97 皆の願い
スニーフを覆い隠す根を避けて攻撃をぶち込まなければ奴を倒せない。
あの根は触れたものをデータに変換して攻撃を無効にしてしまうからだ
ならば、攻撃魔法をチャージした剣を使って、最大火力を直接、叩き込むしかない。
倍返しの衝撃波ではなく、剣による直接の斬撃が必須だ。
恐らくチャンスは一度きり。神速会心の一撃で仕留めなくてはならない。
とその時、根の一部が先端を尖らせた。
そして蛇の攻撃のように、その先端が『シャッ!』と俺達に向かって飛んできた。
「危ないっ!」と、師匠がレイピアでそれを弾く。
『シャッ、シャッ!』
続いて同じように根が攻撃してくる。
『ザクザクッ』と、ムサシが刀でそれを切り落とす。
が、師匠のレイピアから黒い砂のようなものが出て、サラサラと流れ落ちた。
それを見て師匠が顔を強張らせる。
「レイピアの触れたところが……」
同じくムサシの刀にも黒い砂が出現する。
「むう! やはり、あの根に触れた部分がデータ変換されてしまうようだ」
なんてこった。だとしたら、尚更、急がなければならない。
デッシュが南米ピラミッド型の台座を指さして慌てる。
「あばばば、あいつがデータを吸収するたびに根っこが成長していくでしゅよ!」
確かにデッシュが言うように、台座をツタのように覆う根は、その領域を広げながら、同時に太く長く成長していく。
「クソッ! データの吸収を止められないのか?」
「無理よ。データの流れに物理攻撃が効くとは思えないわ」
師匠はそう言って、スニーフにデータを供給するデータの柱を忌々しそうに見た。
台座の周りにある無数の螺旋状のデータ柱は、相変わらず紙テープのような形状のデータを送り続けている。
と、その時、その流れが緩んだように見えた。
ムサシもその変化に気付いた。
「ありがたい。外部からのデータ流入が滞り始めている」
なんでか理由は分からないが、これはラッキーだ。
そこでビッチが後ろを見て「アア!?」と、素っ頓狂な声をあげる。
「なんだよ、ビッチ。戦いに集中しろって!」
「ネ。アレ見てヨ。アレ」
ビッチに言われて仕方なくその方向に顔を向ける。
「ああっ!?」
俺も奇声をあげてしまった。
「YO君!? なんでアイツがここに!?」
なんと俺達がここに来るときに使った螺旋階段の所に動画野郎のYO君が居た。
もっこりアフロにラメ入りの白いスーツのファンキー・スタイル。
カメラを自撮り棒に固定して中継をしているように見える。
「おい! なんでお前がこんなところに居るんだよ! どうやって入ってきた!?」
俺が怒鳴るとYO君はクネクネ揺れながら答える。
「誰も居なかったからサァ、どんどん奥まで来ちゃったYO!」
師匠が自撮りするYO君に呆れる。
「ついにスタッフが居なくなっちゃったのね。それで自撮りなの?」
少しずっこける素振りを見せたYO君。
だが、直ぐに気を取り直してカメラに語りかける。
「みんな! もっともっとアクセスするんだYO! みんなの力でサーバーに負荷をかけYO!」
それを聞いてオッサンの話を思い出した。
アクセスする人間が多い時間帯はデータの増加速度が緩むと。
俺はYO君に向かって大声で尋ねる。
「それって中継されてんのか?」
「そうだYO! ライブ中継の視聴者が物凄いことになってるYO!」
「お前、さっきアクセスしろって言ってたよな? あれはどういうことだ?」
「YOYO! 運営の公式もいってるけど、このゲームがピンチだから、皆でアクセスを集中してサーバーを重くするのに協力して欲しいんだってYO」
「公式! そうか! やっぱりな」
師匠が不思議そうな顔をする。
「何のこと? 公式がどうしたって?」
「運営が公式でプレイヤーに呼びかけているんだよ。どんどんアクセスしてデータ処理を重くしてくれって。たぶん、動画サイトとかSNSを使って一般の人も巻き込もうとしてる」
ムサシが納得する。
「なるほど。プレイヤー以外にも一般の人間にゲストとしてゲームに参加してもらうことで、敢えてサーバーに負荷をかけているのだろう」
「なるほどでしゅね。祭りになってるんでしゅね」
「ああ。参加者が多いほどデータ処理でサーバーがパンクしそうになる。今はそういう状態なんじゃないか」
YO君はクソみたいな動画野郎だが、今回ばかりは役に立ってる。
動画を見てるリアルの人が同時アクセスでサーバーに負荷をかけてくれているおかげで、スニーフのデータ収集を遅らせることができている。
「良いYO! みんな最高、最高みんな! このゲームを守るための団結力に感動だYO!」
自撮りしながらYO君が号泣している。
「感謝! 感謝だYO! 今のこの気持ち! 歌でみんなに伝えるしかないYO!」
まさかあのバカ、いつもの素人ラップを? 視聴者が減ったらどうすんだ!
