84 白昼の逃亡劇
気が付くと箱や衣類が散乱する部屋に転がされていた。
パイプハンガーに女物の服やパーティドレスが無造作に吊られている。
あちこちに脱ぎ捨てられた服もある。
鏡台が幾つか並んでいるところを見ると控室のような場所だと思われた。
一瞬、現実世界かと思った。が、自分の格好を見て考え直す。
「まだゲームの中だよな。けど、ここはSF世界の続きか?」
意識が飛んでしまうと、どの世界に居るのか分からなくなってしまう。
「油断したな……」
おそらく、さっき首に食らったのはスタンガンのような電撃だ。
転移者仕様で身体的ダメージは受けないが、状態異常になってしまうのはあっちのゲームと同じだ。
魔法なら電撃を食らっても気絶することはない。
が、まさか道具を使われるとは……不覚をとった。
それにしても、控室に人が居ないのは妙な感じだ。
どの鏡台にも化粧品やらアクセサリーが残されていて、ここで支度をする女が居るはずなのに。
控室のような部屋を出ると正面に薄暗い通路があり、両サイドには荷物が山積みされていた。
通路の先の方が明るくなっているので、そっちに近づいてみる。
「あ!」
出口付近の簡素な椅子でたむろするモヒカンと銀髪男を発見した。
どうも出口の向こう側が騒がしい。
ひょっとしてここは劇場かなにかで、この場所は舞台裏なんじゃないかと想像した。
気付かれないように奴等の背後に迫る。
モヒカンが椅子でふんぞり返りながら煙草をふかす。
「幾らぐらいで売れっかな?」
銀髪はガムを噛みながら答える。
「けっこう高く売れるんじゃね?」
「まあ、腐っても王家だかんな。けど、身代金とか要求した方が儲かるんじゃねえか?」
「けどそれ、危なくね?」
「まあな。下手に関わると面倒だ。ここで売っ払うのが正解だな」
売る? どういうことだ?
こいつらまさか……ルサを売るつもりか。
奴等の会話から、ここは人身売買するオークション会場だということが分かった。
おそらくは、NPCを売買する奴隷市場のようなものだろう。
出口の向こうを覗く。やはりステージがあって、向かって右手に観客席が見える。
この辺りは舞台袖というのだろうか?
舞台を挟んで反対側の舞台袖には黒服の屈強そうな男達が待機している。
多分、用心棒なのだろう。
舞台上では、司会者の男がマイクとハンマーを持ってセリを行っている。
その隣には女の子が怯えた様子でスポットライトを浴びている。
「4200! 4300、4300! よろしいですか? では、ハンマープライス!」
『ガコン』
ハンマーが打ち下ろされるのが落札の合図だ。
モヒカンがそれを聞いて「ピュウ」と、頭の悪そうな口笛を吹く。
「いい値がつくじゃねえか」
「凄くね? 期待できんじゃね?」
モヒカンがソワソワする。
「おい。次だぞ次」
2人は舞台上のオークションに夢中で俺の存在に気が付かない。
もうしばらく様子を見ることにした。
司会者が声を張り上げる。
「それでは! お待ちかねの超目玉! これが本日最後の出品となります」
さきほど落札された女の子と入れ替わりにルサが舞台の中央に連れて来られた。
飛び出したくなるのを堪える。
ルサに怯えたところがなく落ち着いた様子なので、ギリ我慢できた。
司会者が咳ばらいをしてから紹介する。
「それではエントリーナンバー14、本日の超目玉。ルビーの瞳にご注目ください!」
そこでスポットライトがルサに当てられる。
「おおっ!」
観客席がどよめく。
司会者は場内を見回すように首を動かしてから煽る。
「皆まで言いますまい! この赤い瞳! それが何を意味するかは、ご想像にお任せします!」
わざとらしい言い回しだ。だが、場内はちょっとしたフィーバー状態だ。
札束を掲げて競りに参加する奴等はみんな下品に見える。
「それでは、8万からスタートいたします!」
司会者の言葉にモヒカンと銀髪が手を叩いて歓喜する。
「おいおいマジかよ! クッソ儲かんじゃねえか!」
「すごくね? マジすごくね?」
ムカついたので銀髪の頭を張り倒した。
「いって! 痛くね? なんか痛くね!?」
銀髪が振り返るところに『ドガッ!』と顔面に蹴りを一発。
本当は会心が欲しいところだが、それは出ない。
俺に気付いたモヒカンが拳銃を抜いて俺のこめかみに銃口を突きつける。
撃たれたところで死にはしない。
「効かねえよ。また撃ってみるか?」
俺が挑発するとモヒカンが「ぐぬぬ」と、歯軋りする。
その隙に『ガスッ!』と、モヒカンの股間を蹴り上げてやった。
「ツッ、クッ!」
股間をおさえて丸くなるモヒカンを踏んづけて舞台に乱入する。
逃げるなら今だ!
