89 それぞれの覚悟
運営のみならず、オッサンまでが俺達のセントラル行きに反対する。
せっかく準備を完了してスニーフをぶっ飛ばしに行こうとしているのに……。
どうして運営とオッサンは反対するのか?
その理由をはっきりしてもらいたい。
「一応、聞いてやるよ。なぜダメなんだ?」
運営の男は「分かった」と前置きしてから、俺達の顔を一通り見まわした。
「これは私の友人である脳科学者とAI研究で有名な大学教授の共通見解なのだが、我々人間の意識というものは、しょせんは電気信号の流れにすぎない。そしてそれは、回路に宿るものだというんだ」
難しいことを言い出したな、という印象だ。
黙って続きを待つ。
運営はゆっくりと言葉を選びながら説明を続ける。
「意識というものは、意識という物体が単体で存在するわけではない。それは、脳の回路を電気信号が巡ることではじめて生まれるものだ」
意識は物体ではない? それはなんとなく分かる。
けど、『回路に電気信号が流れる状態が意識だ』というのはなかなかイメージできない。
運営は俺達の理解度を測るように反応を見る。
「そう考えると説明がつく。多重人格というのは複数の回路を持っているからだと考えられるし、回路の流れが悪くなることで障害が発生するとも考えられる」
俺達が意識と認識しているものは回路内の『流れ』にすぎないという説。
運営は、なぜそんなことを言い出したんだろう?
運営の説明は続く。
「回路。必ずしもそれは脳神経である必要は無い。空気中や水中でも条件が整えば、そこに回路が出来るかもしれない。回路さえ存在すれば、そこに意識が宿ることは可能だと考えられる」
意識とは脳神経という回路に宿っているもの、ということは、似たような回路が構成されれば、そこに意識が宿る可能性があるということか。
運営の男は問う。
「ゲーム内にはその回路と成り得るものがあるだろう?」
その問いにギクリとした。
運営の男は人さし指を立てて言う。
「キャラクターを構成するデータだ。おそらく、キャラのデータ内に回路が存在している。そして君達の意識がそこに宿っていると思われる。それが転移の正体だ」
転移の正体!
その衝撃的な言葉は俺達を沈黙させた。
各々《おのおの》が理解しようと試みるが、すぐには受け入れられない。
「なんだそれ……それが転移の正体だと?」
「我々はそう結論付けた。ただ、どうして君達の脳に宿っていた意識が、どのような過程でキャラの回路に移ってしまったのかまでは特定されていない」
そこでオッサンが口を開く。
「その部分は前にもお話した通りでございます。デバイスとの相性、皆様の感受性が豊かであること、監獄実験のような没入感、これらが関係しておると考えられます」
黙って聞いていたムサシが察する。
「なるほど。つまり、このキャラのデータが壊れてしまうと、回路も失われて、そこに宿る意識も無くなってしまう可能性があるということだな?」
運営が深く頷く。
「その通り。だから非常に危険なのだ」
俺達は言葉を失った。運営の言っていることは分かる。
今の俺達の意識は、ゲーム内キャラのデータで構成された回路に居候している状態だ。
このデータが破損して居候先が失われてしまったら、そこに宿る意識は行き場をなくしてしまう……。
師匠が反論する。
「でも、ゲームオーバーにならなければいいんでしょ?」
運営が首を振る。
「いいや。もはや、メインのAIが制御できないレベルのデータ量が一か所に集中し始めているんだ。そんな所にデータの塊である君達が立ち入ったらどうなると思う? 深刻な影響が出ることは確実だ」
確かに危険だ。オッサンが急に反対しだしたのはそのせいか……。
運営は諭すように言う。
「君達の意識、言い換えれば『自我』は極めて不安定な状態にある。なにしろ肉体という安定した器から長く剥離されているのだ。それが今、こうして霧散せずに一箇所に留まっていること自体が奇跡だ」
運営の説得に俺達は心が折れそうになった。
俺達は単にスニーフという存在を排除すれば良いと考えていた。
そんなリスクがあるとは考えていなかった……。
「けど、俺達がやらなきゃ、このゲーム世界は終わるんだろ?」
運営は険しい顔つきで答える。
「それは断言できない。というか何が起こるかは誰も推測できない」
デッシュが指摘する。
「下手しゅると、このゲームが発祥でシンギュラリティが起きてしまうかもしれましぇんよ」
ムサシが唸る。
「そうなってしまうと影響はこのゲームに留まらない。ネットワークを介して、シンギュラリティが実現してしまう」
運営が頷く。
「そうだ。なので、強制的にゲームを落とすことも検討した。だが、君達という転移者が人質になっている以上、それも見送られた。そうこうしている内にこのザマだ」
オッサンが途方に暮れたような表情で言う。
「いやはや。手遅れとは言いたくありませんが、もはやこのゲームだけでは済まない状況なのでございます。であれば、先生方がわざわざ危険を冒さずとも……」
しかし、待っているだけでは事態は好転しない。
このままシンギュラリティを許してしまった結果、このゲーム自体が失われてしまったらどうなる?
