94 異形の敵
煙幕が立ち込める広場を、俺とビッチは姿勢を低くして走る。
こうして速く動いている間は、敵も遠距離攻撃の狙いを定めることができないはずだ。
それに師匠とムサシが囮になってくれている。
転移者であるミカポンと摩耶ですら一撃死を避けられなかったロンギヌスの槍。
あれを食らうことだけは避けなければならない。
今のうちに一気に建物の向こう側に行き、隠れている敵を叩く!
しばらく斜めに走ったところで建物の壁に到達した。そのまま壁伝いに左に進む。
遅れそうになったビッチが訴える。
「待ってヨ! 早いヨ」
「急げ! スピードが大事なんだって」
「だったら先に行っていいヨ。アタシ、走るの苦手なンだもん」
「しょうがねえな。じゃ、先行くぞ」
ビッチが膨れる。
「ンもう! そういうのモテないヨ!」
「んなこと言ってる場合か! とにかく気をつけろよ」
そう言い残して建物の外周を左から回り込む。
建物の裏側は表ほどではないが、そこそこ広い裏庭になっていた。
その真ん中に見慣れない大型モンスターが居た!
「こいつか!」
大型モンスターは、クモのような長い6本脚の胴体に人型の上半身が乗っかった化け物だった。
脚の部分だけでも高さが2メートル以上ある。
しかも上半身は肌が青色のマッチョで4本の腕を持っている。
そして、それぞれの手には渦巻型の槍が握られている。
奴は建物の方向を向いている。そして狙いを定めるような動作をして、槍を1本投げた。
投げられた槍は放物線を描きながら上昇すると、フッと見えなくなった。
やはり、デッシュが予想していた通りだ。
これがあっちまでワープするカラクリに違いない。
「ミカポンと麻耶の仇だ……」
俺の存在に気付かれる前に片付ける!
イメージ……集中……力を貯めて……神速会心!
身体が浮くような超加速!
『カカカカッキィィン』
敵モンスターの脚元を潜り抜ける。
「よし!」
決まったと確信して振り返る。
が、与ダメージの表示が2桁しか表示されない。
「な!? そんなバカな!」
6回の斬撃がすべて70前後しか入っていない。
「な、なんでだ!?」
戸惑いながら再度突っ込んでクモの長い脚に斬りつける!
「会心連撃!」
『ポイン、パイン、ペヨン』
間抜けな音と気持ちの悪い手応えが生じる。
「こ、これは!?」
と、思った時には目の前の脚に『ドガッ』と、蹴られてしまった。
「うぐっ!」
腹に強烈な痛みを受けて吹っ飛ばされる。
着地して体勢を整えながら敵を睨みつける。
「この手応えは……あっちのゲームと同じか!」
流星アキラがプレイするSFゲーム。
あっちのゲーム世界の敵に対して俺達の攻撃では有効なダメージを与えることができない。
おそらくゲームが異なると物理法則も異なるからだろう。
「よりによってこんな時に……」
まさか、またSFゲームの世界に飛ばされてしまったとか?
いや、流石にそれは無い。そう信じたい。
となると、前にあっちの世界のモンスターがこっちに紛れ込んできた時と同じだ。
俺の存在に気付いた敵モンスターが攻撃目標を変えてきた。
4本の腕を持つ青い上半身が俺を見下ろす。
スキンヘッドの頭には触覚のような器官が2つ、4つの黄色い眼はギラギラとしている。
さらに耳が異様に尖っていて宇宙人っぽい。
下半身というか土台となっているクモの部分も脚の関節が金属のような部品に覆われている。
ファンタジーらしからぬ、SFっぽい敵モンスター。
そして斬った時の感触が紫禁城のロボットや触手と同じところをみると……。
「やっぱり、あっちのゲームから召喚してきやがったのか?」
その時、敵の4本ある腕のうちのひとつが動いた。
そして槍が飛んできた。
『ズムッ!』
地面に渦巻き状の槍が刺さる。これもロンギヌスの槍だ。
避けることはできたが、これを食らうとマズい。
だが、無理な体勢で避けたせいでバランスを崩してしまった。
そこにクモの脚の蹴りが迫る。
「クッ!」
身を引いて躱しにかかるが間に合わない!
