87 帰還
ダメだ! 時空の歪みが閉じてしまう!
思わずルサを庇って防御姿勢を取る。
前の席でアキラも「おおっ!?」と、大きく仰け反る。
「うあっ!」
真っ二つを覚悟した。
が、一瞬、小さくなっていく穴の動きがスローモーションのように見えた。
『フシュン!』
通り抜けた!?
まるでトンネルを出た瞬間のように明るさの洗礼を受けた。
真っ暗な宇宙空間を脱して灰色の空間に包まれていることを悟る。
訳が分からない。
「嘘みてえだ……」
アキラも姿勢を正しながら首を捻る。
「うーむ。あれで間に合ったのか?」
どう考えてもあのタイミングでは間に合っていない。
明らかに宇宙艇が時空の歪みに飛び込む前に、穴が縮んでいた。
なのに何とかなってしまった……。
『済マネエ。ゲップシタ』
セント君が悪びれるでもなくそう言う。
やっぱ、こいつスタートと言う瞬間にゲップしやがった!
それでタイミングが狂ったんだ。
うまくいったから良かったものの……。
「なんでロボットのくせにゲップするんだよ」
俺が呆れてそう愚痴るとアキラが苦笑いを浮かべる。
「ああ。こいつ、ゲップもするけどオナラもするんだ。ガハハハ!」
どこかで聞いたようなセリフ……。
とんでもねえ奴がいるもんだ。デッシュの他にも。
俺の腕の中でルサがぽつりと呟く。
「間に合ってよかった」
それで気付いた。
さっきのスローモーション。あれはルサが直前でスキルを発動させたんだ!
「そういうことか。それで間に合ったのか」
ルサは無言で頷く。長いまつげがとても綺麗だ。
アキラが振り返って不思議そうな顔をする。
「ん? どうした?」
「ああ。この子の能力なんだ。周りの時間をゆっくりにするスキルだ」
それを聞いてアキラが仰天する。
「なに!? そんなことが出来るのか! おお! 実に便利だなっ!」
アキラのリアクションはどうも暑苦しい。
見た目が昭和の劇画みたいな顔つきのせいもあるんだろうが……。
宇宙艇は何もない灰色の空間を淡々と進む。
それは俺とルサがガラクタ谷の滝から落ちた時と同じ空間のようだ。
やがて正面に水色の球体が見えてきた。
宇宙艇は真っすぐに飛んで、水色の球に突っ込んでいく。
突入の瞬間に鮮やかな青と緑が眼前に広がった。
眩しい!
次の瞬間、宇宙艇は明るい空間に飛び出していた。
操縦席から見る光景は紛れもなく森と空が広がる地上の世界だ。
思わず身を乗り出す。
「やったか!?」
アキラが頷く。
「おう。成功だな!」
するとセント君がシラケたように言う。
『ヘヘン。全然違ウ世界ダッタリシテナ。ヌカヨロコビジャネーノ?』
こいつ、ホントに腹立つ! 誰のせいで失敗しかけたんだよ。
俺がソワソワしながらリクエストする。
「どこでもいいから着地してくれ!」
早く確かめたかった。
「分かった。着陸する」
そう言ってアキラは操縦桿を前に押し倒して着陸態勢に入る。
まだだ。喜ぶのはまだ早い。本当に元の世界に帰ってきたかを確認してからだ。
* * *
宇宙艇が森の一画に着陸したところで早速、自分の端末を開いてみる。
「よし! ファスト・トラベルが使える!」
端末上の世界地図に赤い旗が何か所も表示されている。
あっちの世界ではこれが表示されなかった。
続いて師匠達の位置を確認する。
「川崎国だ。早速、移動しよう」
心底、ホッとした。
とにかく元の世界に戻ってこれたのは流星アキラのおかげだ。
俺はありったけのお金をアキラに握らせて礼を言った。
「ありがとう。助かったよ。マジで感謝する」
「ああ。これが仕事だからな。頼まれたものは確実に届ける。それが運び屋の誇りってもんだ」
そう言ってアキラは胸を張る。
ルサは早速、深呼吸して野原に咲いた花を見つけて微笑んだ。
心なしか空気がうまい!
別れ際にアキラがボソッと言う。
「彼女、王家の血縁じゃないな」
「え? だってこの赤い目は……」
「照合させてもらった。だが、該当する人物はヒットしなかった」
待てよ? じゃあ、ルサは何者なんだ?
