85 ルサと二人旅
首を伸ばしてルサの唇に狙いを定めようとした。
が、それより早く、ルサに頭を抱きかかえられてしまった。
あれ? なんか違くね?
まるで、母親が我が子を抱くようにルサは俺の頭を包み込んだ。
いや。俺が求めてるのはそういうのじゃないんだけど……。
不満に思った時だった。
「え!?」
目の前がフラッシュして視覚が遮断された。
強烈な眩暈。睡魔にも似た脱力感。体中の力が抜き取られるような感覚。
まるで冷え切った身体を湯船に浸した瞬間、火照った顔に冷気を浴びた瞬間、極度の緊張感から解放された瞬間。
そんな様々な快感が同時に沸き上がり、混濁した。それが持続する。
気持ちいい……なんだこれ?
およそ心地良いと感じられるシチュエーションが全部一緒くたになったような快感。
それに全身を支配される。
頭だけではない。指先から足の先まで、体全体が快感の包容に溶けてしまうみたいだ。
むしろ快楽の塊と抱擁しているうちに、自らの肉体が吸収合併されてしまったような感覚だ。
フワフワして柔らかい。
くすぐったいクセにゾワゾワッとした強い快感! それが腕や太ももや首筋や背中を貫く。
そして、突如、ヴィジュアルが出現した。
目の前に綺麗な景色や花、誰かの笑顔などが次々と現れる。
続いて、満足、歓喜、感謝の心、そんなプラスの感情がザッと大量に流れ込んでくる。
きれいな世界……。
これはルサが見てきた世界だと直感した。
ルサの感情が記憶がダイレクトに流れ込んできて、感覚がひとつになったような気がした。
もはや身体という器は存在しなかった。
領域のない自意識。それはボーダレスに俺とルサを深く繋いだ。
俺のすべてはルサの一部で、ルサの意識は俺そのものだ。
これは夢じゃないのか? これこそが転移後にみることが無かった夢なんじゃないか?
この終わることのないエクスタシ-にいつまでも浸っていたい……。
* * *
目を開けると、遅れて意識が戻ってきた。
「う……寝てたのか……」
窓から差し込む明かりは、ネオンサインのドギツい色合いのそれではない。
ルサの胸で眠ってしまったのか……。
直ぐに、あの強烈な共感覚の余韻を自覚した。だが、それは一瞬で通り過ぎてしまう。
昨夜のことを思い出した。
「あれは何だったんだろ……」
起き上がって埃っぽい匂いにむせる。
俺は汚れた服のまま、隣で眠るルサも昨日の格好のままだ。
冷静になってみると、昨日の出来事がずっと前のことのように感じられた。
「昨日は少しやりすぎたかな」
他所の世界だからといって調子に乗って、銃撃戦に大暴走と、普通ならお尋ね者になってしまうことをしでかしてしまった。
そこでふと思い出す。
もとの世界に戻らないと……。
「師匠達、心配してるだろうな」
このままルサと逃避行というのも悪くない。けど、どうしても師匠やビッチの顏が浮かんだ。
「帰りたいの?」
いつの間にかルサが目を覚ましていた。
「ん……まあ」
適当な理由をつけようと考えたが止めた。ルサには見透かされそうだ。
というより、昨夜の共感覚の前では、隠し事なんて無意味だと思った。
ルサは少し考える仕草をしてからポツリと口を開く。
「あそこに行けば繋がってるかもしれない」
「思い当たる場所があんのか?」
ルサがコクリと頷く。
それで気づいた。はじめてルサに会った場所、それは俺達の世界では紫禁城にあたる場所だ。
序盤のイベントに乱入した時にSFチックな奇妙な部屋があって、俺達はそこでルサを発見した。
「そっか。お前はあそこから俺達の世界に来たんだよな。だとすると、その場所が2つのゲーム世界を繋ぐポイントになってるはずだ」
だが、ルサが浮かない顔で首を振る。
「あそこは遠いわ。それに怖い人達でいっぱい……」
「危険な場所なのか?」
「必死で逃げて気付いたらあそこにいた」
仮に移動手段を得たとしても、その場所にルサを連れて行くのはリスクがある。
何か他に手は無いか……。
「そうだ! あいつ!」
流星アキラの存在を思い出した。
俺達のゲームに乱入してきた男、流星アキラ。
