第五話 幼なじみ
この日、朝から空は灰色の雲に覆われていた。そんな中、昼食を終えたティナがトレーニングをしていると、ポツリポツリと雨が降り始めた。
「今日はもうやめたら?」
優人は雨に打たれながら大鎌を振り続けるティナに、家の中から声をかけた。
「大丈夫よ、このぐらいの雨なら」
休むことなく、ティナはトレーニングを続けた。
ティナは日々のトレーニングを欠かしたことがない。
ひたむきに頑張る少女ティナを、優人は心から応援したくなった。
「ねえティナ、今日の晩ごはんはなにが食べたい? なんでも作ってあげるよ」
ティナは動きを止め少し考え込んだ後、無邪気に答えた。
「カレーライス、いやカツカレーがいい」
「わかった、美味しいの作るから、無理せずにほどほどに頑張るんだよ」
そう言って優人は傘をさし、歩いてスーパーに向かった。
雨の日の昼下がりのスーパーは客足もまばらだった。優人は買い物かごに、次々とカツカレーの材料を入れていった。
「優君」
名前を呼ばれて振り返ると、そこにはクラスメイトで幼なじみ、幼稚園から小中高と同じ学校に通う、春瀬桜の姿があった。
「桜ちゃん」
桜は優人のもとに駆け寄り、買い物かごを覗き込んだ。
「いっぱい買い込んでるね。今夜はカレー? こんなに一人で食べるの?」
「うん……今晩の分と、一晩寝かせて明日の朝昼晩と食べる分かな……」
「優君、そんなにカレー好きだったんだ」
「僕、カレー大好きなんだ、アッハハハハ~。それより桜ちゃんは何を買いに来たの?」
優人はぎこちなく笑いながら、あわてて話題を変えた。
「私はその……」
桜は右手に持っているピンク色の小箱を、慌てて後ろに隠した。
「なにそれ?」
「これはその……」
桜は目を泳がせた。
「なに、お菓子?」
「うん、お菓子だけど……」
「なんのお菓子?」
「絶対に笑わない?」
「うん、笑わないよ」
優人がそう言うと、桜は恥ずかしそうに小箱を出した。
小箱には『マジカル生徒会長ゆり、ストラップ付きクッキー』と書いてあった。
「これって、おまけ付きのお菓子」
「うん、私、マジカル生徒会長ゆりがすごく好きで、ストラップも集めてて、アニメも欠かさず見てるの」
マジカル生徒会長ゆりは、日曜の朝に放送されている子供向けアニメで、魔法使いの少女、夏宮ゆりが、魔法の力で学園の平和と秩序を守る愛と勇気のお話は、小学生の女の子を中心に人気を集めていた。
「優君、今笑ったでしょ。高校生にもなって子供向けアニメ見てるって、思ったでしょ」
「思ってもないし、笑ってもないよ」
「うそよ、心の中で笑ったでしょ。ひどいよ優君、笑わないって言ったのに……」
桜は両手で顔を覆い、小さな肩を振るわせながら、むせび泣き始めた。
「桜ちゃん、僕、本当に笑ってないから」
おろおろしながら言い訳をする優人に、周りの視線が突き刺さった。
「なにかしらあれ」
「痴情のもつれじゃないかしら」
愛憎劇ドラマが好きそうな、おば様たちが小声でそう言った。
「ひどい男ね、散々もてあそんだあげく、別れ話を切り出したのよ」
「あんなかわいい子を人前で泣かせるなんて、本当にひどい男……」
艶やかな黒髪のポニーテールに健康的な白い肌、長いまつげに縁取られた大きな黒い瞳、桜は学校屈指の美少女だった。そんな桜を泣かせる優人は、理由など関係なく一方的に悪人に仕立て上げられていた。
「桜ちゃん、僕、本当に笑ってないから、信じて」
冷ややかな視線に耐えながら、優人は懸命に身の潔白を訴えた。
「本当に笑ってない、私のこと子供だって思ってない?」
「笑ってないから、思ってないから」
「わかった、信じる」
先ほどまで泣いていたとは思えない晴れやかな笑顔で、桜は言った。
「桜ちゃん、もしかしてうそ泣きだった?」
「うそ泣きなんかじゃないよ。さあレジに行こう」
桜は優人の手を取り、元気よく歩き出した。
「あら、もうおしまいかい」
「もっと、ドロドロの愛憎劇を期待していたのに」
おば様たちの言葉を背に受けながら優人は思った。
(絶対にうそ泣きだ……)
レジを済ませ外に出ると、すっかり雨は上がり空にはうっすらと虹がかかっていた。
「それじゃね、優君」
「うん、また学校で」
優人はスーパーの前で桜と別れ、雨上がりの道を歩いて家路についた。
夜、リビングはスパイシーな香りに包まれていた。
「おいしいっ!」
優人の特製カツカレーが、ティナの舌をうならせた。
「そう、良かった。おかわりいっぱいあるからね」
「うん、早速もらうね」
あっという間に一杯目を平らげたティナは、軽やかな足取りで台所に向かい、二杯目を用意した。
「おいしい、優人は料理の天才だな」
優人を褒めつつ、ティナは幸せいっぱいな笑顔で二杯目を平らげ、さらにおかわりを続けた。
「喰った、喰った」
満腹のお腹を撫でながら、ティナはそう言った。
「本当にいっぱい食べたね……」
ティナの食欲は、いつも以上に旺盛だった。
「ねえ優人、少しカレー余ってるみたいだけど……」
「明日の朝、ティナが食べていいよ」
「本当、やったー」
ティナは食べ盛りの子供のように喜んだ。
お腹が少し落ち着いたティナがキッチンで洗い物をしていると、家のインターホンが鳴り響いた。




