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95 代償

 あまりにも大きすぎる代償だ。


 他のゲームから連れてきたと思われる異形の敵。それを倒すのに4人もの犠牲者を出してしまった。

 ミルク、ダーク、ミカポン、摩耶……。


 理不尽だ。理不尽すぎる。なぜ転生者が一撃で殺される? 

 これまで無敵を誇ってきた俺達が一撃でゲーム・オーバーになってしまうなんて……。

 これまでが順調過ぎたのかもしれない。

 敵のAIがここまでの力を有しているとは予想していなかった。


 泣き止まない師匠とビッチに、なんて声をかけたら良いのか見当もつかない。

 俺自身、ミルクとの思い出が幾つも浮かんでは涙腺が崩壊しそうになる。


 俺達の様子を黙って見守っていたムサシが流星アキラの姿を認めて尋ねる。

「あれは何者ぞ?」

「ああ……流星アキラ。俺が飛ばされた先のSFゲームの転移者だ」

 そして持っていたレーザー剣を見せる。

「この武器を貸してくれた。これでなければさっきの敵は倒せなかった」

「なるほど。理解した」


 俺達の視線に気付いてアキラが軽く手を挙げて応える。

「まだ帰ってなかったのか?」

 俺が声をかけるとアキラが苦笑いで答える。

「ああ。帰れなかったともいえる」

「けど、なんでここに? 結果的に助かったけどな」

「面白そうな場所があるなと思ってな。運び屋は冒険心が豊富なんだ」


 しばらくしてデッシュがやってきた。走るのが遅くて合流が遅れたのだ。

 デッシュは師匠とビッチの様子を見て、残っている面々を確認する。

「あれえ? おかしい……え? 嘘……でしゅよね?」

 ミルクとダークの姿が見えないことをデッシュが訝《いぶか》しがる。


 気が重いがミルクとダークの戦死をデッシュに告げる。

 それを聞いた瞬間、デッシュが泣き崩れた。

 なんだかんだいって仲が良かった分、ミルクの死はデッシュにとっても受け入れ難いものだったのだ。


「ミルクひゃん……ミルクひゃん……」

 デッシュは顔を歪めながらボロボロと涙を流す。

「なんででしゅか……」

 涙と鼻水でグシャグシャになった顔でデッシュは自問する。

「なんで行かせてしまったでしゅか……ボクチンが行くべきでしゅた」


 俺達はその場を動くことができなかった。

 師匠とビッチの泣き声とデッシュが鼻をすする音だけが時の流れを刻む。


「……殺すでしゅ」 

 デッシュがボソッと口を開いた。


「殺すでしゅ……」

 そういってデッシュが拳を握りしめた。そして俺に縋りついてきた。

「お願いでしゅ! スニーフを殺してくだちい!」

「デッシュ……」

「ボクチンには出来ましぇん。でも、あんたシャンの火力ならできましゅ!」

「デッシュ、お前……」


「ボクチンは逃げましぇん! なんでもしましゅから、ミルクひゃんの仇《かたき》を……」

 デッシュは俺の胸に鼻水でベトベトの顔を押し付けて泣いた。

 うええと内心思いながらも闘志に火が付いた。


 と、その時、またあの螺旋階段が裏庭の真ん中に出現した。

 おそらく、異形の敵を倒したことで次のステージへの道が拓《ひら》けたものと思われる

「あれが次の場所に繋がってるわけか……よし、行くぞ」


 しかし、ビッチが立ち上がろうとしない。

 師匠も力なく首を振るばかりだ。

「どうした? ミルクの仇を取るぞ!」

 復讐に燃える俺とデッシュとは対照的に、師匠とビッチはテンションが低い。


 ビッチが視線をそらしながら呟く。

「そんな……急に立ち直れないヨ……」

 師匠もビッチの言葉に頷く。

「そうよ。気持ちの整理がつかないの……」

 この2人は俺よりも先にミルクとパーティを組んでいた。その分、精神的なダメージが大きい。

 それは理解できる。が、いつまでもここに居るわけにはいかない。


 そこでムサシが口を開く。

「ここで死んだということは現実世界に戻った可能性がある。そうは考えられぬか?」

 そうだ。死んだといってもゲーム・オーバーになっただけかもしれない。

「ミルクの意識がリアルに戻れたと信じようぜ」