奴は宇宙船に乗って俺達の世界にやってきた。
この世界で流星アキラを見つけて、あの時の状況を再現すれば戻れるかもしれない。
「でもどうやって……」
このゲーム世界は広い。
惑星が複数あるということは、やみくもに探し回ったところで彼を見つけることは不可能だ。
「そういやあいつ、運び屋とか言ってなかったか?」
考えろ。奴と接触する方法を……。
その時、テーブルの上に無造作に置かれた新聞が目に入った。
何気にそれを開いてみる。
「求人広告……仕事の募集もある」
これだ! 流星アキラは運び屋だ。ここに仕事の依頼を出せば、接触してくるかもしれない。
早速、フロントで電話を借りて新聞社に連絡した。
そして、仕事依頼の広告を出した。
『流星アキラへ。大事なルビーをある場所へ届けたい』
夕刊に間に合うかと問うと、すぐに反映するとの答えだった。
この世界の新聞は、見た目は紙の新聞だが、中身は常に更新されているらしい。
流星アキラからの接触を待つ間、ずっと部屋に引き籠っているのもなんなので、ルサを連れ出して町を散策することにした。
歩いて行けるところに、出島のような水上都市があったので、散歩がてらに足を延ばした。
水上都市は不思議な町だった。
水路が生活の一部になっているベネチアのような造りなのにスラム街のような場所が随所にある。
教会の隣に寺院があったり、インド風の建物があったかと思うと、そのすぐ近くに未来感満載のスタイリッシュなビルがツンと澄ましたように空を見上げていたりする。
この世界でも観光地という扱いなのか人の姿も多い。
そのうちの半分ぐらいが宇宙人というのも、この町のカオスぶりに輪をかけていた。
小さな店もたくさんあったので、お揃いのサングラスとシャツを買う。
アイスを食べて、船に乗る。
ブラブラと気の向くままに何時間も町を歩いた。
ルサと一緒にいると時間を忘れてしまう。
ふと目にした何気ないルサの顏がとても綺麗に見える瞬間が何度もあって、少しも退屈しなかった。
新婚旅行ってこんな感じなのかな?
できれば、このままルサと二人旅を続けていたかった。
結局、一日目は空振りだった。
二日目に連絡が2件あった。だが、どちらも流星アキラとは別人だったので断った。
三日目にしてようやく流星アキラからの接触があった。
ホテルのフロント係が寄越したメモには、今日の21時に『クレッシェンド』というバーに来いとのことだった。
* * *
流星アキラが指定したバーは、繁華街の外れにある小さな店だった。
L字型のカウンター席にテーブル席が3つだけの店内は、アメリカの田舎町にあるような標準的な造りになっている。
SFの要素は皆無だが、客の大半が宇宙人キャラという点においては異様な空間という感じがする。
流星アキラはテーブル席に居た。
俺とルサが無言で席につくと、アキラを挟んでいた一つ目で肌が緑のキャラとピンクの髪をなびかせたピューマのような顔のキャラが席を立った。
2人とも女性のボディを強調したドレスを着ている。
流星アキラはグラスを持ったまま、俺とルサの顔を見る。
今日の彼は前に会った時の宇宙服ではなく、革ジャンに赤いスカーフという格好だった。
相変わらず劇画調の濃い顔のつくりでモミアゲとケツ顎が特徴的だ。
俺が話を切り出そうとすると、アキラがそれを制する。
「要件は把握した。その女性を逃がすんだろ?」
「ああ。まあ、そういうことだ。ただし、場所がちょっと特殊なんだ」
アキラが太い眉を寄せる。
「特殊? どこなんだ。それは?」
そこで俺はこのゲームと俺達のゲームの世界が繋がっていることを簡単に説明した。
話を聞いてアキラが難しい顔でグラスの中身を飲み干す。
「なるほど」
「信じてもらえないとは思うけど、俺はあっちの世界で転移してる」
これは言わなくても良かったかもしれない。
だが、アキラはチラリと俺の顔を見て言う。
「信じるよ。そういうことなら、今の話も信ぴょう性がある」
「良かった。それじゃ、頼めるか?」
「いいとも。同類が困っているんだ。助けるよ」
同類? 今、同類って言ったか?