ところが『バリバリドッシン!』という音がして敵が硬直した。
蹴りのモーションがキャンセルされたので助かった。
その隙に体勢を整える。
クモの6本脚の向こう側にビッチの姿が見える。
どうやら敵にビッチの魔法が命中したようだ。
だが、ビッチの魔法で与えたダメージは2ケタ表示に留まる。
「ぶっ壊れ魔法でもそれかよ……」
俺とビッチで敵を挟み撃ちする形になった。
そこに俺の背後からミルクとダークが遅れて到着した。
「ムィィィ!」と、ミルクが構える。
『ドガドガドガーン!』
ミルクの主砲が炸裂。こちらは300前後の3桁ダメージが複数表示される。
与ダメージが平均300!? ひょっとして物理攻撃なら効くのか?
「ミルク、いいぞ! 砲撃を続けてくれ! ビッチは爆発系の魔法で攻撃しろ!」
俺とダークは極溜めで出来る限りダメージを引き出す。
俺の会心で70しかダメージを与えられないとしたら何倍で倍返しすればいいんだ?
単純計算で2の五乗が32倍。かける70で2万ちょい。
何回繰り返せばいい? あるいはリスク覚悟で六乗、七乗まで重ね掛けするか?
いずれにせよダークの極溜めを待たないとならない。
ミルクとビッチが物理攻撃で時間稼ぎをしてくれれば……。
敵の向こう側に位置どるビッチがこっちに向かって怒鳴る。
「ネ! 爆発って英語でなんだっけ?」
「は? イクスプロージョンだろ!」
「分かったヨ! ン~! 特大イリュージョン!」
ビッチは目いっぱい大きなアクションで魔法を放った。
だが、何も起こらない。
「バカ! イリュージョンじゃねえ! イ・ク・ス! イクスプロージョン!」
相変わらず英語が駄目だな。あいつ。
その時、敵が6本の脚で溜めを作って真上に高くジャンプした。
「押しつぶす気か?」
真下に居るとまずい。
少し距離を取る。が、それがまずかった!
「槍っ!?」
3本同時に槍が飛んできた。それも角度が厳しい!
会心で弾けるのはせいぜい2発。
「避けきれねぇ!」
被弾を覚悟した。
『ガキン!』『ガキッ!』『ズムッ!』
最後の一発は?
探すまでも無かった。
俺の斜め左の死角から飛び込んできた槍はダークに刺さっていたからだ……。
「ダーク? お前……」
ダークは俺を庇ってロンギヌスの槍を食らってしまった。
ダークの肩から背中にかけて槍が貫いている。
「何食らってんだよぉぉお!」
ダークは『ゲコ……』と、首を振る。
その時、悪寒が走った。
恐る恐る振り返るとミルクが固まっている。
そして、その小さな胸には槍が深々と刺さっていた。
一瞬、理解することを頭が全力で拒んだ。
その光景が信じられない。信じたくない。
「ミルク!!」
這うようにして痛々しい姿のミルクに縋りつく。
ミルクの口から血がゴポッと溢れた。
「ミルク、ミルク……なんでお前……」
ミルクの名を呼びながら頭を撫でる。
うつろな目のミルクが「グポォ」と、微かに応える。
「ミルク……ミルク……」
薄っすらとミルクの輪郭がぼやけ始めた。
「やめろよ! やめろって!」
強く抱きしめる。とまれ! とまってくれ!
「ムヒュ……た、たのし……」
ミルクが声を振り絞る。ミルク語ではなく、普通の言葉で何か伝えようとしている。
「ミルク? なんだって?」
「た、たの、たのしかった……ありが……」
ミルクの声はかすれて、その後が続かない。
フェード・アウトが加速する。
ミルクに触れる感触も、温もりも、急速に弱々しくなっていく。
「ミルク!」
祈りは届かなかった。俺の腕の中でミルクは逝った。
ダークの姿も既になかった。
「イヤアアアア!」
ビッチの叫び声で我に返った。
敵の向こう側でビッチが泣き叫んでいる。
まだこの手にミルクの感触が残ってる……。
「許さねえ……殺す……」
俺は立ち上がった。
敵のクモ型モンスターの上半身は4つの手で、それぞれに渦巻の槍を生成しているところだった。
槍はモコモコと渦巻きながら長くなっていく。
……あれがミルクとダークを殺しやがった……。
「うぉぉぉぉ!」
切り刻んでやる! 跡形もなく消し去ってやる!
