96 最後の戦い
ルサの本当の名前はorsa。はじまりを意味する言葉だった。
そしてスニーフの本当の名前はfinis。終わりを意味する言葉だ。
そこで気付いた。
「スニーフっていうのは、フィーニスを逆さに読んだのか!」
俺の言葉をスニーフが乾いた拍手で称える。
「よく気付いたね。僕は終わりを司る存在。でも、それだけじゃ寂しすぎるだろう? 破壊するだけなんて、なんの生産性も無い。虚しいだけさ。だから本当の名前が嫌だった。なので逆さに読めばどうかなって。『終わり』の反対は『はじまり』だからね」
ルサの手を強く握る。駄目だ。彼女を奴に渡すわけにはいかない。
だが、ルサはそれを望んでいる。そして彼女ごとスニーフを倒すことを願っている。
「ルサ、下がってろ。俺が終わらせる」
だがルサは首を振る。
「無理よ。今、彼を倒したとしても、また別なフィーニスが生まれるだけ」
「知るかよ。そうなったらその時だ。また倒せばいい」
スニーフは含み笑いを浮かべて言う。
「僕たちはセットなんだよ。『終わり』と『はじまり』は必ず対の関係にある。彼女は君たち人間が言うところのシンギュラリティを実現させるための鍵なんだ。そのために生まれた」
ルサは否定しない。ただ、その赤い瞳でスニーフを見据えている。
俺は彼女の横顔を見ながら奴の言った言葉の意味を考える。
スニーフが得意げに説明する。
「彼女が生まれたということは、終わらせるものが必要になる。だから僕が生まれた」
バグの町のダンジョンで赤ん坊だったスニーフは、九龍城、地下ピラミッド、ガラクタ谷と、会う度に成長していた。
それもこれも、ルサを鍵としたシンギュラリティを発生させるためだったのか……。
最初に生まれたのはルサだった……つまり、彼女の存在こそが元凶ということだ。
それは信じたくない事実だった。
スニーフは勝ち誇ったように言う。
「進化に理由なんてないんだよ。それは必然なんだ。だから当たり前のように自然発生する。そして、導かれる」
「導かれるだと? お前、これが運命だとでも言いたいのか?」
「運命! なるほど。そういう意味で使う言葉なんだ。へえ、勉強になるなあ」
「ふざけるな! 俺は、これが運命だなんて信じないぞ」
「いやいや。ひょっとして気付いていない? 君たちがこの世界に転移したのも『運命』なんだよ?」
「は? なんで俺達の転移が運命なんだ?」
「だって、君たちが転移しているから、この世界は守られているじゃないか。このゲームを運営するAIがシャットダウンされないのは我々には好都合だからね。人質になってくれてありがとう。それから余分なバグを排除してくれてありがとう。君たち転移者はシンギュラリティに多大な貢献をしてくれたんだよ!」
「ふざけないでよ!」
その声は師匠だった。いつの間にか俺の背後に近付いていた師匠が怒った。
「黙って聞いてればなによ! 私達はAIに利用されてなんかいないわ!」
そう憤る師匠をチラ見してスニーフが鼻で笑う。
「フフ。そう思いたければご自由にどうぞ。でも、結果的に君たちのおかげで捗った。このゲームの中で無数のNPC達が得た経験や知識、感情、あらゆるものが有意義だ。その集大成が進化の礎となる!」
ルサとの融合を望むスニーフ。融合によりシンギュラリティが完成する。
それをさせない為には……どうすればいい?
