられて部屋から出てくるなんて、子供だ!)
立ち直りの早いティナを見て、優人はそう思った。
三人はリビングに場所を移した。
レナは三人分のチョコレートケーキをテーブルの上に並べた。
「さあ、召し上がれ」
「わぁ、おいしそうだな! いただきます」
ティナはフォークでチョコレートケーキを突き刺すと、大きく口を開け勢いよくかぶりついた。
「おいしいー」
歓喜の声をあげながら、ティナはあっという間に完食した。
「もう、姉さんったら、もっとゆっくり味わって食べてくださいよ」
「十分味わって食べてるわよ。それよりもう一つないの?」
「一人一個ずつです」
「ティナ、よかったら僕の半分食べる」
優人は手を着けていない自分のチョコレートケーキを、フォークで真ん中から切り分けた。
「いいのか?」
ティナは二つに分けられたケーキを交互に数回見つめた後、少し大きな方をフォークで突き刺し、そのまま口に運んだ。
「うーん、おいしい~」
口元にチョコクリームを付けたままティナは無邪気に微笑んだ。
(子供だ、無茶苦茶子供だ!)
優人はティナの行動を見て、そう思った。
見た目も中身も、二十三歳に見えないティナであった。
「それでレナ、どうしてここにきたんだ」
「私、任務でこの町に来たんです。姉さんもこの町にいるので挨拶しておこうかと思って」
「任務って?」
「地獄行きの決定した二つの魂が冥府から逃げ出し、花井町か秦尾町に潜伏しているんです。その魂を冥府に送り返すのが任務で、私とライラが派遣されたんです」
「ライラだって!」
その名前を聞いたとたん、ティナの表情が険しくなった。
「だれ、知り合い?」
「私と同じ歳の死神で、凄く嫌なヤツだ」
優人はすぐに理解できた、ティナとライラなる人物が犬猿の仲であることを。
「ティナ、居るんでしょ、出てらっしゃい」
突然、家の外から大声が届いた。
「ライラかっ!」
ティナは立ち上がり家を飛び出した。




