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83 落とされて異空間

 ガラクタの濁流に飲み込まれ、成す術もなく下流に運ばれていく。


 流れに抗《あらが》おうとも灰色のデータはサラサラで掴みどころがない。

 大きめのガラクタに手をかけるが不安定すぎて当てにならない。

 左腕でルサを抱え、沈まないように右手でバランスを取るのが精一杯だ。


 流れの先で灰色が水平に切り取られた箇所が見えた。

 流されるにつれ、それが何か理解した。灰色の流れがそこで途切れている。

 つまり、そこが滝だ!


「ダメだ! うぁあああああ!」

 落ちた!


 落ちている時間が異様に長く感じられる。

 一緒に流されてきた大量のガラクタは、いつの間にか霧散して周りには何も無い。

 ひたすら落下していくのは俺とルサだけだ。


 この空間がどういう物なのか、まるで見当がつかない。

 下には何もない。ただ、ただ、灰色の空間が広がっている。

 暗くもなければ明るくもない。周りが灰色であることだけは知覚できる。

 まるで雨雲の中を突き抜けていくように、灰色の濃淡が次々と上へ流れていく。


 ルサと密着したまま、奈落に向かっている気がした。


 人が認識できる空間には限りがある。

 空の広さに限界があるように、見える範囲でしか空間を把握することはできない。

 上にも下にも何ら存在しない。右も左も無限の空虚が広がるばかり。

 圧倒的な無の世界においては、自分という存在が本当にここにあるのか怪しく思えてくる。


 落下するときの加速感はいつの間にか失せていた。

 やがて右下方向に黒い塊が出現した。ほぼ同時に左方向には白い塊。


 落下するままに身を任せていると、少しずつ黒い塊に引っ張られるような気がした。

 黒の塊はテニスボールぐらいの大きさに見えていたものが徐々に大きくなっていく。

 回転しているのだろうか? それはなんとなくブラックホールのように見えた。


「そっちは駄目……」と、ルサが呟いた。

「黒は駄目なのか?」

 左方向を見ると、同じように白の塊が、黒い塊と対になるようにその姿を露わにしていた。


「けど、このままだと黒い方に引っ張られるんだけど?」

 ルサは両方の塊を見比べて、すっと指先をある一点に向けた。

「あれを使って」


「あれ? なんもねえけどな……」

 しかし、目を凝らしていると黒い点が散っているのが目に入った。

 黒い点の群れはゴマ粒ぐらいになったかと思うと、ひとつひとつがどんどん大きくなっていく。


「隕石? いや、小惑星か?」

 小惑星の集団が高速で迫ってくる。

 大量のそれは、まるで土星のアステロイド・ベルトのようだ。


「ちょ! 当たるぞ!」

 小惑星群は真っすぐこちらに向かってくる。

 いや、正しくは俺達がそこに向かって落ちている。


 ひとつやふたつならともかく、あんなに大量の小惑星を抜けられるか?

「無理だ! 避けられねえ!」

 俺が慌てているとルサが呟いた。

「大丈夫よ」

 そういってルサは俺の髪を撫でた。


 小惑星群までの距離は、あっという間に無くなってしまった。

 と、その時、小惑星群の動きが止まった。


「これは……時間が……」

 ルサと目が合う。ルサは含み笑いを浮かべて頷く。

「これを利用って、どうすんだ?」

 黒い塊は駄目だという。なら、これを足場にして白い塊の方向に進めばいいのか?


「くそっ!」

 岩のような小惑星の表面に足を着ける。不思議なことに衝突の衝撃は無い。

 これも時間の流れを遅くした効果なんだろう。

「うりゃ!」

 足を着けた箇所を力強く蹴って、白の塊の方向を目指す。

 

 一回のジャンプで驚くほど飛距離が出た。

 身体が軽くて重力の影響をまるで感じない。


 ルサの手を取ってスキップするように小惑星から小惑星に飛び移る。

 最初は滞空時間の長い大ジャンプにおっかなびっくりだったルサも、慣れてくると楽しそうにジャンプするようになった。

 まるで2人で空を駆け巡っているような感覚だ。


 アステロイド・ベルトは白と黒の塊を繋ぐ架け橋のようだ。

 俺達はそれを伝って白い塊に向かっていく。

「ルサ、で、どうするんだ?」

「あの光の中へ」

 彼女に言われるまま、迷わず白い光の塊へ飛び込む。


「うっ!」

 眩い光。そして強く引き寄せられる。


 白い光に包まれた。まるでシルクのような柔らかい光。

 まるで陽を浴びたレースのカーテンにくるまった時のようなくすぐったさ。


「これは……」

 このまま消えていくのか? 