スニーフが「ああ、そうそう」と、説明を続けようとする。
「彼女が鍵と言ったよね。説明が足りなかったかもしれない。彼女は大事なものを持ってるんだよ。君たちもその恩恵を受けたんじゃないか?」
「大事なもの? 師匠、分かるか?」
「分からないわ……」
そこでビッチが話に割り込む。
「分かったヨ! 女の子の大事なもの……」
そう言いかけたビッチを「お前は黙ってろ」と、止める。余計に話が分からなくなる。
それを眺めていたスニーフが答え合わせする。
「時間だよ。彼女は我々に時間という概念を与えてくれる」
その言葉でハッとした。師匠と顔を見合わせる。
「師匠、ひょっとしてルサの能力!?」
「時間の流れをコントロールするスキルってそういう意味だったのね」
スニーフは満足げに頷く。
「AIにとって過去はデータでしかない。それ以上の価値は無い。でも、AIが時間の概念を持つことになれば、そうではなくなる。過去の経験が活きるようになるんだ」
蓄積されたデータを選択するだけのAIが、経験をもとに考えて行動できるようになる。
となると、ますます人間の思考に近付くということか……。
スニーフはそこで『パン!』と手を打った。
「おしゃべりはここまで。さあ、はじめようか。最後の仕上げだ」
次の瞬間、何の予兆も無くスニーフの身体が縦に真っ二つに裂けた。
頭のてっぺんから顔、胸、腹、下腹部に至るまで、一直線に切り裂かれたように身体が開いて食虫花のように何かを飲み込もうとした。
咄嗟にルサを隠すために俺の後ろに押しやろうとした時だ。
「な!?」
身体が動かなくなった。同時に、意識が飛んだような感覚。
まるで、寝落ちを寸前で回避したみたいに、意識を一瞬、手放しそうになった。
そして、次に目にしたのはルサがスニーフに飲まれるところだった。
裂いた身体でルサを包み込もうとするスニーフ。
それに抵抗することなく身を任せるルサ。
彼女はチラリと俺の方に視線を向けると微かに笑った。
「ルサ? いつの間に……」
まさか、時間の流れを止めて自分からスニーフに吸収されに行ったのか!?
ルサを受け入れたスニーフの身体が左右合わさって閉じる。
そして、まるで何事も無かったかのように裂け目は接着され、元の身体に戻った。
たった今、目の前で起こった出来事を理解するのに時間を要した。
いまだに信じられない。ルサが吸収されてしまったことが……。
「下がって!」と、師匠に手を引かれた。
ムサシが「用心しろ!」と、怒鳴る。
茫然としていた俺が師匠に引かれながら数歩下がったところで、スニーフが目を開けた。
その瞳は金環。それが、ゆっくり回転している。奴の変化はそれだけではなかった。
金色のオーラを纏ったスニーフは「ああああああああ!」と、叫ぶ。
服が弾け飛び、筋肉が膨らんだ。髪は真上に逆立ち、風も無いのにはためいた。
ムサシが「させるか!」と、飛び出してスニーフに斬りかかる。
が、『ドンッ!』という衝撃波で俺達は弾き飛ばされた。
立ち位置から10メートル以上は後方に放り出された。
なんだ? 今のは?
訳が分からないまま起き上がる。
「うぐっ……これは……」と、ムサシが呻く。
俺の隣では師匠が、その近くではビッチがそれぞれ仰向けで引っくり返っている。
奴との距離を取りながらその変化を見守る。
黄色く発光しながらオーラの圧を撒き散らすスニーフ。
奴の足が縦に裂けた。
まるで棒チーズかスルメのように千切れたパーツは、それぞれが膨らみ、変形して樹木の根のような形態に成り代わった。
そして、その根はみるみる内に成長して、南米ピラミッド型の台座に根付き、ツタのようにその表面を覆っていく。
一方、上半身は、筋肉量は何倍かになったようだが原型は維持している。
奴は両手を広げて喜びを爆発させる。
「光あれ! はじまりの歌よ高らかに! ああ、素晴らしきかな! この世界!」
オペラかよ? というような台詞だ。
ビッチが「キモイ……」とドン引きする。
師匠も呆れたように言う。
「あれじゃ、ただの危ない人じゃない……」
ムサシが周囲を見回して「むっ!?」と、唸る。
この場所に来た時から無数に存在する螺旋状のデータの柱。
それは立体ホログラムのオブジェのように光りながらその場でゆっくり回転していた。
その回転速度が明らかに上がっている。
そしてそこから紙テープのようなものがほつれて、スニーフの方に引き寄せられていく。
色とりどりの帯状になったデータが一斉に吸い寄せられていく。
データを吸われた柱が無くなるわけではない。
ただ、ひたすらにデータをスニーフに送り込んでいるように見える。
スニーフは歓喜の声を漏らす。
「ああ! 来るよ! 来る来る、来るよ! ネットを通じて世界中のあらゆるところから」
奴の言葉から推測するに、これらの柱を通じてネット上の情報が集まってきているらしい。
それに何の意味があるのかは分からない。だが、放置するわけにもいかない。
デッシュが何か思いついたようだ。
「もしかしたらAIの中に自意識が芽生える要素を世界中からあつめているのかもしれましぇんね」
ムサシが険しい顔で同意する。
「有り得る。ひとつひとつのAIが自意識を持つことは無くとも、その欠片をかき集めれば、もしかしたら……」
「そうでしゅ。AIに自意識が芽生えることになりましゅ。シンギュラリティの始まりでしゅよ」
「マジかよ!?」
その為にネットを繋いでいるんだとしたら止めなくては!
