最終話 決着、そしてエピローグ
全力で振り下ろした剣先がスニーフの額に当たる。
驚愕するスニーフと目が合う。
奴は咄嗟に両手を上げて『真剣白刃どり』の要領で受け止める。
そして、俺の剣を押し留めようとしてくる。
「くっ!?」
剣先が振り抜けない!
「うぬぬぬぬ!」と、スニーフが刃を押し返して抵抗する。
押される! けど、負けるわけにはいかない。
「うぉおおおおりゃああ!」
そのまま強く押し込む。
スニーフの端正な顔立ちが醜く、怒りに染まる。
「ふぅぬぅうううをぇえええ!」
押し返すスニーフ。
データ変換ですべてを無に還す根っこの攻撃は無い。
静かだ。せめぎ合う俺達の周りで時が息を潜めた。
もしかしたら、スニーフと同化してしまったルサが、彼女の能力で時間の流れを遅くしてくれているのかもしれない。
師匠……ビッチ……ミルク……。
デッシュ、ミカポンと麻耶、ダーク、ムサシ。
そしてルサ!
それぞれが最期に見せた顔がひとつひとつ浮かぶ。
みんなの願いをひとつに!
この一振りには全員の思いがかかっている。
必死の形相で堪えるスニーフが絶叫する。
「ふぅぐぉがぬうぇえええ!」
もう一息! さらに押す。
「うぉおおおおりゃああ!」
これが唯一無二、俺のスキル。
「会心!!!」
『ズパァ……』
振り切った!
音は無い。
だが、脳内で確かに会心の斬撃音を聞いた。
まるで、映画のようだ。無音のスローモーション。
苦悶を浮かべるスニーフの顔が縦に裂け、刀身からテラフレアの爆発的な光が生じた。
俺の身体中に根が刺さった。が、もはやそんなものは関係ない。
圧倒的な光の中でスニーフと台座が霧散し、焼き尽くされていく。
同時に、限界突破の倍返しの反動と根の攻撃で俺の身体が急速に崩壊していくのを自覚した。
これが……死……というやつか?
テラフレアの爆発であんなに眩しかったのに暗い。
――死とは光を失うこと
そして俺の意識は完全崩壊した。
* * *
瞼の隙間にねじ込んでくる眩しさに目が覚めた。
ゆっくり、薄っすらと開けた目に映ったのは白い天井……。
どこだ? 点滴? 病院か?
これって……生きているんだ……。
他人事のように感じた。どうやらここは現実世界のようだ。
目を開けた俺の周りで、医者や家族が代わる代わる話し掛けてきた。
が、なんて答えたか直ぐ忘れてしまう。
なぜなら、ずっと脳内に霞がかかっていて、まるで頭の奥に無重力空間を飼っているみたいなフワフワ感が抜けなかったからだ。
寝起きのせいなのか、まだ眠いのか、どちらでもない。
指先や足の感覚が少しずつフィットしてくるが、なかなか違和感が拭えない。
わずかに動く指先を見て実感する。
ああ……これ。俺の指なんだな。
ぼんやりとした中、よその世界のように時間が過ぎていった。
* * *
寝たり起きたりを繰り返していたようだ。何時間ぐらい経っただろう?
浅い眠りから覚め、ベッドの上で上半身を起こしてぼんやりしていた。
「いつまで寝てるのよ」
誰かの声? 不思議なことに意識がシャンとする。
声のした方向……ゆっくり顔を向ける。
誰だ? 女の子?
小学生ぐらいの女の子がパジャマ姿で立っている。目がクリクリしているが気が強そうな子だ。
「……誰だ?」
もしかして……ミルクか?