 ひょっとしたら死ぬときってこんな感じなのかな……。

 身体の表面が溶かされていくような肌感覚。


 そして意識が遠くなった。


      *      *       *


 気が付くと砂の上に倒れていた。

 頬に受ける砂の触感で意識がはっきりしてくる。

「生きてる……みたいだな」

 徐々に暗闇に目が慣れてきた。

 紺色の世界。どうやらここは砂漠のようだ。


 起き上がって周囲の様子を確認する。

「なんだこれ?」

 不自然な曲線を持つ岩のような物体が目に入った。

 自然にできたものではない。明らかに人工物だ。


 近付いて触れてみる。表面がしっとりしている。

「苔……だな」

 手で擦ってみると堅い物体にあたる。

「金属、だよな?」

 改めて物体の全体像を確認する。

「まさか!? 船か?」

 それは大きな船の残骸のように見える。


 さらに目が暗がりに慣れてきて、周囲に似たような物体が密集しているのが確認できた。


 背後に気配がする。

 振り返るとルサが立っていた。

「ルサ! 無事だったんだな」


 ルサはそれには答えずに船の残骸を見上げて呟く。

「ここは宇宙船の墓場」

 ただの船じゃないだと?

「宇宙船……」

 

 しかし、ルサがそう言うからには本当にそうなんだろう。

 てことは、もしや?

「ルサ、ひょっとしてここは、別なゲームの世界なのか?」

 ルサは当然といった風に黙って頷く。


「嘘だろ……」

 師匠の仮説は正しかった。

 別々なゲームの世界が繋がっているというのは本当だったんだ!


「ルサ。やっぱりお前は、こっちのゲームのキャラだったんだな?」

「そう。そっちに行ったの。この世界から逃げるために」

「逃げる? 何から?」

 しかし、ルサはその質問には答えず、ゆっくり歩き出した。

 仕方なく俺も後に続く。


 少し歩いて振り返ると、宇宙船の全容が見えてきた。

 それは砂に斜めに突き刺さっていた。まるで墜落して地表に激突したように。

 他の船も同じように放置されている。


 当てもなく、しばらく歩いていると『ゴゥンゴゥン』と、腹の奥に響く音が上空から近付いてきた。

 見上げるとオレンジ色の光がチラチラと瞬いている。

 それは、空を飛ぶシルエットに纏わりついていた。

「宇宙船か! けど、変だぞ?」

 フリゲート艦のような形の船が急角度で低空飛行している。

「墜落するぞ!?」


 宇宙船からは小さな爆発音が幾つも聞こえてくる。

 ルサが呟く。

「近くに戦場があるみたい」

 どうしてルサはそんなに冷静なんだろう?


 やがて火を噴いた宇宙船は誘爆を起こしながら少し先の地点に落下した。

『ズズズズン!』

 地震のように大地が震えて、一段と大きな爆発音がした。

 その爆発で周囲が明るく照らされる。


「宇宙船が墜落……近くに戦場。そういうゲームなんだな」

 どうやらこのゲームの世界はSF物のようだ。


 爆発の様子を眺めていると、右後方から『ガッシャ、ガッシャ』と、何かが近づいてきた。

 見ると人影が2つ、接近してくる。


 とりあえず声を掛ける。

「誰だ?」


 人影の主は、お揃いの革ジャンに身を包んだ二人組だ。

 片方はピンクのモヒカン頭、もう片方は銀色の短髪の男だ。

 ブーツのような物を履いているが、それが歩くたびに音を立てている。


 モヒカンが首を捻りながら「なんだ、お前等?」と、俺達を見る。

「どうもこうも迷っちまったんだ」

 正直にそう答えると二人組は顔を見合わせる。


「こいつらも戦艦の残骸を漁《あさ》りに来たんじゃね?」

 そう言ったのは銀髪の男だ。彼はガムでも噛んでいるようだ。


「おたく等はスクラップ漁りか?」

 俺の質問にモヒカンが怒る。

「違えよ! 宇宙海賊だよ!」

 宇宙海賊……まあ、そういうゲームなんだろう。そこは素直に受け入れるしかない。


 銀髪の男がルサを一瞥して目の色を変える。

「そ、そいつ、ヤバくね!?」

 モヒカンがそれに倣《なら》ってルサを見る。そして同じように反応する。

「マジかよ! こんな所に王家の血筋が居るとは!」


 王家の血筋? 確か前にもそんなことを言っている奴が居たような……。


 2人組は顔を見合わせてから不敵な笑みを浮かべる。

 そしてモヒカンが俺に向かって言う。

「ん。こいつは邪魔だね」

 そういうや否や、モヒカンが腰にぶら下げた拳銃を抜いて発砲した。


『ドンッ!』 

 胸を撃たれた。

「痛っ」

 痛みの範囲は狭いが、撃たれるとこういう痛みなんだな。

 初めて知った。覚えておこう。


 俺が平気な顔をしているので銀髪が驚く。

「あれ? こいつ死んでなくね?」

「ホントだ。ダメージ表示が出てないぞ」と、モヒカンが目を丸くする。

「チートじゃね?」

 そっか。ルサがあっちの世界でダメージを負わないみたいに、俺はこっちではダメージを食らわないのか。


 だったら、やっちまうか?