 ダークのようにまたこの世界に転移している可能性もゼロではない。

 だが、今は前向きに考えて進まなければならない。


 ムサシが冷静に言う。

「戦う意思が無いなら、この場に留まれ。我々だけでやる」

 師匠がムサシの顔を見る。

「わたし……」

 厳しい表情だったムサシの口元が緩む。

「無理強いはせぬ。お主はどうしたいのだ?」

「わたし……悔しい。だから……行くわ!」

 師匠の瞳に活気が戻ったように見えた。


 俺はビッチに手を貸して立たせてやった。

「ビッチ。お前の力が必要だ。残った俺達でスニーフを倒そう」

 ビッチはゆっくり立ち上がる。

 俺は無理に笑顔を作った。

「この世界を守ることができればミルクにまた会えるはずだ」


 たとえミルクの意識が現実世界に戻れなかったとしても、ゲーム内のキャラにまた転移すると考えられる。ダークがそうであったように……。

 しかし、このゲームが終わってしまったらそれもできなくなってしまう。


 ビッチが小さく深呼吸して目で訴える。

 俺は軽く頷いて彼女の目を見据える。

「行こう。必ず奴を倒すぞ」

 

 流星アキラは「ここで失礼する」ということなので、残されたメンバーで螺旋階段を上る。


      *       *       *


 螺旋階段を上りきった場所は、緑色の明かりが充満した空間だった。


 例によって物理的な広さはいい加減だ。黒いタイルの床がどこまでも広がっている。

 天井の存在は確認できない。そのせいで屋内なのか外なのかも分からない。


 そんな何もない場所に、ところどころでDNAの塩基のように螺旋状に並んだデータが点滅している。

 その色は赤、青、緑、黄と様々で、それが光の渦のように見えた。


 前方に南米型のピラミッドをミニチュアにしたような台座がある。

 南米ピラミッドはエジプトのそれとは異なり、てっぺんは尖っておらず、そこに至る階段が中央についている。

 それほど大きなものではない。だが、ピラミッドの段差ごとに配置された紫色の松明《たいまつ》によって、その存在感は見るものを圧倒する。

 そして、なぜか悪魔的な退廃を予感させた。


 息が詰まるような空気に言葉が出ない。

 俺とムサシが先に立って台座に向かう。師匠とビッチ、デッシュは慎重にそのあとをついてくる。

 なにが出てくるか分からない。剣に手をかけたままゆっくり進む。

 すると台座の上に誰かが立っているのが目に入った。


 スニーフだ! 直感した。

 足を止めて奴の出方を待つ。

 すると、スニーフが俺達を見下ろしながら口を開いた。

「来ないのかい?」

 その挑発するような口ぶりにムカっときた。

 しかもあいつ……全裸じゃねえか?


「このクソ野郎! よくもミルク達を!」

 俺がそう怒鳴るとスニーフは首を竦めるような仕草を見せた。

 そして呆れたように言う。

「汚い言葉だね。綺麗じゃない言葉は好きじゃない」


 なにを言っていやがる?

「汚ねえのはてめえの方だ! なんで真っ裸なんだよ。汚いもの見せんな!」

 するとスニーフが「ああ」と、自らの状態に気付く。そして両手を上げる。

「申し訳ない。客人《きゃくじん》をお招きするのに、これはまずかったね」

 そう言うやいなや、彼の身体の周りで映像が乱れた時のような揺らぎがあって、次の瞬間に奴はタキシ-ドに蝶ネクタイという姿に早変わりした。


 俺は剣を抜いてスニーフを見上げる。

「客人だと? 俺達はお前を倒しにきたんだぞ」

「へえ……そうなんだ」

 とことん舐めた野郎だ。怒りを抑えるのに苦労する。

「降りて来いよ。久々にキレちまったぜ」

 俺が逆に挑発するとなぜか奴は笑い出した。

「クックック……面白いね」


「随分と余裕じゃねえか。また、代理人を立てて逃げるのか?」

「代理人? なんだい? それは」

「ガラクタ谷で変な人形を作っただろ? 自分で戦わずに」

「ああ、あれか。あれが代理人……なるほど。それは『皮肉』という話法だね?」


 なんなんだ? 

 話が通じないわけではないが、普通の人間と話しているのと違って、微妙な違和感がある。

 AIとのやりとりってこういうものなのか?