「会心連撃!!」
クモの脚に張り付いて夢中で斬りまくった。怒りに任せて何度も何度も。
しかし、どんなに強く斬りつけても『ポコン』『ペコン』と手応えは変わらない。
悔しさと情けなさで余計に力が入る。
「なんでだよっ!」
号泣しながら会心連撃を繰り出し続けた。クモの脚に蹴られても構わない。
「畜生! 畜生!」
絶望的なまでに無意味なあがきだった。
あんなに無敵を誇った俺の会心がまったく通じない。
「ふざけんな……ふざけんなよ……」
急に力が抜けてしまった。肩が重い。
もう……ダメだ……。
敵の脚を避ける気力が無い。空気を裂くような音が迫ってくるが身体が動かない。
『バシュバシュ!』
クモの脚が止まった。
「……なんだ?」
今、ピンク色が見えたぞ?
「諦めるな!」
その声は? 流星アキラ!?
アキラの姿を探すより先に俺の足元に筒のようなものが転がってきた。
リレーのバトンほどの大きさのそれは金属で出来た筒だ。
「それを使え!」
振り返ると変身した流星アキラが銃を構えていた。
足元の筒を拾い上げる。
これは……レーザーの剣!
そうか! こいつがあっちの世界のモンスターなら、流星アキラの持つ武器が効くはずだ。
金属の筒を持ってスイッチらしきものを押す。
『ブウウウウン!』
出た! 青白いレーザーが剣のような形の発光体になった。
「おらっ!」
ダッシュして敵に接近してレーザーの剣を一振り。
蹴りを繰り出してきたクモの脚を払った。
『ザンッ!』
小気味よい音がして『8750』の与ダメージ表示が出た。
「よし! いける!」
流星アキラはブースターで高速移動しながら敵の注意を引く。
そして時々、光線銃を撃つことで俺を援護してくれる。
その隙に俺はクモの腹の下に陣取り、力を溜めた。
「ダークの仇を……この技で……」
溜める……溜める……ヘソの辺りで力を練る……。
溜まった! このクソったれ!
「極溜め会心連撃!」
『ザザッズパァ!』
溜めた力を開放しながら下からクモの腹を斬り裂いた!
『9999』の表示が無数にフラッシュする。
これだけじゃ済ませねえ!
クモの下を走り抜け、距離を取る。次はあのキモい上半身だ。
極溜めのエネルギーはまだ残ってる!
イメージ……イメージ……。
「極溜め神速会心!」
『カカカッカカカカキィィン!』
ジャンプしながらの超スピード連撃を見舞う!
いつもより多く、いつもより強く、ミルクの分まで斬った。
高く飛び上がったので、下の方で『ズバズバズバ!』という音がするのを聞いた。
『キシャアアア!』
敵の青い上半身が八つ裂きにされ、4本の腕が千切れた。
俺が着地したタイミングでモンスターはフェード・アウトし始めた。
その上半身の苦悶の表情を見たところで気が晴れるはずもない。
「ミルク……」
ドロッとした疲れ、全身を溶かすようなやるせなさ……。
目を閉じると怒りで瞼が赤く染まる。
ビッチは泣き疲れたように座り込んでいる。
そこに師匠達が合流してきた。
「よかった。倒したのね!」
しかし、俺達の様子を見て師匠の足が止まる。
「え……」
周囲を見回して師匠の表情が凍り付く。
「まさか……」
「ミルクとダークがやられた」
俺がそう告げると、師匠の目から涙が溢れ出す。
「そんな……」
両手で顔を覆って師匠が「わぁぁあ!」と、泣きだした。
それを見たビッチがまた声をあげて泣きだした。
俺も泣きたい。
ミカポン達を失った時よりもさらに強い痛みが胸をしめつけた。
ミルク……ごめん。守れなくて……。




