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86 宇宙空間を行く

 乗り込んでみて分かったが、流星アキラの宇宙艇は天井が低くて狭かった。

 機器やパイプ・配線だらけの空間は、戦車の操縦席を連想させる。


3人乗るのがギリギリだなと思って副操縦席に座ろうとしたら人形が置いてあった。

 男の子を模《かたど》ったそれは、スーツに蝶ネクタイという『おぼっちゃん』スタイルで、腹話術の人形のようだ。

「ここに座っちゃダメか?」 

 俺が尋ねるとアキラが操縦席に座りながら答える。

「ああ。こいつは相棒だ」

「相棒? これが?」


 どうみてもただの人形にしか見えない。

 おかっぱ頭で目がぱっちりしている。

 口の部分に切れ込みがあって、口が四角く開くような仕様になっている。


 ルサが物珍しそうに人形に顔を近づけた。

 すると突然、人形が喋りだした。

『オッス! オラ、セント君! ヨロシクナ!』


 ルサが驚いて身を引く。そして助けを求めるような表情で俺を見る。

「NPC……なのか?」

 俺の言葉になぜか人形が激怒する。

『馬鹿ニスンナ! コチトラ最高品質ノAIダゾ! アホタレ! 死ネ!』

 セント君はそう怒鳴った後、元のすまし顔に戻った。

 なんか腹が立つ顔をしている……。


 アキラがパネルやスイッチを操作しながら説明する。

「ロボットなのさ。この宇宙艇をコントロールしてくれてる」

「ああ、ロボットか……」

 副操縦席に座るのは諦めて、狭い後部座席でルサと身を寄せ合う。


 アキラがセント君に指示を出す。

「前にキアラ星人からクリスタルを取り返した時があったろ? あの場所までクライアントを送り届ける。座標をセットしろ」

『了解! エエッ……ト。アレ? 何ダッケ?』


 セント君の反応に心配になる。

「おい。大丈夫か? このロボット」

 俺がアキラにそう言うと、セント君が振り返って怒鳴った。

「ウルセェ! オ前ニ言ワレル筋合イハ無エヨ! ポンコツ野郎!」

 そして言いたいことを言い終えると素の表情に戻って前を向く。

 ポンコツなのはお前だろと言いたいのは我慢する。


 アキラが操縦桿《そうじゅうかん》を握る。

「離陸準備OK! 行くぞ!」

『アイアイサー』

 セント君が座ったまま手だけを『にゅっ』と、伸ばしてパネルやスイッチを素早く操作する。

 後ろからだとよく分からないが何かキモい……。


 とりあえず、アキラの宇宙艇が海面を離れて飛び立った。


      *      *      *


 宇宙空間に出てからは機体の揺れが収まった。

 アキラの宇宙艇はスピード自慢の船らしく、エンジンの振動と揺れが酷かったのだ。


 ブルベリデの星を離れ、しばらく宇宙空間を進んだところで、レーダーが騒がしくなった。


『後方カラ小型艇3機接近中!』

 そう言ってセント君がモニターを切り替える。

 すると正面に立体画像が浮き出て後ろから来る小型艇3機を映した。

 それをズームしてセント君が判定する。

『SR37。帝国ノ警備艇ダ。入電アリ。繋グヨ』


 立体映像の横にサブのウィンドが開いて通信してきた相手の姿が映し出される。

〔お前達は手配されている。止まれ! 止まらんと撃つぞ!〕


 しかし、アキラは涼しい顔で何も言わない。

 代わりにセント君がキレた。

『ウッセェ! ウジ虫! クソ帝国! コレデモ食ラエ! カスッ!』


 そこでセント君が何かのレバーを引く。

 すると機体の後方から『バシュバシュ』と、何かの噴出音がした。


 立体映像を見ると、なにやらオレンジ色の物体が4つ、帝国の警備艇に向かって飛んでいく。

 そして、その手前で激しく爆発した。

 サブ画面の通信者が〔うわぁ!〕と叫んで画像が乱れて、爆発音とともに途切れた。


 それを確認してセント君が喚く。

『ザマアミロ! クソ虫ドモガ! オレ様ノケツヲ舐メヤガレ! ケケケ!』


 立体画像から帝国の警備艇の姿が消えたと同時に、騒がしかったレーダーが沈黙する。

「え? なにしたんだ?」

 俺が尋ねると、素に戻っていたセント君が振り返って答える。

『宇宙機雷ダヨ』

 なんというすがすがしい顔……腹立つ顔なのは変わらないが。


「手配とか言ってなかったか? 追われてるのか?」

 そういえば待ち合わせのバーでもアキラを追ってきた奴等がいた。


 アキラは答える。

「帝国の研究所が取り戻しに追ってきたんだろう」

「研究所? 何か盗んだのか?」

「いいや。オレは盗みをしない。運ぶだけだ。たぶん、依頼人が盗んだんだろう」

 アキラは他人事のように言う。

「大丈夫なのかよ……」


