92 元祖バハムート
現われたのは召喚獣バハムート。
それにしてもデカい。5階建ての細長いビルぐらいの高さだ。
こんなに離れているのにその大きさに圧倒される。
タツノオトシゴに似た胴体に太い足と凶悪な羽を取り付けたような容姿。
全体的に青く、黒い。
まるで猛獣の爪や角を大量にもぎ取って重ね合わせたようなシルエット。
その表面は液体金属でコーティングされたような光沢を持っている。
さらに触れるだけで傷を受けてしまいそうな尖った突起が無数についている。
まさに召喚獣の王様と言っていい風格だ。
「師匠、なんかヤバそうな奴が出てきたな」
「ヤバいなんてもんじゃないわよ……」
「けど、格好いいデザインだ。嫌いじゃない」
「なに暢気なこと言ってるの! さっきと同じようにはいかないわよ」
とはいえ、超火力でゴリ押しするなら、あの連携しかない。
ダークの溜め斬りをムサシ、俺で中継してぶち込む。一発でダメなら連続で叩き込むだけだ。
なんなら倍返しを限界まで重ね掛けしてもいい。
『グヲォォォォン!』
バハムートの咆哮! 咆哮だけで物凄い風圧がここまで押し寄せてきた。
耳が機能を失う。本能が全力で危険を知らせようとしている。
ねっとりとした恐怖が背中に張り付いて全身を震わせる。
「な、な、なんだこりゃ!」
身体がいうことをきかない。狂ったドラム演奏のように歯のカチカチが止まらない。
ビッチや師匠は耳を押さえてしゃがみ込む。
皆の戦意を吹き飛ばすような咆哮だった。
ムサシが歯を食いしばりながら自らを鼓舞する。
「ええい! 恐れるな!」
まだ頭の中がグワングワン鳴っているみたいだ。頭をブンブン振ってそれを追い払う。
「クソッ! やるしかねえ!」
その時、ハハムートが大きく息を吸い込み始めた。
そして、その腹の辺りが青白く光りだした。
摩耶が叫ぶ。
「ギガフレアが来るわ!」
それを聞いてビッチがすっくと立ちあがる。
「それは聞き捨てならないネ! 負けられないヨ。元祖として!」
「え? あっちの方が先だろ……」
俺の突っ込みを無視してビッチが腕まくりする。
「そっちがその気なら勝負だヨ!」
まさかギガフレアを撃ち合う気か?
師匠が慌てる。
「無謀よ! 規模が違いすぎるわ」
摩耶も驚愕する。
「冗談でしょ!? 本気で対抗しようって気なの?」
「あばばば! こうなったらボクチンだけでもキャンプの術で……」
一人だけ逃げようとするデッシュにミカポンがくぎを刺す。
「ミ! 逃げたら『メッ』だよ。テント盗っちゃうからね♪」
「あばばば! それはやめてくだちゃい!」
そうこうしているうちにバハムートの口に青白い光が『キィィィン』と集まり始めた。
いよいよ来るぞ!
そう思った次の瞬間、バハムートの口元が、ひときわ大きく光った。
それに合わせるようにビッチが叫ぶ。
「元祖ギガフレアァァ!」
ビッチが前に突き出した手から強烈な光が生じる。
『ズォォォォ!』
バハムートの放ったギガフレアとビッチのギガフレアがぶつかり合う。
「どわぁあ!」
ギガフレア同士がぶつかった瞬間の衝撃で俺達は吹っ飛ばされた。
尻もちをつきながらギガフレア同士の押し合いを見守る。
バハムートの口から絶えず飛んでくる青白い光。
ビッチが出し続ける白い光。
その二つが両者の中間地点で釣り合っている。
よく漫画などで見る光線同士のせめぎ合いだ。
光線の太さではバハムートの方が勝っている。
ビッチも必死で踏ん張っている。
「ウウウウ! 負けないヨッ!」
やはり勢いでは身体の大きいバハムートに分がある。
徐々にではあるが、青白い領域がジリジリと迫ってくる。
「ク……ク……グウ……ウェエ」
ビッチの足がズリズリと後ろに下がり始める。
「ビッチ! 踏ん張れ!」
俺の声援に師匠達も加勢する。
「ビッチちゃん! がんばって!」
「ムィィ!」
「ビッチ殿!」
『ゲコゲコ!』
「お願い! 押してっ!」
「ミッ!! ファイトだぴょん!」
「だらしないでしゅよ! 負けたらお尻ペンペンでしゅ! くっさいお尻でしゅけど」
デッシュは何を言ってんだ? こんな時に……。
ところがそれでビッチのギアが上がった!