そこでYO君がマイクを手にポーズを決める。
「それでは聞いてくれYO。ライオネル・オッチーの名曲だYO!」
そしてYO君が歌いだす。
♪HEY ユー HEY ミー
HEY ユー トゥゲザー
ナチュリィィ
聞いたことのない歌だが「うっ」と唸ったムサシは知っているらしい。
ムサシがゲンナリしながら呟く。
「HEYじゃない。SAYだ。それからオッチーじゃなくてリッチーだ。馬鹿者が……」
とりあえずデータの流入が滞っている今がチャンスだ!
俺はビッチに魔法のチャージをリクエストする。
「ビッチ! テラフレアをくれ」
チャージ量が底なしの魔剣アスタロトなら耐えられるはず。
どうせなら究極魔法のテラフレアをチャージする。
「アイヨ! 3分待ってネ」
「急げ! また根っこが襲ってくるぞ!」
ビッチに魔法をチャージさせながら、俺は『極溜め』の体勢に入った。
ダークに教わったこの技。これでムサシを攻撃して『倍返し』を俺に向かって撃たせる。
さらにそれを俺が出来る限り重ね掛けした倍返しの『神速会心』を叩き込む!
師匠が警戒を促す。
「気を付けて! 根が来るわ!」
準備を進める俺とビッチ、ムサシを師匠とデッシュが援護する。
「ハーフの術! ハーフの術! ハーフのじゅちゅうっ!」
根の増殖と成長を止めようとデッシュがハーフの術を連発する。
できる限りの重ね掛けで根の勢力拡大を辛うじて抑える。
その時『ぺちーん』と、子供のお尻を叩いたような間抜けな音がした。
音のした方向に目を遣ると、デッシュが根にビンタされていた。
「あばばば! けど止めましぇんよ! ハーフの術、ハーフのじゅちゅう!」
デッシュは怯まない。そして逃げない。今までのデッシュなら、いの一番に逃走していただろう。
だが、ミルクを失ったことで変わった。
デッシュは、もっとも台座に近い一番危険な位置でハーフの術をかけ続ける。
しかし、デッシュの身体から黒い湯気のようなものが立ち昇った。
そしてサラサラと黒い砂のようなものが全身を覆い、デッシュの姿が薄っすらと透け始めた。
「デッシュ!」
駄目だ! あの根に触れては! さっきのビンタが……。
ビッチがそれを見て叫ぶ。
「ダメェ! 死んじゃダメだヨゥ! バカデッシュ!」
それをチラ見してデッシュがニヤリと笑う。
「ボクチンは死にまちぇん!」
だが、黒い砂はデッシュの身体を蝕み、データの崩壊は加速度を増してデッシュというキャラクターを消滅させてしまった。
「デッシュ君!」
師匠が絶叫する。
が、デッシュの姿は完全に消えてしまった。
そして、髪の毛が数本、ハラハラと散った。
デッシュまでやられてしまった! やっぱりこの根っこは危険すぎる!
「ビッチ! まだか!?」
俺の魔剣にテラフレアのエネルギーを注ぎ込みながらビッチが答える。
「もうチョットだヨ! あと10秒!」
ところが俺達の企みに気付いたかのように根が俺に向かって飛んできた。
力を溜めている状態では回避ができない !