「どけっ!」と、司会者を突き飛ばしてルサの元に向かう。
「ルサ! 逃げるぞ!」
ルサが俺を見てハッとする。
向こう側の舞台袖から用心棒がワラワラと湧いてきた。
振り返ると銀髪とモヒカンが起き上がってこっちに向かってくるところだった。
会心攻撃なしでこいつら全部を倒すのは容易ではない。
なら客席を突っ切る!
ルサの手を取ろうとした時だった。周囲の喧騒が止まった。
「これは!?」
ルサの能力だ。ルサが時間の流れを遅くするスキルを発動した。
「いまのうちに逃げるか? いや、どうせなら……」
俺は用心棒の手から銃を奪った。そしてそいつの胸をドンと突く。
時間の流れがスーパー・スローになっているので、この時点ではこいつは吹っ飛ばない。
続いてもう1人、同じように銃を奪って突き飛ばす。
試しに奪った銃を撃とうとしたが引き金が硬くて引けない。
「そっか。剣と違って、銃は駄目なんだ」
俺とルサ以外のすべての物体は、恐ろしく遅い時間の流れに支配されている。
なので、銃の弾は直ぐに出ない。
剣を振る分には制約が無いので幾らでも連撃を叩き込めても、銃を連射することはできないのだろう。
仕方が無いので残りの用心棒の足に何発かローキックを入れておいた。
俺を追ってきたモヒカンには用心棒から奪った銃でガンガン頭を連打、銀髪にも同じようにカナヅチ攻撃をお見舞いする。
壇上の司会者からは、ハンマーを奪って顔面を叩きまくった。仕上げにマイクを口に押し込む。
それから舞台を降りて、下品なオークション客を押しのけて出口に向かう。
「ルサ、もういいぞ」
「うん」
そこで時間の流れが元通りになる。
用心棒達が吹っ飛んだり、足を押さえて蹲ったりした。
司会者はマイクを咥えたまま『ブブブブ』と、顔面が高速で打ちのめされる。
モヒカンと銀髪は頭を抱えながら悶絶した。
「逃げたぞ!」「追え!」「逃がすな!」
誰かが叫んでいる。
俺はルサの手を引きながら客席の扉を開け放って外に出た。
出たところで先ほどと同じく黒服の用心棒があちこちから現れた。
止む無くルサの手を放して両手に銃を持ち、用心棒に向かって発砲する。
『バン! バン! バン!』
右の銃で近寄ってくる用心棒を撃ち、左の銃で前方を遮ろうとした用心棒を撃つ。
そこからは壮絶な銃撃戦となった。
FPSはあまり得意じゃなかったが、これならいける。
銃弾が当たっても死なないことが分かっているので、思い切って突っ込めるからだ。
躊躇なく敵の前に出て、二丁拳銃で撃ちまくる。
『ドンッ!』
途中で背中を撃たれた!
「痛えな、おい!」
180度ターンして撃ってきた用心棒に至近距離の左右連射でオーバーキル!
仕返しは入念に、だ。
身を隠すことなく互いに銃弾をぶち込みまくる銃撃戦は、ノーガードの殴り合いに似ている。
エイムなんて関係ない。
これがまた爽快。会心連撃にも似た高揚感。
ひとつ発見したのが、撃たれる前に倒すよりも「やりやがったな!」と反撃する方が断然、燃える。
弾が切れたら銃を捨てて、倒れている奴から銃を奪う。
用心棒を倒しながら廊下からロビーに向かう。
「ルサ! ついて来い!」
ルサを従えてなおも銃を乱射する。
銃撃戦って結構、楽しい! てか、なんか新鮮だ!