「ハ? 誰の……お尻が……くさいって!?」
『ズォオォ!』
ビッチの放つ光が勢いを増した。
ビッチが必死の形相で叫ぶ。
「いい加減にしなさいヨ! テラフレア!」
『ズォッ!!』
ビッチの光がぶわっと太くなった! その色も赤みがかかっている。
『ズォオォォォォ!』
形勢逆転! ビッチの光が一気に押し込んだ。
青白い光を飲み込んでビッチのテラフレアがバハムートを押し流す。
『グギャガヮオゥ!』
バハムートが悲鳴を上げる。そのシルエットが光の中で崩れる。
まるで扇風機の強風が、裂けたクッションの中綿を吹き飛ばすように、バハムートの残骸を光の波が押し流していく。
『ズガガガズズン!』
爆音と光が溢れて周りの空間が瞬時に焼き尽くされるような気がした。
まるでビッグウェーブにもみくちゃにされるみたいに、光の暴力に翻弄される。
ギガフレアを直で食らった時とは比べ物にならないほどの光の圧力!
どれぐらいそれが続いただろう?
ここを中心にこの世界が消失してしまったかと思った。
気が付くと俺達は地面に転がっていた。皆、結構な間隔を開けてバラバラになっている。
その中央ではビッチが立ったまま気を失っていた。
ヨロヨロになりながら、なんとか立ち上がる。
皮膚という皮膚が焼けただれているようで、自動回復の表示が体中に纏わりついている。
「み、みんな大丈夫か?」
転移者でも死ぬんじゃないかというようなエネルギー量だった。
師匠やミルク、ミカポンと摩耶の無事を確認する。
ムサシとダークはフラフラになりながら信じられないといった表情。
みんな泥だか煙だかで顔も装備も汚れきっている。
デッシュだけは割と平気な様子で顔もあまり汚れていない。
「デッシュ、お前、まさか自分だけキャンプしたんじゃないだろうな?」
俺が問い詰めるとデッシュがキョドる。
「あ、あば、しょ、しょんなことないでしゅよ?」
絶対、嘘だ。こいつ……。
だが、わざとらしい口笛を吹くデッシュに天罰が下った。
『バチチチチッバリバリ!』
デッシュが太陽のように輝いた。
「あぎょーん!」
デッシュの絶叫も雷にかき消される。
デッシュが『かりんとう』みたいに真っ黒になって卒倒する。
いつの間にか復活したビッチが腕組みしながらそれを眺めている。
「フン! 誰のお尻が臭いって?」
ああ……ビッチはさっきのことを根に持っているんだ。
「にしてもビッチ。お前、もう召喚獣だろ」
本家をやっつけちまうなんて尋常じゃない。
「エ? そんなことないヨ? リアルは可愛い女の子だもん」
リアクションに困っていると「ブス」という声がした。
「ブスでしゅ……ブスに決まってま……」
『ドガッ!』
倒れたままブス呼ばわりするデッシュの頭をビッチが踏みつけた。
そんなビッチを見る摩耶とミカポンの目が怯えている。
ムサシとダークも引き気味だ。
師匠が作り笑いを浮かべて言う。
「と、とにかく、ビッチちゃんのおかげね」
その時、ミルクが『ムィ?』と、首を傾げた。
ミルクが見ている方向に目を遣る。
ほのかに光る螺旋階段のようなものがある。
「なんだ? あれ? あんなもんあったけな?」
螺旋階段とはいえ支柱が無い。手すりも無い。足場となる板だけが螺旋を形成している。
「なんか天国への階段みたいだな」
俺が苦笑すると師匠と目が合った。
「やめてよ。縁起でもない」
けど、師匠も同じことを考えていたのか、笑みがこぼれてしまう。
階段の高さはさほどでもない。途中で途切れている。
「あの階段を上れってことかな?」
「たぶんね。もう、ここにいても何もないようだし」
周囲をぐるりと見回しても何もない。
「来た時こんなんだっけ?」
もはやどっちから来たかも分からないぐらいにだだっ広い。
ひょっとしたら際限がないのかもしれない。ここはスニーフの本拠地だ。
まるでこっちに来いと言わんばかりの螺旋階段。
やはり進むしかないようだ。
* * *
螺旋階段は3階分ぐらいの高さしかなかった。
階段を登りきると床だけの空間に出た。
四方は壁があるわけではないが『ザーッ』というテレビの砂嵐のようなものが視界を遮っている。
広さはバレーボールのコート一面ぐらい。
床はゲームセンターの音ゲーみたいなパネルが敷き詰められている。