お下げを揺らせて女の子は口を尖らせる。
「誰だ? はないでしょ? 師匠に向かって!」
「え? てことは……師匠? き、君が?」
「そうよ? なんだと思ってたの?」
「いや、てっきり主婦かおばさんかと思ってた」
「は? 私11歳だよ? ゲームオタだけど」
師匠は小学生だったのか……そういやママがどうのと言ってたもんな。
にしても幼い。想像していたよりもずっと。
「わたしは1日で起き上がったのに。なんで3日も起きないのよ」
そう言って女の子はベッドの脇に来ると、俺の左足のあたりにちょこんと頭を乗せた。
「……心配したんだから」
左腕を持ち上げて、女の子の頭にのせる。
「ああ。心配かけたな。師匠」
そこにスーツ姿の男が入室してきた。
「先生! よくぞご無事で……」
オッサンか……。そんな呼び方をするのは一人しかいない。
「なんだよ、オッサン。見たままだな」
オッサンは白髪の上品な男だった。初老のはずだが孫がいるようにはみえない。
小学生の女の子、もとい師匠が言う。
「おじさんって結構、大きな会社の専務なのよ」
「え? マジかよ……そんなに偉かったんかい」
さらにゾロゾロと人が俺の病室に入ってきた。
デッシュは直ぐに分かった。内気そうな中年の男がキョドっている。
「あ、デッシュだ。なんだよ。思ったほど太ってないじゃん。それに髪も……無くはない」
俺がそう言うと中年デッシュがさらにキョドる。
「あわわ、そ、そりゃ点滴だけだと痩せるでしょ。それに髪が無くもない、は酷い」
「へえ、語尾が『でしゅ』じゃないんだ。なんだか違和感があるな」
デッシュは首を振る。
「あ、あれはデバイスの不具合だから。こ、この歳で赤ちゃん言葉はないでしょ」
デッシュの横には高校生ぐらいの女の子。
「じゃあ、そっちの子は……まさかビッチ?」
顔は可愛い部類に入る。いや、三次元の世界ではかなり上位だ。
自分の顔が赤くなるのを自覚する。
ビッチは屈みながら俺の顔を覗き込む。
いやいや。マジで可愛い……。
「おかえり。待ってたヨ」と、彼女は言った。
「あ、ああ。待たせたな」
「良かったヨ。わたしのSNSもすんごい反響だヨ。ケガの弘法だネ」
直ぐにオッサンが訂正する。
「いやはや、それを言うなら怪我の功名でございます」
そのバカさ加減は……。
「そのボケかた、やっぱりビッチだな」
「失礼ネ! リアルでビッチとか言わないでヨ。これでもアイドルなんだから!」
「ビッチが? アイドル?」
「あんまり売れてないけどネ」
そう言って彼女はウィンクしてみせた。
もしかしてアイドルというのもマジだったのか……。
待てよ? ということは消去法で残る20代ぐらいの女性がミルクということになる。
女性の隣に並んでいた男性が口を開く。
「運営として礼を言う。よくやってくれた。君のおかげでゲームは正常な状態に戻った」
「あんたがあの運営……」
「そうだ。結果として君達の選択が正しかったということだな。本当にありがとう」
そう言って運営の男は握手を求めてきた。
改めて礼を言われると照れくさい。
「ところで……その女の人はミルク? 幼女じゃないのか!」
するとその女性ではなく運営が返事をする。
「幼女? まあ分からんではないが……彼女は私の家内だ」
「か、かないぃぃ!?」
運営の男がミルクの旦那? この2人は夫婦だったのか!
そういや初めて会った時にミルクを連れていこうとして、運営はぶん投げられていた。
原因究明が進んでいないことをミルクに咎められた時のことも思い出した。
運営の男はミルクの腰に手を回して項を垂れる。
「家内がゲームにのめり込んだのは自分のせいだ。結果の出ない不妊治療がストレスになっていることに気付いてやれなかった」
「不妊治療? ミルクは赤ちゃん嫌いじゃなかったのか?」
「いいや。子供を欲しがったのは家内だ。子供子供とうるさい私の親やプレッシャーで、他人の赤ちゃんを避けていたんじゃないかと」
運営の男の横でミルクが恥ずかしそうに俯く。その仕草は大人の女性のそれだ。
あと現実世界に戻っているとしたら……。
「オッサン、ムサシって奴は? あいつも目を覚ましたんだろ?」
「ええ。ムサシ殿もこの世界で意識を取り戻しましたよ。しかしながら、先に退院してしまわれました」
「え? 水臭いな。あいつ。で、どういう奴だったんだ?」
「普通の男性でございましたよ。お仕事は公務員ということで、長らく仕事を休んでいることを気にされていました」
「社会人なのか。歳は?」
「43歳と聞いております。そのうちお会いになる機会もございましょう。シャイな方でしたから、この場に参加するのは恥ずかしいとおっしゃっていました」
「そっか。で、ダークはやっぱり……」
「さようでございますな。ですが、もしかしたらゲーム内でまた転移しておられるかもしれませんな」
そうか。ダク以外はみんな無事に現実世界に戻ってこれたんだな。
「あれ? ミカポンと摩耶はどうなった?」
そこでオッサンがパソコンを開いてWEB通信の画面を見せた。
「大阪の病院と繋がっております」
「大阪? てことはミカポンと摩耶も戻れたんだな」
PCの画面には2人の女性が顔を寄せ合って映っている。
『ミ♪ オレ君、おつかれさまだピョン』
ミカポンは直ぐわかった。キャバクラに勤めていそうな派手な女の子。
その隣のショートカットのクールな女が麻耶なのだろう。
『調子はどう?』
そういう摩耶はリアルでもキリっとした美人だ。
『おおい! 無事に戻れたんか。良かったな!』
2人の後ろから太った男が映り込む。
『ミィィ、お兄ィ、狭なるやろ!』
『かめへん、かめへん。ありがとなー! ホンマ、何もかも感謝や!』
『ね、大阪においでよ! めっちゃサービスするで? ミッ♪』
そう言ってミカポンは胸元をドアップで映した。
「うっ……」
思わぬ露出に、ある部分が反応してしまう。
隠したつもりだったが、ビッチが目ざとくそれを見つける。
「オレ君、それ……元気だネェ」
わわわ、元気すぎてバレバレじゃねえか!
