第三話 送魂
そのまま二人は、リビングで朝食を取った。
「おかわり、大盛りでお願い」
食欲旺盛のティナが元気よく茶碗を突き出し、優人が茶碗を受け取ろうとしたその時。
「いやいい、自分でする」
ティナは立ち上がるとキッチンに向かい、自分でおかわりを用意した。
「共同生活だから、できることは自分でしないとな」
そう言ってティナは笑顔で食事を再開した。
ティナは意外と謙虚だった。
「それとこれ、受け取っておいて。当面の生活費」
ティナは優人に、札束を手渡した。
「えっ! これっていくらあるの?」
「三百万円。別に盗んだお金とかじゃないから」
「こんな大金受け取れないよ!」
「いいから取っておいて、私いっぱい食べるし、当面の家賃と生活費」
「ダメだよ、受け取れないよ」
「いいから、受け取っておいてよ」
こんなやり取りを数回繰り返し、優人はいったん預かっておくと言う形にして、お金を受け取った。
「あ~、美味しかった~」
食事を終えたティナは、味と量に満足といった表情でお腹をさすった。
(本当にいっぱい食べるな!)
優人は小さな体に見合わぬティナの食べっぷりに、驚愕した。
「ねえ、『死神の使役者になれ、送魂を手伝え』って言ってたけど、僕は何をすればいいの。まさか悪いことじゃないよね?」
「悪い事なんかしないよ。送魂とは死者の魂を冥府に送ることで、それが死神の務めだ。私は今DクラスからCクラスに上がる昇進試験で送魂をしていて、それを手伝ってほしいんだ」
「試験を手伝ってもいいの?」
「それは大丈夫だ、詳しいことは送魂に行く時に説明する。私の試験活動時間は十八時から朝六時までだから夜中に起こすことになるかもしれないけど、よろしく頼むわね」
「もしかして、昨晩も送魂してたの?」
「そう、逃げた魂を追いかけてこの辺りまで来て、魂に向かって叫んでるのを優人に聞かれたの。本当は人間に声を聴かれるなんて駄目なんだけどね。あれは完全に私のミスね」
そう言うとティナは立ち上がり、二人分の食器を片付け始めた。
「いいよ、僕が片付けるよ」
「後片付けぐらいは私がするわ。世話になりっぱなしだと言うのも悪いからな」
ティナは本当に謙虚だった。
「それじゃ洗い物と留守番お願いね。誰か訪ねてきても出なくていいから。僕は買い物に行ってくるね」
優人は自転車に乗り、スーパーに向かった。
たくさん食べるティナのために大量の買い出し。かごいっぱいに荷物を積み、優人が帰宅するとティナは庭で大鎌を振り回していた。
「なにしてるの?」
「トレーニングよ。日々の鍛錬が大切だからね」
澄み切った夏空の下、黒いスポーツウェア姿のティナは汗を滲ませながら、激しく力強く、時には舞い踊るように、身の丈を越える大鎌を一心不乱に振り続けていた。
「少し休んで、今お茶入れるから、汗も拭いたら」
優人が冷たいお茶とタオルを手渡すと、ティナは代りに大鎌を差し出した。
「ありがとう、これ持ってて」
大鎌を受け取った優人の腕に、想像を超えた重みが伝わった。
「なにこれ! 何キロあるの?」
「トレーニング用だから三十キロ位かな」
「こんなの軽々と振り回していたんだ……」
優人はティナの常識を逸脱した運動能力を見て再認識した。ティナが人間とは別の存在、冥府の住人で死神であることを。
ティナは昼食後も、トレーニングを続けた。
同居生活が始まって三日目の夜。
「私、迷惑かけてないか?」
「えっ、なに、どうしたの急に?」
夕食後のティナの言葉に優人は困惑した。
「いまさら聞くのもなんだけど、私、優人を強引に使役者にして、一方的にここに住むとか言って、ご飯もいっぱい食べてるし、本当は迷惑かけてるんじゃないかと思って……」
ティナはうつむき、申し訳なさそうに言った。
「別に迷惑じゃないよ。生活費も入れてもらってるし、洗い物や掃除もしてくれてるし、本当に迷惑じゃないから」
優人が笑顔で言うと、ティナの表情が、ぱっと明るくなった。
「そうか、ありがとう」
ティナは優人との同居生活に馴染み始め、優人も親戚の年下の女の子が『少しの間、住ませて』とやってきたと思い、ティナを受け入れていた。
二人が会話を交わしながらテレビを見てるとニュース番組が始まった。
「花井町、秦尾町の通り魔犯の行方は、依然として掴めておりません」
捜査に進展のみられない通り魔事件の報道が、連日続いていた。
「早く捕まればいいのにな……」
優人はため息まじりにつぶやいた。
ニュース番組が終わると、突然ティナの頭が光を帯びた。
「どうしたのティナ?」
「冥府の魂管理局からの指示だ。優人、送魂に行くぞ、近くの湖だ!」
漆黒のローブ姿になると、ティナは勢いよく家を飛び出した。優人はその後を自転車で追いかけた。
ティナの足は優人の自転車よりも速く、ついて行くのがやっとだった。
走り続けていると突然ティナが足を止め、優人の手首を掴んだ。
「じっとしてろ、動くな、しゃべるな。向こうには私達が見えないから」
立ち止まってから数秒後、赤色灯を回転させたパトカーが二人の前を通過していった。
「えっ、どうなってるの?」
「魔力で一時的に姿が見えないようにした。見つかると色々と面倒だろ」
「うん、確かに」
通り魔騒動の渦中にある町で、夜に出歩いていると不審者扱いされる。警察との遭遇は絶対に避けるべきものだった。
「さあ、行こうか」
そう言ってティナは走り出し、優人は後を追いかけた。