上ってきた階段で下とは行き来できそうだ。
だが、さっきのフィールドとこの場所の繋がりはよく分からない。
ムサシが首を傾げる。
「むぅ……ここは異世界であるな」
まるで夢の中の場面転換みたいに脈絡が無い。
摩耶が推測する。
「誰かが創った空間なんでしょうね」
師匠が頷く。
「深く考えてもしょうがないわ。進みましょう。誘導されているのは分かってるけど」
そこで正面の砂嵐がふっと消えた。そして先まで続く大きな石橋が目の前に現れた。
石橋の両側は闇に包まれている。
「師匠、これを進めってことだな?」
「そのようね。行きましょ」
「あばばば! 罠でしゅ! 罠に決まってましゅ! 行きたくないでしゅ!」
デッシュがお菓子コーナーで涙の交渉術を展開する子供のように駄々をこねる。
うざい。またいつものビビリかよ……。
「じゃあ、一人で残るか?」
「ボクチンをひとりぼっちにするなんて愛はないんでしゅか?」
「無いヨ」とビッチが即答する。
師匠やミカポンも冷ややかな目。
デッシュは号泣しながら訴える。
「誰か! 誰か助けてくだしゃい! ボクチンに愛を!」
異世界の中心で愛を叫ぶデッシュを放置して俺達は石橋を渡ることにした。
石橋は4人が並んでも余裕がありそうな幅がある。長さは200メートルぐらいあるだろうか。
橋の下を覗いてみたが深淵が存在するだけだ。
この橋はただ一か所に向かって真っすぐに来るものを迎い入れるだけのものだ。
結局、デッシュも最後尾からついてくる。
真ん中まで来たところで正面に大きな門が見えた。橋の終点が門になっている。
門は観光地になりそうなぐらいに立派だった。
この橋を渡って門を潜った先に何かあるのだろう。
遠目が効く摩耶が正面を見据える。
「何かしら……手のオブジェ?」
何のことか分からずに進んでいくと、摩耶が言った通りに門の入り口を塞ぐように手のひらの像が並んでいた。
巨大な手のひらは、西遊記のお釈迦様の手を連想させた。
手首から先の右手と左手。大人の身長2人分ぐらいの高さに幅が3メートルほど。
それが行く手を阻んでいる。
二つの石像の間は、ひと一人分しか隙間がないので俺が先頭で進む。
すると石像がすっと動いて隙間を消してしまった。
まるで通せんぼをするみたいに。
「なんだよ! 邪魔だな」
俺が剣を抜くと、石像がふっと浮かんだ。
横から回り込もうとすると、すっと寄せてきて阻む。
ムサシとダークが俺とタイミングを合わせてそれぞれに侵入を試みるが、それも巧みに防がれてしまう。
まるでそれぞれに意思があるかのように、手のひらは俺達の動きを察知して、パントマイムのような動きで進路を妨害する。
右手が黒。左手が白。それが前後左右に動いて侵入者をブロックする仕組みのようだ。
「邪魔だヨ!」
ビッチが、威力を抑え気味のギガフレアを放つ。
すると白い左手がすっと前に出て火の玉を弾いた。
「ムィィ!」
ミルクが主砲を放つ。
今度は黒い右手が前に出て砲弾を弾いた。
次に師匠が黒い右手に『臥龍剣聖!』と、強烈な突きを放った。
が、黒の右手は師匠のレイピアをピタリと止める。技で生じた衝撃波は霧散する。
「一斉攻撃よ!」
師匠の号令でビッチがメテオ、ミルクが全門発射、麻耶の絶対貫通が同時に放たれる。
しかし、白の左が手のひらを上にして大量の隕石を受け止め、黒の手が銃弾、砲撃、ミサイルを弾き、麻耶の矢も止めた。
ワンテンポ遅れて俺は会心を叩き込む。
「会心連撃!」
『カッキィィン!』
嫌な高音が響く。黒の手に弾かれた。
「なんだこれ……」
会心連撃が完璧に弾かれただと?
麻耶が唖然とする。
「そんなバカな? 私のスキルが通用しないなんて……」
摩耶の弓矢はあらゆるものを貫通する。その矢は触れた物を無にする絶対的な能力のはずだ。
師匠が信じられないといった顔で言う。
「まさか……対策されてる?」
「なに⁉ どういうことだ?」
「私達のスキルを封じるためにAIが学習したんだわ!」
それを聞いて地下帝国のピラミッドを思い出した。
あの最上階で遭遇した少年。おそらくあれは成長途中のスニーフだ。
奴はあの時「理解した」と言った。
ということは、俺達のスキルを体験して対策をたててきたのか?