「え? アンタ、もしや……」
「ああ。オレもこのゲームに転移してしまったクチさ」
なんてこった! 流星アキラは、このゲームに転移した人間だったのか!
「マジかよ! アンタも転移者……」
その時、バーの入り口のドアが乱暴に開け放たれた。
店内客の注目が集まる。
そこに軍服のようなものを着た男が4人、入り口から突入してきた。
彼等は自動小銃のようなもので武装している。
それを見てアキラがグラスを置いて「出るぞ」と、席を立つ。
訳が分からずアキラについていく。
アキラは店の奥のトイレに向かう。
「おい。どうしたんだ? 急に」
俺の問いに対してアキラの返事はない。
彼はトイレに入ると、ツカツカと奥の壁まで進み、ポケットから取り出した物を壁に貼り付けた。
アキラが壁に貼り付けたのはペットボトルのキャップのような丸い物体が4つ。
アキラが「下がってろ」と、言う。
彼自身も数歩下がる。そして手の中で『カチッ』と、音を鳴らした。
『ズンッ!』
鈍い爆発音がして壁が破壊された。
「ここから出る」
そう言ってアキラは、煙が収まらない中、破壊した壁の穴を潜る。
「いいのか? これ……」
俺とルサも戸惑いながらアキラに続き、トイレの壁に空いた穴から外に出る。
飲食店街の路地裏は大きなゴミ箱が並んでいて、表の店構えとは正反対に薄汚れた空間だった。
しかも食べ物やアルコールの匂いが立ち込めている。
アキラは悠々と歩きだす。
だが、トイレの穴の方から怒号が聞こえてきた。
続いて『ガガガガ!』という銃声のような音がする。
店に入ってきた軍人みたいな奴等じゃないかと思った。
「おい。ひょっとしてアレ……」
そこでアキラがまた手の中で『カチッ』と、何かのスイッチを押す。
『ズガガーン!』
今度は結構、大きな爆発音だ。それで銃声が途絶えた。
もしかするとアキラはこれを見越してトイレから脱出する際に小型爆弾を残してきたのか?
「いいのかよ。爆弾で店がメチャメチャじゃねえか?」
するとアキラはクルリと振り返って親指を立てる。
「いいんだ。あの店、ボッタクリだから」
彼はウィンクしながらそう答えるが、そういう問題かよ……。
アキラは何事もなかったかのようにスタスタと路地裏を歩く。
後方ではサイレンが集まってきて大騒ぎになっている。
路地裏を抜けて表の通りに出る。そこでアキラは右に行こうとして足を止めた。
「こっちだ!」
右と思いきや左方向に踵を返すアキラを追う。
すると右方向から「居たぞ! あっちだ!」と、誰かの叫びが聞こえた。
そこでようやくアキラが「見つかった! 走れ!」と、急ぎだした。
追われているのは分かる。
だが、なぜアキラが軍人のような奴等に追われているのかは分からない。
アキラが向かう方向には海があった。
夜の港は街灯がまばらで人気もなく、静まり返っている。
「大丈夫か? そっちは行き止まりじゃねえのか」
前を走るアキラの背中に向かって尋ねたが返事はない。
しばらく港内を走っていると、真っ暗な海面が盛り上がって『ザバッ!』と、水柱とともに何かが出現した。
そして『ブブブブ』と、エンジンが振動するような機械音を発しながら海面を移動してきた。
アキラが足を止めずに振り返る。
「オレの船だ。飛び乗るぞ!」
アキラが海に向かってジャンプする。そして宇宙艇の上に飛び乗った。
「ちょっ! マジか!」
慌てて真似をしようとするが、ルサの足が止まる。海に向かって飛ぶのを躊躇するルサの手を握る。
「大丈夫だ。いけるって」
ルサがコクリと頷く。
「よし。じゃあ、せーので飛ぶぞ」
そして俺とルサは一緒にジャンプして海面に浮かぶ宇宙艇に飛び乗った。