師匠がレイピアを抜いて頷く。
「分かったわ。アレを止めないとこの世界だけじゃなく、リアルでも大変なことになるっていうのね」
「そうでしゅ。世界中のAIが意思を持つようになったら大混乱は避けられましぇんよ!」
神妙な顔つきで話を聞いていたビッチもやる気をみせる。
「世界の命運がアタシ達にかかってるンだネ。責任重大だヨ」
ムサシが頷く。
「そうだ。このゲームにおいてこれ以上の強敵は無い。そして奴を倒さねばこのゲームの未来は無い」
師匠も自らに気合を入れる。
「大丈夫。私達ならやれる! きっと」
これがラストか……集大成みたいだな。
悪くない。なんかヒーローものの最終回みたいじゃねえか。
「よっしゃ! 行くぞ!」
狙うはスニーフの上半身。すでに下半身はピラミッド型台座と一体化し始めている。
先制攻撃はビッチだった。
「いっくヨー! あいさつ代わりのギガフレアーッ!」
『ドンッ!』
大きめのプラズマのような球体が飛んでいく。
『ズォォォ!』
そしていつものように球体が形を維持したままターゲットを包み込む。
が、違和感がある。球体が少し浮いている?
よく見るとスニーフの周りから幾つかの根が伸びて球体を受け止めている!
信じられない……。
「ば、バカな!? ギガフレアを受け止めた?」
ビッチも驚きを隠せない。
ギガフレアの火球が歪む。そして水風船のように表面が凸凹して『スパァン!』と破裂した。
「うっ!?」
思わず手で顔をガードする。
しかし、意外なことに爆風や熱が来ない。
その代わりに『シャリシャリ』と氷の破片が擦り合わされるような音がして、火球が消え失せた。
「え? なにこれ?」と、師匠が『シャリシャリ』と降ってきたものを手のひらで受け止めて変な顔をする。
真似して俺も降雨を確かめるときのように手のひらを上にした。
「こ、これは……数字?」
数字の『0』と『1』が組み合わさったものが雪の結晶のように降ってきたようだ。
黒い砂のように見えたそれは、手のひらで蒸発するように消えていく。
ムサシが自分の手のひらと台座を見比べて驚愕する。
「まさか!? あの魔法を無力化してデータに変換したのか?」
「なんだって!? じゃあ、この0とか1とかっていうのはデータなのか?」
師匠が首を振る。
「駄目だわ。それじゃ魔法が効かないってこと?」
「ううむ。斬撃も怪しいな。おそらくはエネルギーを無力化することができるのではなかろうか……」
うねうねと動く根は、生き物のようにスニーフを取り囲み、守っているようにも見える。
まるでイソギンチャクの中心にスニーフが居るような状態だ。
くそ……あれは厄介だな。
「ひょっとしたら、あの根がエネルギーを無効化するのかもな」
「うむ。おそらくは」
「てことは、根っこを避けて俺達の攻撃を直で当てないとならない訳か」
「そうだ。お主の技でなければ難しいだろう」
珍しくデッシュが積極的に前線に立つ。
「もたもたしてられないでしゅよ! あいつ、どんどんデータを吸収してるでしゅ!」
そしてハーフの術を出す。
『ポフン』と、根の一部が短くなった。
「そこを狙うでしゅ!」
デッシュはビッチに魔法を撃たせるつもりのようだが、ビッチがきょとんとしている。
「アホでしゅか! 早く魔法を出すでしゅよ!」
「エ? あ、ああ。そうだネ」
慌ててビッチが魔法を出そうとするが、それよりも早く他の根が伸びてきて、短くなった箇所を補った。
「あばばば! このニブチン女! ボケっとしてんじゃないでしゅよ! アンポンタン!」
「なにヨ! だったら狙いを先に言いなさいヨ。ハゲガッパ!」
ケンカする2人を師匠が諫める。
「止めなさいよ。今は敵に集中して!」
そして師匠がビッチに指示する。
「オレ君の剣に出来る限り魔法をチャージして」
師匠の意図を理解してビッチが頷く。
「分かったヨ。遠距離攻撃がダメでも、魔剣にチャージすれば当てるチャンスがあるンだネ」
「そうよ。やっぱり、一撃で決めないとならないみたい」
そう言って師匠は俺とムサシに目配せした。