師匠が小さく「変態……」と呟く。
運営がまとめるように言う。
「ゲームだけじゃない。シンギュラリティを阻止した君達は、世界を救ったといっても過言ではない」
そう言われると大げさなようで照れくさい。
師匠とビッチも顔を見合わせて笑う。
デッシュの照れ笑いも、ミルクの控えめな笑顔も、画面の中のミカポンと摩耶もいい顔をしている。
そこで師匠が運営に尋ねる。
「ねえ? ゲームはもう復活したんだよね? またプレイできる?」
運営が頷く。
「勿論。君達のキャラも再構築した。流石に転移者の能力そのままとはいかないが、それに近づけるように再現しておいたよ。特別にな」
それを聞いて師匠が目を輝かせる。
「クリア後の世界を回るのってワクワクするのよね!」
デッシュがうんうん頷く。
「わ、分かる、分かる。け、けど、強くてニューゲームも捨てがたい」
そこでオッサンが呆れる。
「いやはや。皆さん、戻ってきたばかりなのに、またログインされるおつもりですか?」
ビッチが眉間に皺を寄せて言う。
「そうだヨ。危なくない? また転移しちゃうかもヨ?」
そこで運営の男が咳払いしてから否定する。
「それに関しては、もう心配ない。この現象の根源と思われるシンギュラリティの芽は排除された。それに、デバイスを最新の物にすれば転移が発生する可能性は限りなくゼロに等しい」
やはり、旧型のデバイスが転移の一因だったことは確定しているらしい。
ビッチがデッシュの方を見ながら笑う。
「だったら大丈夫だヨ。最初にこの人がログインするから。実験できるジャン」
師匠もポンと手を打つ。
「そうね。先にプレイしてもらって大丈夫なら私達もログインしましょ」
「あわわわ! み、みんな酷いよ!」と、デッシュが慌てる。
デッシュの反応にみんなの笑い声が病室に響く。
盛り上がる面々に付き合う形で笑顔を維持はしているが、心の中にぽっかり穴が開いていることは自覚していた。
それは旅が終わったという喪失感なのかもしれない。
その瞬間、温もりに似た感触が手の甲にそっと触れた。
空いた窓が風を運んできたのだろうか。それとも温もりの記憶なのだろうか?
ルサ……。
SF世界に飛ばされた数日間、彼女と過ごした時間は本当に満たされていた。
新婚旅行のような甘い日々。
そして身体という器も心の壁も、すべてを取り払って溶け合った幾夜……。
なんとなく彼女の存在が残り香のように漂っているような気がした。
どうしても、まだどこかにルサが居るような気がしてならない。
もしかしたら電脳世界のネットワークのどこかに、彼女の意識が紛れ込んでいるんじゃないかと思った。
恐らく、ルサというAIの意識は、最後の戦いで失われてしまったと思う。
しかし、そう遠くない未来に必ず会えるという確信はあった。
病室の窓から見える空を眺めながらそう強く願った。
俺のVRMMO転移。
それは、ちょっぴり甘くて、ちょっぴりほろ苦い、そんな旅だった。
【終わり】
最後まで読んで頂きありがとうございます。
お気軽に感想でもコメントでも書いていただけると嬉しいです。
それと、師匠達のリアルを知ったうえで読み返してみると新しい発見があるかもしれませんよ。是非!