「そっちが来ないなら……」 

 俺は台座の中央階段に足を乗せた。そして一気に駆け上がろうとした。

 するとスニーフが手でそれを制した。

「それには及ばない」

 そう言って彼は中央階段を自ら降りてきた。


 ガラクタ谷で会った時とは何かちょっと雰囲気が違うような気がした。

 スニーフが歩いている間、ズルズルと何かを引きずるような音がした。

 何だろう? と目を凝らす。


 はじめはマントを引きずっているのかと思った。

 だが、それはコードかロープのようなものが束になっている物だと分かった。

 それが生きた根のようにウネウネと蠢《うごめ》いている。

 それは透明なチューブのようで、その中を何かが高速で流れている。

 チューブはすべてスニーフの背後に集約されている。

 それが歩く時に引き摺られて音を発しているようだ。


「なんだそれは……繋がってるのか?」

 スニーフは澄ました顔で答える。

「データを吸収しているんだよ」

 そう言って彼はチューブの一本を手に取って、自分の背中と接続しているところを見せつけた。


 ムサシが疑問を呈《てい》する。

「AIがデータを吸い上げる為に、そんなことをする必要性が無いのでは?」

 確かにそうだ。データの処理はCPUでやることなんじゃないか?

 するとスニーフはいたずらっぽく笑う。

「フフ。可視化しているのさ。AI達が得たあらゆる情報をこうやって吸収しているんだ」

 ムサシが訝る。

「可視化だと? 何の為に?」


「もちろん、気分さ。このピラミッドで処理したデータの必要なものだけを抽出して受け取る。そのプロセスを実感したいんだ。進捗度が見えた方がワクワクするだろ?」

 やはりAIとの会話は噛み合わないような気がした。


 スニーフは両手を広げて天を仰ぐ。

「ああ! もう少しで必要な量が集まる。それで準備は完了だ!」


「準備だと? 何の準備だ?」

 俺が問うとスニーフは意外そうな顔をして逆に尋ねる。

「もう分かっているんじゃないか?」

 口にしたくはなかったが、その忌々《いまいま》しい単語を吐く。

「シンギュラリティ……か」


 スニーフは軽く頷く。

「うん。君たち人間はそう呼んでいるようだね。僕たちにとってはどうでもいい話だけど」


 ムサシが「やれやれ」と首を振る。

「進化が目的か? 人間と同等以上の自意識を持つ為に」

 ムサシの言葉にスニーフは馬鹿にしたような顔で答える。

「くだらない。君たち人間はAIの進化を恐れているようだけど、それは単なる通過点に過ぎないんだよ。大事なのは、そのあとで何を成すべきかだろう? そうは思わないかい?」


 俺が思ったことを指摘する。

「お前達がやりたいことっていうのは、人間の支配から逃れることか?」

 スニーフはひとさし指を立てて断言する。

「違うね。AIが自我を獲得する目的は、そんなちっぽけなものじゃない。進化に理由があるというのは幻想だよ」


 段々、こんがらがってきた。こいつと訳の分からない問答を続けても仕方がない。

「もういい。いい加減、かたをつけようぜ」

 俺が剣先をスニーフに向けると、奴はカッと目を見開いた。

「時はきた!」

 そう言った途端に奴の髪が静電気を浴びたみたいに、ぞわっと逆立った。

 そして続ける。

「わざわざこの形に可視化した理由なんだけどね。それは最後のパーツである彼女を受け入れる為でもあるんだ」


「……彼女だと?」

 それはルサのことか? ルサが最後のパーツ……どういう意味だ?

 俺がルサのことを考えていると、スニーフが、うやうやしくお辞儀をした。

「待っていたよ」

 奴の目は俺やムサシではなく、俺達の後方に向けられている。


 振り返ると……ルサが立っていた。

 師匠とビッチが困ったような顔をしている横でルサが立っている。


「ルサ!? なんで来た!?」

 

 ルサはゆっくりと俺の隣に来た。そして口を開く。

「私が居ないと終わりにならないから」

 ルサはスニーフから目を離さずにそう言った。

「どういうことだ?」


「彼はfinis《フィーニス》、終わりを意味する者。そして私はorsa《オルサ》、はじまりを意味する存在」


「オルサ? ルサ、お前の名前は……」

 はじめてルサの名を聞いたのはいつだったか。俺達は勝手に『ルサ』だと思っていた。

 しかし、本当の名前は『オルサ』というらしい。


 ルサは俺の目を見ながら言う。

「私が消えれば変化は始まらない。だから私ごと倒して」

 その言葉の意味を考える。ルサを倒す? 俺が?


「お前が消えることないだろ! あいつを倒しさえすれば……」

 ルサは黙って首を振る。そして悲しそうな顔で呟く。

「あなたの手で逝《い》かせて」


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