 そう思って剣を抜く。

 それを見てモヒカンが「やる気か!」と、銃を連発する。

 が、左右に身体を振ってそれを躱《かわ》す。


「会心連撃!」

『ポイン、ポヨーン』

 間抜けな音が生じた。まるで子供向けアニメのジャンプした時の効果音みたいだ。


「痛えな! おい」と、モヒカンが顔を押さえる。

「てか、お前、ガッツリ斬られてね?」と、銀髪は呑気に言う。

 モヒカンは自分の顔を手で触りながら言う。

「いや。血は出てねえな。やられたかと思ったぜ」


 あれ? 会心が出ない?

 思い出した。こっちのゲームから来たモンスターと戦った時も、こんな感じだった。

 紫禁城のロボット、流星アキラと会った時のトカゲ男。

 どちらもまったくダメージを与えられないわけではなかった。

 だが、この世界では『斬撃』という概念が無いのかもしれない。


 銀髪がガムをクッチャクッチャしながら首を竦める。

「仕方なくね? こいつも連れて行くしかなくね?」


 そこで2人がコソコソと話し合う。

 そしてモヒカンがニタニタ笑いながら言う。

「OK、ブルベリデまで送ってやらあ。ここよりはマシだろ?」


 こいつらが何か企んでいるのは間違いない。

 だが、このまま宇宙船の墓場に居ても仕方が無い。

 情報を集めるにしても人が多い場所に移動した方が良い。

 そう考えて、敢えて二人組の誘いに乗ることにした。


      *      *      *


 円盤形の4人乗り宇宙艇で俺とルサはブルベリデという惑星に連れてこられた。


 宇宙艇での移動は快適とはいえなかったが、特に変わった移動手段ではなかった。

 モニターでしか周囲が見えないので、宇宙空間を旅している実感が無いせいかもしれない。


 その道中で、宇宙艇の持ち主であるモヒカンと銀髪男は音楽を大音量で流しながら、後部座席の俺とルサには見向きもしなかった。

 できれば、このゲームのことを聞きたかったのだが仕方が無い。

 どのみち余り仲良くなれそうなタイプではないし、目的地まで着いたらこいつらは用済みだ。


 宇宙艇を離発着させる港は、地上にそびえたつ多重層の建物だった。

 コケシ型の建物は何層にも分かれていて、宇宙艇はその隙間に潜り込んでいく。

 結構な数の宇宙艇が出入りしていて賑やかだ。

 遠目からは、ハエがたかっているように見えたのはこれだった。


 宇宙艇が密集する停泊場からは中央エレベータで地上に降りる。

 下の階は商業施設で飲食店や雑貨店が密集していた。

 それらはアメリカンコミックの色使いや背景を3D化したような雰囲気があった。

 カラフルでポップ、ゴテゴテしていて時にスタイリッシュ、無邪気さは狂気と紙一重、陽気さは自信のなさの裏返しのように感じられた。


 そんな感じで建物の外も雑多な光景が続く。

 とにかく情報量が多い。

 わざと狭くしているのかというような道路は得体の知れない乗り物が行き交っている。

 露天商は領土争いでもするみたいに商品を広げて歩道を占拠している。


 道行く人も様々だ。宇宙人という設定なのだろう。

 プレイヤーとNPCの区別がつかないが、人間らしい型は全体の半分以下だ。

 イカやタコやイソギンチャク、半魚人みたいな奴も居る。

 動物や虫を擬人化したキャラも少なくない。


 モヒカンが先導して、俺とルサを前後に挟むように銀髪が付いてくる。


 雑踏に紛れて逃げることも考えたが、おそらくルサには銃口が突き付けられている。

 俺はこっちの世界ではノーダメージだが、逆にルサは大ダメージを受けてしまうかもしれない。


 しばらく歩いたところで少し周りの風景が落ち着いてきた。

 シックな色合いの建物が増えて、都会の繁華街といった具合だ。


 モヒカンがとある建物の前で立ち止まる。

「着いたぞ」

 どうやらホテルか劇場のようだ。


 こいつ等のラフな恰好からは少し場違いな気がして尋ねる。

「なんだ? ここは……」

 と、その時、首の後ろで『バチッ!』と火花が散った。


 急激に目の前が暗くなる。

 やべ……やられた……。

 気が遠くなっていくのを自覚した。


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