俺達も消えてしまうかもしれないのだ。
それどころか、現実世界においてもAIが人間に反旗を翻してしまうような事態が起こるかもしれない。
「分かった。やっぱ、俺がやるしかねえな」
俺は決心した。そして師匠達に向かって言った。
「師匠達はここに残れ。俺が一人でやる」
俺の言葉に師匠が絶句する。ビッチとミルクも唖然とする。
彼女達を危険な目にあわせたくないとの思いだ。
師匠は俯いてワナワナと震える。
ビッチは涙を堪えながら俺を見る。
ミルクは涙目で「ナイ……ナイ……」と首を振る。
心を鬼にして宣言する。
「そういうことでサヨナラだ。パーティはここで解散!」
俺の言葉は重苦しい沈黙の中で行き場を失くした。
気負いが空回りしてしまったような沈黙……。
本望ではないことはバレバレかもしれない。
その時、ミルクが口を開いた。
「そんなのダメだよ」
ミルクがはじめて普通の言葉を発した。
ミルクが喋った!?
師匠もビッチも驚いてミルクを見る。
ミルクは続ける。
「仲間……だよ? 解散なんて絶対にダメ」
ミルクの訴えに師匠がハッとする。
「そうよ! 解散なんて許さない。師匠の私を差し置いて勝手に決めないで!」
ビッチは俺を睨む。
「ナニ、カッコつけてるの? そんなの許さないンだからネ!」
もはや彼女達の目に涙は無かった。
師匠は闘志を秘めたような目つきで言う。
「みんなでやるのよ! 私達のパーティは最強なんだから!」
ビッチとミルクも力強く頷く。
「お前等……」
これ以上、何も言うまい。
どうやら俺が考えていた以上に、パーティの絆は強固なものになっていたようだ。
俺達のやりとりを見ていたオッサンが目を潤ませながら言う。
「いやはや……そういうことでしたら、お引き留めは致しません。無力なわたくしには皆様のご無事をお祈りするしかできません。ですので、せめてこれを……」
そう言ってオッサンが懐から何かの紙を取り出した。
「皆様のご家族からお預かりした手紙でございます」
師匠がいち早く反応する。
「え? 手紙?」
「さようでございます。厳しい状況であることを、ご家族は承知しておいでです。そのことを前提に皆様にメッセージをお伝えしたいとのことで預かって参りました」
皆の表情に驚きと戸惑いが入り混じった。
俺達から少し離れて立っているミカポンと摩耶に向かってオッサンが言う。
「申し訳ございませんが、お二方は大阪の病院に収容されておりますので手紙は預かっておりません」
すると摩耶が「いいよいいよ」と手を振る。
「ミ♪ ミカポンと摩耶はお兄が居るから大丈夫だピョン」
確かにミカポンの兄貴がこのゲーム内で露天商をしているので、彼女達は現実世界とコミュニケーションは取れている。
オッサンが師匠に手紙を手渡しながら言う。
「師匠殿。日記の件。母上殿はご存じでしたよ。隠し場所を」
「え? 知ってたの? お母さんが?」
「ええ。師匠殿のご依頼でわたくしがお教えしなくとも、母上殿にはお見通しでございました。それだけ、師匠殿のことを心配しておられたのですよ」
「お母さん……私、てっきり怒ってるかと……」
「母上殿は深く悔いておいででした。そして師匠殿に伝えてほしいと。その思いがここにしたためられておるようです」
「お母さん……」
「病院で師匠殿の母上は、皆様のご家族の中ではもっとも頻繁に、長時間、付き添っております。そして、手を握って声を掛けると時々反応するとおっしゃっていました」
その話を聞いてある考えが浮かんだ。
「ひょっとして、師匠の聞き間違いっていうのは、そのせいなんじゃないか?」
「え?」と、師匠が俺を見る。
これは想像だが……。
「師匠の聴覚は、こっちと現実世界の間を行き来しているのかもしれない。そのせいでこっちでの聴覚が時々不安定になるんだ。だから聞き間違える」
そう考えると、師匠の頻繁な聞き間違いの説明がつく。
意識はこっちにあっても、リアルとの繋がりは完全には切れていないのだ。