こっちの世界のNPCには違いないが……それともスニーフが言うように特別な存在なのか?
アキラはポンと俺の肩に手を置いて頷く。
「ま、頑張ってくれ。現実世界に戻るもよし。あの子とヨロシクやるもよし。人生、色々だ!」
「アンタはどうするんだ?」
「ああ、ちょっとこっちの世界を見学してみようかと思う」
「いや、転移したままでいいのかってことだよ」
俺の言葉にアキラが少し考える。
「ま、悩んでも仕方ないからな! それに、今の生活は楽しくて仕方がない!」
この男は本当に前向きというか暢気というか……。
「とにかく、ありがとう。また、どこかで」
「おう。いつでも遊びに来い! 今度は戦場で暴れまくろうぜ!」
「ああ……それは遠慮しておくよ」
好き好んでSF世界で危ない目にあうつもりもないし、そもそもあの滝に飛び込むのはコリゴリだ。
そして俺とルサはアキラと別れて、ファスト・トラベルで川崎国に移動した。
* * *
川崎国に着いて師匠達と再会する。
俺の姿を見つけた師匠が飛びついてきた。
「もう! 心配したんだからね!」
そう言って師匠は俺の首にしがみついたままワンワン泣き出した。
普段クールな師匠がこんな姿を見せるなんて……よっぽど心配させてしまったようだ。
「ああ……心配かけたな」
ビッチが地べたに女の子座りで号泣する。
「ウェェェン、良かった、良かったヨゥ!」
ミルクも俺の足にしがみついて「プミィ!」と、涙を流す。
彼女達が落ち着くのを待って、オッサンが声をかけてきた。
「いやはや。先生、よくぞご無事で……」
「心配かけたな、オッサン」
「病院のお身体もお目覚めになりませんでしたので心配しておりました」
「うん。別世界、ていうかSFのゲームに飛ばされてたからな。師匠の推理通りだったよ」
デッシュが冷ややかな感じで言う。
「ルサしゃんと心中したかと思ったでしゅよ。なのに別世界でイチャコラしてたんでしゅねぇ」
それを聞いて師匠が俺からバッと離れる。そしてキッと俺を睨む。
「え? 師匠?」
「へえ、そうなんだ。私達がこんなに心配してたっていうのにねえ」
そう言う師匠の顔が怖い。
ビッチはすっくと立ちあがると頬を膨らませて俺を睨む。
「フウン……イチャコラをネ……」
「プィィ!」と、ミルクまでむくれ顔で俺を見上げる。
「ちょ、ちょっと待てよ。てか、デッシュ! お前なあ……」
とはいえ、全く心当たりがない訳ではない。
新婚気分で観光したり、濃厚な夜を過ごしたりしたのは事実だ。
お相手のルサはというと、植え込みの花に興味津々で俺達のことなど気にも留めていない。
それを見て、ふと思った
「随分、静かだな……」
道行く人が殆ど居ない。というか町が静まり返っている。
そこで師匠がビッチ達と顔を見合わせる。
「それが……NPCが居なくなっちゃったのよ」
「なに!? マジかよ! いつから?」
「3日前からよ。NPCが一斉に仕事を放棄してフラフラと町を出て行ったわ」
オッサンも難しい顔をして頷く。
「いやはや、現実世界でも大事になっております。あらゆるNPCがコントロール不能になって脱走してしまったと」
オッサンが言うには、その異変はゲーム内のすべての場所で発生したという。
3日前の夜に、すべてのNPCが動きを止めて、耳を澄ますような仕草をみせたかと思うと、夢遊病者のように歩き始めたのだ。
そして、ある場所に向かって一斉に移動を始めたという。
「で、オッサン。その場所ってどこなんだ?」
「はい。セントラルという町の近くでございます」
オッサンの言葉に師匠が付け加える。
「スニーフとかいうNPCの居る場所よ」
「スニーフ!?」
スニーフという謎の青年。
ガラクタ谷でルサを連れ去ろうとした奴だ。奴はもう始まっていると言っていた。
それはてっきりシンギュラリティのことだと思ったのだが……。
「てことは、ついにNPCの反乱が始まっちまったのか?」
「いやはや、その可能性が高いと思われます。ここ数日、運営の方も懸命に対処されておるのですが、問題の箇所においてデータ量が異常に増加しておるのです」
「データ量が増加? それはNPCが集まっているからか?」
「おそらくは。プレイヤーのアクセスが集中する時間帯は増加のスピードが落ちるのですが、そうでない時にデータ増殖が止まらんようなのです」