『グサッ!』
目の前で嫌な音がした。
「え!? 師匠?」
師匠は俺を庇って、もろに根の攻撃を背中に受けてしまった
「師匠!! なんで……」
「バカ……集中しなさいよ」
師匠の全身から黒い湯気が立ち昇り、黒い砂がサラサラと身体中から湧き出てくる。
それに合わせて薄れてゆく師匠のシルエット。
師匠の口元からは血の代わりに黒い砂がこぼれ出る。
それを吐き出しながら師匠は最期の言葉を振り絞る。
「あなたが最後の砦なんだから……しっかり決めてよね……お願い。がっかりさせないで……だって、あなたは私が初めて……」
そして師匠が消失した。
そんな……師匠までがこんなにあっさり……。
テラフレアのチャージを終えたビッチが顔を背ける。
声にならない慟哭。ビッチは歪んだ泣き顔を隠すように俺に背を向けた。
だが、師匠の死を悼む時間さえ許されない状況が続く。
ムサシが合図を出す。
「来い! 全力で会心攻撃だ!」
怒りとやるせなさが俺の顔を引きつらせる。涙は流れ出るより先に気合で消し去った。
「うぉおおおおお! 極溜め会心連撃!」
ギリギリまで溜めたエネルギーを振り絞って、渾身の会心連撃をムサシにぶつける。
ムサシが「はぁああああああああ!」と『倍返し』の受けで激しく痙攣する。
顔が真っ赤だ。それだけ俺の攻撃が重いのだ。
ムサシは目を充血させながら技を発動する。
「ぬぉおおおお! 倍々の倍々の倍々のさらに倍返しっ!!」
今、何回重ね掛けした? 7乗? 無茶だ!
案の定、ムサシが力尽き、そこに根が襲い掛かる。
だが、もはや抵抗する力が残っていないムサシは根に巻き付かれてしまう。
『ズシン!』
ムサシが返した倍返しの衝撃波は容赦なく俺の剣に重みを加えた。
俺の極溜め会心を128倍にした威力だ。それだけで物凄い火力!
足の裏が地面にめり込む。その衝撃と痛みで身体がどうにかなりそうだ。
「く、ぐぐぐ……」
返そうにも身体が硬直して言うことを聞かない。
これをさらに倍返しの重ね掛けでスニーフに叩き込まなくてはならないのに!
『グサッ!』
今度はビッチが俺の前に立ち塞がる形で根の攻撃を受けた。
自由の利かない身体の中で、眼球だけはその残酷な光景を冷静に捉えた。
黒い湯気と砂に全身を蝕まれながら振り返ったビッチは微かにほほ笑んだ。
「オレ君……生まれ変わったら……今度こそ……エッチしよ……」
言葉が出ない。口を開いたら全身で受けているエネルギーを吐き出してしまいそうだ。
こんな形でサヨナラなんて……。
あのビッチが居なくなってしまうなんて……
ビッチまでもが逝ってしまった。皆、俺に最後の望みを託して。
……これが走馬灯というやつか?
やけに思考がクリアで、時の流れが永遠のように感じられる。
師匠。
パーティをまとめる司令塔。転移で路頭に迷っていた俺を拾ってくれたツンデレ女騎士。
少し真面目すぎるきらいはあったけど、幼い面もあって可愛い子だった。
ミルク
赤ちゃん嫌いの武装幼女。のんびりしてて甘えん坊。
いつも率先して馬車の運転を引き受けてくれていた。素直で本当に良い子だった。
ビッチ
エッチでおバカな自称アイドルの魔法少女。ぶっ壊れ性能の魔法にはいつも助けられた。
理想の女友達。というか彼女彼氏の関係だったらどんなに楽しいだろう。
ずっと一緒にいたかった……。
デッシュ
ビビリでいつもひと言多い、いじられ役。まあ、面白い奴だった。
それ以外に色んな面々が浮かぶ。
ミカポンと麻耶、ムサシとダーク、流星アキラ、オッサン、川崎国の面々、ついでにYO君も。
バラバラになりそうな身体。壊れそうな心。
そんなときに浮かぶルサの赤い瞳……。
自らを犠牲にしたルサのためにも負けられない。
気が狂いそうになるような痛み。張り裂けそうな心。
倒れてしまった方がどんなに楽だろう……。
だけど強い意識はここにある!
やるべきことはひとつ!
みんなの願いを一身に集めて、最後の一振りにすべてを賭ける!
「テラフレア付き極溜め、倍々の倍々の倍々の倍々返しの……神速!」
全神経を集中して神速を発動させる。
壊れそうな身体を加速力で運ぶ!
圧倒的な超加速でジグザクに根を避けて、スニーフの上半身に接近!
そして全力で剣を振り下ろした。