続いてオッサンはビッチ、ミルク、俺、デッシュ、ムサシの順に手紙を渡した。
そして、それを読み終えたあと、カメラに向かって語り掛ける形で、こちらの映像や音声を現実世界に中継する準備が出来ていると説明した。
中継というのは動画野郎のYO君がやっていたみたいに、こちらの様子を現実世界に見せる方法だ。
このゲームでは、現実世界とこちらの世界をまたいだ双方向での通信はできない。
中継と聞いてデッシュがゲンナリした顔で拒否する。
「嫌でしゅよ。なんか遺言みたいじゃないでしゅか。ボクチんはパスするでしゅ」
「ば、バカ! お前、なんちゅうことを」
確かにこれから死ぬかもしれない戦いに赴くのに、一方的にメッセージを送るのは縁起が良くないような気がした。
オッサンが困ったように言う。
「いやはや、そ、それではご希望のある方だけということに致しましょう」
オッサンは近くにあった空き家にカメラを設置して、一人ずつ現実世界への中継を行うことにした。
最初は師匠だ。
「師匠殿。悔いのないようにお伝えください」
師匠が戸惑いながら空き家に入った。
そして結構、長く経ってから出てきた。
師匠は泣きはらした目をしていたが、幾分かすっきりしたようにも見える。
「師匠。大丈夫か?」
「ええ……会いたいっていう気持ちは強いわ。でも、今は我慢する。できるだけのことをやるわ。リアルに帰るために」
生きて帰ること。そして母親に会うこと。それが師匠のモチベーションを高めている。
二番目に中継を行ったビッチは戻ってきて首を竦める。
「ウーン、難しいネ。一方的に喋るのって苦手。皆の反応が見れないのは残念だけど、言いたいことは全部伝えたヨ」
三番目はミルクだ。だが、ミルクは「プィィ」と、首を振る。
オッサンが困っていると、なぜか運営の男が口を出す。
「頼む。せめて、君のおかあさんには……」
そう言って運営の男がミルクに懇願する。
「ムイィィ」
「大丈夫。お袋は来ていない。だから……」
「プゥ!」
ミルクは膨れながらしぶしぶ中継に向かった。
まさか、カメラに向かってムイムイ言うわけにはいかないだろうが、ちゃんと喋れるのか少し心配になった。
だが、戻ってきたミルクは穏やかな表情だった。
四人目はデッシュ。
短めではあったが、戻ってきたデッシュは珍しく涙ぐんでる。
「手紙のせいでしゅよ。てっきり、ボクチンが居なくなって喜んでいると思ってたんでしゅが……グスン」
デッシュは涙を拭うと、盛大にズルズルと鼻水をすすった。
そしてやる気のある顔を見せる。
「やるしかないでしゅね! ボクチン、覚悟しますた!」
どうやらデッシュも言いたいことは伝えられたようだ。
ムサシは中継を拒否したが、オッサンも無理強いはしなかった。
なにか家庭の事情があるのかもしれないが、ムサシは最初から覚悟を決めている感じがした。
最後に俺の順番が回ってきた。
「先生はどうされますか?」
「俺? 俺はいいよ。実は反抗期なんだ」
冗談で誤魔化す。本当は照れ臭いのと何を言っていいか分からないからだ。
「本当によろしいのですか? 最後になるかもしれんのですぞ」
「ああ。負けるつもりは無いからな」
「先生!?」
「最後の別れなんかにはしねえ!」
「さようでございますか。では、わたくしからご家族にはお伝えしておきましょう」
それぞれの覚悟。
俺達は最後の戦いに臨むつもりで戦意を高揚した。
そしていよいよ出発する段になって、オッサンが俺達全員を集めた。
オッサンは深呼吸をして、俺達の顔を一人一人見る。
「先生、師匠殿、ビッチ殿、ミルク殿、ムサシ殿、ミカポン殿、摩耶殿、そしてデッシュ」
「なんでボクチンだけ呼び捨てでしゅか……」
オッサンは真顔で言う。
「必ず生きて戻ってきなさい。あっちの世界で皆待っているから」
いつも俺達に敬語のオッサンが初めて年上の人間として素でしゃべった。
しかも涙を堪えながら……。
「ああ。必ず戻る。任しとけ!」
そして俺達は決戦の地、セントラルの町に向かった。