ロビーを抜けて建物の外に出る。右方向からサイレンが近づいてくる。
「流石にこれだけ暴れたら警察が来るよな」
警察といっても、どんなのが来るかは知らないが。
たまたま、目の前に配達のバイクに乗ったパンダが居たので銃を向けてみた。
「降りろ」
そう言うと、親切なパンダはバイクを譲ってくれたのでルサを後ろに乗せる。
そして俺もバイクにまたがった。
「どうやって操作するんだろ?」
よく分からないままハンドルをいじっていると、突然、バイクが加速した。
「うわっ!?」
宙を浮くバイクは猛烈な勢いで走り出した。
ルサが俺の腹に腕を巻き付けてしがみつく。
夕暮れの大通りを駆け抜けながら背後にサイレンの音を聞く。
追っ手を撒くために路地裏に入る。
路地裏は看板が乱立しているので、それをバンバン跳ねのけながら疾走する。
色んな人に迷惑をかけてる。俺のバイクを見て次々と人々が飛びのいて道を開けてくれる。
なるほど。これだけのスピードで暴走した場合、人の方が避けてくれるんだなぁと感心した。
ちょっとした豆知識。これも覚えておこう。
だが、あんまりにもあちこちにぶつかったせいで、バイクが火を噴き始めた。
止む無くスラム街の真ん中でバイクを乗り捨てる。
サイレンはまだ鳴っているので、ここからは走って逃げる。
すでに辺りは暗くなっていて、俺達はスラム街を闇雲に走り回った。
娼婦のような女とすれ違う際にぶつかりそうになった。
が、「ごめん」というより前にすり抜けてしまった。
「え? あれ?」
今、確かに女の肩にぶつかったはず。
だが、立ち止まって手で触れようとすると、幽霊のようにすり抜ける。
これはホログラフィなのだ。
「すげえ看板だな!」
流石はSFの世界だ。
この辺りは風俗街のようだ。
セクシーなお姉さんのホログラフィやデジタル・サイネージが並んでいる。
そんなピンク通りを抜けて安宿が密集するゾーンへ出た。
『HOTEL』とか『INN』の表示があちこちに見受けられる。
「隠れるならどこかに入るのがいいんだろうけど」
ルサは物珍しそうに看板を観察している。
「この世界の金は持ってないからなあ」
宿を取るにしても金が無い。
「これはお金?」と、ルサがポケットから紙の束を取り出した。
「え? それ、お金なのか?」
「たぶん、そう」
「お前、どこでそれを?」
「逃げる時にもらったの。一杯、持ってたから」
そうか。オークション会場で時間の流れを遅くした時に拝借しちゃったのか。
「はは、やるな! ルサも」
ルサは悪気がないのか俺のリアクションを見てきょとんとする。
「まあ、いいや。とりあえず適当な宿に入ろう」
俺はルサを連れて寂れたホテルに入った。
フロントのじいさんがルサと俺の顔を見比べて「休憩かい?」と聞くいてくる。
「いや、しばらく泊りで」
金を一枚ずつカウンターに置きながらそう答える。
じいさんは「なんだ。商売じゃねえのか」と、不思議そうな顔をする。
305号室の鍵を受け取って客室に向かう。
娼婦が仕事に使うようなホテルだ。綺麗なはずがない。
狭く窮屈な階段を上り3階へ。
俺達の部屋は案の定、ベッドしかないような狭い造りになっていた。
窓際には小さなテーブルに椅子がひとつ。
窓を開けると外はネオンサインだらけで、下品な明かりがゲロのように混じりあって点滅していた。
時折、『ジー』という電灯の寿命を知らせるような音がする。
まあ、隠れ家ならこんなもんか。
仰向けでベッドに倒れ込む。
「無茶苦茶な一日だったな……」
どこからどこまでが一日か分からなくなるほど色んなことがあった。
ファンタジーの世界からSFの世界へと慌ただしいどころじゃない。
最後に眠ったのはいつだっけ?
夢をみていたような気分だ。
夢? そういえば転移してから一度も夢をみていない。
いや、これって……。
ベッドから起き上がって考える。
それは何か重要なことのような気がしてならない。だけど、それが何かは分からない。
なんだかもどかしい。
考え事をしていると、ルサが無言でベッドに寄ってきた。
彼女は、ちょこんとベッドの端に腰掛けて靴を脱ぐと、足をベッドに乗せる。
そして、すりすりとお尻をずらして隣に来ると身体を寄せてきた。
「……ルサ?」
ドギマギする。
どうしたんだろ? ルサのやつ。
積極的?
ひょっとして、危ない目にあった時に男女がくっつきやすくなるアレだ。『吊り橋効果』だっけ?
ルサが、おでこを俺の額につけてきた。
強烈に目が合う。
「る、ルサ……」