 安ホテルに置いてあったデジタル新聞とガイドブックで聞きかじった知識だが、このゲームでは、帝国と同盟軍の2大勢力がある。

 プレイヤーはそのどちらに所属しても構わない。勿論、中立でプレイすることも可能だ。


 帝国と同盟軍は敵対関係にあり、小競り合いを続けている。

 戦争中なのでスパイ活動や技術の強奪なんかも頻繁にあるらしい。


 アキラは前方を凝視しながら首を傾げる。

「なぜだか分からないが、オレ達には敵が多いらしい」

「運び屋って、そういう職業なのか?」

「どうだろう。危険な仕事もあるにはあるが、恨みをかう理由がない」


 その時、レーダーとセント君が反応する。

『2時ノ方向ニ機影3ツ。速度200、距離1600』


 アキラの宇宙艇がスピードを上げる。

 やがて前方右手の方向から3つの赤い光が接近してきた。


 アキラは特に慌てる風でもなく操縦桿《そうじゅうかん》は動かさない。

 赤い光は刻々と接近してくる。レーダーも警告音を発している。


 3つの赤い光はこちらと同じくらいの宇宙艇だ。

 立体画像がその姿を捉えるが……。

 心配になってアキラに尋ねる。

「おい。避けなくてもいいのか?」

「問題ない」


 するとセント君が、突然『ファイアー!』と、何かのボタンを叩きつけた。

『ドガガガガッ』

 機体が揺れて、ピンク色の物体が線状になって前方に飛んで行った。

 え? なんか撃った?


 セント君が放ったレーザーのような光が先頭の艇を掠める。

 慌てふためくように3艇がの並びが乱れる。


 サブモニターに通信が入る。

〔ガガ……なんで撃つ!? ……ガガガ〕


 それを受けてセント君が豹変。通信機のマイクを引っ手繰る。

『ウルセー、カス!! ドコ見テ運転シテヤガル? コノ、オムツ野郎!』


 え? なんでキレてんだ。こいつ?

『文句ガアンナラ、カカッテ来イヤ! 鼻クソオムツ野郎!』

 そして『ドガガガガッ』と、またボタンを叩きつけて発砲する。


 その間、アキラは半笑いでノーリアクション。

 怒りが収まらないセント君が煽《あお》る。

『バーカ、バーカ、オムツ野郎ハ、オ漏ラシシテ死ネ!』


 そして通信マイクを叩きつけるセント君。

 ひととおり叫んだ後で、すまし顔に戻る。


 結局、相手方の宇宙艇は速度を落として衝突は回避された。

 さっきの警備艇といい、今の態度といい……。

「ひょっとして、敵が多いのは、こいつのせいじゃね?」

 だが、セント君は知らん顔で静かに副操縦席にお座りしている。

 こいつ、なんか腹が立つ。どこかでこんな奴が居たような気がしたが、デッシュに似たとこがある。


 気を取り直してアキラに話しかける。

「そういえばアンタも転移者だって言ってたよな?」

「そうだ。転移したぞぉ!」

 そんな体育教師みたいな言い方をしなくても……。


「で、何か原因とか追究したのか?」

「原因? さあ? 全然、気にしてないからなあ」

「マジかよ……」


 前向きというか楽観的すぎるというか、こういう状況でも悩まない奴もいるんだな。

 このゲームが俺達のゲーム世界に繋がっていることにも大して疑問をもっていなかったみたいだし……。


「俺達のゲームでは転移者が続出してて、運営が色々と手を打ってる。そっちはどうなんだ?」

「運営? 知らんな。というか、他に仲間がいたら会ってみたいもんだな」

「会ったことないのか。ふぅん。複数の転移者がいるのは俺達の方だけなのか……」


「それは分からん。この世界にも他の転移者が居るかもしれない。だが、興味も無いし、オレには友達がいないからな!」

 いや、そこは胸を張って言うことじゃないだろ……。


 転移の話はそこで終わってしまった。

 アキラ自身がこの状況をすんなり受け入れている。

 どうやって現実世界に戻るかというヒントは得られそうにない。


 しばらく落ち着いた感じで飛んでいると、ふいにセント君が『ワープ準備』と告げた。

「了解! ワープ5秒前!」と、アキラが応える。


 そんなのができるんだ。というか、これがファスト・トラベルの代用なのかもしれない。


「ワープ!」

 そこで急激な加速感に包まれた。

 顔の皮膚が引きつるような感覚。

 ヒュンヒュン音がするが、どこから生じたものかは分からない。


 何秒ぐらいそれが続いただろうか。

「ワープ終了5秒前!」

 アキラの声の数秒後に加速感が失われた。


 と、その時、前方のモニターに白い壁が出現した。

「おっと!」 

 アキラが操縦桿を大きく傾ける。


 船体が右に傾いてルサが悲鳴をあげて俺の方に寄ってきた。

 もともと狭くて密着していたので俺が計器に強く押し付けられる。


 レーダーが多数の機影を映し出す。赤と青の図形が幾つも表示されている。

 おいおい。なんか船体だらけじゃねえか?