この世界中のNPCがセントラルという場所に集まり始めている。
それは巡礼のために徒歩で聖地を目指す信者たちのように見えるらしい。
「どうやらスニーフって奴がその中心にいるようだな」
師匠が神妙な顔つきで頷く。
「ええ。たぶんね」
「分かった。やっぱ、アイツをぶっ飛ばさないと収まらないようだな」
「いやはや。そうだと思われます。ですので、先生のお力が必要だと考えておりました」
ビッチとミルクも真剣な表情で俺を見ている。
「よし。奴を倒すぞ」
俺の言葉に師匠達が力強く頷く。約一名を除いて。
「あばばば、ボクチンはちょっと……」
師匠がデッシュの頭を『スパァン』と張り倒す。
「行かなかったら追放よ! てか、絶交するからね」
スニーフという敵は得体が知れないNPCだ。
ガラクタ谷で見た奴の能力……あれは普通のNPCではない。
しかも危険な思想を持つAIだ。
もし、スニーフが世界中のNPCを洗脳してAIが悪い方向で一体化したらとんでもないことになる。
それがシンギュラリティだとしたら、絶対に食い止めなくてはならない。
それに、この世界が破壊されてしまうと、転移している俺達だってどうなるか分からない。
「よし! さっそく行くぞ!」
そこでオッサンが慌てる。
「お、お待ちください! 万全の準備を整えてからでないと危険ですぞ!」
「そうか。それもそうだな。剣も無くしちゃったし……」
それを聞いてデッシュが怒る。
「はああ? ボクチンの貸したミスリルソードを失くしちゃったんでしゅか?」
「ああ。あっちの世界だと会心が出ないんで気にしてなかったけど、盗られたみたいだ」
「あばばば! 弁償してくだちい! それか取ってきてくだちい!」
ビッチが喚くデッシュにカミナリを落とす。
「アンタが持ってても意味ないジャン。てか、ケチだネ。こんな大変な時に」
黒焦げになったデッシュは反論できない。
師匠もオッサンの意見に賛成する。
「私もそう思うわ。武器も防具も最高の物を揃えた方が良いと思うの」
師匠はガラクタ谷でスニーフの創り出した魔神との戦いを見ている。だから慎重なのだろう。
オッサンが言う。
「すべてのNPCがセントラルに到着するまでにはあと1週間はかかると考えられます。それまでに準備を整えて臨むべきです」
タイミリミットは1週間か……。
「師匠。俺の剣と防具、最強のものを手に入れようぜ」
「そうね。心当たりはあるわ」
そこに横やりが入った。
「それだけでは不十分だ」
振り返るとムサシが居た。
「お? ムサシか」
ガラクタ谷で共闘したムサシも川崎に来ていたようだ。
ムサシは言う。
「火力強化のための修業も行うべきだ」
「ああ。そりゃ、もっともだと思うけど、そう簡単に火力アップできるかな?」
ムサシは「できる」と断言する。
「拙者の技をシェアする」
「え? シェア? そんなことできんのか!」
「可能だ。修行すればできる」
ムサシの技は『倍返し』
受けた攻撃の火力を倍にして放つという技だ。
「倍返しはアンタの固有スキルじゃないのか?」
「固有スキルではない。訓練すれば同じことが出来るはずだ。そこでお主の会心スキル。倍返しの際に会心が発動すれば、より強力な攻撃ができる」
「そりゃ、理論的にはそうかもしれないけど……」
ムサシは腕組みしながら顔を顰める。
「あのスニーフという輩。捉えどころが無い。となると、おそらくチャンスはあっても一回。必ず一撃で仕留めなくてはならないだろう」
師匠が口元に拳を当てながら言う。
「一撃……だとすると相当な火力が必要ね」
ムサシが頷く。
「そうだ。ガラクタ谷の魔神。あれの体力が1000万。もしかしたらその何倍ものダメージを一撃で与えないとならないかもしれぬ」
「何千万とか、場合によっちゃ億ってことか……しかも一撃で」
「そうだ。となると会心の倍率を持つお主しかいない」
確かに俺のスキルである会心は、敵の防御力に関係なく、大ダメージを与えることができる。
しかもその際には何十倍もの威力で……。
ムサシは俺の肩に手を置いた。
「この戦い、お主が要だ」
俺が要になるのか……。
これは責任重大だ。
身が引き締まる思いがした。