 アキラは操縦桿を小刻みに左右前後に動かしながら言う。

「ヒュゥゥ、やってるね!」

 アキラは嬉しそうだ。

 前方に駆逐艦のような巨大な船体が見える。

「ちょ! ここって戦場なんじゃないか?」

 ワープ先が戦場とか……なんだ? このゲーム。


 周囲を映す立体映像が次々と開いて、戦艦や戦闘機が交戦している様子を映し出す。

 SF映画でよく見る光景だ。

 青や緑、ピンクや黄色のレーザーが飛び交い、爆発があちこちで発生する。


 そうこうしているうちに灰色の壁なのか戦艦なのか分からないが、ぶつかりそうになる。

「ぶ、ぶつかるぞ!」

 思わず身を引くがアキラは冷静な操縦桿さばきでそれを回避。


 壁スレスレを飛行する。

 砲台やら機械的な凹凸が次々と目の前を過っていく。

 どうやら艦船の側面をなめるように飛行しているらしい。


『バギッ!』

 アンテナみたいな戦艦の部品を折ってしまった。が、アキラは気にしない。

「フゥゥ! 宇宙戦争、最高っ!」

 ダメだ。完全にイッている。暴走エクスタシーというやつだ。


 にしても滅茶苦茶な操縦をするもんだ。

 撃墜されてもおかしくないような状況を楽しむかのように、アキラは宇宙艇で戦場を駆け巡り、主戦場を抜けた。


「ひゃっほう! 楽しかったな!」

 アキラはそう言って振り返るが、こっちは生きた心地がしない。


 戦場を離れ、二度目のワープを終えた直後だった。

 セント君が『ソロソロ目的地ニ着クゾ』と、報告する。

「OK! その辺りに時空の歪みがないか?」

『ウーン、ドウダロ? 分カンネ』


 アキラが宇宙艇を止めて、何かのセンサーを起動させる。

 だが、何の反応も無い。

 しばらくモニターを睨んでいたアキラが唸る。

「うーん……微かに反応があるんだが」


『ア! アレジャネーカ?』

 セント君が何かに気付いて前方を指さす。

「むう。確かにアレっぽいが、時空の穴が開いたり縮んだりしていないか?」


 良く分からないが、何もない黒い空間に色違いで紺色の箇所がある。

 それは穴のようではあるが、イソギンチャクの口が開閉するように大きくなったり小さくなったりしている。


『アソコニ突ッ込ムノカ?』

「止むを得んな。だが、開閉のタイミングが速いな」

 確かにアキラが言うように、紺色の穴は1秒おきにパッと開いたかと思うと直ぐに閉じてしまう。


「あそこに速度3000で突っ込むとなると厄介だな」

 それがどれぐらいのスピードなのかは分からないが、短い周期で開閉する穴にタイミングを合わせて飛び込むのは相当難易度が高いと思われた。


『失敗シタラ、船体ガ真ッ二ツダゾ?』

「うーむ。けど、やらないことには始まらん」

 アキラがバカみたいに前向きなのは有難い。

 ここで諦められるよりはずっといいのだが、大きなリスクもある。


 アキラが宇宙艇をバックさせる。助走距離を取って突っ込むつもりだ。

「計算してくれ。どのタイミングでスタートさせるか合図を送れ」

『ウン。分カッタ。エエ……ト。間違エタラゴメンナァ』

 大丈夫か? このポンコツに任せて?


 固唾をのんで準備を待つ。ルサが俺にしがみついてくる。

「大丈夫だ……」


 十分に距離を取ったところでアキラが操縦桿を握りしめる。

「よし! いつでも言ってくれ!」


 船内に緊張感が漲る。

 セント君が右手を挙げてその時を待つ。

『グェプ、スタート!』


「おおおおお! いっけええ!」

 アキラが全速スタートをかました。

 けど、セント君の奴、ゲップしなかったか?


 急加速する宇宙艇。

 速度計が間もなく3000に達する。

 前方に集中するが紺色の穴は目視できない。

「うぉぉぉおお!」


 見えた! もうちょっとだ!

「え!? 閉じる?」

 紺色の穴まであと少しのところで、穴が急速に萎んでいく。


 ま、間に合わねえ!!


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